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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅲ 百花繚乱の流者 と メグと
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孤軍奮闘はつらいよ

 火遊びで命を弄ぶ盗賊は、寸前まで俺の接近に気づかなかった。

 それでも近接攻撃を当てるにはまだ少し遠い。


 俺は『ドナの手(ゴッド・ハンド)』で職歴書を開き、鎖鎌(くさりがま)もちの盗賊に『金縛眼』を行使する。

 ドナの手は一言でいえば『見えざる第三の手』だ。

 用途は無限に思いつく。


「あっ…くっ…」

 男の動きが鈍ったのは金縛眼のせいだけではないだろう。

 俺が宙に浮いた職歴書からスキルを繰り出しているせいで一瞬、混乱したに違いない。


 いくら俺がお花畑でも、この機会を見逃すほど優しくはない。

 期待が外れ『操紐糸』は鎖には効いてくれなかったが、『洗剤』で目を潰し『粘着剤』で口を封じ、分銅つきの鎖を弾きながら一気に間合いを詰める。


『急所打撃』

 ……我ながらえげつない(・・・・・)と思わないでもないが、命のやり取りに容赦は無用。相手が盗賊なら、なおさら。

 もう二、三発と急所にシナジーの載った『蹴り』を入れているうちに、さすがに見つかった。


 片刃刀をかざした盗賊が一人喚きながら、走って来る。

 もう一人が武具を弓矢に切り替え、こちらを狙っている。

『鈍足旋風』

 二枚の扇で必死に仰ぎながら、走りくる盗賊が弓矢の射線と重なるように体を滑らせる。


 このまま射線上を近づいて……いや、片刃刀野郎は後回しだ。

 弓矢野郎を先に始末しなければ、動きにくくて仕方がない。


 『猛疾駆』『残像』『虚偽成功』をかけ直し、『超跳躍』で近接斬撃をかわし、奥の弓使いへと迫る。

 矢が一本、頬をかすめてゆくが、当たらないと踏んだのか『急所隠防』が発動しない。

 やばい……二の矢に追尾され直撃コースだ!


 二枚重ねの『急所隠防の扇』を貫通し、ドナの手でとっさに出した『皿』を割り、ようやく矢が止まった。

 危ねぇ! 矢に何かのスキルを載せてやがったな!?


 盗賊は目を見開いて背中の次矢を手探る。

 そこですかさず『魅了眼』。

 見開いちゃったんだから仕方がない。

 そしてシナジーの載りまくった『魅了眼★★★★★』は半端ない。


 呆けた表情で放った矢の先にいるのは、もちろん仲間の盗賊だ。

「おい!何してやがる!目を覚ませ!」

 片刃刀の盗賊が怒鳴りながら反転し、這う這うの体で逃げ出した。


「逃がすか!」

 即座に背中に追いつき『網罠』で捕縛、『粘着剤』を重ね掛けすれば、ストリング・フェスミーダの気分だ。

 思わずヒャッハー!と叫びたくなってしまうほど、運に恵まれ盗賊を制圧完了。


 ドババン!

 真横から音がしたので心臓が飛び出しそうになった。

 火の手の強くなってきた民家から、二人の商人が飛び出してきたのだ。

 ふぅ……油断禁物。


 商人が泣きながら俺の手に、チャリンチャリン音のする袋を握らせてくる。

「ありがとうございました!」

「もうダメかと自害寸前だったのです」

 ……それはそれで、なんだかとても申し訳ない気分だった。

 というのも、盗賊を倒すのに精一杯で『冷水噴爆』をすっかり忘れていたからだ。


「他に商隊のお仲間は?荷車はもっと東ですか?」

「はい。仲間が一人……殺され……しまいま……」

 話しの途中で腕に激痛が走った。

 矢が一本、二の腕に突き刺さっている。

 ぎゃあぁあぁ痛ってぇぇぇぇぇぇぇえええ!!


 振り返ると魅了眼の切れた盗賊が、更なる一矢を引き絞っていた。


『球☆☆☆』『急所打撃★★』『EX百花繚乱』

 力任せに蹴った球が5つに増え、上下左右から盗賊を打ちのめした。

 ふぅぅぅう。

 百花繚乱でたった5つ……もうスキルを使う気力体力が残っていない。

 それでも勝てただけ命があっただけマシの、馬鹿げた特攻だった。

 オールラウンダーとしての限界が見えて、背中を守り合う仲間の不在が、腹の底に染みる。


 盗賊らの実縄での捕縛は商人に任せ、俺はその場にへたり込んだ。

 腕の矢を抜き、『布』で一時的に止血したが、もう走れそうにない。

 荷車の追跡はあきらめ、後続の救援隊にまかせよう。


 矢に毒でも塗られていたのだろう。

 薬毒士の新スキル『毒消薬』を使ったが、腕には痺れが残っている。

 麻痺消し用の薬草も、周辺の鑑定にひっかからない。



 なかなか来ない後続を待っているうちに、東から一台の馬車と、数頭の馬が近づいてきた。

 ヤバイよこれ。今こられたらもうどうしようもないよ!

 マジで逃げる気力すら残っていない。


 二人の商人が俺を挟んで肩を貸そうとしてくれたが、俺は二人の背を押した。

 せっかく助けた命なのに。ここで三人とも死んでは意味がない。

 隠密の気力が残っていたら、森にでも身を隠そうか。


 それとも中毒を承知で『活力発奮剤』に身を委ねようかと思案しながら、『望遠』で見た集団が盗賊の残党ではないことに気づいた。

「あれ……なんだ??? 商人さん……ちょっと待って!」


 馬車の後ろに10人弱の盗賊らしき男たちが縄で繋がれ、引かれていた。

 馬で先導する男が俺や三人の捕縛済みの盗賊に気づき、馬車を停止させる。

「ふん……この程度で腰を抜かすとは。子どもは早く家に帰るんだな」


 なんだこいつら……すごい強そう。

 そして滅茶苦茶ムカつく。

 あぁ…………この雰囲気を俺は知っている。


 案の定、商人たちは捕縛した盗賊を引き渡すのも忘れ、馬車に向かって片膝をついた。

 少しだけ開けられた客車の小窓から、甘い紅茶の匂いが漂ってくる。



 イスタンベールに留学していたグロリオサ王子と、その親衛騎士の帰国に重なってしまうとは、盗賊団にしては致命的な情報収集不足だ。



 ツカツカと歩み寄って来た騎士の一人が、音も立てず目にも止まらぬ速さでレイピアを俺に向けた。


 ……はい???

 腕に巻いた止血帯が真っ赤に染まっている……

 えっ。

「違う違うこれ違う違います!!!」

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