INTERVAL:王子と流者
* * 某日某所にて。満注ぎの儀による賢者の時間 * *
騎士の誤解はすぐに解けたものの、レイピアを見ると今でも時どき寒気がする。
真っ赤に染まった止血帯が、グルナード旅団の赤いバンダナに見えたのは分からないでもない。
にしてもだ。違和感に気づくのが遅すぎだろう? 今さら言うのも何だけれど。
まず武器を鼻先に突きつけてから考える、あの脳筋・親衛騎士とはあれ以来いろいろあった。
が、明日からの遠征で、露払いを引き受けてもらえるぐらいの関係は構築できた。
一方、グロリオサ王子とは何度か共闘し時には武具を交えもしたが、今では因縁が多すぎて素面じゃ話す機会がない。
王子のくせに留学をしてしまうような破天荒な所を、密かに好いてはいるのだけれど。
そもそもが一国の王子と、一介の浮流者だからな。彼と俺は。
そんな風に何かと王家と絡んでしまったせいで、俺はフィギエ賢者会から声もかからず、まして王の食客として招かれることもなかった。
(ただし魔者に堕ちないよう監視だけはおおっぴらに付いていた)
一日も早く騎士団に推挙されて姫とむにゃむにゃ……という夢を失い、いっそサーカス付きの香具士として諸国を巡ろうか……なんて気分になったのは丁度このすぐ後だった。
けれどもイマドキのチグリガルドのサーカス団は半定住、ときどき近隣の町で興行するような時代になって久しく、実現しなかった。
一人で世を渡り歩くには、地理にも政情にも疎すぎたせいもある。
サーカスが旅をしないのでは『道化士』から派生するはずの『愚者』や『賢者』が衰退するのは当たり前だ。
とは言うものの、俺だって綱渡りのように浮流しながら、遭遇した断片を繋ぎ合わせて、たまたま木の分枝を知っただけなのだが。
そう、だからこそ旅と冒険が必要なのだ。
あの頃の俺は『道化士』が火と水、『笑い上手』と『泣き上手』など、陽気と陰気を同時に操れることすら知らなかった。
赤と緑のツートン衣装も、『派手で趣味の悪い服』ぐらいにしか思っていなかった。
もちろん見た目などただの象徴に過ぎず、赤緑の服を着たからと言って両極の魔術・芸術が使えるようになるわけではないのだが。
やはり45年前の魔王の大災禍で、伝授・伝承の系譜があちこちで途切れた影響が大きい。平均寿命が 45~50歳程度のせいもあり、大災禍以前の様々な情報が今でも日々、欠落し続けている。
俺もなんとか生き延びて、誰かに伝えられたら良いのだが。
わりと前から分かっていたことだが、グロリオサ王子は魔王討伐の迷宮攻略には参加しない。
理由は簡単、お家存続のためだ。
王がどこの馬の骨に変わったとてチグリガルドは続いてゆくのだろうけれど、王族の血脈にしか強く発現しない特殊スキルというものもある。
お家存続もまたある種の継承だと言えなくはないし、よその家の事情にクビを突っ込むほど俺は野暮じゃない。。。
……そりゃ俺だって、リリベル姫を危険に晒したくはない。
45年前、当時は王子だった先王(爺)が何者かに一服盛られ、魔王戦へ参加できなかった逸話を真似てでも、姫を城へ置いていきたい気持ちはある。
潤んだ瞳で「最期まで一緒にいきたい」と言われたら、なおさら連れて行きたくなくなる。
しかしもし魔王に勝てなかったなら、チグリガルドのどこにいても結果は同じなのだ。
『聖者』としての能力も、すでに姫が頭二つ分ほど王子を抜いている。
有象無象の勇者パーティー-つまり俺たち-をまとめて指揮れるのも、もはや姫しかいない。
それでも王子は、地下迷宮の入口に当たる『マガの森』の露払いだけはさせろ、とゴネた。
双子の妹リリベルを魔王に挑ませざるをえない王子の煩悶は、壮行会へ出席した全員が理解するところでもある。
俺たちだってなるべく無傷で魔王の巣へ到達したい。
王子の護衛に戦力が割かれ過ぎないのなら、という条件はつくけれども。
俺たちが勝ったら勝ったで、反王子派の陰謀を潰して歩く事後処理が待っているだろう。
現王が入婿であるように、チグリガルド王家はどちらかといえば女系だから。
王子にも、そこそこは活躍して貰わないと火種が残る。
いや。もう面倒な後始末は、ジミュコーネが建て直すであろう新生賢者会にすっぱりと任せ、諸国放浪の旅にでも出ることにしよう。
戦後処理を考えるのは気が早すぎるが、勝ちを前提にしなければ心が折れそうで進んでゆけない。