初陣はつらいよ
翌日。
昨夜のマッシュボアを焼いて挟んだ野草サンドを、皆で分け合って食べた後。
昼近くなってようやく貴族の道楽息子御一行様が野営地に姿を現した。
チャラチャラと談笑しながら、ガチャガチャとフルプレートを鳴らしながらだ。
忙しいなか一晩のあいだ待たされダラダラしていた衛兵たちが、そそくさと準備をはじめる。
こんなノリで勇者になれるのなら、俺だって名乗りをあげたいものだ。
シュッドの森に近い草原に集合し、今朝補充で加わった者も合わせて30人ほどのハンターが一列に並べられる。
俺とマリアンナは、Vの字に近い横並びの陣形の真ん中あたりに配置された。
できればもうちょっと端の方が良かったのだけれど、もしかしたら昨日の俺のハッタリのせいかもしれない。
年寄りや子どもも含んだハンターっぽくない顔ぶれがほとんどだから、仕方がないのかもしれないけれど。
ゆるいV字の付け根やや後方に、貴族の息子パーティーがいた。
その騎馬を警護するように衛兵たちが取り囲み、ワインでおもてなししている。
本日の狩りの作戦はこうだ。
森の反対側から狩猟士ら別働隊がスキルで獲物を追いたて、出てきたところを鶴翼の陣で仕留める。
狐や狸なら問題ないが、熊や猪が集団で飛び出してきたらどうしようか。
なにせスキルを使えない俺の手には、枝をナイフで尖らせただけの木の槍しかない。
「こんな武器で大丈夫なのかな?」
「大丈夫。私たちの役目は獲物を囲んで、貴族の狩りやすい方へ追い込むこと。むしろトドメなんか刺しちゃったら大目玉よ」
さすがは勇者候補の貴族様、トドメの美味しい所を持っていく戦法ですか。
陣形を組んでから小一時間待たされた後、森の奥から警笛が近づいてきた。
腰を降ろしていた他の人々もヨイショと整え直し、冒険の職歴書を確認し始める。
いよいよ俺のチグリガルドでの初陣だ。
トドメは刺せなくとも、経験値をたっぷり稼いでやる。
武者震いで揺れる木の槍を両手で握り直し、森の奥を見据えた時。
「来たぞっ!」
カサカサと音をこだまさせ、森の奥から飛び出してきたのは『追い立て役の狩猟士』だった。
「あれっ? 獲物じゃない?」
一緒に陣を組んでいる爺さんや女の子、平服の中年らもざわつき浮足立つ。
「どうしたー!?」
後衛の本陣から声が届く数歩手前で、狩猟士は倒れて動かなくなった。
「気を付けて、何かおかしいよ!」
マリアンナが小型のナイフをスキルで具象化し、身構えた。
森の奥に目をこらすと、真昼間だというのに影が濃くなってくる。
「悪夢の卵やもしれん……」
横の方で腰の曲がった爺さんが呟いた。
「デビル・エッグ!?」
「気をつけろ!デビル・エッグだ!」
「総員構え! しょっぱなから全力でいけ!」
木々の隙間から、闇に追い立てられた小鳥が逃げ延びてくる。
「ちがう! ただのスワロンドじゃない、闇の眷属よ!」
濃い紫色の闇を纏った鳥が、編隊を組んで迫ってくる。
おいおいおい。どうするんだよ、これ!?
「怯むな! 逃亡したものには報酬はやらんぞ貴様ら!」
んなこと言ったって木の槍なんだよ、俺様は!!
地を這う闇が森を抜け、草原へと染み出してくる。
真っ黒なチグリラビットの集団が狂ったように突進してくる。
「タイガ、こうなったら腹をくくってやるしかないよ!」
「おっ、おう。やってやるぜ……」
後衛から弓や円盤などのスキルがパラパラ飛んでゆくが、闇の眷属の鳥たちはほとんど数を減らさず編隊を解除する。
濃い紫色の影が四方八方から急降下して残像を焼き付けてゆく。
「くるぞ! 構えろ!」
近くにいた若い女の子がブツブツ呟き、具象化させた斧を片手に震えている。
「誰か助けて……私まだ死にたくない……オーマガマガドキハグレタレド………」
悪夢の卵の眷属と化したスワロンドは、木の槍でピンポイントで突けるような速さではなかった。
服を切り裂き頬を裂き、クチバシが、羽が、真っ黒な痛みを運んでくる。
傷口にうっすらと、血とは異なる紫の染みが滲んでいる。
上を見ていると下にはチグリラビット、足元に注意を払うと空からスワロンド、縦横無尽に蹂躙される。
「くそっ、完全に制空権が取られてやがる。後衛の弾幕は何やってんだよ?」
槍として使うことを諦め、俺は木の棒を刃のない斧のように振り回した。
じりじりと一方的に削られている上に、眷属がまだまだ増えてきている。
「ウルフニードルが出たぞ!あっちも眷属化している!」
後方からの怒声に振り返った瞬間。
信じられない光景が目の前に迫っていた。
後衛側から飛んできた円盤が、避けようもなく俺の頭を直撃した。
なんでだよっ!!
衝撃と激痛に吹き飛ばされ、急激に視界がしぼんでゆく。