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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅳ 一花心の流者 と リリベル姫
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目覚めはつらいよ

 ゴツンと音がして、猛烈な痛みが額から後頭部へ突き抜けた。


 視界が暗転しリリベルもホット・サラマンドルも、全てが闇にかき消されてゆく。

「流者タイガよ、目覚めるのじゃ!」


  * * *


「昼間っから万年樹のたもとで瞑想とは、酔狂じゃのう」

「いえ…………ただの昼寝です」

 夢から覚めると、聞き覚えのある皺枯れ声が頭上から降ってきた。

 せっかくいい所だったのに何してくれるんだ。


 夢の続きを求めて再び目を閉じたが、バネ仕掛けのように俺は跳び起きた。

 誰かと思えば姫ん所の爺さんじゃねぇか!

 俺に合わせて体を起こした爺さんが、節くれだった木の杖で腰をさすった。

「これこれ。苦しゅうないから逃げるでない」


 なに言ってんだよ、この爺さん。

 いくら酔狂っつったって、カップルの縁結び公園で老紳士の添い寝を楽しめるほど酔狂じゃあない。

 しかも。姫との縁でもあった『花葉装飾師』を俺から取り上げた、王家の人間ならなおさら。

 ん、この爺さんは王家の何だ?結局、何者なんだ?


「国王にチチウエと呼ばれるということは、リリベル姫の御爺様ですよね。それってもしかして……」

「いかにも18年前までチグリガルドを名乗っておったよ。グロリオサとリリベルが生まれてからは引退して養育係をしておるがの」

 もと国王かよ。そんな御大が護衛もつけずに公園を散歩とは。

 SPの警備がザルなのか、それとも警護が不要なほどに強いのか。


「では、今は何と名乗られているのでしょうか」

「ランキフォウじゃよ。漂泊して間もない流者が我が名知らぬのは仕方ないが、お爺様呼ばわりは聞き捨てならないのぉ」

 前世世界より寿命の短いこの異世界では、彼ほどの高齢者はめったにお目にかかれないのだから。素直に高齢を認めればよいものを。

 血の気がおさまったところで少し引いて眺めると、この使い込まれたローブをどこかで見た記憶が頭の隅から呼び覚まされてくる。もしかして、あの時か。


「つかぬことをお伺いいたしますが……ランキフォウ様。もしかしてシュッドの森での悪夢の卵(デビル・エッグ)戦におられませんでしたか?」

「いかにも。リリベルと共におったよ」

 今ごろ気づいたのかと、爺さんは少し不満げに目を逸らした。

「あと数日で次の卵が孵化するはずじゃが。すでにもう、どこかで受精を待っている状態かも知れんのぉ」

 ランキフォウはそのまま、広場の黒い黄昏(タソガレ)(マガ)時計に目を細めた。


「それが何か。話の筋が見えませんが」

「もしや、おぬし。勇者を目指しておらぬのか?」

 …………。

「何じゃ、魔王を倒す心意気もないのにリリベルに惚れておったのか」

「なっ……」

 ランキフォウは俺の顔も見ずに話しを続けた。


「わしがおぬしの歳の頃にはな……」

 やばい。

「血気盛んに魔王討伐を夢見ておったというのに……」

 年寄りの長い説教フラグだこれ。


「わしは置いて行かれたのじゃよ。忘れもしない45年前、勇者パーティーに」

 前言撤回。重い系の告白だこれ。


「壮行会の晩餐で強烈な下剤を盛られてな」

「薬毒士系のスキルはお持ちでなかったのですか?」

「持っていなかった。持っていたとしても専属の医術師でも治せないような特殊な下剤だったんじゃがの」

 どこで聞いたか何かで読んだか。確か前々回の勇者パーティーは魔王と刺し違えて全滅したんじゃなかったろうか。


「本当に治せなかったのか否は今でもわからぬ。が、もしもの場合に王家の血筋が途絶えぬようわしが残されたのではないかと思っている。現に『勇者』であった弟が……確かに当時のわしは『賢者』として未熟に過ぎた。浮流士のレベルが低すぎて賢者のレベルが思うように伸びんでな。しかしもし、わしが同行できていたなら……僅差のボロボロでも勝って生還できたのではないかと思うと。今でも眠れんのじゃよ」


 俺は今まさに眠い。王族の血筋が……くらいまでしか頭に入ってこない。

 いてっ、いてててててて!

 ランキフォウ爺さんが容赦なく俺の背中に、杖で喝を入れてくる。

「おぬしはすでに『浮流士』と『道化士』を持ち、なおかつ自由じゃ。なのに何をためらっておる? 遠く旅をせよ。存分に冒険をせよ」


 爺さんのこの苛立ちっぷり。前回の逢魔の年は途中で終了したせいで、相当な肩透かしを食らったんじゃないだろうか。あるいは国王という立場の故に参戦できずじまいか。

 今回、リリベル姫のお目付け役として魔王討伐を目指す、そのあきらめの悪さが爺さんの年齢を超越して今の俺にはまぶしいけれど。


 それを俺に聞かせてどうしろと?だったら何で花葉装飾師を徴収した?

 王家の都合ばかりが鼻について、話の教訓が全く腑に落ちてこない。


「義理のせがれにしても……国王じゃが、本当はもっと流者を保護したいと思っておるのだが。流者である自身への嫉妬やら、リリベルを利用したがる手ぐすねから守るやらで、今は精一杯なんじゃよ」

 ………………。

「姫がイスタンベールに嫁いでくれたら、さぞかし安心なことでしょう」

 ランキフォウ爺さんの返事を待たず、俺は立ち上がって万年樹の影から離れた。


「タイガよ。いま一つだけ聞かせてくれまいか。おぬしの身内にアンナもしくはハンナという名のものはおらぬか?」

 この期におよんで何の与太話だ?

「マリアンナ、なら知人におりますが」

「そうか……わしの目も耄碌(もうろく)したものよ……いや、すまんかった。流転のタイガよ、汝の旅路にガルドの風あれ」


 はじめて出会った日に姫がしたのと同じように、爺さんは宙に印を結んで俺を見送った。

 軽く会釈で応え、俺は日の当たる公園の街路を歩き始めた。

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