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異世界転職: 『流者はつらいよ』  作者: 息忌忠心
【王都編】Ⅲ 百花繚乱の流者 と メグと
23/51

Ⅲ-1:  ラッシュはつらいよ

「アナタ。皿洗いが済んだらお洗濯ですことよ?」

「はいはい」

「アナタったら『はい』は一回でしょ?」

 …………はい? ナニコレ?


「お洗濯が終わったら、おままごとですわよ?」

 ……すでに絶賛、おままごと中なのだが。


 ジミュコ師匠の部屋への居候は昨晩まで、俺は花売りのメグ母娘の家に転がり込んでいた。

 別にメグの『将来、結婚ねー』という戯言に応えたというわけではないのだが。


 メグはクリッとした緑色の瞳に、旺盛な好奇心と前向きな明るさを漂わせている。

 なにせメグ母があれだけの美人さんだ。メグもまた将来の有望株なのかも知れない。

「アナタ、ちゃんと赤ちゃんにミルクあげなきゃだめでしょ?」

 …………俺、当面、毒男でいいかも。


 鼻をタオルで拭いてやり、本を読み聞かせ、毛布をかけて寝かしつけると、メグは満足そうに眠りについた。


 俺は夕方以降の成果を確認するため、冒険の職歴書を手にした。

 皿洗士、洗濯士、警備士、保育士、物語士のLVがそれぞれ上がっている。


『トピックス:人形士LV1を獲得しました』

 人形士ねぇ……。

 夜遅くまでたっぷり(まま)ごとをしたってのに、『調理士』の新規獲得はならず。まぁ実際の晩飯はメグ母が出勤前に作っていったからな。俺は食っただけ。


 メグを満足させても、俺はまだ満足していられない。

 ジミュコ師匠からの宿題、花柄の刺繍で裁縫士のLV上げを開始する。

 バイト暮らしを抜け出すためには、花葉装飾師のセンスをもっと磨く必要があるからだ。


 ちくちくちくちくちくちくちくちく縫っていると、葉模様の一枚も完成しないうちに指先から血が滲み、布に赤い花が咲く。

 やってられるか!と刺繍をぶん投げ、歪んだ床にゴロンと仰向けた。


 ……リリベル姫に会いたい。

 ……いや。まだ何者にもなれていない、こんな状態で会ってどうするってんだよ。

 具象化したスズランの花はこんなに確かな手触りなのに。

 会いたい・会いたくない・会いたい・会いたくない・会いたい・会いたくない・会いたい・会いたくない・会いたい・会いたくない・会いたい・会いたいな……


 いつの間にか床が花だらけになってしまっていた。

「具象化……解除。」

 キラキラと多彩な色の光の粒をこぼして、スズランが砕け散ってゆく。


 ロウソクの灯りに照らされた職歴書が、ブルンと震えた。

『トピックス:魔術師(マジシャン)LV1を獲得しました』

『トビックス:占い師(ギャンブラー)がLVアップしました』


 …………何やってるんだろう、俺?


   *


 翌朝。

 夜勤後でまだ寝ているメグ母を寝かせたまま、俺はメグと花屋へ向かった。

 メグは売り物の花の仕入れ、俺は修行を兼ねた朝時間のバイトだ。


「新人君、水やりが終わったら虫取りの後、軽く防虫スプレーしておいて」

 花屋の女店主に要領を聞き、丁寧に葉を捲って虫がいないか調べていく。


 いたいた。

 真っ白なランの鉢植えの一つ、葉の裏っ側に幼虫がついていた。

 うねうねと小さな体で、葉の裏を行ったり来たりの大忙しだ。

 将来なにに育つのかは知らないが、こちらも仕事だお命頂戴。



 防虫スプレーを具象化したまま、俺はしばらく固まっていた。

 何度も噴出口に指をかけ、吹きかけようとするのだけれど。

 なぜだか最後の引き金が引けなかった。


 今にも命を奪わんとする俺の存在など、見向きもせずに知りもせずに。

 この瞬間にも幼虫は、葉っぱにしがみ付き悪戦苦闘している。


 ……これ…………これ…………。

 …………………………………………まんま俺じゃんかよ。




 俺は、こっそりと葉っぱを一枚むしって瓶に移した。

 葉っぱ取を取った詫びとして、ランの鉢の方には花葉装飾師の活力発奮剤バーニング・スピリッツをかけてやる。


「ちょっと何やってるの!」

 ビクン!?はいっ!!

「出荷は来週なのに活力発奮剤バーニング・スピリッツなんか使ったら、一日で咲いちゃうでしょ!?」

「うわぁあ、すみませんでした!!!」

 しまった、こういう場合は癒水如雨露(ヒーリングジョウロ)だったのか。

 ……と気づいても後の祭り。


 ランを一鉢だめにしてしまったせいで本日の朝のバイト代、ゼロ。

 ゼロGですよ!?奥さん!!


「はいはい、奥さんならここですよー」

 気がつくと花籠を手にしたメグが、俺の脇に立っていた。籠の中身を見るに売れ行きは好調のようだ。

「オマエさんのことじゃねぇよー」

「オマエって言わないで。ちゃんとメグさんって呼んで」

 ったく、どこでこんなの覚えてくるんだ、この幼妻は。


「アナタ、そのお花どうしたの?誰かへのプレゼント?」

 ……アナタって、オマエと同じ類じゃねぇのか?おい。

「ほら見て! 虫さん、いっぱい食べてるよ!」

 幼虫は、むしゃこらむしゃこらガムシャラに、ランの葉を食べている。


 うん……きっと今はいいんだよな、これで。

 幼虫はやっぱり幼虫なのだ。

「メグも将来きっと、美人さんになるんだろな」

「えー。メグすでに、こんなに可愛いのにー」


 真剣に虫を観察する、無邪気な幼妻の頭を撫でていると職歴書が震えた。

『トピックス:養蝶士LV1を獲得しました』



 虫つきの花鉢はメグの家に置いて、午後のバイトに出かけた。

 先日チラシをポスティングした『発酵薬効ドリンク』の実物の宅配だ。

 それも、ただ配達するだけでなく、新規顧客を獲得する営業も兼ねて王都を歩き回った。


 家の様子を観察したり、逆にカンで飛び込んでみたり。試供品を配ったり、ここぞ!という時は『自分で美味しそうに飲んで』みせたり。


 おかげで薬毒士と配達士が2ずつ、地図士と占い士(ギャンブラー)が1ずつLVアップした。

 ふぅ、発酵ドリンクの飲み過ぎてもうお腹がタプンタプンのパンパンだ。

 ……ちょっと飲み過ぎたか??


 現在、配達士のLVは6。

 この先、隠密シナジーの『忍び足』、魅了眼シナジーの『獣魅了』などのスキルが獲得できる理由も、なんとなく理解できてきた頃。

 本日なん度目かの職歴書の震えが来た。


『トピックス:香具士LV1を獲得しました』


 …………ヤシって何だっけ???

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