ヒーロー志願はつらいよ
寝耳に水でも入ったかのようにメグが体を起こし、むにゃむにゃとまた寝入る。
「再婚……ですか」
「田舎の知人でね。前々から時々会いにきてくれていたのだけれど。若い虫が住み着いただなんて噂を聞きつけて今日ね、焦りの猛アタックを受けたのよ」
……虫ですか。……まぁ虫ですとも。間違っちゃいない。
「駆け落ち同然で王都に出て来て、先立たれて。田舎に帰らないで突っ張るのにも少し疲れ気味だったし。ちょうど念願の菓子師にもなれた今が頃合いなのかな?ってね」
「……ということは、引っ越しですか?」
「ごめんね。急だけど明日の昼にはここを引き払って、田舎に帰ろうと思うの」
「そうですか……おめでとうございます……でいいんですよね?」
「うん。ありがとう」
パーピリアさんがメグのタオルを肩までかけ直す。
メグのことを考えれば、一人の夜を過ごしたり、都会の街角で花を売って歩くよりも、家族や近所の人に見守られながら安心して過ごせる方がいい。
……孤独はつらいからなぁ。
「それとも、一緒にわたしの田舎に来る?」
「いえ。ガルベラ親衛騎士団を目指したいんで、王都に残ります」
「だよね。夢に夢中の年頃だもんね」
パーピリアさんは長い睫毛で、幸せなような切ないようなウインクをしてみせた。
「そういえばさっきの手合わせの最初のアレ、何眼ですか?」
「金縛眼よ。魅了眼と組み合わせたらイチコロかもね?」
「俺、眼力耐性のシナジーが結構高いんですけどね」
「まったく、いけずはモテないわよ。眼力なんて使わなくても落とせる魅力があるつもりなんだけどね、わたし」
確かにウインク一つで、気持ちがクラッと……いやいや。ストップ。そこまで。
翌朝。
花屋のバイトの後は、母娘の引っ越しの準備を手伝うことにした。
とは言っても家具を商人が買い取ってしまうと、荷物というほどの荷物はほとんど残らず、小一時間で部屋がガランとした。
メグはと言えば、まだ実感が沸いてこないようで、鞄からぬいぐるみを出したり入れたりしつつ遊んでいる。
「タイガ君、少し手合わせしようか」
「部屋で、ですか?」
「常に広い所で戦えるとは限らないじゃない?」
なるほど。
すっきりしてしまった部屋でパーピリアさんが扇を出し、迷う俺に訪ねる。
「ヒーラーになりたいの?それともヒーローになりたいの?」
「…………ヒーロー……だと思います」
俺は迷った末に棒☆☆☆を具象化した。
メグは部屋の隅で小さくなって観戦している。
そのメグを後ろに背負う場所へ陣どり、彼女は舞踏師の『急所隠防の扇』を具象化した。
うへっ。職人武具ですかい。
俺は次第に速度を上げながら、球を付けない棒で突きまくった。
が、昨晩よりも激しく鋭く扇にガードされ、一撃すら当てられない。
さらには攻撃職である舞踏師のスキルがかかった扇が飛んできては、俺の体のあちこちにミミズ腫れを残してゆく。
ついに俺の息が上がったところで、最後の手合わせはお終い。
おじぎと握手をして、武具の具象化を解く。
パチパチパチ、とメグが拍手をして母に抱き着いた。
『葉緑苦汁』を飲みながら、三人で壁にもたれて振り返る。
「結局、一発も当てられませんでした」
「うん。なんでだったと思う?」
「扇のガードが、昨日より強かった気がします。……メグを背負っていたからでしょうか?」
「正解。『急所隠防』は守りたい誰かがいる時は、何倍にも強くかかる性質があるの」
実生活でも『メグを守りたい』という心底からの思い願いは、俺の想像を超えているのかも知れない。
「それでもガードを突破したい、という思いの強さがタイガ君にはあったかな?」
「……いいえ。なかったです。嫁入り前のパーピリアさんに傷をつけたくなかったですし」
「そこなのよ。誰かのハートを射貫こうと思ったら、『傷つけたらどうしよう?』なんて悩んでいちゃダメなのよ」
「でも、好きな人は傷つけたくないです」
「たとえ傷つけてしまっても、その傷ごと相手と人生を共にする覚悟。その覚悟がプロポーズしてくれた彼にはあったのよ」
「なるほど。俺が一発も当てられなかったのは、当然だったんですね」
俺はパーピリアさんと共に、必死でメグを守り育てながら生きる覚悟など、持ち合わせてはいない。
ひととき屋根を借りながら、いつでも冒険を夢見ているような流れ者なのだから。
レクチャーが終わってしばらくすると、荷車を引いたガタイのいい男がメグ母娘を迎えにやってきた。
確かに……よく日に焼けたこの人には、パーピリアさんと一緒にメグを守って生き抜けそうな、安定感がある。
口数はほとんどないに等しいが、芯の強さと優しさが全身からにじみ出ている。
わずかな荷物を荷車に積んでいる間にパーピリアさんに連れられ、俺は『歴書師』のいる店へとやってきた。
作業を書師に依頼し、彼女は俺と歴書を直結させた。
緩急の織り交ぜられた脈動が、彼女から流れ込んでくる。淡い温かみが次第に激しい熱へと高められ、思わず手を伸ばしたくなる。痺れさせられ、興奮させられ、歓喜が俺の体を突き抜けてゆく。
『トピックス:舞踏師LV24を受領しました』
「……いいんですか?」
「うん。メグとの将来の結婚に向けての『結納』代わりよ」
ぇ。
「楽しい時間をありがとう。多分あの娘にとっての王都での一番楽しい思い出よ」
「こちらこそ……沢山食べさせていただいて……教えていただいて……ありがとうございました」
「いつでも田舎に遊びにくればいいじゃない。だから、そんな顔しないで」
……はい。
「村がモンスターに襲われた時は、一番に駆けつけてね?」
「はい……強くなります……」
パーピリアさんは俺の頬を柔らかにつねって、小さく微笑んだ。
荷台に乗ったメグが、姫にでもなったように目を輝かせて王都を眺めている。
いつもとは違う目線からの、思い出の詰まった景色だ。
最後に俺たちは、めばえ公園の万年樹の元へとやってきた。
そういえば、初めてメグと出会ったのもここでだったか。
俺はメグと二人でランの花についていたあの幼虫を、万年樹の繁った葉へと移してやった。
『トピックス:養蝶士がLVアップしました』
「ばいばい! またねー!」
「元気でな」
「しっかり働くのですよー、アナタ?」
ん?んんんん?
誰との挨拶なのかわからなくなって、みんなでひとしきり笑った。
それ以上は言葉も交わさず、握手をしてお別れの時がやってくる。
パーピリアさんの新しい旦那が、照れくさそうに、なのに力いっぱい俺の手を握ってくる。
いたいいたいいたいいたい。
そう。夕暮れ時の家路でメグと手を繋ぐのは、今日からこの手になるのだ。
……もしや痛い握手は、恋敵としてではなくて父親としての威嚇だったのか???
「じゃあねー、タイガお兄ちゃん!」
もう全然、未練のカケラもないような満面の笑みで、メグは荷台に乗り込んだ。
「おう、またなー!」
たった数日の間の出来事だったのに。
かけがえのない人との別れのように胸をしめつけられながら、王都の東門を出てゆく三人の背を見送った。




