二人の関係
『やっぱり君とは合わないみたいだ。別れよう』
数時間前そう言って切れた電話。私は黒い画面のスマホを眺めていた。
「はぁ…」
何度目か分からぬため息を吐き出し、スマホを素早く起動させると無料通話アプリを開く。そしてお気に入りの一番上にある人物へと電話を掛けるのだった。
***
「おっちゃん、生二つ!」
「…お前生飲めないだろ」
突然電話をかけたため、仕事終わりですぐ駆けつけてくれた彼は、スーツのままだ。
呆れたものだが、彼は高校で数少ない同じ部活の仲間で、誘いを断ることはめったにない。
そんな貴重な愚痴相手だった。
「んで、今回は何か月?」
「3。いつもとおんなじセリフ言われてさよーならー」
テーブルに肘をつき、手だけをけだるげに振って見せる私に彼はビール片手にゲラゲラと笑う。
「やっぱり君とは合わないみたいだ。別れよう」
数時間前に耳にした言葉を一言一句たがわずに彼がいう。振られるとき、たいていの相手にそういわれるのだ。
それを彼が知るのも、その度に呼び出しているからである。
「ちゃんと相手を選ばないからだろ」
「うーるーさーいー。あんたなんて、今まで一人も作ったことないじゃんか」
「俺は吟味してんだよ」
私の言葉を鼻であしらい、彼は自慢げに言う。見下されるのが非常にムカつくが、しかたない。
酒を飲み、おいしそうな鍋を食べる。しばしの無言。居酒屋は音楽やほかの客の楽しそうな声が聞こえてくるため、無言でもあまり苦ではない。
というより、相手が気の使わない彼だから、というのが大きい気がするが。
「…ま、好きになる相手が結婚相手になるなんてあんまないらしいし」
「?」
突然無言を破った彼の発言に、驚く。そして首を傾げた。
どういう意味か尋ねようとしても、運ばれてくる料理の感想や、最近の出来事など、世間話をするばかり。
彼は頑固なやつなので、言わないと決めたら、言わないつもりだろう。私も聞くことを諦めて、世間話に相槌を打つ。
「いやー、すっきりしたー」
室内は暖房と酒の効果で暑かったが、外はまだ冬の寒さが残っていた。コートを着て丁度いいくらいだ。
大きく伸びをして、空を見上げる。
田舎の空は、星がよく見える。…都会の空を知らないが。
「んで?もう切り替えられそうですかい」
「毎度悪いね~。別に仕事が忙しいなら、断ってくれてもいいのに」
別に、と短く言って私の頭をくしゃりと撫でる。不覚にもときめいてしまった。
「次はあんたの愚痴を聞く番かな」
「お前のだろ、絶対」
はっ、と鼻で笑う彼の手を払いのけ、私はタクシーに乗り込む。
それを見届けた彼は、煙草に火を付け、煙を吐いた。
『タバコは口さみしいやつが吸うもんだ』
以前彼が言っていた言葉。ふと今思い出したのは、どこか寂し気に見えたからか。
頭を振って、タクシーの窓を開ける。
「次は普通に飲み行こうね!」
おう、と片手を挙げる彼に私は手を振り、家路についた。
帰ってから、次はあんたのおごりで高い店(笑)、とメッセージを送りつけると、かわいいクマがは?と見下すスタンプが返ってきたのに、思わず笑ってしまったのだった。