燃え上がるのもつらいよ
「羽音……聞こえないか?」
誰かがボソリと呟いた。
そう言われてみると、かすかにバサバサとした物音が聞こえないでもない。
ホッとしかけた腰がなかなか上がらないまま、何人かで『望遠』などを用い木々の隙間に目を凝らす。
いない……違う…………上だ!!
開けた地で休んでいたのが幸か不幸か、ストリング・フェスミーダは空から直接飛び込んできた。
探す手間がはぶけたぜ。と言ってる場合じゃない。
すでに商の字が一人トゲつきの節腕に張り飛ばされ、森のシダの草むらに消えている。
デカい。今まで倒してきたモンスターの中で一番デカい。
リーダーが叫ぶより早く、全員で包囲陣形をとりハンマーで迎撃を始める。
が、節の多い手足だけで5mはあり、リーチで圧倒的に負けているので攻撃は体までは届かない。背後は背後で大きな平べったい巻き尻尾で、ビタンビタンと地面を叩いている。
フェスミーダの尻尾にいくつかの穴は開けられたが、致命打には程遠い。
『猛疾駆』を使って最速で正面に回り、顔を仰ぎ見る。
カマキリのようなレンズ眼のついた三角の顔を確認。全体を総合すると「ナナフシ」に近い虫なのかもしれない。
戦況はどうなってる。間合いを取っているので大ダメージを受けている者はいないが、八本もある三節棍の腕にムチ打たれて苦戦している。
ただでさえ細い節の腕が、端に行くほど遠心力で加速してくるので、ハンマーの頭が全く当たらないのだ。
「眼だ!複眼をやれ!!」
リーダーの号令に何人かの職人がハンマーを投擲する。同時に多方からハンマーが投げられ、一発が眼の隅に掠める。緑色のレンズに傷はつけたものの角度が浅く、ストリング・フェスミーダは怒り狂って暴れ出す。俺も棒や球を投擲してみたが、今は気にしないでおこう。
それよりストリング・フェスミーダ??師匠のメモに何か書いてあったような……。
ワシャワシャと蠢く口から、シュッと白い筋が噴出してくる。
「糸だ!!」
口から出た白い粘液は、空気に触れてネバネバした糸に変わる。
細く広範囲の糸は体全体に覆い被さり、太い紐はゴムのように弾力があり、直撃をくらったメンバーが身動きの自由を奪われる。
冒険の職歴書を開いたが、裁縫士の『ハサミ』具象化にはもう一息レベルが届いていない。花葉装飾師の『剪定鋏★』で何とかなるか?
……フェスミーダの糸を全く切れないこともないが、粘着性が強すぎて、仲間の解放にはなかなか及ばない。
何か。何か策はないか。
花葉装飾師の『防虫スプレー』を具象化し、吹きかける。
微かに効いている様子ではあるが、虫の体格に比して噴射の量が全然足りていない。
『百花繚乱!!』
無数の防虫スプレーを具象化し、数本まとめて吹きかける。
他にも気づいた仲間が、四方八方からスプレーし、小さな空き地が薬剤で曇ってくる。
「やれ!もっとかけまくれ!」
効いているのは間違いない。傷口から染みているのか、青い体液の流れる尻尾がジタバタ暴れている。
シャァァァァア!!
火の手が上がってストリング・フェスミーダが拒否反応を示した。
そういえばメモにあった弱点か!?
ボフン!ゴフォオオオ!
後ろの方で誰かがスプレーに着火し、即席の火炎放射器に変えていた。
尻尾の甲殻が焼ける匂いとフェスミーダの咆哮が森にこだまする。
いつの間にやらスプレー火炎放射器の包囲網が整い、あちらこちらから炎がほとばしる。
熱い!熱いってば。火は俺も弱点なんだよ!!!
赤毛の少女剣術士が側面から腕を二本切り落とした。
チャンス到来か?
『操紐糸!』
俺はフェスミーダの吐き出す粘着糸を裁縫士のスキルで逸らし、跳躍で腕の一撃をかわして懐に転がり込む。
すかさず職人武具の棒を出した瞬間、右側面から棘つきの腕が一本俺を狙ってくる。
「うりゃあああ!」
俺は職人武具の棒を縦に全力で振った。
腕の直撃はかろうじて阻止したが、ボキンと音を立てて木材の武器が折れる。
おいっ、この棒☆☆☆だぞ!?
まずった。腕の節の先端が回り込んで俺の背を打つ。一の腕の鋭い先端に貫かれて串刺し……という致命的な展開は避けられたが、二の腕・三の腕に挟まれギリギリと抱きしめられる。
クソッタレ。体を滑らせて抜け出したいのだが、棘が食い込んでいるので体がズラせない。うまいこと出来てやがるぜ。
しかも折られた棒じゃリーチが足りない。
ストリング・フェスミーダと睨み合うこと数秒。
ここだっ!!
口の動きが止まった瞬間、『操紐糸』で射出を遮る。
作戦大成功。フェスミーダの口元で糸が団子になって固まり、もがき苦しみ始める。
『粘着剤』で追い打ちをかけ、完全に塞いでやった。
が、力任せに腕を締め付けてくるので、ますますこちらも痛めつけられる。
「とりゃああああ!」
黄色い声がして、挟まれていた腕の力が抜けていく。
赤毛の剣術士が腕の付け根に切り込み、腱を一本切ってくれたのだ。
フェスミーダの二の腕三の腕を押し開いて、折れた棒を突き立てる。届くには届いたが殻を貫くには至らない。
いったん引いて立て直そう。
足掻き苦しむ怪虫の節腕にハンマーを弾き飛ばされ、メンバーがもう一人横倒しにされる。
2……4……残り5本。かなり手薄になってきた。
口の粘糸も封じた。
次だ……。行くぞ……。
赤毛の少女が脇から切りつけた瞬間、フェスミーダが腕を広げて薙ぎ払おうとした。
腹がガラ空きなんだよ!
『猛疾駆』『超跳躍』『眼力耐性の空間棒』
俺は懐に飛び込んで、最大威力で棒を突き立てた。
おんどりゃあ!
フェスミーダの腹の穴から、青い体液がこぼれて固まる。
もう一丁!
逃げ出そうとして広げた翅をハンマーが突き破り、燃え上がって溶けた。
大型怪虫ストリングフェスミーダは声も上げずに、森の肥やしとなった。
『注水』『注水』『注水』……『散水』。
飛び火した森の木に水をかけて歩く。
森林火災の可能性を考えてから、火炎放射器を使えよ!
と言ってもいつものごとく後の祭りだが。
冷水噴爆??ええい、しゃらくさい。花葉装飾師の職人武具『拡散の癒水如雨露』だ!
仲間も森の草木もまとめて癒されやがれ!
さすがに効果はてきめんなのだが、なんだか悪夢の卵眷属戦ほどの範囲も威力もない気がする。
勝つには勝ったが事後処理に明け暮れ、喜んでいる暇もない。
しかも、いろいろ話したかったのに、赤毛の剣術士の少女はすでに森からいなくなっていた。