記憶喪失はつらいよ
マリアンナが開いた俺の『冒険の職歴書』に、光り文字で新ジョブ獲得が表示されていた。
『トピックス:警備士LV1を獲得しました』
『トピックス:狩猟士LV1を獲得しました』
狩猟士の獲得は嬉しいが、警備士ってなんだ。いつの間にこんなジョブを手に入れたんだ?
「これでちょっとは明日の狩りが楽しみになってきたよ」
「この様子でちゃんと来るか、私は少し心配になってきたなぁ……」
チグリラビットの串焼きを頬張りながら、マリアンナは状況を語りはじめた。
「貴族の息子が近々『勇者選抜の儀』への参加を表明するらしくて。そのための序盤の経験値稼ぎの狩りだったみたいなのだけれど」
「勇者選抜の儀?」
「25年に一度魔王が現れるのは記憶に残ってないかな。うん、有史以来ずっと続いているよ。黄昏ノ禍時計がいつからあるのかも分からないほど昔から」
「タソガレノマガドケイって、もしかして広場の『黒い時計塔』のこと?」
「そう。25番目の年、逢魔の年にだけ動く時計塔。ひと月に一つ灯りがともって悪夢の卵がどこかに産み落とされるの」
「デビル・エッグ?」
「孵化すると『闇の魔者』が誕生するの。その魔者を倒しながら勇者候補たちが力を蓄え、魔王と闘う……はずだったのが前回は時計が途中で止まってしまったの」
刺繍入りの赤いスカートをひらひらさせながら、マリアンナは続けた。
「それが一昨日、まだ20年しか経っていないのに急に動き出したのよ」
「それで選抜の儀とやらが再開したってわけか。ところがその勇者候補の貴族様は現れませんでした。めでたしめでたし……」
「選抜に参加しました!っていう箔が欲しいだけの議員の息子さんだからね。私が言うのもなんだけど本気でハントの経験値が欲しいわけじゃないのよ」
「マリアンナは……どうしてこの狩りに?」
「女はどうの品格がどうの、親がうるさいから飛び出してきちゃった。てへっ」
パチッ、パチッと焚き火の灯りが揺れ、マリアンナの瞳に映り込んだ。
その時ガサッと物音がして、風が駆け抜けるように影が飛び込んできた。
「危ないっ!」
とっさにマリアンナを押し倒し、茂みから飛び出した二つの塊から守る。
途端にあちらこちらの焚き火グループから具象化された極彩色の鎌・ハサミ・ナイフ諸々が飛び交い、影の物体を迎撃した。
皆が皆、俺以外の皆が慌ててスキルを使用したのだ。
影の正体は手負いのウルフニードルとマッシュボアいう野生獣だった。
夕方、どこかのグループが撃ち損ねたのだろう。
マッシュボアという丸々太った猪の親類はともかく、ウルフニードルの方は危なげだ。
針だらけの尻尾を膨張させ、絶命しながらなお威嚇をやめない。
マッシュボアはご馳走になるが、ウルフニードルは一日の半分ぐらいの時間を走り回っていないと死んでしまうので、筋肉ばかりが発達して食べても美味しくないのだそうだ。
「なんだよ、びっくりさせやがって……」
酔っ払った衛兵たちが、手にした職歴書をしまいながらテントへ戻っていく。
明日の狩りへ向けての不安がよぎったので、マリアンナに職歴書講座をお願いすることになった。
マリアンナはスカートの上に俺の職歴書を置き、そっと開いた。
〇就業ジョブ一覧 (CAP2)
なし
・予備職
浮流士 LV2 (↑1)
皿洗士 LV1
警備士 LV1 (new)
狩猟士 LV1 (new)
「例えばこの狩猟士を予備職欄からこっちのキャパに持って行くでしょ?そうそうそれでOK。開いて手にしていれば声でも操作できるのよ」
なるほど。これで狩猟士がセット完了。
〇就業ジョブ一覧 (CAP2)
狩猟士 LV1 (new)
・予備職
浮流士 LV2 (↑1)
皿洗士 LV1
警備士 LV1 (new)
「いっぺんに成れる職業は一個だけ?」
「そういう時はキャパの中に、もう一つ放り込むの」
「じゃあ裏稼業は浮流士にしてみよう」
「裏稼業じゃなくて『兼職』ね」
なるほど、と浮流士をキャパまで持っていくのだが、どうしてなかなかうまく入ってくれない。
「これ何で?」
「うーん……あっ、ただのキャパ不足か」
「ご教授をお願いいたします」
「入れる器が2しかないからLV1狩猟士とLV2の浮流士を同時にはこなせないのよ。タイガは……記憶だけじゃなくてキャパも落としてきちゃったみたいね」
ったく……他人事だと思って失礼な。
「今は試しにLV1の狩猟士と警備士LV1を兼職してみて」
「おぉできた!」
キャパが2なのは不安だが、経験を積めば何とかなるだろう、とのこと。
〇就業ジョブ一覧 (CAP2)
狩猟士 LV1 (new)
警備士 LV1 (new)
・予備職
浮流士 LV2 (↑1)
皿洗士 LV1
「タイガはこの先、どんなジョブにつきたいの?」
「俺? 俺は…………やっぱり『軍師』とかかな」
モヤモヤしていて判然としないが、夢は大きく描いてみる。
「タイガ……私の知ってる限りじゃ、軍士なんてジョブは無かった気がするよ」
ないのかよ、恥ずかしい!
「似たようなのだったら、あるかもだけど」
俺はマリアンナと麻布を分け合って星空を見上げた。
満天の星が揺らめく中、大きな流れ星が夜空を横切ってゆく。
そろそろ寝よう、明日はいよいよ集団ハントの初陣だ。