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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅰ 芽吹きの流者 と マリアンナ
3/51

フローターはつらいよ

〇就業ジョブ一覧 (CAP2)

 なし


予備職(リザーブ)

 皿洗士 LV1 (new)

 浮流士(フローター) LV1 (new)


 フローターというのは、さすらいのバガボンドというやつか?

 試しに浮流士の説明をクリックしてみる。


『さすらいのバガボンドです。

 獲得スキル『見られても平気』『天気読み』『防寒衣』『毒見』『隠密』など』

 ……………………うん。違いない。


 続いて、一発逆転を祈願しながら皿洗士の説明をクリック。

『皿が上手に洗えるようになります。投擲にも向いていますが盾としては脆弱です。

 獲得スキル『手荒れ防止』『注水』『洗剤』『皿掴み』『皿積み』『皿持ち』『皿投げ』など』


 ……さすがにこれは『お気の毒』すぎるだろ。

 この酷さで眉しか動かさなかったジミュコさんのポーカーフェイスが恐ろしい。



 営業終了したハンターセンターを追い出され、せっかく市場へ来たというのに財布がカラだった。

 にゅうっと伸びてぷよぷよした『王都商工会特製ノビリーノ餅』に唾を飲み込む。

 餅屋の店員がスキルを使いながら、さも美味しそうに餅を丸めては伸ばし、伸ばしては丸めて棒に刺し客に手渡している。

 ゴクリ…………異世界ぼっちで無一文は、つらいよ。


 

 白い時計塔で14時頃。

 俺は、広場脇の『めばえ公園』にいた。

 公園には『万年樹』と記された巨木があり、真昼間からデザートを手にしたカップルがお参りに訪れている。


 その公園のベンチで俺は、思わずへたり込んでしまっていた。

 急場凌ぎにバイトをしたかったのだが、三件続けて落ちたのだ。

 なんだよこの超絶難易度は。ルーキー・インフェルノ・デスロワイヤルかよ?


「くそっ。皿洗い落ちたチグリガルド死ね」

 イチャイチャしていたカップルたちが、そそくさと俺を遠巻いてゆく。



 そして15時頃。 

 俺はなぜか再びチグリガルド王国衛兵隊・本部にいた。


「タイガ、またお前か」

 副隊長が髭をモシャモシャさせながら事情聴取の席につく。

 ……えっ。チグリガルド死ねっていうのが不敬罪??

「王の名前が国名と同じだとは思わなかっただなんて、そんな言い訳が通用するかこの『お花畑』が!!」

 どのカップルだ! 通報しやがったのは!? 


 あーしぼられた、しぼられた。

 ロクな飲み物すら口にできていないのに、こってり絞られた。

 


 黄昏(たそがれ)の16時すぎ。

 お咎めなしで釈放されたはいいが、どこにも行くあてなどなかった。

 舞い戻っためばえ公園のベンチでぼんやりと夕陽を眺める。

 こんな詰みゲー、さすがにブン投げてもいいよな?


 その時、石畳を通してトコトコ足音が聞こえてきた。

 地面から顔を上げると、マスケット帽の少女が近づいて来ている。

 気のせいかとも思ったが少女はひょこっ、ひょこっと『だるまさんが転んだ』のように俺へ近づいてくる。

 近づいていいかな?話しかけても平気かな?とでも言いたげな躊躇いが、帽子のつばの影を落とした表情から読み取れる。


 ……可愛い。

 外見だけでなくその動作や仕草のすべてで、俺の心を鷲掴みにしてくる。

 マスケット帽を脱いだら天使みたいなキューティクルで、ピンク色の髪からふんわりといい匂いがするのだろう。という所まで想像した。


「あのぅ……」

 少女は乳白色の小首をかしげて微笑んだ。

「この公園の木の伝説を知っていますか?」

「ぜひ教えて下さい!! よかったら隣の席あいてますんで!」

 少女はベンチには座らぬまま、絵本の幻想物語を子どもに聞かせるように俺に語り始めた。


「昔々、チグリガルドが(おこ)るよりも昔。

 空と海を引き裂く不毛な大戦争の後のこと。

 涙にくれた人々は、焼け野原となった地に種を蒔きました。

 そして剣を折って鍬とし、石碑に刻んだのです。


『苦しみを覚えつつ、されども望みを捨てるなかれ。

 あきらめなければ、再び芽は生えいずる』


 それが苦節千年。雨風や落雷にもめげず、枝が折れても枯れきることなく、気の遠くなるような時をかけて育ったのがこの万年樹なのですよ」


 ……だから『めばえ公園』なんですか。

 予想の斜め上をいく伝説に残念がっていた次の瞬間。

 少女に手を取られ、手で手をギュッと包まれた。

 俺の手を挟む少女の両手のひらはすべすべで、しっとりしていた。


 うぅぅうう。なんだろこれ!

 まさに天にも昇る気分。

 この天使とだったら今すぐ昇天しても悔いはない。

 小悪魔だったら一緒に堕ちても心残りはない。


 少女は包んでいた俺の手のひらに何か硬いものを握らせてきた。

 「あきらめないで下さいね。ファイトです!」

 そう呟き祈るような仕草をして、マスケット帽の少女は小走りに去っていった。


 ……なにこれ?勇者フラグか何か??

 

 俺は狐につままれたように手を開き、彼女が握らせてくれたものを見た。

 それは美しい妖精のような模様の刻まれた『金色のメダル』だった。


 異世界ぼっちで無一Gだけれど……

 少女の手の温もりを思い出していると、なんだか胸が熱くなってくる。


 ……こんな所であきらめてたまるか。


      *


 この時の俺は万年樹の伝説の由来の本当の意味を知らなかった。

 伝承はとうの昔に失われたに違いなく、誰に知れるはずもなかった。

 ただただ『あきらめてはならない』という教訓を刻んだ石碑なのだと思っていたが。


 けれどもこの時。メダルを握りながら俺が胸に刻んだ『ある決意』こそ、全てのハジマリであったと、ここに記そう。 

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