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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅳ 一花心の流者 と リリベル姫
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謁見はつらいよ

 謁見の間というものは、もっと荘厳な場所だと思っていた。

 王直属の親衛騎士や付き人らが、直立不動で並んでいるようなイメージだったのだけれども。


 扉が開かれたとたん流れ出してきたのは、管弦楽の優雅な生演奏などではなく、むせ返るような濃い花の香りだった。

 真っ赤な絨毯を間にはさみ、壁の両脇がプランターで埋め尽くされている。


 さらに意外だったのは、一段高い正面のひな壇にある椅子が寸分の狂いもなく“二つ”並んでいたことだ。それだけでお国の事情が透けて見えてくる。


 その玉座の一方にチグリガルド国王が腰を据えていた。

 俺が入室しても身を乗り出しもせず悠然と、たわわな髭を撫でている。


 正直ホッとした。

 師匠から王の本名は聞いていたが、やはり偽名を使った俺の実父ではなかった。

 写真の一枚も残っていなかったから、はっきりとは思い出せないけれど。



 俺は案内役から教わった通り、王から遠く離れた扉の脇で片膝をついてうつむいた。


「遠慮はいらぬ。近こう寄れ」


 言われるまま赤い絨毯の脇を進むと、おそらく侍従長か何かだろう皺枯れた老人が右手を差し出してきた。

 一瞬、握手で応えるものなのかと誤解しかけ、慌てて肩掛け鞄から冒険の歴書を出して渡した。ふぅ、危ない危ない。


 再び片膝をつき大理石の床を眺めること数十秒。

 なんのリアクションもないまま気まずい沈黙が続いた。


「コホン……」

 王が小さく咳払いをするが、何のサインだ?これ。


「コホン……」

 それとも気管系の病気でも患っているのだろうか。


 たまりかねたのか傍らの老人が渋い声で、俺を促した。

「名を名乗られよ」


 っと、しまった。こちらから名乗るのは、教わるまでもない一般的な礼儀作法だったか。


「流者のタイガと申します」


「よろしい、おもてを上げて楽にせよ」


 金細工を施したひな壇を見上げると、王の表情はいくぶん険しさを滲ませていた。


「流者タイガよ。漂泊してそうそうに『チグリガルド死ね』と、のたまったそうだが、はて。どういう意味であったか」


 ヤバイ。俺が不敬罪で取り調べを受けたことが直接耳に入っているっぽい。

 しょっぱなからの大ピンチ、首筋にじんわりと冷たい汗が浮き上がってくる。


「あの……その……。向こうでの『国による庇護を求める』意の流行り言葉にございます」


「ふむ。で、21世紀の世界やニホンの様相はどのようなものであるか」

 あぁ。この人も本当に流者なのだ。


「各地で戦争や自然災害が絶えず、しかし、世界は何とか続いております。ニホンは貧困や経済格差が広がっていますが、手のひらサイズのテレビ電話で、外国とも自在に交流できるようになりました」


「期待したほどでもないのぉ。車は空を飛ぶようにはならず、人は月に住まず、飛躍的な革新はないままか」


「残念ながら……」


「つまらんが、まぁよい。異世界談義をするために其方を呼んだわけではないからな」


 スキルの眼力耐性がないせいか、話の運びのせいか、次第に王のペースに呑まれていくのを止められない。


「話というのは他でもない。リリベルと其方の関係についてじゃ」


 ……そりゃそうだ。本題はそれに決まっている。


「歴書の直結についてはリリベルのはしたなさに由来するもの故、目をつぶろう。しかし国の象徴たる『花』を冠した通り名をいただくのはよろしくない、とは思わぬか?隠し子かなどという心外な噂も、その根から枯らしてしまわねば何度でも芽を吹く」


 ……お花畑、がここにきて最大のピンチを招くとは。


義父(ちち)上、こやつの歴書をどう見られますか?」

 と王は側近の爺に問いかけた。


 この老人がチチウエ?確かに風貌・年季は国王より上とは思ったが、まさか身分も上なのか?ただの侍従かと勘違いしていたら、えらい失態を演じる所だった。


「ふぅむ。なんともまぁ、羨ましい限りの奇跡じゃわい。不敬な暴言やリリベルの件さえなければ召し抱えるに申し分ない素質なのじゃが。……惜しいのぅ」


 …………。

 考え事をしている間に、食客から親衛騎士団への登用の夢が、今ハッキリと潰された。

 ブツンと力任せに踏まれたような、強く引きちぎられたような音が聞こえるくらいに。


「勝手じゃが血縁のページを改めさせてもらうとしよう。ロック解除。」


 ん?隠し子疑惑はまだ終わっていなかったのか?

 というか、王室関係者は、法的な手続きなしにロックを開けられるのか。


「ふぅぅぅぅうむ。なんともまぁ、数奇な」


 チチ上と呼ばれる老人から俺の歴書を受け取り、国王もまた唸った。

「似ているとは思ったが其方、リョウマの息子であったか」


 !!!

 …………この国王(ひと)、俺の実父・竜門を知ってるのか!?

 いつ、どこで??


 占い士(ギャンブラー)の『無表情(ポーカーフェイス)』を今すぐ使いたい気分だったが、歴書は向こうの手の内。目を伏せて呼吸を整えるのがやっとだった。


「で、リョウマは達者にしておるか?」


「……いえ。長らく会っておりませんので、存じません」


「そうであったか。『道化士』持ちのくせに芸がないな」


 …………いったいどういう因縁だ?

 いや、やっぱり今は聞きたくないし知りたくもない。



「さて義父上。そろそろアレ(・・)をお願いしたい」


「これも運命やもしれん……致し方ないのぉ」


 アレ、とはいったい何だ。


「『花葉装飾師』の返上じゃよ」


「なっ…………」


「リリベルからこの歴書に移ったこと自体がイレギュラーなのだ。其方に拒む権利もあるまい」


 王から受け取った歴書を問答無用で俺に返し、老人がジョブの抜き取り用リーフを準備した。


 姫から貰った花葉装飾師……このジョブに今までどれほど助けられたかを思うと、どれだけ心の支えになってきたかと思うと、奇策でもなんでもいいから手放さずに済む方法がないものか思考をフル回転させた。


 いや、花葉装飾師にはもう充分、助けられたすけられた。

 『借りを作るな』ではないが、姫にお返しする頃合いなのだ。

 ものの数秒は瞬く間に過ぎゆき、震える俺の手にリーフが握らされた。


「お待ちください!」


 玉座の脇にある扉が開き、慌ただしく乗り込んできた声の主に視線が集まった。

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