2. 嫌がらせは隠されないと恥晒し
ニヤニヤニヤニヤ
ほぼ徹夜状態で何とか仕上げたレポートは、登校して直ぐに担任へ提出した。
チャイムが鳴るまでにはもう少し時間があったが、余裕というほどでも無かったので、そそくさと教室に向かう。
自分の席に近い後ろ扉から入ったら、荒垣希とその取り巻きが反応して、側から見ても良くない部類と分かる歪んだ笑みを向けてくる。
事情を知るクラスメイトの何人かが、何とも言えない顔をしていたので、他の生徒たちも理由は分からないものの、気まずい空気が漂い始めた。
「おはよう茨木さん」
荒垣希がテンション高く声を掛けてくる。
誰が見ても上機嫌とわかる声音で挨拶しながら、スキップでもしそうなほど軽い足取りで机に近付いて来た。
「ねえねえ昨日はどうだった?ちゃんと検証はしたんでしょうね?」
「約束だったもんね!まさか破るようなことはしない人だと思うけど?」
「ホームルームまでそんなに時間は無いから、発表は昼休みかな?ちゃんと出来てる?
まあ、それまでまだ時間はあるし、授業中とか休み時間を使えばまとめくらいはできるんじゃ無い?
まあ、元があれば、だけど?」
「嘘は良くないからね!捏造はあり得ないって!!
そんなことは茨木さんだって分かってるわよ!なに言ってんの」
キャハハハ
四人が交互に当てつけのような言葉を投げ掛けてくる。
那和は返事をせずに授業の用意を優先していたが、嫌がらせのプレッシャーを掛けることが目的である彼女たちは、そんな那和の様子を萎縮と取ってますます調子に乗り始めた。
「と言うことで、昨日の約束は見て知ってる人もいるし逃げられないよ?
私たちだってちゃんとして来たんだから、やって無ければ貴方は嘘つきで信用出来ない人間ってこと!
まっ、楽しみにしてるわ」
あはは
直後に予鈴が鳴り、最後に見当違いな凄みを効かせて、彼女たちは其々の席へ戻っていった。
いつもはもう少し遅く教室に来る担任が、チャイムが鳴り終わると同時に現れ、生徒たちが慌ただしく着席していく。
荒垣希たちも同じく、けれど顔は那和の方に向けて彼女が次に起こす行動を観察していた。
本日の一時間目は『学活』となっていた。
高等学校では、週に一コマが設定されていることが多い。
誠新学園高等学校でもそれは例外でなく、しかし、普通科と特進科、特に特進科では重要視されてなくて、何も無いときは自習として、各自が何かしらの参考書や問題集を広げていることが多かった。
那和の所属しているクラスは、その特進科である。
今日もそれだろうと大半の生徒が当たり前のように用意をし始めたのだが、担任がそれに待ったを掛けたのだ。
訝しむ生徒たちを尻目に、プロジェクターの用意をし始める。
兄や姉、または親しい知り合いが在校生や卒業生にいる生徒たちは、担任の行動の意味を正確に理解して、呆れた表情をする生徒がチラホラいた。
大多数が顔に疑問符を浮かべたまま準備が整い、それでも素直に指示に従う生徒たちの様子に、担任が満足そうな笑みを浮かべていた。
「さて、このクラスでは初めてだが、我が校の理念は知っていると思う。
それに伴う制度もあり、今回申請があって許可された。
これも分かっているとは思うが、生徒たちの自主性とチャレンジ精神を後押しするものだ。
普段の成績には関係ないが、これのお陰で大学卒業後の進路が広がった卒業生も多い。
大学や研究所の方から声が掛かることもあった。誰でも閲覧できるものではないが、相手側から申請があり、生徒本人の実績として報告書があれば提示する。我が校にこの実績を期待している業界もあるくらいだからな。
だから、長く記録に残るものとして中途半端なことは出来ない。周りから見てどんなにくだらなく見えるものであってもだ。後になって世界的賞を取るような研究は、大抵が最初はそんな感じのものも多いからな。見る人は見てるぞ?それを念頭において欲しい」
薄くはない紙束を教卓に置きながら、制度を申請したとされる人物たちの名前を読み上げた。
「荒垣希、茨木那和、高崎由利恵、新島園子、山南穂花、以上五名だ」
荒垣希を始めとした四名は、思いもよらない指名に硬直し、茨木那和は静かに沈黙。この展開を予想していただろう何人かが、やっぱりといった表情で、元凶となった四人を冷めた目で見た。
「昨日の放課後、この学園に発生している噂の検証をするため、夜間における校内活動の申請があった。
学園長の許可の下、担任である俺が責任者件監督として、活動時間中は校舎内に監視役として留まっている。
見届け人として学園OBの協力があり、問題無く検証は終了した。
時刻的には今日の今日だったが、既に詳細な報告書が提出、受理されている。
この件においては制度活用という事もあり、学園の管轄下で管理されることとなる。他者に内容が漏れないよう処置が取られる場合もあるが、今回に限っては当事者たちが積極的に周知していることもあって、このような形を取らせて貰った。これから制度を利用しようとする生徒たちの参考にもなるだろう」
みんな感謝しとけよ?なかなか苦労して収集した成果を見せてもいいって言ってくれる奴は少ないんだからな?
何か質問はあるか?
担任は始終にこやかに話していたが、つい先ほどのやり取りを知っている生徒たちは半眼だ。元凶四人に至っては、説明が進む毎に顔を赤くしたり青くしたりで忙しない。
特に荒垣希は、怒りの形相で茨木那和を睨みつけている。
それがわかっているだろう那和は、素知らぬ顔で視線を合わせようとはしなかった。
「……無いか?じゃあ次に進もう。
先ずは全員から報告を受けようか。茨木は報告書を提出してるから、それ以外だな。
公平に出席番号順で。荒垣から」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
事務的に名指しされた荒垣希が、酷く慌てて声を上げた。
「ん?どうした荒垣」
「私、先生の言われた制度、申請なんてしてません!そもそも検証とか大袈裟な!!
確かに検証の話はしてましたけど、学校の怪談。霊とか、怪異とか、妖怪とか、眉唾ものの冗談ですよ!?
それをこんな大ごとにするなんて!
先生も先生です!くだらない悪ふざけを真に受けないでくださいよ!!」
彼女の抗議に何人かが深く頷き、後の三人も追従する。
そりゃそうだ。悪かったな?と口にして貰えることを期待しても、担任は薄く笑って小首を傾げるだけ。
言葉を発しない様が逆に不気味な威圧となって、生徒たちに圧力を掛けていた。
「……今回の制度申請は不当だと。悪ふざけであり冗談だから無効だと、そう言いたいのか?」
「そうです!報告書作成なんてことまで想定してませんでした。あくまで軽く調べたことを話し合って楽しめたらいいなと思ってただけです。それをこんな大事にするなんて!」
そう言いながら那和を睨みつける。
彼女の視線を辿って、多くの目が那和に集中した。
高崎、新島、山南の三名にも確認が取られ、荒垣も含めた四人の認識が、『悪ふざけであり、只の冗談』であったと言動が取られる。
制度活用を考えたのは、茨木那和一人であったと。
那和に対する視線がキツくなったが、それでもハッキリと嫌悪を顕にしているのは少数だ。
中には益々面白そうに眺める生徒さえいた。
担任が気の無い様子で口を開く。
「ふーん。…ということは、だ。
荒垣、高崎、新島、山南の四人は、悪ふざけで茨木を、深夜の学園敷地内に忍び込むよう提案して強制し、冗談で、それが出来てなければ、嘘つき呼ばわりして信用のない人間だと吹聴しようとした、ということだな?」
「「「「!!」」」」
四人が揃って固まった。
まさかそんなことを問題視されるとは思ってなかったという表情だ。
冗談だと言ったのだから話は終わり。笑って誤魔化せば都合の悪いことも流して貰える。そう思っていたのだろう。
だがあくまでそれは、面倒ごとを嫌い、なあなあでその場を切り抜けるのが前提の選択で、大体は多勢に無勢、発言力の弱い方を切り捨てるやり方である。
そういうことを何度も起こさせないことこそが学園の方針でもあるのだから、舞台に上がった以上、見逃しては貰えないことを彼女たちは予め知っておくべきだったのだ。
叩き潰すのには匙加減が必要だが、何のお咎めもなく放逐はあり得ない。
二度と同じことを仕出かそうなどと考えないよう、キツくキツく搾られる。
それが、誠新学園高等学校が『特殊』と言われる所以である。
「報告書を見た限り、『増える階段』は日付けの変わる頃に発生する、とある。当然検証するなら時刻もその前後、実際検証を行った昨日も、0時を挟んで前後一時間以上現場で待機している。測定も行ったようだから、それ以上だな?
そもそも理由も無しに、深夜、校舎内への立ち入りなど認められん!
制度を利用したからこそ許可が出たんだ。
その代わり、かなり詳細な報告書の提出が求められた。
今朝の登校時間内に提出されたからザッと目を通した程度だが、測定結果や法律、成り立ちや矛盾など、完成度も作成時間や年齢を考えるならば申し分ないだろう。学園OBといえど外部の人間も関与している。冗談では済ませられん」
「でっ、でも!あくまで申請は茨木さんが単独でしたことでしょう?申請者本人だからこそ報告書が必要なんであって、それに関しては私たちは関係ない。私たちが想定していたのは、あくまで雑談程度だったんですから!」
「ふむ。そこら辺はどうなんだ?茨木」
「…はい。約束は検証したことの話し合いだったと思います。報告書作成の話は出ていません」
「ほら!」
「そうか。ならばそれも申請どきに申告しておくべきだったな?これは茨木の落ち度にあたる。次回があれば合意の有無も記述するように」
「わかりました。気を付けます」
「全く…。ホント、辞めてよね?こんなこと!」
「では、報告は口頭で構わない。
『踊る人体模型』と『ひとりでに鳴るピアノ』の二つが四人の担当だったな?
誰がどちらを担当しているのかはわからないが、調べてきたことを発表してくれ」
「!えっ…」
「何を驚いてるんだ。『増える階段』は時刻の関係で深夜の立ち入り許可を申請せざるを得なかっただけだろう?セキュリティもあるんだから。勝手に入れば警備会社がすっ飛んでくることくらい分かるだろうに。それでも、監視役はいても一人でやってのけている。
荒垣たちは四人で二つなんだから、雑談レベルでもそれなりの話が出来るだろう?」
「そんな…。制度、いえ申請の取り下げとか……」
「学園長の許可が下り、外部のチェックも入っているんだ。例え申請者本人でも取り消しは出来ない。学園長の判にはそれだけの重みがある。
心配はしなくていいぞ?意思疎通がうまくいっていなかった件もキチンと報告しておく。今からの発表は後で紙面におこすから録音するが、自己申告どおり、雑談レベルの報告があればいいんだ。
双方の言い分も必要があれば記載するし、要は体裁が整えばいいんだよ」
元凶四人は絶句してたが、自分たちの言い分も記載されるとの言葉に落ち着きを取り戻した。
発表はゴタゴタもなく、本当に幾らでもそこらで聞けるような『怪談』話を、荒垣希が主となって発言し、教室の空気が白けたまま終了した。
ここまでで授業時間の半分が消費された。
残りは四十分と少し。
公平をとって、茨木那和が提出した報告書をプロジェクターに映そうとしたのだが、これに四人が異議を申し立てた。
制度の申請も、発表も知らなかった自分たちと茨木那和のものでは、中身に差がありすぎて比べられるのは承服出来ない。と言う。
担任が那和に確認を取り、承諾。彼女の報告書は、四人の発表を書き起こしたものと一緒に学園へ提出されることになった。
次に四人がしたのは、自分たちの言い分、言い訳の記載を求めた。
こちらも書面に起こすことから録音を承諾し、其々が好き勝手に事実を捏造する。
四人ともが満足するまで言いきった後は、何とも微妙な雰囲気になっていた。
一言で言えば、
『茨木那和が悪い、那和の所為』
ってな感じ?
四対一。勝ち目は無いと思われた?
クラスの空気もそれを後押しするような、そうで無いような??
良く観察すれば、賛同組は極一部。
結構みんな白けてる。
筆頭は那和と同じ、お知り合いがいる方々。
興味無い生徒たちと併せて過半数超え。
どちらにも傾倒しないで様子を窺っている生徒も少なくない。
単に賛同組の態度がでかいので優勢に見えるだけ。
そして『言い分』は、『双方』の『言い分』である。
キッカケになった昨日の会話は、四人の話に言及することなく、申請どきに提出した『音声』を反論とした。
朝の出来事は担任が証言を募り、白け組が一斉に発起した。
捏造賛同組と違って淡々と事実を述べ、最後に駄目押しとばかりに担任が扉の前で聞き齧ったことを発言して締めた。
知ってる人は知ってるもん!
公的文書じゃ無いけど学園公式文書。
嘘バレたら自分が被害受けるもん!!
学園は当事者双方に対して公平平等です!
どちらも贔屓とかしてません!
本当のこと言ってりゃいいのよ。そしたら少なくとも正直者という評価は貰えるよ?
前後の騒動もあるから、良い意味か悪い意味かは別として!
………これが全部報告として学園に提出される。
企業やら、何処ぞの教授やらの求めに応じて、限定的にとはいえ晒されるのである。
外堀埋められちゃったことを遅まきながら理解しちゃって、四人とも蒼白のうえ絶句しちゃった。自業自得感が凄まじいけど。
その日一日は、本当の本当にびっっっみょ〜〜な雰囲気のまま過ごしてたんだけど、耳が早いというか、何というか?
次の日には一年生じゃなくて二、三年生に広まってたよ。
……先輩たちは待ってたんだ。
今年度の被害者(?)一号は、どんな連中なんだろう?って、ドキドキしてたんだよ。
意地が悪いというなかれ、しょーもないことする奴が悪いんだ。
いいじゃないか!学園の威を借って自己防衛したってさ?
喧嘩売った挙句に貶めようとしたの自爆で返っちゃっただけなんだから。
彼女たち四人は、事あるごとに他の先生やら先輩やらからちょこちょこ揶揄われて大人しくなりました。
全く赤の他人に言われるのって、ダイレクトに響くよね?
もちろん賛否両論ありましたけど、総じて『まさかのココでしょうもないおバカしちゃった残念な子』のレッテル貼られて撃沈。
有名になるにしても、記憶から抹消したい有名さ!
次が出るまで言われます。
出ても今年度の初代として比べられます。
茨木那和も同様に色々言われはしましたが、キッチリ〆たと密かに評判となりました。
彼女は激励に訪れた先輩方に恐縮してたようですが、それが返って皆さまのお気に召したらしくて繋がりが出来たそう。
素敵な後ろ盾を獲得です。学園内だけですが?
先生方は静観。
内心はどうあれ、どちらにも必要以上に関わりません。
笑い話だけを提供して、とりあえずは収束。
かといって、全員が味方でも無いし敵でも無いので、興奮が治まればもう一波乱来るでしょう。
性根はそう簡単には変わらないので?
『今年度の』ってことは、毎回おんなじようなことが繰り返されてるってことだから。
見当違いな恨みも憤りも燻ってる筈ですし、絶対炊きつけたり諭したりする輩も現れる。
さて、彼女たちは上手く切り抜けることが出来るのかしら?