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17.時代流れて、噂は残る

audio-visual room

略してAV教室。いわゆる視聴覚室である。


映像や音響といった特別な設備が整えられたこの教室は、校舎の最上階にあった。


近年ではスマホやパソコンなどのIT機器も珍しいものでは無く、IT関連の事業が盛んな昨今、国としてもこれを後押ししようと、プログラミング授業必修化の検討が行われている程だ。

しかしながらこの校舎が建てられた当初は、携帯電話どころかパソコンすらもまだ世に登場してはなく、記録を遡るなら、これより何年もしてやっとワープロが誕生するくらいには古い。

プロジェクターなどの後付け出来る機器はともかく、校舎建築時に埋め込まれて造られてしまった設備は、そう簡単に取り替えられないし、移動も容易では無い。更に言うなら、『特別な何か』を鑑賞したり、発表したりする『特別』なときに使うことの多い教室という認識が強かった当時、音楽室のようにちゃんとした防音の必要性すらあまり気にされてはいなかった。

よって、使用頻度が低く、けれど使用中の音漏れがあっても迷惑にならないように、設備も、それと一緒に使用する機器の多くがその当時では非常に高価だったこともあり、生徒が普段からあまり通り掛からないような、通常教室とは離れた場所で、しかも階層も上層階に造られていることが多かった。

教室の近くには屋上へ続く扉もあり、今は鍵を掛けられていて使えないが、夜でなくても辺りは静まり返っている。


そんな離れ小島にも見える場所にある、視聴覚室へ向かう希の機嫌は、鼻歌のハミングが漏れ出ているくらいには良くて、由利恵も安心して後を付いていくことが出来ていた。

周囲を照らす明かりが、頼りないスマホの光源からまだ幾分明るい懐中電灯の光に変わったことと、校長先生の信任を受けたという学校の生徒が付き添ってくれていることも理由の一つである。


普段は姦しいと言えども女子。

お姫さま思考とまでは言わないものの、男性がか弱き女である自分を守るために行動しているようにも取れる今の状況は、無自覚ながらも希の自尊心と優越感を非常に満足させてくれるものだった。


「……そう言えば、『視聴覚室の怪』って具体的にどういうのなの?

音にノイズと声が混じるっていう、よくある話だけは聞いたんだけど、室内放送でなの?

それともヘッドホンとかで個々に聞いてたときとか?」


不意に聞いた噂を思い出したらしい希が、ずっと隣にいた男子生徒に話を振る。


「…ん?ああ。どれも、かな?

特に法則性みたいなのはないぜ?

ある子は掃除当番の終了を知らせるチャイムに子どもの泣き声が混じってたって言うし、道徳かなんかで昔のスライド見てるときに、機械のノイズ音に混じって誰かの潜めた笑い声をクラス全員が聞いたってのもある。逆で先生だけに聞こえたこともあれば、男子だけとか女子だけとか?本当に全員に聞こえたこともあったかな?色々…。

全然何も無い日が何ヶ月も続いてたのに、急に毎日誰かが何人も聞こえたって訴え始めたりもしたことあったし?

全部に共通してることっていったら、この教室内でしかその現象は起こらない、ってことだな。

室内でわーわー騒いでんのに、一歩外に出たら聞こえなくなる。

ドアや窓が開いてても同じ。密室じゃないと駄目みたいなんだ。

びっくりする子も結構いるぜ?」

「………でも、そんなにいっぱい聞いた子いるんだったら、かなり危ないんじゃないの?私たちは大丈夫?」

「ん〜?平気だと思うぜ?多分、だけど。

だって、確かに気味が悪いって怖がる奴もいるにはいるけど、実際に経験した奴の数が凄く多いからな。聞いたことない奴の方が少ない筈だ。

……なんていうか、赤信号みんなで渡れば怖くない?自分だけじゃなくて、友だちも先生も大体の人は知ってるし聞いてるから、デマだ嘘つきだって言い合いすることも無いしな?

たまに君たちみたいに外部から来た人が文句つけてきたりもするけど、そのときはその人たちに反論して喧嘩したりしないで流す。んで、生徒たちは一致団結するね!だって俺たちは実際に聞いてるから。勝手に言ってろ、って感じ?

それに声だけなんだ。声が聞こえるだけで、変なもの見たとか、何かに触られたとか、そんなことは今までもなかったから、そこまで警戒してる生徒はいないんじゃねーかな?」

「……ふ〜ん」


音楽室の鍵は校長先生に返すよう園子に押し付けたが、検証開始どきに希が言っていたように、効率良く終わらせるなら、三人それぞれが別行動をとった方が早いのはわかりきっていた。

もしそれを選択したときのために、視聴覚室の鍵も理科室の鍵も借りてきている。

穂花を一人だけで行動させたことから、三人が特別教室を一つずつ担当することには、校長先生からも疑問を持たれることは無かったのだ。


………まあ、実際は違った訳だが?


最近では各教室の鍵を管理するのに、薄いプラスチックの小さなタグを取り付けることが多い。

昔は鍵自体も大きく長いものが多かったが、そこに付けられていたのは、クラスや教室の名前が彫られた十数センチの木製、若しくはプラスチック製の、親指くらいある太さの棒やプレートで無駄に重かった。

存在感をこれでもかと主張するので、紛失することはあまり無い。

希が渡された鍵のうち理科室の鍵がそれで、付けられているキーホルダーも、当時の古めかしく年季の入ったものだった。

音楽室の鍵は小さく、ネームタグに似たキータグもそれなりに綺麗なものだったので、もしかしたら壊れたか何かで交換したのかも知れない。

視聴覚室の鍵は音楽室のものと形状がよく似ていて、けれど此方に付けられていたタグは劣化からか、手触りからしても違ったし、プラスチック部分は反り返り色褪せていた。文字が書かれた内側の紙の色もかなり黄ばんでいたようで、懐中電灯の光を当てるとそれがよくわかった。


鍵を確認後、部屋を開けるために鍵穴に鍵を挿し込んだまでは良かったが、何故か鍵が回らない。

手もとにもう一つ残っている理科室の鍵とは形状が全く異なるので、間違ってはいない筈なのに、中で何か引っ掛かっているのか動かないのだ。

ドアノブをガチャガチャさせながら力を入れてみても、鍵は少し斜めになるだけでその先へいってはくれなかった。


「ああ!駄目だって、そんな適当にしても開かないぞ?」

「壊れてるんじゃないの?これ」

「古いからな。コツがあるんだよ」


そう言うと、希を退かせて場所を代わり、同じようにドアノブを握って刺さったままの鍵に手を掛けると、ドアノブを持っている方の肩をドアに押し当てて体重をかけ始めた。

そしてゆっくりと鍵を回す。


カチッ


「えっ…」


あれだけ強情だった鍵がいとも簡単に開いてしまって、呆然と立ち尽くす希に、男子生徒は苦笑しながらも抜いた鍵を差し出した。


「経年劣化無視して老朽化で駄目になった設備もあるしな。大人は予算とか何とか色々言うけど、壊れてどうにもならなくなってからやっと新しいのを購入することのほうが多いんだ。

校舎も前に補修なんかはあったらしいけど、うちは耐震工事も最低限。後回しにされてるとこもあるくらいだから、建て付けが悪いとこもたくさんある。

鍵も蝶番んとこが歪んでて、鍵穴の中も怪しいし、こっちが合わせてやらないと上手く噛み合わなくなってるんだ。仕方ねえよ」


……ようは施設のほうにガタがきていて、人が悪い訳じゃない。と言いたいらしい。

機嫌は盛り返してても、夜の暗い校舎内にずっといたので、心細くはなっていたようだ。

鍵がすんなり開かなかっただけで、遂に怪奇現象か?と一瞬でも不安になった自分を恥じた。


面倒ごとを押し付けたために、次々と友人たちと別れてしまって、今、希のそばにいるのは由利恵だけ。

幾ら人手が確保できても、男子生徒たちは他校の生徒で知らぬ人。友好的に振舞ってても、どこかで警戒と緊張が抜けない。


後ろから懐中電灯を照らされながら、促されるように中へと足を踏み入れた。


「…ちょっと辞めてよ!私の前にできてる影怖いんだけど」


音楽室と一緒で、真っ暗闇の中に懐中電灯の光で浮かび上がる希の影が、それ以外のものが見えないせいで、自然と目で追ってしまう。

希の動きと同じだけ影も揺らめくのは当たり前なのに、机や椅子の凹凸に張り付いた影は、自分のものと思えない形をして、長く部屋の奥まで滲んでいた。


声は抑えられてたが、希の悲鳴を聞いた由利恵が咄嗟に取った行動は、部屋の電気をつけること。

入り口を入って直ぐの壁を手探り、あるべき場所に見つけたスイッチを切り替える。


電気は点かない。


「ああダメダメ!この教室別電源。誘導灯以外は電気点かないって!

他の教室も落ちてんのに、もとから使う頻度低いここの電気なんか尚更点かないぜ?」

「…あっ、そうだった……」


何度かパチパチスイッチを押した由利恵は、呆れたように掛けられた声に気付いて赤面した。


……と言っても、暗くて顔は良く見えなかったけど。


別電源。電気が点かない。と、いうことは、当然ながら機器も動かせないということ。

映像はどうでもいいが、音響機器が動かないなら、肝心の、


『機械を通して発せられる音に、ある筈のない声が混じる』


現象の検証などは到底出来ない。


……希の顔が引き攣った。


「………、ってことは、検証も何も出来ないじゃない!

何!?あの校長!こうなるのわかってて夜からしろって言ったの?

信じらんない!…って、その、ちょっと意地悪いんじゃない、かな?貴方たちの学校の校長先生……」


咄嗟に叫んだ荒垣希は、その校長から言われてきた生徒がそばにいることを思い出し、彼らの顔色を伺いながら、憤りの声をだんだんと小さくさせていった。

確かに校長は言った。


『学校に蔓延る噂のほぼ全てが夜間ばかりだ』


と。

『ほぼ』である。


『ほぼ』=『大部分において』『大方』


……つまり、『全て』『全部』では無い。


噂とやらの確認を怠ったのは、頭を下げてまで他校を訪問してきた荒垣希たちのほうで、校長先生は多少の提案をしただけだ。

日中からしてはいけないと言われた訳では無い。

冬島総司は後片付けのことを考えて、明るいうちに該当箇所を一通り見回っていたし、生徒がいなくなった後でなら、明るくても作業を始めることは出来た。

そうしなかったのは彼女たちの意思で、だが、希はそうは思わなかったようだった。

更に言うなら、まだ部活などで学校内にいた、自校の生徒たちの邪魔をさせたくなかった。という思惑もあった筈。

優先するは自校の生徒。彼女たちは予期せぬ厭わしい客、persona non grataである。

……好奇心から生徒どうしを接触させて、交流だけなら未だしも、余計な問題が起こらないとも限らない。

事実、『いない筈の生徒から絡まれた』という報告を、校長室で受けたのだから。


………音楽室の報告を、園子一人に押し付けた彼女たちが知らないことではあるけれど。


気まずそうに眉を下げた希を、校長の味方だろう男子生徒は苦笑をこぼしただけで収めた。

チラチラ寄越される視線に手を軽く振って、何とも思っていないことを伝える。


「さっきも言ったけど…、俺は聞いたことあるけど、聞いたことない連中もいるし、それについてどうこう言い争いをするつもりは最初から無い。

『検証』は、検証さえすれば目的は達したことになるんだろ?

検証しました何もありませんでしたでいけんじゃねーの?音楽室のときはそれで押し通してたじゃん。

後は、『被害に遭った生徒とそうでない生徒』がいた。って書けば済む話じゃね?一日で全部終わらせんだから、『検証』っても、大したこと出来ないのは誰だってわかってんだから。

何が問題なんだ??」

「………」


心底不思議そうに首を傾げる男子に、希のほうが呆気にとられてしまった。


「俺たちは君たちの様子を見てくるように言われてるけど、別に校長先生へ細く告げ口しようとか思ってないぜ?

あっちだって、面倒ごとで時間取られるよりはさっさと帰って貰いたい。校長からすれば君たちのための休日出勤だからな。

いつまで経っても帰ってこない君たちに痺れを切らしただけで、君たちのやってることに関しては興味も無いと思うぞ?後で報告書提出する約束でもしてんのか?違うだろ?

だったら、君たちが何をどれだけ真剣にやったかなんてわからない。

施設とか設備壊したりしない限りはそのままサヨナラだ。

こうだったああだったってグダグタ言ってるより、適当でもやらないといけないことを最低限終わらせて帰ればいいじゃん!

……それとも、抗議して話し合いしようとでも思ってんの?今この時間から??

そうなったら校長も許可出した手前、不足分はまたの機会に、としか言えなくなるぞ? やること増えるだけで誰も得しないから辞めとけよ」


………身も蓋も無い。

けれど言ってることは、まあ…、正論だった。

希たちが本気でこの『検証』に臨んでるなら噴飯ものの投げ掛けだったが、呆けていた彼女は呆然としたまま沈黙。

それだけでも本音がわかるいうもの。

その後ろで動かない希にあたふたする由利恵は論外だ。


希は暫く固まってたが、彼の言葉を遅まきながら理解して、ジワジワ口角を持ち上げた。



「…だったら、そのための情報教えてくれてもいいんじゃない?」


希が媚びるようにして男子を下から上目遣いで覗き込み、その様子を感じ取った由利恵がもう一人を見て小首を傾げた。

男子生徒二人は仕方なさそうに肩を竦めたが、美少女の部類に入る女子からのお願いに悪い気はしなかったようで、微笑を浮かべながら了承を返す。

やった!

と喜び、話を聞く体勢に入る希。

言葉を濁しながら足を進める男子に続いて、部屋の奥へと入っていく。

由利恵も慌てて後を追った。


………その後ろで、静かに閉められたドアに気付かないまま。

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