闇の道化士はつらいよ
今晩はチグリガルドの王都立サーカスの興行がある日。
建てっぱなしのテントはかなり大型で、100人くらいの観客が入れそうなほどのシロモノだ。
俺の『道化士』はまだLV1だが大丈夫だろうか? いや『軽業師』ならすでにマスターだ。
それなら何とか…………。
結果。これっぽっちの問題もなかった。
「はいはい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。座席は早い者勝ちだよー!」
芸人たちに飲み水や衣装を運び、見慣れない猛獣たちに餌をやり、チンチクリンの煌びやかな服に着替えさせられると、俺は客の呼び込みに回された。
開演したら開演したで、棒を持って突っ立つ裏口の警備だ。
うん。『警備士』の各種スキルでお役に立てて光栄でした。
時給1000Gで四時間、片付け終えて日当を受け取ると、すきにすきまくった腹を抱えて師匠の部屋へ向かった。
「へ、れんいんは、わはりそうへぷは?」
「わかりません。食べ終わったら幾つか試してみましょうか」
師匠は水を差しだしながら、俺が口からこぼしたナバリナ・チキンとハーブのかすを眼鏡の奥から睨んだ。
まずは歴書を直結させての確認から。何日かぶりで師匠の歴書と俺のものをすり合わせる。
くうっ。トントンとして、いい匂いがした。
『トピックス:調理士LV2を受領しました』
「…………(ナンデスカ)。」
「…………(ナニモイッテマセンヨ)。」
ジミュコ師匠は冒険の歴書を、ぶっきらぼうに離して首を捻った。
「あれ?師匠。調理師はLV減衰してませんね?」
「そうですね。次いきますよ、次」
師匠は『乗獣士LV3』のリーフを俺に手渡し、固唾を呑んだ。
『乗獣士LV1を導入しました』
んんんんんん。駄目だー。リーフからだと1/3に減衰してしまう。
「師匠、もしかして俺に双子の家族でもいるんでしょうか?」
「ちょっと待ってて下さい……もう少しで何か来そう」
俺は簡素な部屋をグルグルぐるぐる回る師匠を、ソファから黙して見守った。
あっ。と口を半開きにして師匠が俺の歴書を手に取った。
そして、いつものバグだらけの履歴ページを確認して頭を抱える。
「ねぇ……タイガさん……」
意を決したようにストンと、細い腰を俺の隣にねじ込みジミュコーネ師匠が俺の目を覗き込んだ。
なんとなくドキドキして思わず顔の火照りを抑えられずにいると、師匠から軽い拳が飛んでくる。
条件反射で咄嗟に、開いたままの歴書から『金縛眼』を発動させると、師匠は驚いたように目を見開いたが、その結果として金縛りにあったのは俺の方だった。
……なんで!! 底が知れなすぎますよ、師匠!
「それはそうとタイガさん……」
師匠がさらりと話を元に戻し、人差し指で俺の頬を小突いた。
「……アナタ、向こうの世界で『蹴球』をしてませんでしたか?」
「あっ。あぁあぁあぁあぁ!」
「そういうことです」
つまり、蹴球士LV20は元々俺のものだった可能性が高い、ということなのだ。
「じゃあ、やっぱり違法歴書士が抜き取っていたんですね!?」
「うーん。闇市場は闇市場、陽の当たる店には出てこないのが通例なのですが……明日、ジョブ屋の売買履歴を確認してみます」
それで裏が取れなければ、俺のチート能力が一つ減ったということになる。
会ったこともないサッカー好きの双子の妹が、こちらの世界に流されたという可能性は限りなく0に近いからだ。
……俺が漂泊の歴書で持ち込むはずだったジョブは、他にいくつあったのだろうか?
それがあれば……悪夢の卵の眷属にも楽に勝てたんじゃないのか??
マリアンナが大怪我をすることもなかったんじゃないのか?
考えないようにしても、満たしたばかりの腹がムカムカしてくる。
「タイガさん……」
仄暗い部屋のベッドから、ジミュコーネ師匠の声がこぼれてきた。
「タイガさん……」
ちょっと耳の奥がくすぐったくなり、思わず床の上を転がってしまう。
「起きてるんなら返事くらいしてくださいよ」
……なんだ。寝言じゃなかったんですか。可愛くない。
「そのうちどこかのサーカスで芸を磨いてみませんか?」
「魅了眼を使ってしまう前、子ども達にはけっこうウケてましたけど」
「『見えない糸』を張ってジャグリングを真似てみせても、しょせん子ども騙しでしかありません。芸を舐めずに実力をつけて欲しいのです」
今の実力が子ども騙し程度なのは、自分でも痛いほど良くわかっている。
……わかっているんだけどな。
「師匠はちょっと俺に期待しすぎですよ。どこを買って、なんの得があって、『詐欺士』を獲得しちゃうような奴に優しくしてくれるんですか?」
闇に呑まれそうになりながら待ち続けたが、師匠からの返事はなかった。
最近は師匠の優しさの背後に、薄っすらと罪悪感の影のような配慮を感じてしまって、少しだけつらい。
明日、違法歴書士の存在が明らかになった時点で、いいかげん初期設定不備の罪悪感とは綺麗さっぱりお別れしてもらおう。
それとも。。。。。。
俺は床から起き上がってベッドの脇に立ち、師匠の背中を見つめた。
もちろん鑑定眼も魅了眼も金縛眼も無しでだ。
「…………一緒に寝ていいですか?」
「駄目です。」
ふぅ。狸寝入りでしたか。
床に戻ると何かが来そうな気配を感じ、振り払うように毛布にもぐったが、眠りの淵はいつになく遠かった。




