リーダーはつらいよ
グロッテの森は斑の木陰に極彩色のシダが咲き乱れる、異様な空間だった。
歩いているだけで目が疲れ、酔いそうになってくる。
今日の狩りの陣形は二列横隊で、前衛に『鍛冶士』『鉄鉱士』『石工士』『木工士』などのハンマー持ち、かつ盾を持てるジョブのメンバーが並んでいた。
ストリング・フェスミーダの硬い甲殻を破るには、一点強打できる近接武具が有利なのだという。中心メンバーは商工会の『工』の字の面々だ。
ちなみに俺は『商』の字とともに後衛を任された。具象化した『球』の投擲力……への期待ではなく、花葉装飾師によるヒーリング役だ。
どういうハンター募集をかけたのか知らないが、ヒーラーが俺も含めて三人しかおらず、残りの20人ほどは血気盛んな筋骨武者ばかり。薬毒師と医術師と、本職のヒーラーじゃない俺で足りるのだろうか?
少し心配。少し荷が重い。
シダを踏みながらグロッテの森を10分ほど進むと、前衛列のさらにその先、ワントップの斥候が足を止め片手を上げた。
疲れた目をひと擦りして、俺も狩猟士の『足跡鑑定』『糞鑑定』『獣気検索』、地図士の『望遠』、花葉装飾師の『迷彩見破』で前方に集中する。
かすかな複数の足跡しか見当たらないが……いや、木陰に白いモジャっとしたものがチラついている。師匠のメモにあったゴブリンかも知れない。
斥候が両手で×印を描き、後ろ歩きで引き返してくる。
ゆっくり、ゆっくり、静かに。
前衛も後衛もそれにあわせてじりじりと後退し、迂回を選択するようだ。
俺はゴブリンの『魅了眼』に備えて職歴書を開き、脱捨士の『凝視平気』と浮流士の『見られても平気』をアクティブにしながら歩調を合わせる。
一瞬の出来事だった。
ガガガン、と音がして斥候がノックアウトされた。
ゴブリンの一匹も動く兆候がなかったのに、だ。
それでもかすかに何かが投擲された射線は見えた。
仰向けで白目をむく斥候の周りに、たくさんの石が散らばっている。
後列の司令塔は思考停止しているのか、何の指示も出さずに固まっていた。
これは、やばい。
ナイフやハンマーを握りしめたゴブリンが、じわりと斥候を囲む態勢に移行している。
そのとき、突如として前衛の一人がローブの具象化を解いて走りだした。
「あいつっ!『愚者』持ちか!?」
「馬鹿!やめろ!行くな!」
誰一人動けぬまま、怒号だけが飛び交った。
飛び出したのは剣術士だった。
しかも俺よりずっと若い、赤い髪の、小柄な女の子だった。
小さな盾と俊敏な猛疾駆で、モーションもなく投げられてくる石を弾き、かわしながら、斥候へと駆け寄る。
「おい、リーダー。どうするんだよ?」
「おっ、おっ……おう」
少女剣士は斥候の元へ辿り着くか否かの距離で、ヘナヘナと地に崩れ落ちた。
くそっ……たぶん、あれがゴブリンの『魅了眼』ってやつだ。
俺ともう何人かが反射的に列を飛び出すのと同時に、ゴブリン達も走り始めた。
『猛疾駆!』『眼力耐性の空間棒!』
俺は前衛のハンマー男らを抜いて先頭を駆けたが、冒険の職歴書を開いていた分、タッチの差でゴブリンたちが斥候に辿り着く。
が、ヤツラは斥候には目もくれず、少女を抱えて森の奥へと引き返そうとする。
させるかっ!
赤毛の少女を担いでいた二匹のゴブリンの足を払うため、空間棒を振った。
けれども、すぐ脇の木に当たって弾かれ、ゴブリンまで届かない。
いってぇ。
『超跳躍!』
痺れた手で空間棒を握り直して追いすがり、背中に一突き入れる。
後ろの一匹が転んだせいでバランスを崩し、少女がシダの上に落ちた。
その隙にすかさず少女を取り返そうとするのだが、何発か石をくらってこちらもダメージを受ける。
軽業師の『EX受身即転攻』が発動し、木の幹を蹴って飛び跳ねる。
一足跳びで少女に辿り着いて抱えたが、少女は俺を振り払おうと暴れだす。
「なんでだよっ!」
少女は視線を泳がせたまま、俺を平手打ちしてくる。
……まだ魅了されてやがるのか!
「「「うおぉおおお!」」」
大勢の足音と声が全速力で迫って来る。
いよいよ近接戦闘開始のようだが、俺は少女の救出が最優先。
蹴球師の『石頭』で時間を稼ぎつつ、頭の中では獲得スキル一覧を思い出す。
これかっ!?どっちだ?
いちかばちかで俺は脱捨士の二つのスキルに望みを託した。
「目覚打!、冷水噴爆!」
少女の頬を平手で打ち返し、頭から水を浴びせてやった。
ブルルッと風呂上りの子犬のように、少女は水滴を振るい落とした。
「あれ……?アタシ……あれ?」
少女は状況が呑み込めずに周囲を見回す。
脱捨士よすまん。正直、色物ジョブと侮ってたがスゲー助かる。
次いで俺は囲んでくれた盾もち達のガードを飛び出し、地面を見回した。
くうう。シダの色がケバ過ぎて目が痛い。
それでも『迷彩見破』が効いたのか、薬毒士の『花葉草鑑定』がヒットした。
俺はすんでの所で投擲されたハンマーをかわし、石頭で石を弾き返して『ワスレ草』を引きちぎった。
そのままとって返し、少女に草を株ごと手渡す。
「ほら、この草を噛んで!」
「なにこれ?」
「魅了耐性のある薬草だよ!早く!」
盾持ちのガードが投擲ハンマーを受けながらも、次第によろけ始める。
少女はガブリと根ごとワスレ草に齧りついて咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
「こっちは大丈夫だ!」
落とした剣を取りに少女が戦線の後ろへ走り出したので、俺はワスレ草をちぎりながら一緒に退いた。
今のところ少女の他にゴブリンの『魅了』を食らっている奴はいなそうだが、大丈夫か?
「乱戦でいいのか!??」
リーダーは乱戦に加わらず、かといって有効な指示もだせないまま、オロオロしている。
「どうするんだよっ!?」