平成最後の冬 【冬の詩企画】
布団は寒いから被るのではない。
侵入してくる刃物から身を守る甲羅だからだ。
震えていないといけないのは、生きている実感が湧かないからだ。
躁鬱病の彼女は、仕事を辞めた途端に「息ができる」と泣いた。
新しい元号と一緒に、新しい人生が幕を開けるのだ。
愛想の良い仮面は、足元でバラバラになっていた。いつの間にか猫背になっていた彼女は、背筋を伸ばして天井に手を伸ばし、仮面を何度も何度も、泣き笑いしながら踏みつけていた。
躁状態のときは嬉しい半面、悲しくなる。
鬱状態のときは悲しい反面、安心する。
躁状態の、延々と続くダンシング・カラオケ大会。
鬱状態の、延々と続く号泣と自傷行為。
泣き疲れて腫れぼったい顔で、ぼーっと暗い天井を見つめる彼女の横で、悲しく微笑む無力な僕。
そして思い出す躁状態の彼女。
延々と続くダンシング・カラオケ大会。初雪に跳ねて喜び、上を向いて口を開けたままウロウロする彼女。そこに重なる、延々と続く号泣とひび割れの壁。
刃物になった風がひび割れから漏れて侵入してくる。怯えた彼女に布団をかければ、こもった嗚咽が聞こえてきた。
鬱状態のときは悲しい反面、安心する。数日すぎればまた笑ってくれるから。
躁状態のときは嬉しい半面、悲しくなる。数日すぎればまた泣くから。
そしてこの詩を、ハイになってよく分からないテンポでゲラゲラ笑いながら歌唱する彼女の前で、明日が来なければこの詩も最高のポップスになれたのにね、と微笑む僕は、彼女より数日早く泣いていた。
本作は「冬の詩企画」参加作品です。
企画の概要については下記URLをご覧ください。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1423845/blogkey/2157614/(志茂塚ゆり活動報告)
なお、本作は下記サイトに転載します。
http://huyunosi.seesaa.net/(冬の詩企画@小説家になろう:seesaablog)