告白がつらいよ
草原で半日を潰して待てど暮らせど、お伴の対象の貴族はやって来なかった。
結局、夕方まで貴族の道楽息子が来ないまま『本日は野営せよ』との指示が下った。
これもう解散でよくないか??
パン二切れと水が支給されただけで、もっと食べたければその辺で何かとってこい、というドケチ極まりない野営計画だった。
それでも多くのハンターが『報酬は三日分』というウマイ話に乗るかたちで、その場に残った。
おそらく不名誉な噂の口止め料も入っているのだろう。
腹は立ったが空腹でもあり、馬車で小一時間の道のりを今から歩いて帰るのはつらい。
そもそも俺には王都に帰る家などない。
なにより俺には今日を食いしのぐ金がない。
家族が心配してはいないか気になるが、マリアンナも残るのだという。
紺色の制服に身を包んだ衛兵達が、苛立ちながら野営本陣の準備を始めていた。
向こうは向こうで、貴族とのつき合いのため仕方なしに来ているのだろう。
「一緒に野草か果物か……何かとりに行こうよ」
「大賛成。もう腹が減ってしかたがない!」
俺はマリアンナに誘われるまま、夕暮れの茂みの中へと分け入った。
「オーマガマガドキ・タソガレド。オーマガマガドキ・チグリターレ」
何かの歌を唄いながら、綺麗な刺繍のスカートが汚れるのも意にも介さず、彼女は森を進んでいった。
明朝の狩りの予行演習がてら、俺たちはジョブのスキルによるチグリラビット狩りをすることにした。
チグリラビットというのは足が六本あり、発達した後ろ足で突進し、岩のように固い頭で打撃をしてくる素早い野兎らしい。
足の多い兎なんてチートだろ……というか想像しただけで不可思議だ。
『狩猟士』や『農産士』などのジョブには罠スキルもあるらしいのだが、今からでは日暮れに間に合わないので俺が獲物を追い立てることになった。獲物が待ち伏せポイントに到達した瞬間に、『隠密』能力で潜む彼女がスキルで捕獲する一網打尽作戦だ。
森の茂みが薄暗く走り慣れていないせいもあり、何度も転びそうになりながら獲物を追い立てる。
六本足って何だよ?と思っていたが、どっこい。
側面方向の軸にも飛べるものだから、進路の予測・誘導がとても難しい。
けれども俺は俺で、意外なほど体が軽かった。
どうやら何かのジョブの走力系パッシブが効いているらしい。
「防鳥獣網!」
絶妙なタイミングでマリアンナがスキルを放ち、チグリラビットを捕獲した。
よっしゃー!これで今夜の肉にありつける。
「タイガ、そろそろ網の具象化が切れるから急いで!」
マリアンナに急かされて網に手を突っ込み、暴れる後ろ足に蹴られながら、具象化が解けるギリギリでチグリラビットの耳を掴んだ。
いかに六本足といえど宙ぶらりんにしてしまえば、頭突きも怖くない。
が、この世界の兎は結構狂暴で、油断していると指を噛みちぎられそうになる。
肩掛け鞄の中で俺の冒険の職歴書が、ブルンと震えて何かを伝えている。
新ジョブか新スキルの獲得サインだ!!
スキル解除の光に誘われ、紫色の鱗粉をまき散らす『蛾』が寄ってきた。
マイアンナが具象化した扇でスパンと払い落とし、辺りを見回す。
「暗くなってきたし、そろそろ戻りましょう? これ以上暗くなったらゴブリンが出るわ」
「二人で兎一匹で充分ならそうしようか。なにせ本番は明日だ」
マリアンナはいったい何士なのだろう?と想像しながら、俺はチグリラビットのお命を頂戴した。
「薪着火」
チグリラビットの肉を串に刺すと、彼女は冒険の職歴書を指で操作し、焚き木に火をつけた。
「ホント便利だよな。その職歴書のスキルってやつは」
「タイガ……いつから記憶喪失なの?」
……どこまで正直に話すべきなのだろう。
「おととい。気がついたら花畑に転がってた」
「それで『お花畑』なのね?」
う、うん。
「冒険の職歴書は? 持ってなかった?」
「持ってなかった……はず」
「じゃあ違うかなぁ。タイガってもしかしたら『流者』かと思ったのだけど」
「りゅうしゃ?」
「逢魔の年の頃に別世界から流れてくる人のこと。でも流者は召喚される時に記憶は無くさないし、特別な真っ白い冒険の職歴書を持ってくるらしいから」
俺は冒険の職歴書を肩掛け鞄から出し、マリアンナの反応を伺った。
「これは……違うわね。たしかドラゴン版かな」
彼女は俺の冒険の職歴書を手にし、オレンジ色の装丁を撫でた。
さて困った。
俺が別の世界から転生してきたことを、どのタイミングでどう伝えよう?
「でもタイガが流者じゃなくて、少しほっとしたわ。流者は魔王になるために召喚されるなんて噂もあるから」
えっ!?なにそれ。
「あくまでも噂でしかないんだけどね」
タイミングを逃したのが幸なのか不幸なのか、俺は漂流の事実を彼女に知らせ難くなってしまった。
「タイガ、見て見て! 新ジョブがきてるよ!」