偏っててつらいよ
「毎度あり~」
……。
商工会から受け取ったストリング・フェスミーダの討伐報酬は、たったの5千Gだった。
募集時点での傭兵報酬は1万Gだと聞いていたのだが、輸送費、昼食代、保険料もろもろをバッチリ差し引かれていたのだ。
残念ながらゴブリン達との戦いへの、追加報酬は無かった。
奴らはフェスミーダに縄張りを荒らされ森を彷徨っていただけで、討伐対象にはなっていなかったからだという。
この報酬の少なさを考えると、勢いで蹴球師の職人武具を決めたことに、後悔が沸いてこないでもない。
「お給料よかったねー。今日はメグより多いよ!」
メグがキャンディーを舐めながら、嬉しそうに俺を祝福してくれた。
まぁ、今日も生き延びてプラス収支で終わったからよしとするか。
まっすぐ通り抜けるつもりだった広場の掲示板に、人だかりができている。
もしかしたら、今日の俺たちの大活躍が早速ニュースになったか?
『号外』
●イスタンベール王国に留学中のグロリオサ王子が、悪夢の卵討伐に向けて帰国する予定。それにともない『ガザニア親衛騎士団』が再編成される模様。
●勇者選抜の儀・パーティー登録費用が2000万Gに決定。
に・せ・ん・まん???
あー。ぜんぜん俺にチャンスないわー。
なにせ本日のハント報酬が5千Gですよ?
ないわー。お金。
メグ母の今日の夜の仕事は、お休み。
俺とメグと美人母の三人でのんびり食卓を囲んでいると、一日の緊張がほどけてホッとしてくる。
今夜の晩飯も、腹いっぱいの美食を食べることができた。
なんでも昼の仕事で『菓子師』マスターになったお祝いも兼ねているのだという。
メグの嬉しそうな顔が、デザートのクリームパフェにほころぶ。
その食後の出来事。
ブルンと震えた冒険の履歴書を開いて眺めていると、メグ母が覗いてきた。
○就業ジョブ一覧(CAP999)
花葉装飾師LV24
軽業師 LV24
蹴球師 LV24
脱捨師 LV24
狩猟士 LV16 (↑↑4)
警備士 LV12 (↑↑3)
裁縫士 LV10 (↑2)
薬毒士 LV10 (↑2)
配達士 LV8 (↑1)
洗濯士 LV8 (↑1)
皿洗士 LV7 (↑1)
曲芸士 LV7 (↑↑3)
地図士 LV6 (↑2)
占い士LV6 (↑2)
浮流士 LV5
保育士 LV5 (↑1)
人形士 LV3 (↑1)
魔術師 LV3 (↑2)
物語士 LV2
香具士 LV2
養蝶士 LV1
・予備職
暴食士 LV2
指揮士 LV1 (new)
『トピックス:指揮士LV1を獲得しました』
『トピックス:多数のジョブがレベルアップしました』
『トピックス:脱捨士がLV24になりました。職人武具と付加スキルを選択できます』
「タイガ君、訳ありとは思っていたけど、もしかして流者?」
メグ母が、晩飯の味の感想でも聞くようなノリで、さらりと『流者』と口にする。
「えぇ……実はそうなんです。黙っててすみません」
…………。ん?それだけ?
「なんていうか。ものすごく偏ってるわね、キミ」
「そうですか?むしろ色々とりすぎて、幅広過ぎな気が自分ではしてるんですが」
「ジョブの話じゃなくて……『お花畑』って二つ名のからみよ」
???
メグ母の顔をまじまじと見てしまう。
……が、待っても話が弾んでこない。
ふぅ、と小さく息を吐いて彼女が話はじめる。
「なんていうかな。志向性の偏りに自分で気づいていないというか……」
???
「親しくなりつつある人との距離感というか親密さ。簡単にウチに来たりするけれど、ふっ、と引いてそれ以上深くは入って来ないわよね? 私が夜に何の仕事をしているのか?とか聞いてこないし」
「……そうですね。こっちに来る前に色々あって……人と深くかかわるのが怖くなってるのかも知れません」
「わたしもタイガ君の『色々』を無理に聞き出すつもりはないけど。流者ってみんな訳ありらしいから」
「そうでしたか……」
物語本に飽きたのか、こちらの話に興味が沸いたのか、天然隠密のメグが脇に立って母を見上げている。
それでもメグ母は、向こうに行ってなさいと追い払うでなく、膝の上に乗せて一緒に聞かせる態勢に入る。
「対策準備が整ってないってのはあるのだろうけれど……流者は王宮か賢者会に抱えられるのが通常らしいのに、タイガ君が放置されているのも妙だし。そんな奥手なタイガ君が『脱捨師』のマスターってのも不思議よね」
「脱捨士は貰いものなので……」
LV減衰なしでの受領能力を伝えた後も、メグ母は何かが引っかかっている様子。
「それをくれたのが、あのジミュコーネって娘?ますます分からないわね」
「脱捨士は今日のゴブリン戦ですごく役に立ったし、悪意があるとは思えないんですが」
「お花畑なんて言われるほど一面には咲いてないけど、やっぱりちょっと心配」
「そういえばランの花と幼虫、どうなったか忘れてました!」
ランは花盛り真っ只中。淡いピンクの白い花が咲き誇り、濃密な香りを漂わせている。
……俺が慌てて活力発奮剤なんかやったから、一気に咲いてしまったのだ。
その植木鉢で幼虫は、暴食士でも獲得したかのようにランの葉を貪っている。
「まずいわね。葉っぱを通して虫も中毒を起こしかけているのかも」
メグ母がシャープな頬に指を当てて小首をかしげた。
メグも母の仕草を真似て、眉をひそめる。
幼虫をランから別の入れ物に移し、花葉装飾師の具象化スキルで葉っぱを与えてみたのだが、美味しそうには食べてくれない。
具象化した葉は造花のようなものだから、という理由らしい。
俺とメグ母は心配顔のメグを連れ、夜の王都に繰り出した。
洗濯場のある水路で、新鮮な葉っぱを何枚か頂戴する。
「ちゃんと食べてるねー」
幼虫は、食べたり休んだりしながら、落ち着きを取り戻している。
管理小屋の街灯の下にメグを座らせ、メグ母は冒険の職歴書を開いた。
「少し手合わせしてみましょう?タイガ君も武具を出して」
メグ母はフサのついた『扇』を二枚具象化し、挑発的なウインクをしてみせた。