昔話はつらいよ
確かに国王は父・竜門を知っている口ぶりだった。
でもそれは流れてくる前、ニホンで面識があったのだとばかり――。
「大河…………なのか?本当に大河なのか?」
『父さん』と呼んだだけで『大河』かと聞いて来る。
間違いない、まぎれもなく本物の父だ。
なのに、そこから先の言葉が思い浮かばなかった。
ジミュコ師匠・父娘のように拳で語り合うような関係でもなかった。
そりゃそうだ。
俺にとってこの人は16年前、オカンと俺を捨てて蒸発した男だから。
話す言葉なんて、罵声しか用意してなかったから。
「その……元気にしてたのか?」
「はい」
「母さん……真央は元気か?」
「………………今はわからないです。一人にしてしまったから」
父・竜門の表情がこらえ切れずに深く歪んだ。
「再婚、しなかったのか」
「えぇ。何年ものあいだ失踪あつかいだったので、機会も逃したのかな。ジブンもいましたし。仕事も順調だったから」
「…………オレは、その。実はこっちにも家族がいるんだ。最近ようやくここで自分の店が持ててな」
………………。
16年、チグリガルド暦で20年。それは仕方のないことなのだが、できれば知りたくなかった。
本人から直接には、聞きたくなかった。
会話がとぎれ、いたたまれない空気が場に澱みはじめる。
そりゃそうだ。
三歳ぐらいで居なくなったのだから、わかちあえる思い出バナシなどほとんどないに等しい。
「では、荷物の搬入に取り掛かりますので」
「…………そうか」
俺は忙しく荷物を運び入れる作業に没頭し、逃避した。
なるべく顔も見ないように動き回った。
ふつふつと湧き上がってくるこの怒りを、いったいどこへ向けたらいい?
こんな許しがたい運命の悪戯。
…………こんなの、オカンが不憫すぎるだろ。
荷運びが終わった後も、俺は店には入らず『棒』を振って汗を流した。
フンッ、フンッ……フンっ!
あぁ、俺も『聖蹟アヂヂの泉』に行って湯に浸かりたい。
濁った頭を湯の中に沈めてしまいたい…………
父は何となく話しかけたそうにしていたが、俺は気づかないフリをして修行を続けた。
ジャグリング、カードシャッフル、空中回転。
………………。
脱捨師のEXスキル、『眼力無効』。
………………。
しばらくの間うろうろしていた父も今夜の営業の準備で忙しいようで、芳香とともに仕事がらみの声がときおり店内から漏れるだけとなった。
会話の相手は、おそらくこちらの世界での妻なのだろう。
明るい声が少しだけ耳にさわる。
15時を回った頃、先輩たちがようやく温泉から帰ってきた。
「どうしたタイガ。温泉に置いて行かれたぐらいですねるなよ」
魔術師の兄さんがステッキを回しながら、隣に腰かけてくる。
「……そんなんじゃないっス」
説明しておいた方がいいのか、黙ってやり過ごすべきなのか、判断がつかない。
歌謡師の姐さんが卵を三つ俺に放ってよこした。
俺は手早く受け止め、そのままお手玉した。
あつっ……温泉卵かよっ。熱っ。
んんん?ふいに卵が一つ消えた。
兄さんがニンマリしながら、素知らぬ顔で空を見上げている。
今度、どうやったのか教えて貰おう。
「おあちっ!!!」
兄さんが口から卵を出してハフホフ息をする。
「馬鹿ねぇ、熱いにきまってるでしょ?」
ぶはは。ばっかでぇ。
店の裏口が開いて父が現れた。
エプロンを解いて腰の体操をしながら、こちらをチラ見してくる。
手には何故だか小さな釣竿を持っている。
「なぁ大河。これ……やるよ。いや、貰ってくれないか?」
父は俺の顔を見ずに釣竿をずいっと押し付けてきた。
「どういうつもりですか?意味がわからないものは受け取れません」
「おいタイガ。どういうこった?」
団員たちが店主に無礼のないよう、気を揉みはじめる。
「わかりましたよ。貰えばいいんですよね?今後ともペッパーをごひいきに」
「タイガ、ちょっと来い」
魔術師がステッキで俺の服をひっかけ、立ち上がらせた。
「いや、いいんだ。これは完全にオレの自己満足だから――」
父がステッキを制止しながら呟いた。
「――まだ小さかったから覚えてないかも知れないが……お前を釣りに連れて行くって約束を……したんだ。魔王を倒してギャクリュウモンが開いたら……夢を果たすつもりだったんだ。……大河、許してくれ」
古びて日に焼けた、けれども傷一つない竿に手を伸ばした。
何度か掴みそこねて、ようやく握りしめた竿は、俺の手には小さすぎた。
長年こらえてきた涙が、堰を切って溢れた。
「まさかタイガが、流者リョウマさんの息子だったなんてなぁ」
無口代表のジャグラー兄さんが、珍しく長文を吐いた。
……ったく。ぐすっ。いつからそこにいたんですか。
「勇者候補の筆頭剣術師、血眼のリョウマに、小遣いを全部賭けてたんだぜ」
それが魔術師の兄さんが占い士を辞めた理由なのだという。
「よしてくれよ。今はただの調理師・兼・皿洗師なんだから」
前回、魔王が現れなかった波紋は、たくさんの人間の小舟を浮き沈みさせた。
俺自身が、その中の一人だ。
気持ちが複雑すぎて、それ以上聞きたい気分にはなれなかった。
というのも。
親父が駆け昇っていく英雄物語の裏番組は、俺とオカンが泣きながら過ごすホームドラマだからだ。
正直あまり思い出したくない。
「うっかりしてた。大河に大事なものを渡さなきゃならんのだった」
釣竿だけでもう充分。16年分の小遣いとかなら貰わないでもないけれど。
「ついこないだウチの冒険の歴書に、突然お前の名前がでてきてな。あぁ、うちはホーム版で管理してるんだが……まさか本当にお前がこっちに来てるとはな。何かのバグなんじゃないかと思ったよ。随分ユニークなスキルがゴロゴロしてたし……ジョブだよ、ジョブ。七職ぐらい。こっちの家族に見られないように、ちゃんとリーフに移して隠してある。ん?どうした?嬉しくないのか?」
%&&)‘)%“!”$#%$%&%’(&!!!!!!
ふざけんな!!!!
初期ジョブが無かったのは、親父のせいだったのかよ!!
このバカ親のせいで、漂流当初どれだけ苦渋を舐めたことか!
とっとと返しやがれっ!!!
やっと怒りの矛先を見つけ、多少は気持ちがスッキリしてくる。
が、二階の小部屋についていくと、親父は埃まみれの箱をあけて首を傾げた。
「あれ? おっかしいなぁ。どこ行ったのかな」
……おい、いいかげんにしてくれないと暴れるよ?反抗期が始まるよ?
もの凄い勢いで階段を駆け上がってくる音がした。
「父ちゃん大変だ!大変すぎる!」
「あれ?この娘!!」
「おい、アンナ。ここにしまってあったジョブのリーフ。知らないか?」
ギクリとした少女は、真っ赤な髪をいじりながら目を逸らした。
この娘、グロッテの森でストリング・フェスミーダと闘ったときの、あの突っ込み少女だ!
「それより大変なんだ、父ちゃん!」
「父ちゃんってことは……俺の妹??」
「まさか勝手に持ち出したんじゃないだろうな?」
…………会話がぜんぜん嚙み合ってこない。
「王都に悪夢の卵が出た!ちょっと行ってくるから!」
「なんだって!!!?いつの話だよ??」
「待て、行くならコイツを持って行け!!」
親父は赤毛の少女に『古めかしい装飾の実剣』を投げた。
少女は剣を背負うと、再び階段を駆け下りてゆく。
「なんで。父さん……は行かないの?名うての勇者候補だったんだろ?」
親父は遠い目をして首を横に振った。
「『剣術師』やらの武闘派ジョブはもう、アンナに引き継ぎ済みなんだ」




