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16.頼りにするヒト

考えれば考えるほど、変な粘液が乾き始めて感触の変わった指先が気になってくる。

それでも、


『イタズラがされていただけで、特におかしなところはなかった』


そう言ってしまった手前、意気揚々とお喋りに興じながら音楽室を出ていこうとする二人を呼び止めることは出来なかった。


もう一度、誰かが『イタズラ』を仕掛けたポスターを腹立たしい気持ちで仰ぎ見ると、ベートーヴェンの両目が暗闇の中で光っている。

またも心音をバクンと跳ね上げさせたその光景は、瞬きする一瞬で消えてしまって、二度見ることは叶わなかった。

すぅと背筋を這い上がる不気味さを『見間違い』だと決めつけて、そんなことがある訳ないと言い訳しながら、再度。キチンと現実を確認してやろうと、半ば八つ当たり心地で睨みつけたら、今度はニィとイヤらしい笑みを向けられて硬直。

だけどそれも、次の瞬間には元の睨みつけるような表情に戻っている。


段々とバクバクしてくる心音を感じながらパイプ椅子を片付けて後を追おうとしたところで、希が振り返って声を掛けてきた。


そのとき視線をやった先のポスターは、光源が無いために印刷された人物のシルエットが、辛うじて影のようにわかる程度。


(……どうして私、見られてると思ったの?・・・暗くて見えないじゃん!)


心臓の鼓動がまた飛び跳ねる。

…急に痛みを感じて、拳を強く握り込んでいたことに気付いた。

その手のひらにじわりと滲んだ汗を認識したとき、何のことだかわからない震えが全身を駆け巡り、希の声で我に返ったのだ。


「この人たちが言ってたみたいに、ココでちょっと時間くい過ぎちゃったから、このあとは二手に分かれようか?

園子はココの鍵閉めたら校長室に報告行って、そのまま『鏡』んとこ行ってよ。

それ終わったら『階段』、ね?

理科室と視聴覚室は私たちでやってあげるから。……いいでしょ?

自分が二つも終わらせた。って言えるしさ。ああっ!私たちもいたことはちゃんと言っといてよ?それだけでいいから♪

園子に手柄譲ってあげるうえに、気味の悪い夜の理科室と視聴覚室に行ってあげるんだから、感謝してよね?

一人にはなっちゃうけど、『鏡』のほうは直ぐに終わるだろうし、『階段』に行く頃には穂花も多分くるでしょ。

私たちも終わったら合流するからさ。ね?よろしく〜」

「えっ…」


二人と同じく、用事は済んだと部屋から出ようとしていた男子のうち、一人の腕を引っ張っている。


「大丈夫!この人たちに手伝ってもらうから、園子が気にすることなんて無いよ。この学校の生徒なんだもん。

『あっちだったっけ?それともこっち?確認方法はこれで間違ってないかな?』

とか、いちいち考えながらしなくてよくなるから、もっと早く終わると思うんだ!」


ねー?と、捕まえた男子の顔を斜め下から覗き込んで同意を求める。

男子の口から乾いた笑い声が出たのを耳がはっきり拾い上げたが、それが一番聞こえている筈の希は素知らぬ顔だ。

そばにいた由利恵をもう一人のほうへ押しやって、同じように猫なで声でシナを作る。

希の意図を察した由利恵がすかさず男子の腕へ縋り付くように寄り掛かって、不安を切々と訴え始めた。


誰もが思い浮かべる理科室の不気味さと、空耳だの何だのと、音響設備に混入するノイズの不協和音が噂される視聴覚室。

そこに女の子二人だけで行くのは怖いの。と、急に心細くしおらしい声で、


『だから一緒に行ってくれると嬉しいの』


ついてきてくれるよね?


と。


男子二人はそそくさと逃げようとしてたけど、希も由利恵もそれぞれが男子の腕をしっかり捕まえてたから逃げられない。

ずいと顔を近付けて、


『やっぱり頼りになる男の人は違うわ!

私たちの『監督』だか『監視』だかするためについてきた先輩なんか、ホント役に立たないの。

『自分の役目はお前たちがちゃんと検証をしたかの確認』

とか言って、校長室で油売ってるんだもの!

こんなに真っ暗な夜の校舎内を、女の子だけで回ってこいだなんて信じられない!気味悪くて怖いんだってさ?

……貴方たちはそんなこと言わないわよね?

だって態々見にきてくれたくらいだもん!』


とのたまった。

涙こそ無いものの、上目遣いでここにはいない別の男と比較。

今使える女の武器を最大限使用しつつ、男の持つプライドをザクザク刺激している。

そう思わせることこそが作戦だとわかってはいても、


『近くにいるらしい“誰か”と比較して、貴方は頼りになる。男らしくて素敵!』


などと手放しで褒められては、お年頃で大半の男子が女子に対して、『カッコいい』自分を見せたいと潜在的にでも思っている限り、その要請に『いいえ』と言える筈も無い。

園子も考えたとおりに、男子二人は迷惑そうしながらも、これまた二人して諦めたように息を吐き、希の言葉に頷いた。


穂花のように、一人雑用係として放り出される園子の方こそ、付き添いが欲しい心境だったけど、


『校長先生へ報告した後の検証場所には、掛かった時間を見れば外の検証を担当してる子が合流する筈。場所も先生と先輩がいる校長室に近いから、何かあっても直ぐに相談しに行ける。

逆に私と由利恵は何階も降りないといけないから大変。手伝いならこっちにきて欲しい』


と主張され、グループの中で希や由利恵より立場の弱い園子が反抗することは無かった。


本人は知らなかったが、校長室に向かう園子の様子は最初一人にされた穂花そのもので、そっくりな表情と雰囲気を纏って報告は行われ、彼女の報告を受けた校長と冬島総司は、最初から最後まで実に微妙な表情でソレを聞いていたのだが……。


山南穂花にも言ったような嫌味を聞いて首を竦めた園子の口からは、これまた穂花が言っていたような生徒の話題が出る。


今度は、男子生徒が二人。

と、具体的な話が出て、しかも学校指定のジャージ着用となれば、そんな輩を送り出した覚えの無い校長先生の眉間にシワが寄っていくのは致し方ないだろう。

その様子を、自分たちの手際が悪いことを怒っていると勘違いした園子が慌てて退室していき、校長の頼みごとを引き受けたと偽って、許可無く深夜の校舎に忍び込んでいるらしい自校の生徒のことを聞きそびれた。


『荒垣さんと高崎さんがする残りの二つを手伝うそうです。人手が余るから、私は終わったことの報告をしたら、外を終わらせた山南さんと合流して一階の方へ行けって言われて…。

彼女がまだなら決めた順番でしていきます。一つ終わったら、また報告にしにきますね。失礼しました』


難しい顔をする校長から視線を逸らし、早口で言い捨てて部屋を飛び出して行ってしまう。


少し前に来た山南穂花の話と合わせて、ますます薄気味悪さを強く感じ始めていた冬島総司が校長の様子を窺うと目が合って、更に眉間のシワを増やした。

……それはそうだろう。

歓迎はしていなくても他校生を招いているのだ。

そこに、自校の生徒といえど、許可無く夜間の校舎内に侵入して、その他校生と交流を持ったなど!

しかも年頃の男女が、他に誰もいない夜の学校で!!

何か問題が起きるとしか思えない。

そして……、問題が起きたなら、その責任は校長が取らなければならなくなる。


同時に同じ結論に至った二人は、視線を合わせたまま深く頷きあった。


「……冬島くん、と言いましたね?」

「………はい」

「私は少し校舎内を見回ってきます。

ただでさえ時間が掛かり過ぎている。しかも関係の無い人間がいるとなると、女性だけでは心配ですしね。

男女関係で間違いがあってもいけませんから、私が見回りをしていることを強調して声掛けをしてきます。

貴方はここで待機していてください。

宜しいですか?」

「…わかりました。では僕は、次から報告しにくる生徒へ、

『校舎内に不審者がいるという連絡が入った。見かけたら直ぐ報告しにくるように。

また、これより後は二人以上で行動し、やるべきことをなるべく早く終わらせて撤収すること』

を伝えます」

「……正直、貴方を一人にすることも良くありませんが、緊急を要するかも知れません。

特に先ほどの新島さんと、まだ外のトイレの方に行っている山南さんが来たら、もう片方を待たせて二人揃ってから送り出してください。

私が戻って来たときにいるなら、彼女たちの方へ貴方がついていった方がいいでしょう。

そうすれば、私は後の二人の方へ行けますので。準備しておいてください」

「……わかりました」


荒垣、高崎コンビがいる筈の、理科室か視聴覚室かに急ぐ校長の後ろ姿を見送りながら思ったことは、


『校長が現場に着いたときに遊んでないといいなあ』

(他校の先生に、ウチの学校の生徒が誰かと男女の仲になってるのを見られないといいなあ)


だった。


これ以上おかしなことに巻き込まれたくない!

何かあったら絶対俺も同類扱いされちまう!!

そんな危機感がムクムクと頭を擡げてくる。


借りていた机に出していたメモと筆記用具をカバンにしまい、手早く身支度を整えた。

新島はともかく、山南が校長室に寄ってから、既に二十分が過ぎている。

このまま待っていれば、何かトラブルが起きてないなら、そろそろ二度目の報告にくる頃合いだろう。

自分以外の誰もいなくなった空間は、妙に寒々しく感じられて、不安が更に掻き立てられた。


………荒垣と高崎は…?

検証に追い出すときの様子を考えれば、新島が一人で来たことといい、きっと何もせずに遊んでる。

その、手伝ってくれると言ったらしい男子生徒たちに押し付けて、自分たちは高みの見物をしてる姿がありありと脳裏に映し出されてしまう。


・・・ってか、本当にその男子生徒たちは『手伝う』と言ったのだろうか?

荒垣希が迫って言わざるを得ないように仕向けたか、勝手に決めて、強引に手伝いをさせているのかのどちらかだとしか思えないんだが??


……ああ、何も面倒起きないまま帰りたいなあ〜。


多分叶わないだろう願いを噛み締めながら、一人天井を仰いだ。


***


トボトボと俯き加減に肩を落として去って行く園子を見送った希と由利恵が、彼女たちを律儀に待っていた男子生徒の方を振り向くと、彼らもニコと笑って移動を促す。


彼らのうちの片方。由利恵が引っ付いた背の低い方の男子生徒は、園子が一人になることを心配したが、希の些か強引な提案を園子が承諾してしまったので、彼女たちのことにそれ以上の口出しはしなかった。

希に捕まえられていた方の男子生徒は、いつのまにか腕を組まれてべったりと張り付かれている。


『…本当に一人で行かせていいのか?俺かあいつがついてったほうが、校長のお小言も早く終わるぜ?遅過ぎるって、ちょっと怒ってたからさ』

『いいのいいの。報告するだけなのに二人も人いらないよ。

一応二つは終わったんだから、あの子がちゃんと報告出来れば、そんなにくどくど言われることもない筈だって!

それより、残ってるもう二つのほうを手伝ってくれる?大まかな話は知ってるけど、やっぱり詳しく知ってる人に教えて貰ったほうが、早く済むと思うんだよね。

誰かが被害にあったとか、実は天気とか、日にちとか、何かキッカケがあるとか?具体的な内容を知ってたら教えて欲しいな。私たちは何も知らないから』

『………まあ、君たちがそれでいいなら、俺たちも別にいいけど…』


積極的では無くても、特に反発されることなく希の言うことを聞いてくれる男子生徒たち。

希にとっては当たり前だった昔の光景が、ここに来て思い出されて上機嫌になった。


私がちょっと可愛くお願いしたら、困った顔をしつつも頷いてくれる。

言うことを聞いてくれる。手を貸してくれる。差し伸べてくれる。

やっぱりこれが当たり前!

頼ってあげてるのに私の頼みを断ったり、相手の味方をするクラスの連中がおかしかったのよ!!


階段を降りるたびに小さくなっていく園子の足音を聞きながら、やっと自身を取り巻く状態が正常に戻ってきたとほくそ笑み、自身を取り巻く状況の異常さが自業自得を多分に含んでいることから目を逸らす。

けれど態々それを指摘する人物もいないから、優しく促されるがままに視聴覚室へ続く暗い廊下を、今にもスキップしそうな足取りで進む希の後ろを、苦笑しながらもホッとしたように歩いていた由利恵は、隣に並んで歩調を合わせてくれている男子生徒の表情が、何の感情も浮かべていないことには気付かなかった。


『…………………・・綺麗でイイなぁ。欲しいなぁ』


「…?えっと、何か、言った?」

「…んーん。何も?」

「?」

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