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オレンジ色の切ない記憶

作者: 喜久之湯

 毎年夏になると、ふとしたことでに脳裏に浮かぶ遠い日の思い出。私は記憶をたどり、時間旅行を楽しむ。何故か覚えているのは、ちょっと切ない場面ばかりなのであった。かつての自分の姿を背後から見守っているかのような、まるで見送りでもしているような視点の立ち位置が、そう感じさせるのであろうか。


 ギラギラと白くまぶしく照りつけていた日差しは、お盆を過ぎる頃になると少しオレンジ色っぽい優しい輝きに変わったことに気づく。夏休みももう残りわずかと実感する瞬間だった。

 焦りの感情とともに、まだ終わっていない夏休みの宿題とか、とうとう告白出来ずに終わってしまった夏の日の恋などの記憶がよみがえる。それはあたかもあたり一面が濃い霧のような煙に包まれた、風の無い花火大会のようでもある。どこからともなくかすかに漂ってくる火薬の匂い。頭の中心部にある太い器官を刺激するように、泣きたくなるような思い出が頭をかすめる。


 花火大会の最後の一発というのは、だいたいがオレンジ色単色の一番大きな尺玉だ。それがあがると「あぁ、今年の夏ももう終わりだな……」と感じる。

 煙と火薬の匂いは、月も星も見えていない夜空の暗闇の向こう側に吸い込まれて行く。あとに残るのは、ぼんやりと橙色にくすぶっている手元の蚊取り線香だけであった。

 花火大会からの帰り道はもの悲しい。すでに片付け作業に入った夜店の軒先では、まばらに吊り下げられたオレンジ色に輝く裸電球の光だけが目に眩しかった。


 オレンジ色は、私にとって切ない色に映る。


 学生時代の夏休みには、文庫本をポケットに押し込み旅に出た。旧国鉄の急行電車は、だいたいがオレンジ色と緑色に塗り分けられた車両である。私はそれに乗り、日本海にある海辺の町まで行った。

 文学に目覚めたばかりの青臭かった私は、潮風に吹かれながら煙草に火を付け、ポケットから短編小説を取り出す。スペインを舞台にしたその小説の最後のほうは、こんな言葉で終わっていた。

「オレンジをかじっていたね。あれが生きるってことなのかもしれない」

 今でも覚えているこのフレーズが何故か気に入っている。

 砂浜には、波に洗われ角が取れたガラスびんの破片が、まるで砂糖にまぶされたゼリー菓子のような顔をして並んでいた。

 その中から、おそらくビール壜であったであろう茶色い欠片かけらを拾い、太陽にかざしてみるとオレンジ色の日輪が出現する。夏の日を飲みほしたような色だった。


 つい先頃の話しである。

 ある闘病中だった人のブログに流れていた時間が止まってしまった。

 旅立つ直前のブログ記事には、フレッシュなオレンジジュースの話がつづられている。文面は笑顔という言葉で結ばれていた。

 生きるって、そういうことかも知れない。


 オレンジ色は、私にとってやはり少し切ない色である。

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