胸騒ぎはつらいよ
異世界ぼっち、再び。
特にすることもなし。
俺は東門から修行がてらダッシュで中央広場へ戻り、掲示板を眺めた。
『衛兵団本部広報:王都内で柘榴盗賊団の一味と思われる男が目撃された。都民は不審者に注意を払うように』
……アイツら、まだこの辺にいるのか。
グルナード盗賊団は、忘れもしない漂流初日の苦い思い出だ。
思い出したくない記憶が、沈めても放っても沸いてくる。
奴らとバッタリ出くわさないとも限らないので、スキル増強のためジョブ屋を目指した。
が、『GJ』に辿り着く前に広場がざわつき始める。
「商隊が盗賊に襲われているらしいぞ!」
…………。
緊急のハント依頼に備えて俺は『活力発奮剤』の白い液体を飲み干した。
さらなる情報を待っていると、いつの間にかあちらこちらを跳び回っている『蜂』が具象化したカップの周りに集まってくる。
いや、養蜂士は……いらないので。巣へお帰り下さい。
俺は、いよいよ蜂でワサワサしてきたカップを足元に置いた。
その中の一匹が、キラッと光って砕け散る。
この蜂……もしかしてスキルで具象化した蜂なのか?
蜂たちは尻でぐるぐる輪を描いている。
イヤな予感がして冒険の職歴書を開き、スキルを確認した。
○養蝶士LV2 獲得アクティブ・スキル『虫の知らせ』
やっぱりあったか。
問題は蝶のスキルが蜂にも有効なのかどうかなのだが。
虫の知らせをアクティブにすると、途端に胸の奥がざわざわとしてくる。
もう、イヤな予感しかしない。
が、所詮LV2のスキル。詳細までは伝わってこない。
「東の街道だ! 商工会から救出謝礼が出るぞ!!」
クソッタレ。東ってメグたちが向かった方角じゃねぇかよ。
しかも、さっき『舞踏師』を貰ったばかりだ!!
パーピリアさんが切り札を欠いている。
俺は『猛疾駆★★★★』をオンにして東門へと引き返した。
間に合え……間に合え……。
途中・途中の道すがら飛び交う蜂が、俺を誘導してくる。
スキルの主がどこかで救護を求めているのだろう。東門を飛び出した街道の先、遠くに煙が立ち上っている。
狼煙か火事なのかはわからないが。
荷物の一つも持たずに王都へと向かう商人らしき男とすれ違った。
「盗賊だ! 数が多いから無理するな……」
んなこと言われても、追いついて来る気配のない討伐隊なんて待ってられるか!
走って走って走り抜いた。何匹かの蜂が、俺を先導して東へ飛んでゆく。
メグ。今すぐ行く。待ってろ。
ポツリポツリと逃げ延びた人々とすれ違い始めた。が、メグ家の三人の姿がまだ確認できずに焦りが募る。
地図士の『望遠』をアクティブにした。
誰かいる。道の行く手に浅黒い男が走っている。間に合ったか!?
どうやらパーピリアさんの旦那らしいが、二人はどうした??
活力発奮剤を補給し全速力で近づくと、背中におぶられたメグの姿が見えた。
家財道具を全て放って、メグを背負ってきたのか。
双方向から近寄っていたので、一息にメグと父の元に辿り着いた。
「パーピリアさんは!?」
「しんがりの方で食い止めながら来てるはずだ」
俺は傷だらけのメグ父に『癒水如雨露』をかけ、再び走り出した。
「お兄ちゃんーーーーお母さんを助けてーー!」
「まかせろ!」
振り返らずに手を挙げて、俺は先を急いだ。
旅人らしい老夫婦らなど何組かとすれ違い、いよいよ現場への接近を感じる。
曲がりくねった街道の視界を遮る森の木々が切れると、スキルの飛び交う光が見えた。
いた!パーピリアさんが道沿いの木を盾にしながら、皿やナイフを投擲している。
『超跳躍』!!
二人の盗賊が投げてくるカードや鎌などの牽制をかわしながら、俺はパーピリアさんへ舞踏師の職人武具『急所隠防の扇』を数枚、放った。
そのうちの一枚を華麗にキャッチし、彼女が本領を発揮しはじめる。
『柔軟体』で攻撃を避け、ようやくパーピリアさんの側に合流した。
「メグは!?」
「無事です!パーピリアさんこそ、あちこちから血が出てますよ」
安堵もつかのま、扇で軌道を逸らしたクナイが、すぐそばの木に突き立つ。
パーピリアさんは何かの布で止血しながら、扇で身を守っている。
保育士の『痛々飛癒』と『癒水如雨露』で彼女を治癒・回復しながら、俺は鞄の中の『お守り』を握りしめた。
複雑な心境だけれど、そうでもしなければ足が動きそうになかった。
「俺が陽動しますんで、先に逃げて下さい!」
「でも……この先の民家に何人か立て籠もって、救助を待ってるの!」
「盗賊は何人ですか?」
「コイツらを抜いて10人ぐらい」
くそっ。一人でヤルには多すぎる。
肩パッドにバンダナ・マスクのいでたちで、楽しそうに武具を投げてきやがる。
『ねぇさん、出て来て遊ぼうぜ~』
『そんなガキより楽しませてやるぜ~』
決めた。初の対人実戦はこいつらに今決めた。
「私も行くから。まずはこの二人からヤルわよ?」
パーピリアさんが鋭い眼光を放って俺をにらむ。
「……分かりましたよ。その代わり前衛は俺がやります」
蹴球師の『急所打撃』、脱捨師の『挑発の舞』、舞踏師の『金縛眼』『魅了眼』などをフル稼働して木陰を躍り出た。
右に左に飛び跳ねながら、背後からのナイフ投擲で援護を受けながら、俺は盗賊らに近づく。
近接戦闘を予測したのか、盗賊らは両手に短刀を握って身構えた。
…………コイツら、赤いネッカチーフも腕巻きもしていない。
グルナード盗賊団じゃないのか??
『洗剤』『冷水噴爆』!
まずは盗賊へ洗濯用の水を何発かぶっかける。
慌てて目の周りを拭い、盗賊らは背中を合わせた。
これは大失策。
こっちを見てくれないと、眼力が通らない。。。
蹴球師の『残像』をさらに重ね、距離を取りながら敵の周りを巡った。
ウルフニードルから学んだ包囲戦法だ。
『棒舞踊』『急所隠防』
職歴書を手にしたまま武具は出さずに、スキルを繰り出してゆく。
アクティブ・スキルがなんとなく不安定になってきた。
おそらく一度に俺の力量で出せる数の、限界に近いのだろう。
弧を描いて狙うパーピリアさんの皿を避けようとした盗賊の一人が、ぬかるんだ泥に足を取られて揺らいだ。
今だっ!『眼力耐性の空間棒』!
棒を地面に突き立て、俺は舞い踊るように懐へ飛び込んだ。
「てめぇ!! 俺様を誰だと……」
最後まで言わせずに足払いを食らわせ、地面に殴りつけ、一人をノックアウト。
相方の振り回した短刀が棒に食い込み、もう一本に鞄の紐を切られそうになりながらも、いったん退いて態勢を整える。
急所隠防が効いていなかったら……とヒヤリ身震いする。
盗賊と距離をおけたことで、パーピリアさんの援護投擲が再開された。
「クソがぁぁぁ!」
盗賊は職歴書を開いて、何かのスキルを使った。
手にした短刀がぼんやりとしたモヤを纏った。
奥の手を使われてしまった以上、迂闊には近づけない。
モヤの色合いが悪夢の卵の眷属のそれに似ているのが、なんとも不気味だ。
切れかけた残像スキルで逃げ回りながら、俺は新しい組み合わせ武具を試みる。
職歴書を手にしながら、こういう時に腕がもう一本あったらなと思いつつ。
『紐糸』『棒紐接合』『粘着剤』
意図を理解したのであろう、盗賊が破れかぶれに短刀を振り回しながら襲い掛かってくる。
「遅いっ!!」
俺はスキルを複合して具象化した粘着鞭で、盗賊の体の拘束を狙う。
棒の先端のネバネバの紐が巻き付いて絡まり、あっけなく男の身動きを封じた。
「汚ぇぞぉぉ!」
「テメェこそ、俺の家族に何してくれやがる?自業自得だ!」
汚いとか、盗賊にはさすがに言われたかないよ。いや、ホント。
具象化スキルに防具という概念はありません。
肩パッドが攻撃にも使えるのが良い例で、全部まとめて『武具』扱いにしています。
逆に防御に全く使えない攻撃具もない気がするので。
本音は……設定が複雑になったら筆が進まないからですが。^^;