初興行はつらいよ
おのれの芸以外にはほとんど関心のない無口な団員もいるにはいるが、ペッパー・サーカス団を構成するそのほとんどは陽気な連中だ。
始めのうちこそ余所者あつかいを受けていたが、調理・洗濯・皿洗い・掃除・裁縫などをこなしまくっているうちに、ずいぶん可愛がってもらえるようになった。
この6日間で痣だらけになった体をさすりながら、休憩を入れていた時のこと。
無口代表のジャグラー兄さんが、ポスンと俺の膝に数日遅れの情報紙を放って去っていった。
○号外
『悪夢の卵に辛勝、急がれる騎士団の再編』
王都東の山奥で孵化した今回の悪夢の卵。取り込まれて魔者となったのは、先日、王子らが街道で壊滅させた盗賊団の残党だった。
精核が人間であったため、瘴気も前回とは比較にならないほど強力で、騎士も数人が負傷し汚染された。団を壊滅させられた恨みが激しく、浄化もままならなかったという。
未確認情報ながら精彩を欠いていたリリベル姫のガルベラ親衛騎士団から、さらに数人がグロリオサ王子の側へと再編成され、今後はガザニア親衛騎士団が魔王討伐の『旗隊』となる模様。
なお、王都衛兵隊本部コメイ隊長の親衛騎士団入りも同日発表された。後任は同ブロサロブ副隊長の予定。
…………。
髭モジャが、ちゃっかり昇進しているのはいいとして、姫が精彩を欠いていたというのが少し気にかかる。
王子派と反王子派の影の抗争に巻き込まれたりしていないといいのだが。
いや。それこそ俺の知ったことではない。
今の俺は芸一筋、サーカス界のスターダム街道をばく進中の身。
「おいタイガ、いつまでも油売ってないで、さっさと餌やりしろ!」
「はいっ、今行くっス!!」
うおっと。腹を空かせた猛獣たちが鼻息を荒くして催促してやがる。
「オラオラっ!これくらいで球から落ちてんじゃねぇぞ!」
天地が引っくり返った訓練場にアックルさんの怒声が響き渡る。
が、このぐらいのことで振り向く団員は一人もいない。誰もが必死で自分の芸に磨きをかけるのに余念がないのだ。
「片手逆立ちのまま扇三枚なんて、かわせないっスよ!」
「こだごた言ってないで乗り直せ!早くしないと扇を鉄にするぞ!」
ひぃいいい。
なんでこんな暑苦しいオッサンから、ジミュコ師匠のようなクールな娘が生まれるんだよ??突然変異?それともグレたの???
* * *
「よーし、職歴書を携帯していいぞ!」
「うおぉ、やっとですか」
「ただしアクティブ・スキルの使用は不可だ」
それでも上等。ここ数日で曲芸士がLV20まで上がっているから、マスターの軽業師・舞踏師とのシナジーで、いい勝負ができるのではないだろうか?
「準備ができたら登れ」
はい?
アックルさんが棒で指したのは、綱渡り用のロープだった。
…………あそこでやるんですか、やりますとも。
「バカヤロウ、誰が階段を使っていいと言った?」
階段を使わないで登る??
いや、やれというからには出来る手段があるということだ。
短距離俊敏パッシブの蹴球師や警備士を加え、長―――い棒を構えて走る。
とりゃあああああ!
……盛大に尻もちをついて呼吸が止まった。
うえっぷ。これアクティブ・スキルなしでどうやって登るんだよ?
「…………すまん。ちょっと今のは無謀な要求すぎた」
えっ?できるからやらせたんじゃないんですか??
ジミュコ師匠がアックルさんと不仲になって家を出たのは、この適当さ加減に原因があるのではないだろうか。
「…………なんだよ?」
「…………なんでもないっす」
* * *
数えるのも面倒になってきたが、さらに何日かたった。
すっかり団に馴染み、ジミュコ師匠が迎えにくる日を待つこともなくなってきた。
そして本日ついに。
*タイガの でびゅーが けっていした♪
やっほい。
前座の話芸ではあるが、デビューはデビュー。
しかも前売りチケットが10枚売れたら、珍獣曲芸のアシスタントもやらせてくれるそうな。
うほほい。
そして到着。
………………。
この村、人少なくね?
ていうかここ、村っていうよりただの街道の宿場だよね?前売り10枚とか、そんなに客いないよね?
それもそのはず。
今日の興行は酒場のステージで、踊りやジャグリングを披露する小規模公演の日なのだという。
あぁ、これ。酔っ払いに絡まれたウェイトレスを助けるパターンのやつだ。
マジャーレは王都とレボートの間にある宿屋街だった。
街路が分岐しているわけでもなく、中間地点でもないこの谷あいに宿屋街ができたのには理由がある。
チグリガルド有史以前から『聖蹟』と呼ばれる泉が沸き、巡礼者のスポットになっているからだ。
しかもその泉はアツアツの温泉だという。
ただし、巡礼者が多いのは祝祭の時季のみ。
悪夢の卵が出始めてからは、めっきり客足が遠のいているのだという。
一言でいえばガラガラ。
二言で言うなら、閑古鳥が鳴いている状態だ。
酒場の裏口に回って荷車から積み荷を降ろし、当団きってのスーパースターのお猿様『モンキュウ』に餌をやった。先輩団員らはすでに温泉へ出かけてしまったので、荷物番の俺はチケットを売り歩くのもままならない。
あー諮られたなーこれ。
「ご苦労さん。一息ついたら楽屋に荷物をいれていいよ」
裏口から顔を出した男が、あくびを噛み殺しながらエプロンを身に着けはじめた。
……………………いくらか老けてはいるが、記憶の中の姿とそっくりだ。
でも、そんなことってあるのかよ?
あっていいものなのかよ??
「あのぉ……お店の方ですか?」
「料理長のリョウマだ。長とは言ってもコックは俺一人なんだけれどな」
「………………父さん」
金縛眼でも浴びせ合ったように、お互い身動きがとれないまま時が止まった。