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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅳ 一花心の流者 と リリベル姫
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魔者戦はつらいよ

 俺と会う直前、アンナはどこにいたのか?

 ――聖蹟・アジジの泉だ。


 ならばアンナが体に『聖』の気を帯びているのは、聖蹟で入浴していた(・・・・・・・・・)からだ、と考えるのが一番合理的。


 俺はマリアンナの懐に飛び込み、両腕を掴んだ。

 彼女の纏った瘴気がじんわり伝わり、背筋が寒くなってくる。

『邪魔しないで……怒らないで……』

 掴まれた腕を振りほどこうと、マリアンナがもがき始める。


 これでも食らえっ!

 見えない第三の手を肩掛け鞄に突っ込み、温泉卵(・・・)をマリアンナの口に押し込んだ。

 殻から飛び出した半熟の卵は、予想通り金色に光り輝いている。



 瘴気の癒えたマリアンナは、ペタンと膝を折って尻もちをついた。

 まるで糸の切れた操り人形のように。


「タイガ……わたし負けちゃった……」

「負けたら負けたで、そっから出直しゃいいだろ?もういっぺん、自分の踊りを踊り直しゃいいだけだろ?」

「強くなったんだね、タイガ」

「ったりめぇだろ?あれから何日たったと思ってるんだよ」


 めばえ公園から爆発音と火の手があがっている。

「おいっ、アンナ……あれ?どこ行った??」

「タイガ、もう行って。あとは自分でなんとかするから」

「わかった。でも無理すんなよ?」

「無理を通して道理を引っ込めてみせるの」

 肩も借りずに自分の脚で立ち上がったマリアンナは、しっかりとした足取りで狂った父親と対峙した。



 めばえ公園は、眷属と化した衛兵がぞろぞろしていた。

 そして俺が言ったせいだろうか。

 王子は剣を抜かずに『癒水如雨露』で応戦しているが、一方的な防戦を強いられている。

 親衛騎士団は何をしているのか。


 ガザニアの騎士たちは万年樹の向こうで、禍々しい気配を取り囲んでいる。

 一目でわかった。あれが魔者の本体だ。


 俺はひとまず王子に駆け寄り、眷属化した衛兵らの脚を払ってなぎ倒した。

 ブムォオオ!オタスゲヲ~

 『鈍足旋風!』、『金縛眼!』


「余計な真似を……」

「お宅と違って、『借りは作るな』が家訓なだけですよ」

 王子の癒水如雨露を受けて癒された衛兵らが、正気を取り戻して王子の周りを固め始めた。


 それでも数としては五分と五分、まだまだ気は抜けない。

「こんな時こそ『拡散の癒水如雨露ヒーリングジョウロ・オブ・スプリンクル』でしょう?」

「うるさい。ボクのは違うんだよ!」


 そうか。王子の花葉装飾師は、職人武具に別のスキルを固定してあるのか。

「だったら『水拡散』と『癒水如雨露』を併用すれば……」

「ボクを愚弄するのか?水拡散ならとっくに使っている!」

 しかたない。一か八かでやってみるか。


「なんでもいいから『聖』のスキルを、俺のに上乗せして下さい!」

「なんだって???」

「3……2……1……『冷水噴爆』!」

「おいっ……ちょっ……『チグリの聖土』!」


 激しい濁流がうねり、眷属化していた衛兵らを押し流した。

 …………巻き込んでしまった正気の衛兵のみなさん、すんません。

 それにしても腐っても王子だ。チグリの聖土だなんて聞いたこともないスキルを持っていやがる。


 瘴気を洗い流しさえすれば、衛兵たちは勝手に自分でなんとかしてくれるだろう。

 最後に泥水を自分で被り、俺は魔者本体へ向かって疾駆した。

「気でも狂ったのか?」

「しかたがないでしょ?俺『聖属性』のスキルを持ってないんですから!」


 王子と競い合うように辿り着いた万年樹の根元で、ガザニア親衛騎士団は苦戦を強いられていた。

 あれが悪夢の卵に取り込まれた者のなれの果て、『魔者』なのか。

 すでに陽は沈んだというのに、濃い黒紫色の瘴気が誰の目にもとまるほど、はっきりとほとばしっている。


 なるほど。それで騎士でもうかつには近付けないのか。

「王子……こいつ、先日の『盗賊』です!」

「なんでだよ?二週間前に倒したばかりだろ??」

「違います、衛兵隊本部の牢獄に捕えていた方の奴です」


 俺が捕縛した盗賊なのか、王子が捕縛した奴なのかは分からない。

 というのも、盗賊はすでに人の形を失い始めていたからだ。

 筋肉が異常に盛り上がり、牙が生え、おまけに毒霧まで噴いてやがる。

 ……人の道から外れるっていうのは、こういうことなのか。


 どこからかアンナが飛び出し、上段に構えた剣を全力で振り下ろした。

 やったか!?

 ……いやダメだ。白刃どりされた親父譲りの剣が、ボロボロと腐食して消えた。

 鉤つきの長い棒を具象化し、アンナの服を引っかけてこちらへ引き戻す。

「死ぬ気か?」

「だって誰も動かないんだもん」

「馬鹿、そりゃ間合いをはかってるからだろ?」


 アンナに次いで騎士の突き出したランスが一撃、魔者を突貫した。

 やったか!?

 魔術師風のローブ男が『火炎噴爆』で追い打ちをかけるが、あまり効いている風でもない。

 騎士のランスも魔者の体から抜くことができず、先端から黒く錆び、崩れ落ちてゆく。


「虫だ!ストリング・フェスミーダが大量に現れたぞ!」

 こんな時にどこから?

 東の空から飛来した虫が、あちこちの建物の壁や屋根に落下してくる。

 小さい…………もしかしたら、この間討伐したストリング・フェスミーダは、すでに産卵済みだったのか?


 こんな時に限って悪い知らせが続く。

「王子、チグリ大サーカスから猛獣が逃げました。眷属化しています」

 使者を待たせたまま、王子は汗を拭って魔者と睨みあう。


 王子は前線で指揮をとる役なのか、剣術で切り込んでいく役なのか、ハッキリしないと、この急襲のネックになりそうだ。

 もし反王子派が、そこまで狙って王子を誘き出したのなら、かなりやっかいだ。


 王子の剣が、鋭く伸びた魔者の触手と切り結び、火花が散る。

 すかざず騎士が触手を切り落とすが、水芸の騎士の追撃は咆哮一発で吹き飛ばされる。


「グロリオサ様、矢面は私たちに任せて、少し引いた位置でご指揮を……」

「うっ、うるさい」


 ウォマェヲ……コロゼナカッ……サマニ……ガッ……

 魔者の口からベッチョリした粘液が、王子に向けて吐き出された。

 『急所隠防の扇!ファン・オブ・クリティカルガード

 こいつ……王子ばっかり執拗に狙っていないか?

 精核になった盗賊の恨みが増幅されてるんじゃないのか?


「王子……アンタ、盗賊に恨みをかってるんだから、下がって指揮に回ってくれよ!」

「なんでお前なんぞに……ボクを誰だと思ってるんだ?」


「アンタが指揮できる権力を持ってるからこそ、言ってんだよ!」

 ドナの手(ゴッド・ハンド)で道化士の『進言』をONにして怒鳴った。

 あー。これで負けたらいよいよ断頭台いきだな、俺。


「グロリオサ様、口は悪いですがこの愚民のいう事も、もっともであります」

 愚民はムカつくが、もっと言ってやれ。

 王子をかばいながらじゃ、動きにくいから下がれ!……くらい言ってやれ。


 王子は返事もせずに後ろへ引いた。

 駆け寄った火魔術師が一人、王子と話して衛兵たちを引き連れてゆく。

 魔者と張り合う力量がないなら、足手まといになるより虫や獣の制圧に向かわせたほうがいい。おおかたそういう判断なのだろう。


 王子の御守りがなくなった騎士たちが、少しずつ力を発揮し始める。

 満面で悔しがる王子には悪いが、恐らくあと5年分ほど若いのだ。

 本来ならば25年周期でやってくるはずの逢魔の年は5年後、その頃にピークがやってくるように育てられていたはず。

 しかも口うるさいランキフォウ爺さんから離れ、東国の遊学で甘やかされたのだろうな……。


 ランキフォウの爺さんも、リリベル姫も、こんな時に何をやっているんだ?

 まさか二人ともお出かけ中、なんて話じゃないだろうな?


「じゃーん!お待たせー!」

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