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9.見えないトコロのお付き合い

多少は奇妙な女性と穏便(?)に別れた後は、残りの距離が短かったこともあって、程なく目的地の学校に辿り着くことが出来た。


休日で鍵の閉められた通用門のインターフォンを鳴らし、自分たちの為だけに休日を潰して出勤してきてくれているであろう人物に繋ぎを取る。

責任者となるのだから、多分校長、違うのなら教頭か生徒指導の教員が出てくる筈である。

運動場があるらしき方向からは、幾つかの運動部が活発に活動していることがわかる声が、沢山重なり合って聞こえてきていた。


予想通り、対応に出てきたのは校長先生。

門の前で暑さを堪えながらおざなりな挨拶を交わし、外とは違って静かな校舎に足を踏み入れる。

日陰に入れたことで僅かに和らいだ熱気は、長時間日光を浴び続けた肌の火照りによって意味の無いものとなってしまった。


昨今はどこの学校も、警備会社の防犯システムが夜間の警備を担当しているので、余程でないと教職員が校舎に泊まり込むことはあまり無い。と言うか、無い。

しかし校舎の建てられた時期のせいで、滅多に使われなくなった宿直室はそのまま残っていた。

年に一度くらい、文化部の合宿(生物部や山岳部)で、部室として使っている部屋に放置出来ない荷物を一時的に置く程度の使用頻度はあったが、当然生徒が通り掛からない場所にあって、簡易キッチンの付いた狭い部屋に他の用途がある訳も無く、物置にすらされないまま放置されていた。

校長が学校を訪れた他校の生徒五人を案内したのはその部屋で、冬島総司は、

『貴方たちのことを此方は全くもって歓迎しておりません!』

という無言の抗議を目の当たりにして、口もとが引き攣るのを堪えることも出来なかったのだ。

雰囲気からだけでも不機嫌になったことのわかる荒垣希たちに、


『……怪談の検証はいつからして貰っても構わないのですが、我が校に蔓延る噂のほぼ全てが、放課後どころか生徒たちが校舎内から退去してから。いえ、事前に許可を取っているのなら別ですが、夜間ばかりなのです。

これから準備に取り掛かるのでしょうが、本格的に行動されるときには私の方へ連絡を願います。

鍵などのこともありますので』


と掛けられた言葉は、日中の数時間で全部を適当に終わらせて帰ろうと計画を立てていた彼女たちの機嫌を、更に下の下に落とす役目しか果たさなかった。


全く、一年とはいえ、進学校の生徒にも愉快な生徒はいるのですね。


などとこぼされた小さな嫌味は、幸いか総司の耳にしか入らなかったようだが、半ば無理矢理とはいえ、現状受験生ながら“愉快な生徒”の範疇に入ってしまった彼の心を、それは盛大に抉ってくれたのである。


***


学校の校長先生が去った元宿直室の中では、総司を抜いた女性陣四名が、それはそれは不本意そうな表情を浮かべて不貞腐れていた。

荒垣希など、責任者が出て行った扉を仇のように睨みつけ、ともすれば唾を吐きかけるんじゃないかと心配するくらいには、凄まじい形相であった。

後の三人も不満そうな顔はするものの、リーダー格が激高してるので自己主張出来ない模様。


だが、怒ろうが不満だろうが、ここでは動き出してる事態に関わる責任者たる人物が、自分たちより立場が上なのも事実で、どんなにぶつくさ言ったところで不利になるのが誰かなど分かり切っている。

そうでなくても元凶なので、相手にそのことが知られていようがいまいが、理解している総司から見ると、校長先生のつれない態度を通り越した苛立ちと呆れ具合は、自分たちこそが原因だと思っているのだ。


簡易キッチンが備え付けられてる、とは言っても、コンロが置いてある訳ではなく、ガスの元栓もとうの昔に潰されて取り払われている。

辛うじて残っているのは水道と小型のシンクだけで、総司は空になったペットボトルの中身を水道水で補充したが、女子たちはそれを鼻で笑ってソッポを向いた。


冷蔵庫があった名残か、周囲より沈んだ色の違う畳の側にコンセントの差込口が二口あるのを見つけたのは山南穂花で、その一つに荒垣希が、少ない荷物から取り出したスマホの充電ケーブルを差し込んで、当然のように使用しだした。

もう一口を勝ち取ったのは高崎由利恵。こちらも使用用途はスマホ充電。

『電気泥棒』の文字が脳裏を過ぎった。

荒垣希なぞ、自分が飲むための飲料水すら用意してこなかったクセに、こういうことだけちゃっかりしているところは……、どうなんだろうか?

手持ち無沙汰になった新島園子が荷物から取り出したグミの小袋は、それを横目に捉えた希に没収され、消費された。

一応『ありがとう』との言葉はあったものの、園子の表情は煮え切らない。

荒垣希がトップなのはわかっていたが、これでチーム内の上下関係が、やっとハッキリ明確になったのだ。


時計すら無い部屋で暫く会話もせずにダラダラし、スマホの充電が完了したのを確認した荒垣希が号令を掛けた。


『面倒だけど、明るい内に下見だけして、本番もさっさと片付けよう』


と言うのである。

遅刻のせいで昼食は取れず、それでも他人が持参していた菓子類で小腹を満たせた荒垣希は、機嫌の悪さはあっても空腹によるイライラは少ないようだった。

冬島総司にとって幸運だったのは、遅れる彼女に付き合いきれず、待つ間に駅で購入していたパンを二つほど食べていたこと。

成長期真っ盛りな男子の胃袋には到底足りなかったが、今だけだと思えば耐えられる。

彼の荷物の中にも、菓子類を含めれば食べられる物は沢山あったが、彼はそれらを一つも彼女たちの前で取り出しはしなかった。

彼女たちには彼女たちだけで通用する不文律があって、けれどそれを強要されるのは御免被る。

女子の中に男子が一人。

彼女たちの性格ならば、悪者になる人物は最初から決まっている。


……つまるところ、集られるのはゴメンなのだった。



…と言っても、命令指示するのはリーダーの荒垣希。


彼女はその下見を冬島総司にさせようと声を掛けたが、彼の役目はあくまで引率。付き添いである。……監視、とも言うが?

兎にも角にも、彼女たちがすべき仕事を代行しようなんて物好きで無いことだけは確かで、

相手との関係が良好ならば、茨木那和に付き添った香月翔のように手伝いの一つや二つするのが吝かでなくても、荒垣希たちと冬島総司の関係はそうじゃなかった。

少なくとも冬島総司は、制度活用によるところの引率業務を心底疎ましく思っていたのだから。

自業自得な面はあったにしても、誰が好きでも無い奴の無料奉仕を積極的にすると言うのか!?

寧ろ一緒に行動する時間が増えるにつれて、安っぽい生クリームを大量に食べさせられたような胸焼け込みの嫌悪感が、急速に増大した始末であった。


総司が理由を説明までしての断りに、女子四名は酷く渋った。

最初から丸投げしようと画策してたのが丸わかりだ。

身内も身内。グループ内ならいざ知らず、『必要あれば助ける』とは言ったが、『面倒ごとの肩がわりをしてあげる』とは言ってない。

他に引き受けてくれる人がいなかった『引率』は了承しても、見栄と嫌がらせなんかがこんがらがった検証という名の面倒ごとは、『する』ことを決めた彼女たち自身がするべきなのだ。



自らが動かないといけないことを自覚させたところで、途端動きが緩慢になる彼女たちを急き立て、近場へと足を向けさせた。逃げ道はとうに無い。


彼女たちを動かすことには成功したが、引率の彼が部屋で休むことは出来なかった。

下見のため、敷地内を歩き回ることを校長に報告して帰ってきても、彼女たちは用意すらしていない。

『遅い!たかが声掛けに時間かけ過ぎよ』

と言う言葉に殺意が湧いた。


『どこ行くの?』『さっさと歩きなさいよ』『めんどくさい…』

などなど。

押し付け合いながら歩く彼女たちは、後ろにいる総司が、必要以上に距離を取っていることには気付いてなかった。

“検証”場所の確認をするだけでコレなのだ。本番が思いやられる。

とりあえずは元宿直室の近くにある階段のところに行くことにして、外に続く扉から検証しなければならないトイレの場所だけを目視した。

目の前の階段も、七不思議に数えられているものの一つだが、全員が何を言うわけでも無く登りだす。

怪談の定番。理科室と音楽室は、この階段を登って行った方が早い。


押し付けられたんだろう。調べもののメモに目を落としながら段差を上がる新島園子が躓いて転けたのは、その一瞬後のことである。

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