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⒈ 思い通りにいくと思ったら罠である

事務的な伝言に母親は、チラと無関心な視線を向けて溜め息を吐いただけ。

那和はそれを了承と取って、足早に自宅を出た。

夕飯はそこらのコンビニで適当なものを買っていく予定だ。

父親にはメールで連絡を入れておいた。

一つ下に妹がいるのだが、此方は姉と違って母親のお気に入り。那和を鼻で笑うだけで話し掛けてはこなかった。


学校の許可はあるものの、夜中になって入り込むのは怪しすぎである。

帰りは教師に校門まで送ってもらえば、学園の方針を知っている近隣の住民が、生徒に変な噂を立てることも無い筈だ。


幼馴染みの家に行ってインターフォンを押せば、カメラ越しの応対をする前に、香月翔の母親が玄関扉を開けて迎え入れてくれた。

翔自身も既に準備は出来てるらしい。

家には上がらず、靴を履いたまま翔を待つ。

彼の母親が、小さめのトートバッグを渡してくれた。


「ちょうど夕飯の用意をしてたから、ついでに軽いものを作ったの。

お握りとおかずが少しだけだけど、良かったら食べてちょうだい。

鞄はそのまま翔に返してくれればいいから。最初が肝心なのよ?しっかりね」

「……あ、りがとう、ございます」

「晒し者になれば、どんなに自分たちが仕様の無いことをしたか気づくから。

あそこなら、それくらいは理解出来る子たちが集まってるわ。周囲の目も厳しくなるし、なら以降はおかしなことも出来なくなる。

隠しちゃダメよ?全部バラしてしまいなさい。調子に乗らせたら思いもよらない被害がでることがあるの。那和さんは学園にちゃんと報告したんだから、程度は先生方が上手く調節してくれるわ」

「………」


……思いのほか、翔の母親が苛烈であった。

電話での翔も、当たり前のように協力を買って出てくれたが、…もしかして、彼も同じようなことを経験したのだろうか?


面倒なことに付き合ってもらうお返しとして、学生の身では大したことは出来なくてもコンビニスイーツくらいは奢らないとと思っていたが、翔の母親が寄越してくれた中に、明らかに手作りだろうアップルパイの匂いがして諦めた。

昔からであるが、翔の母親は料理が得意だ。

料理一つとっても、そこらの惣菜なんかより余程美味しい。

那和にとって幸いというか何というか、一緒に入れてくれていたステンレスボトルは小さかったので、飲みものだけは追加で好きなものを選んでもらった。

那和の内心を読んだのか、翔が呆れたように苦笑していた。



学園に着くと、翔が慣れたようにインターフォンで中に連絡を取った。

メンドくさそうな様子で現れたのは那和の担任。

翔と親しげに挨拶を交わしている。


「香月くん、もってもらったことあるの?」

「ん?ああ、担任は無いけど、化学と部活の顧問な」

「…因みに?」

「……生物部」

「ああ、解剖?」

「おう!人は無理でも小動物までなら、ってことだったから。

準備室の奥に小さいけど専用室があるんだ。俺も先生に聞いて初めて知った」

「医者志望ってことで誘ったのさ。すぐ飛び付いてきたぞ?昔は蛙の解剖なんかは普通にあったんだが、最近は何処もあんまりしないからな」

「単に部員欲しかっただけでしょ?俺が入ったら一段階部費上がるから、って言ってませんでした?」

「そうだったか……?」

「……まあいいですけどね。俺としても助かりましたし?」


時間も遅いから歩きながらで、と言われ、まだ新しい思い出話を聞きながら歩いた。



「・・・っ、と、くだらん噂が流されてるのは、多分ここだ」


案内された場所は、プールの裏手に建てられた、様々な備品を押し込めているプレハブ倉庫数練の奥に連なる階段である。

校舎側のアクセスとしては、普段そう頻繁に使用することの無い、視聴覚室をはじめとした特別教室が集まっている区画の端から降りることができる。

非常階段のように建物の外側につけられた階段では無いのだが、特別教室の周囲は人通りも少なく、それに伴って階段の使用頻度も高く無いため、地上に降りる出口も敷地内の奥まった場所になってしまった。

私立ではあるので、公立校に比べれば樹木の手入れもそれなりの期間を空けて行われるため、雑草などが生い茂ってどうにもならないというような状態にはならないのだが、いかんせん裏門が近くにある訳でもなく袋小路になっているので、体育館裏の呼び出しでは無いが、あまり晴れやかな気分になれる場所では無いのだ。

ただし、袋小路とは言っても、敷地内と外を分ける『壁』は、近年の防犯意識もあってか内部を容易に見渡せるフェンスであるため、幾ら人通りが少なくても近隣からは丸見えなので、虐めその他に使用されることはこれまでもなかった。

それでも子どもという人種は面白いもので、自分たちが足を踏み入れることが少なく、現場の状態を正確に確認しないで想像だけを働かせた結果、


誰も寄り付かない場所には得体の知れない何かがある


ということにして、たかが十数年の歴史しか持たない学校に怪談擬きを発生させるに至ったのだ。

噂はたかが噂であって、それも子どものお遊び。

ちょこっと秘密があれば面白いよね?程度の笑い話であったため、これまで問題にされたことはなかった。


その結果が、コレ。


いつの時代もあるにはあることである。

多くの者が忌避するだろうことに対して、それをさせようと画策された嫌がらせは、思いついた本人たちからすれば、自分たちの優位性を疑わないままひっそりと行われる筈だったが、どうして相手も思惑通りに踊ってくれると思うのか?

ことこの学園に通うなら、理解していなければならないことの一つなのだ。


するならもっと頭を使え!

つけ込まれる隙を作るな!!


卒業生たちが心に刻む格言である。

大体の生徒が在校三年間で身に染みて思い知る。

多くがこれまで問題にならなかった、というか、周囲の無関心さや同調によって上手く隠せていたと思っている問題を、堂々理詰めで変な方向に看破されるなどとは思わないのだろうが、学園理念からして『他とは違う』と囁かれ続けているのだから、何が違うのか?をキチンと考えてみたならば、もう少しやりようもあるだろうことに気付く筈なのだ。

虐めは良くない。みんな仲良くしましょう。

何処でも耳にタコが出来るほど言われるが、なかなかそうはならない。

そんなことに無駄な時間を費やす暇があるのなら、もっと色んなことが出来るだろう!

人の足引っ張るよりも、自分のやりたかったことやってみればいいのに。

ここは、それを他よりもチャレンジしやすい環境が整えられられているのだから。今のところは。

……とまあ、教師からしてそんな感じなので、いらんことする連中はこっそり目をつけられる。

問題放置して大事になってから、慌てて尻拭い的に駆けずり回るよりも、芽が出た時点で引っこ抜いてしまう方が余程低コストなのだ。毒草なんだから。

決して善意ではない。効率の問題である。

脳みそを使うところがちょっとズレてる。そんな感じ?


……勿論正義感溢れる熱血教師なんかがいない訳ではないが、ある意味でひっそりと変わり者が集まってるので、残るのも変わり者でしかない。

教師も生徒も……。

特に教師の方々は、水が合わないと短期間でノイローゼになっちゃうので、深刻化する前に何処ぞへ飛ばされていく。

飛行先は謎である。

そうなると必然的に、妬み嫉みを相手にぶつけちゃうような『普通』なおバカさんたちは、気づいてみれば肩身のせまい思いをすることになり、理解したときには既に手遅れ。

無事(?)に卒業しようと思うなら、何とかして朱に交わって真っ赤になるしか術はない。

那和が巻き込まれたコレは、それを骨身に染み込ませる最初の試練なのである。

………双方に。


さて、そんなこんなを見事突破して学園を『卒業』した香月翔は、本日ヒヨッコ一年生の保護者兼お守り役として同行を了承した。

生徒手帳なんかには当然記載されてない、暗黙の了解によるサポートは、後輩と呼ぶべき知りあいからのヘルプがあれば、出来うる限り協力してあげてね?というのが、口伝の如き口コミ伝達手段を持って創立から今日まで続いている。

はっちゃけ思考による独自性を学校全体で貫いちゃった成果でもあるが、やっぱりなかなか世間一般の『常識』としては受け入れて貰いにくいので。

建前的理念としてみれば、あちこち立派なので文句がつけにくいだけなのだ。

相手がどうにか粗探ししてる間にぐいぐい実績積み上げてったら、あらあら不思議。味方もたくさん出来ちゃったので、後ろ暗い思想連中は尻込みしちゃう。

有名どころの発言力ある人物なんかを何人かでも引き込めちゃったら、内心でどんなに罵詈雑言吐いちゃってても、みんな引き攣り笑顔で称賛してくる。権力には弱いので。


さてさてそんなこんなな裏事情はさて起き。

今は目の前のくっっっだらない問題を片付けるのが先である。


担任は、


『終わったら声掛けてくれ。なるべく早く終わらせてくれな?さっさと帰宅したいから』


とだけ言って去って行った。

ものすごく手慣れてる感じがする。

やっぱり同じようなことあった??


残された二人が手に持つのは、ソーイングオートメジャーと、みんなお馴染み♪三十センチ物差し『竹尺』である。

くっっっっっだらないことを真面目真面目に検証しなければならないが、例え何処ぞで増えたり減ったりする階段が本当にあったとして、それでもそれはココでは無い。絶対!

ならば検証は、どれだけ学園校舎の建築物が、設計図どおり精密に造られているか否かしかないだろう!!


てな訳で、ひたすら測定。測定である。

設計図を貰えるわけは無くても、測定はできる。好きにしろ。

階段はまだいい。横幅、奥行き、高さをひたすら測る。一応何段あるのかも。

メンドくさいのは途中の踊り場。

何処の学校でも、階段の途中には必ず踊り場が設けられている。

何故か?

実はこれ。建築基準法施行令第24条において、学校など公共施設の『高さ三メートルを超える階段』には、必ず踊り場を作らなければならないという規制が掛けられている。

まあ、何十段という階段の上から転がり落ちて大怪我しないように、なんて理由を言われれば納得せざるを得ないのかも知れないが、実は、もう一つ。『教室の天井は必ず三メートル以上にすること』という規制もまた存在するのだ。

で、あるからして、教室の天井が三メートル以上なので、階を繋ぐ階段は必然的に高さ三メートル以上になってしまう。つまり、踊り場を設けるしか道は無い。ということだ。

ついでにバラしておくと、この天井三メートルの根拠だが、百年ちょっと昔では、エアコンなどと言う文明の機器はなかった。当時の主流は団扇と石炭ストーブ。少人数制などという概念もなくすし詰め授業をしていたもので、特に冬は石炭ストーブを焚くことによる一酸化炭素中毒が、身近に起こる切実な生命の危機だったのである。要は空気の循環良くして事故を無くそうね?ってことだ。

現在では石炭ストーブ自体、御目にかかることなどそう無いが、説破詰まってない法規制って、そのまま放っておかれるのが殆どなので、何だかそういうもんなんだ?程度の認識で今に至っているらしい。

因みに、小、中、高等学校と、生徒たちのガタイもどんどん大きくなるので、細かな寸法はそれぞれ変わっていくのだが、説明してもあんまり面白くないので割愛。

ただ、この天井高。建築コストが上がっちゃうので、建て替えどきに緩和して欲しいという要望を出した自治体もあったらしいが、駄目と一蹴されている。


黙々と単純作業を行うこと一時間。

踊り場は、幾つかの数式を駆使して面積もメモに記入済み。

余程しっかりした業者が建てたのか?誤差は殆ど見られなかった。


余計な因縁つけられないように、日付の変わる前後の一時間ずつを、夜食食べながらまったり過ごし、同時に明日提出するレポート(笑)の下書きもしてしまう。

当然何も起こる訳が無いので、調査終了の報告を持って帰宅。

学園、個人双方の時間管理もバッチリ!

ちゃんと記録として提出しておけば、文句言えないよね?後ろ盾が学園だもの。


勝手のわかってるらしい香月翔から、レポートの作成アドバイスも大いに役立ち、寝不足に陥りつつも、朝、ホームルーム前に完成レポートの束を担任に提出して、那和はやっと肩の力を抜いた。

………今からが本番なのはわかっていたけど。

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