寝起きはつらいよ
* * *
『!!!!!!!!』
蹴り飛ばされたような、猛烈な脇腹の痛みに目を覚ます。
戦況は……なんだよこれ、メチャクチャじゃねぇかよ!
スワロンドについばまれながら全体を見回すと誰も彼もが傷つき、立っていられる者がほとんどいない惨憺たる有様だった。
「ぜったい『振付師』になってみせるんだから!!!」
血まみれのマリアンナが高く吠え、ウルフニードルにナイフの束を突き立てた。
真っ赤に染まったスカートには、狼の生首が喰いついている。
仰け反って倒れるマリアンナを受け止め、そのまま地面に寝かせた。
生首を踵で踏みつぶすと、纏った闇が粉々の濃紫色の影へと還ってゆく。
ウルフニードル頭の肉片がゴロリと草の上に転がった。
近くにいた斧使いの少女に助太刀をもらい、拾った木の槍でウルフニードルを串刺しにしたが、再び数匹に包囲された。
彼女もチグリラビットの一匹を斧で叩き割ったが、まだまだ多勢に無勢。
あっという間に群がられて斧が砕け散り、逃げ出してゆく。
……マリアンナが横腹から出血している。
早く殲滅して治療に移らなければ、そう何時間もは持たないだろう。
跳びかかってきたウルフニードルの黒闇を纏う目を槍でくりぬいた。
木の槍がボキンと折れ、洞穴からブラ下がる。
噛みつかれた腕の肉に、鋭い牙が食い込んで痺れる。振っても振っても食らいついたまま振りほどけない。痛ぇんだよこの野郎!
素手でウルフニードルの首を絞め、力任せに骨を折る。
ゴリッと鈍い音がして、纏った闇の衣が破れたように散っていく。
「次はどうした? 早くかかってきやがれっ!」
挑発に煽られることなくかといって怯むでもなく、闇の眷属のウルフニードルたちは間合いを詰めるタイミングを計りながら、こちらをじらしてくる。
クソッ、こっちに時間がないのが見透かされている。
その時、光の筋が差し込みドスンと足元が揺れた。
前世でも今世でも、一度も手にしたことのないモノが地面につき刺さっている。
美しい曲線の握りやすそうな革の柄と、鋭い直線の輝く刃金。
……剣だ!
光の筋の出どころを辿るとオリーブ色のローブ姿の何者かが、一瞬のうちにシカ型眷属を氷像にして砕き、森への進撃を開始している。
ありがたい、これで俺でも眷属と五分に戦える!
引き抜いた剣は思いのほか軽く、一振りするごとに風を切ってヒュンと鳴る。この剣が何か強い力を秘めているのは、ウルフニードルの様子からもわかる。
先ほどまで余裕たっぷりだった立ち回りが、明らかに焦りの色を帯びているからだ。
グラゥルヴゥワゥッ
喉を鳴らして一斉に跳びかかってくるウルフニードルに向け、俺は剣を横一線に振った。
しくじったのかと焦ったほど手ごたえはなかった。
すうっとゼリーにスプーンを滑らすような感触で、刃がウルフニードルたちを貫通してゆく。
闇の衣ごと切断された生々しい肉と骨が、スペアリブのように草むらに並ぶ。
どれがウルフニードルでどれがチグリラビットなのかも分からない程まとめてバラバラに解体すると、濃紫色のケダモノたちが断末魔をまき散らしながら、闇の衣を霧散させてゆく。
「2…………1…………ラストだっ!」
眷属の魔獣たちは徐々にシュッドの森へと逃げ帰りつつあるが、後衛の貴族も衛兵に喚き散らしながら逃げ出す準備を始めている。
なんとかマリアンナを治療しなければ……せめて止血だけでも。
「ちょっと借りるぞ」
マリアンナの職歴書を手にしてみたが、本人じゃないと反応しないのか。
ピクリとも光らない。
苦し紛れに自分の冒険の職歴書を鞄から出し、震える赤い指でページを捲った。
紙が血でぬめってうまく捲れない。
就業キャパが10に拡張され、狩猟士がLV5、警備士がLV3に上がっていたが『足跡鑑定』と『大声』のスキルしかなかった。
「治癒か回復系のスキルはないのか?」
冒険の職歴書がブルっと震え、検索ウィンドウが開いた。
『検索結果0件』
俺は警備士の『大声』スキルを使用し草原中に叫んだ。
「誰か! 治癒をお願いします!回復スキルを!」
けれども戦場のどこからも返事がなかった。
皆、自分の身を守るので精一杯なのだ。
血の匂いを嗅ぎつけてか、スワロンドが最後の集中攻撃を浴びせてくる。
剣はどこだ? 剣がないぞ!!
……こんな時に限ってまさかの具象化ぎれかよ。
仕方なしに俺は木の枝の残り半分と、振り回した肩掛け鞄で、特攻を仕掛けてくる眷属のスワロンドを打ち払う。
必死で振り払い踊り狂うその最中に。
睨んだ空が、ふいに明るく輝いた。