対人はつらいよ
二枚の扇を構えたメグ母と対峙し、腹の底から戸惑いが溢れた。
「あの……お名前を聞かせてもらっていいですか?」
プッと吹き出し、メグ母が束ね残した耳の側の髪を扇で躍らせた。
「ようやく向き合ってくれたのね? では鮮血の魔女・パーピリア、参る!」
……はい?
パーピリアさんが扇を畳んで、ペチンと俺の頭を叩く。
「二つ名に惑わされて頭を空っぽにしちゃったら、かち割られるわよ『お花畑』のタイガ君」
あー。あー。自分で食らうと結構効くのなこれ。
「鮮血の魔女、改め、メグの母・パーピリア、参る!」
彼女が扇を構え直したので、俺も冒険の職歴書を開こうとするのだが、眉間からピリピリした痺れが全身に走り、自由に動ききれない。
「眼力耐性の空間棒!」
軽業師の職人武具を手にした途端に、体の隅々に意思が届くようになる。
多分さっきのウインクだ!何かの眼力に俺の動きを縛られていたのか。
それは後で教えてもらうとして、彼女の職は何だ? 脱捨師にも『扇』はあるが、あんな眼力のスキルはなかったハズだ。
俺は空間棒の先端に意識を集中し、かねてより温めていたアイディアを試してみる。
「『球』!」
おおおお、うまくいった。
若干、軸がズレているが棒の先端に小さな球がついた。
「ふーん、お手並み拝見ね」
メグが「どっちもがんばれ~」と声援を送ってくる。
棘のないモーニングスター、長いハンマー状の合成棍棒……うまく表現できないが、棒と球の同時具象化には成功した。
……のはいいが、先端が重い!
それほど大きな球をつけたわけではないのだが、ベースにした棒が長いせいで、先端重量に振り回されぎみになっている。
棒にはかなりのシナジーが乗っているので、危険がないようまずは軽く突いてみた。
パーピリアさんが扇で軽々と棒を受け流す。
……ならばもう一丁。くそっ、もう一丁。
俺は突きの速度を少しずつ上げてみるのだが、かわされ、いなされ、一つも当たらない。
弾き飛ばした!と喜んでもつかの間、扇はオートで急所を守りながら、二枚三枚と増えていく。
ほら、そこ。ほらほらほらほら。
10分ほど突き続け、軽く汗をかいた頃、パーピリアさんが今夜のトレーニング終了を告げた。
ふぅ……彼女は軽く上気する程度なのに、一撃も被打しなかった。
「タイガ君、対人戦ははじめてかな?」
「はい、初めてでした」
「でしょうね。で、その棒の先端の球の目的は?」
「……万が一パーピリアさんに当ててしまったら、大怪我させてしまうと思いまして。クッション代わりです。一発も当てられませんでしたけど」
「気持ちだけは受け取っておくわ。で、使い勝手は?」
「鎚は振り回した遠心力で攻撃力を高め、一点粉砕する武具でした」
「そうね。さっきのタイガ君は、ハンマーで突いていたようなものだから、それも当たらない理由一つよね?」
「他にもたくさん理由がありそうですね?」
「そうね。例えば舞踏師の『急所隠防』とかね」
「パーピリアさん、舞踏士でしたか」
「うん、夜は酒場で踊ってるのよ」
なるほど。踊り子が夜の仕事だったのか。
問題は急所隠防のほうだ。これ最近、脱捨師で獲得したよな。
「舞踏士と脱捨士って……」
「姉妹職ね。ぜんぜん性格の似てない姉妹だけど」
メグが眠そうにウトウトしだしたので、体を冷やしてしまう前に帰宅しながら話を続けることになった。
おぶったメグが背中でむにゃむにゃし始める。
「で、似ていない姉妹ってどういう意味ですか?」
「職系統は近いけど『舞踏士』は攻撃職で、『脱捨士』は防御職なのよ」
「えっ? 『瞬間脱衣』とかがあるのに防御職?」
そんな無防備な防御職ってどうなのよ??
「スキル表を見ればわかると思うけど、仲間を助けたり、逃がしたりするスキルが詰まっているのよ。瞬間脱衣だって防具を脱捨てて全力で逃げるためのものだもの」
なるほど。逃げる以上の防御はないものな。
「急所隠防と合わせて、一線はぜったいに超えさせない絶対防衛ラインが『脱捨士』の特徴なのよね」
なぜ脱捨士に、そんな能力が必要なのかも興味深い。
「ほら、触れられる有名美人か何かと勘違いして、ステージまで乗り込んできゃう不届きなお客さんがいるでしょ? 舞踏士以上に身を守る能力が必要なのかもしれないわね」
見に行ったことはないけれど、わかる気はする。
……いや、ホントに行ったことないですよ?
部屋に辿り着いてメグをベッドに寝かせ、俺は冒険の職歴書で検索した。
○脱捨師のアクティブ・スキル一覧
『凝視平気』『柔軟体』『瞬間脱衣』『棒』『扇』『挑発の舞』『棒舞踊』『破廉恥』『目覚打』『鈍足旋風』『冷水噴爆』『急所隠防』
改めて見直すと、ギュッと詰まったスキル群の意味が、おぼろに見えてくる。
そういえば、脱捨師はマスターになったから、職人武具も考えなきゃな。
LV25のEXスキルも楽しみで、何だかんだ言って脱捨師が捨てられない。
「タイガ君……実はね」
隣りに腰かけたパーピリアさんが、笑顔で俺に告げた。
「急なんだけど、わたし、再婚することになりそうなの」