斥候はつらいよ
泥の海に男を引き倒し、とりあえずは確保完了。
おまけに金縛眼をかけてやりたかったのだが、二人とも泥に視界を潰され、すでに戦意を喪失している。
馬に乗った衛兵や、商工会の馬車がようやく王都から現場へと駆けつけた。
「パーピリアさんは、メグの所に!」
「ありがとう!そうする!」
彼女は強くウィンクをしながら、一息もつかずに王都へ向かって走り出した。
一瞬、無意識のうちに眼力を警戒し、目を閉じてしまう。
……危ないな。占い師の『虚偽看破』が早く欲しい。
パーピリアさんを見送る余裕もなく、俺は合流した人らと集まり、立て籠もりながら身を守っているという人達の救助へと頭を切り替える。
衛兵をこの先の戦力にするか、捕縛した盗賊の連行にあてるか短く話し合い、実縄を持っている衛兵を一人、商の字を一人残す決断をした。
コイツらに逃げられ、パーピリアさんを追いかけられても困るからな。
ちなみに、進む者と残る者の報酬の取り分は、6:4に決まった。
そんなことを決めている間に報酬ゼロになりはしないかとイラ立ってくる。
蜂らもブンブンブンブン荒ぶっているが、数が心なしか減っているようにも思える。
スキルの主を助けるなら、いよいよ急がなければ危うい。
二頭の馬に二人乗りで四人、俺が走れば最速で救護に向かえるのだが。
「やはり増援を待つべきじゃ……ないのか?」
盗賊の残りが10人以上と聞いて、若い工の字が出発をしぶる。
気持ちはわかる。
俺だって足が震えて、すくみそうになってるから。
メグらが無事な以上、俺にだって商隊のために命を懸ける義理はない。
……でも行きたい。
出世欲か?
商工会はすでに勇者候補の筆頭を決めたと聞いている。
なら何だ?
ただの冒険心?……いやいやいや、誰かを助けに行くのに理由なんているのか??
なんにしても『お花畑』の悪い癖が全然治ってないのな、俺。
「わかりました。俺が先行して偵察しておきます」
「おっおう。頑張り過ぎるなよ?」
と言いながらも衛兵や工の字らは、無責任な期待の眼差しで俺を見送る。
走り出したはいいものの『猛疾駆』の速度が如実に落ちてきている。
吐き出す息もきれぎれだ。
それでも足を止められないのは、喉を切り裂かれた道端の遺体を見てしまったからだろう。
このおっさんにだって守りたい生活や、帰りたい場所があったはずなのに。
したいことや食べたいものが、まだまだあったろうに。
怒りと恐怖でアクセルとブレーキを同時に踏んだような気持ちになりながら、俺は東の街道を走った。
効かなくなってきた『活力発奮剤』を『葉緑苦汁』に切り替え、煙の上がっている地点へとエンヤコラエンヤコラ進んで行く。
メグたちの荷車を発見したので影に身をひそめ、『望遠』で偵察を始める。
火の放たれた民家の周りを盗賊が囲み、じわじわとあぶり出そうとしている。
うすら笑う顔を見るに、あぶり出す気はないのかも知れないが。
ここから見える盗賊は二人と、情報より少なすぎる。
……が、なぜ商人をすぐには殺さず、生かしておく必要があるんだ?
貴重な商材なら燃やさずに殺して奪ってズラかる方がいいではないか。
金貨や宝石などを身に着けて立て籠もっている?
可能性としてはありうるが、見渡す限りに商隊の荷車が見当たらない。
もしかして襲撃地点は、街道のもっと東側なのか?
それならここの盗賊の数が少ないのもうなずける。
予断は禁物だが、いいかげん呼吸も整った。
中の人たちが煙に巻かれるのも時間の問題だろう。
……突っ込むか。突っ込むしかないのか。
心の準備のために、花占いをしている時間はない。
影に隠れて見えない盗賊が多かったら、建物から退きはがしつつ全力で逃げ、後続の所まで引っ張ってゆけばいい。
というか他にいい策が思いつかない。
スキルの多重・連続使用でこちらもへばり気味だ。
『猛疾駆』『監視剥がし』『隠密』に使用アクティブスキルを絞り、身を隠せる程度に街道から森へと入り、民家を目指そう。
俺を取り巻くスキル蜂のせいで見つかるわけにもいかないので、体には『防虫スプレー』を吹き付ける。
森の木陰から角度を変えて見ても、盗賊は三人しかいなかった。
狩猟士で『弓矢』を獲得してはいるが、練習などしたことがない。
一人ずつ釣りたいところだが、建物の火の手が強くなってきている。
後は運を天に委ね、中の商人たちは自力脱出できることを祈ろう。
思い出したように占い士の新規獲得スキル『虚偽成功』をアクティブにし、『残像』を重ねる。
『百花繚乱』も重ねたい所だが職人武具にも効いてしまったら、すぐに自分の限界を超えてしまいそうなので諦めた。
おっと。
職歴書のトピックスの一つに見慣れないスキルの名があった。
『蹴球師のEXスキル<ドナの手>を獲得しました』
急いで解説をクリックし、効果を確かめる。
おいおい。もしかしてこれ、メチャクチャいけるんじゃないか??
俺はいよいよ木々の合間を抜け、仲間から一番離れた盗賊めがけて突撃した。
『職人武具・急所隠防の扇』
……ここは攻撃よりも、身の守りが優先だ。