フローターはつらいよ
〇就業ジョブ一覧 (CAP2)
なし
・予備職
皿洗士 LV1 (new)
浮流士 LV1 (new)
フローターというのは、さすらいのバガボンドというやつか?
試しに浮流士の説明をクリックしてみる。
『さすらいのバガボンドです。
獲得スキル『見られても平気』『天気読み』『防寒衣』『毒見』『隠密』など』
……………………うん。違いない。
続いて、一発逆転を祈願しながら皿洗士の説明をクリック。
『皿が上手に洗えるようになります。投擲にも向いていますが盾としては脆弱です。
獲得スキル『手荒れ防止』『注水』『洗剤』『皿掴み』『皿積み』『皿持ち』『皿投げ』など』
……さすがにこれは『お気の毒』すぎるだろ。
この酷さで眉しか動かさなかったジミュコさんのポーカーフェイスが恐ろしい。
営業終了したハンターセンターを追い出され、せっかく市場へ来たというのに財布がカラだった。
にゅうっと伸びてぷよぷよした『王都商工会特製ノビリーノ餅』に唾を飲み込む。
餅屋の店員がスキルを使いながら、さも美味しそうに餅を丸めては伸ばし、伸ばしては丸めて棒に刺し客に手渡している。
ゴクリ…………異世界ぼっちで無一文は、つらいよ。
白い時計塔で14時頃。
俺は、広場脇の『めばえ公園』にいた。
公園には『万年樹』と記された巨木があり、真昼間からデザートを手にしたカップルがお参りに訪れている。
その公園のベンチで俺は、思わずへたり込んでしまっていた。
急場凌ぎにバイトをしたかったのだが、三件続けて落ちたのだ。
なんだよこの超絶難易度は。ルーキー・インフェルノ・デスロワイヤルかよ?
「くそっ。皿洗い落ちたチグリガルド死ね」
イチャイチャしていたカップルたちが、そそくさと俺を遠巻いてゆく。
そして15時頃。
俺はなぜか再びチグリガルド王国衛兵隊・本部にいた。
「タイガ、またお前か」
副隊長が髭をモシャモシャさせながら事情聴取の席につく。
……えっ。チグリガルド死ねっていうのが不敬罪??
「王の名前が国名と同じだとは思わなかっただなんて、そんな言い訳が通用するかこの『お花畑』が!!」
どのカップルだ! 通報しやがったのは!?
あーしぼられた、しぼられた。
ロクな飲み物すら口にできていないのに、こってり絞られた。
黄昏の16時すぎ。
お咎めなしで釈放されたはいいが、どこにも行くあてなどなかった。
舞い戻っためばえ公園のベンチでぼんやりと夕陽を眺める。
こんな詰みゲー、さすがにブン投げてもいいよな?
その時、石畳を通してトコトコ足音が聞こえてきた。
地面から顔を上げると、マスケット帽の少女が近づいて来ている。
気のせいかとも思ったが少女はひょこっ、ひょこっと『だるまさんが転んだ』のように俺へ近づいてくる。
近づいていいかな?話しかけても平気かな?とでも言いたげな躊躇いが、帽子のつばの影を落とした表情から読み取れる。
……可愛い。
外見だけでなくその動作や仕草のすべてで、俺の心を鷲掴みにしてくる。
マスケット帽を脱いだら天使みたいなキューティクルで、ピンク色の髪からふんわりといい匂いがするのだろう。という所まで想像した。
「あのぅ……」
少女は乳白色の小首をかしげて微笑んだ。
「この公園の木の伝説を知っていますか?」
「ぜひ教えて下さい!! よかったら隣の席あいてますんで!」
少女はベンチには座らぬまま、絵本の幻想物語を子どもに聞かせるように俺に語り始めた。
「昔々、チグリガルドが興るよりも昔。
空と海を引き裂く不毛な大戦争の後のこと。
涙にくれた人々は、焼け野原となった地に種を蒔きました。
そして剣を折って鍬とし、石碑に刻んだのです。
『苦しみを覚えつつ、されども望みを捨てるなかれ。
あきらめなければ、再び芽は生えいずる』
それが苦節千年。雨風や落雷にもめげず、枝が折れても枯れきることなく、気の遠くなるような時をかけて育ったのがこの万年樹なのですよ」
……だから『めばえ公園』なんですか。
予想の斜め上をいく伝説に残念がっていた次の瞬間。
少女に手を取られ、手で手をギュッと包まれた。
俺の手を挟む少女の両手のひらはすべすべで、しっとりしていた。
うぅぅうう。なんだろこれ!
まさに天にも昇る気分。
この天使とだったら今すぐ昇天しても悔いはない。
小悪魔だったら一緒に堕ちても心残りはない。
少女は包んでいた俺の手のひらに何か硬いものを握らせてきた。
「あきらめないで下さいね。ファイトです!」
そう呟き祈るような仕草をして、マスケット帽の少女は小走りに去っていった。
……なにこれ?勇者フラグか何か??
俺は狐につままれたように手を開き、彼女が握らせてくれたものを見た。
それは美しい妖精のような模様の刻まれた『金色のメダル』だった。
異世界ぼっちで無一Gだけれど……
少女の手の温もりを思い出していると、なんだか胸が熱くなってくる。
……こんな所であきらめてたまるか。
*
この時の俺は万年樹の伝説の由来の本当の意味を知らなかった。
伝承はとうの昔に失われたに違いなく、誰に知れるはずもなかった。
ただただ『あきらめてはならない』という教訓を刻んだ石碑なのだと思っていたが。
けれどもこの時。メダルを握りながら俺が胸に刻んだ『ある決意』こそ、全てのハジマリであったと、ここに記そう。