INTERVAL:フィギエとフィギュア
* * 某日某所にて。満注ぎの儀による賢者の時間 * *
今にして思えばジミュコーネの行動は、何もかもが初めから不自然だった。
ジョブハンター・サポートセンターで迎えられた時点で、すでに俺は監視の対象となっていたのだ。
チグリガルドへ漂泊してからの一切合切が、衛兵隊との隠れたパイプから筒抜けだったに違いない。
なのに俺はジミュコーネのことを親切なサポートのお姉さんだと思いこみ、その道を誘導されているなどとは露とも気づいていなかった。
もっとも、無花果賢者会へと俺を誘う彼女の中にも躊躇いはあったのだ。
そうでなければ俺に『脱捨士LV22』を譲渡することなどありえない。
占い士仕込みのポーカーフェイスを被りつつ、彼女自身が別の可能性や突破口を探していたのだ。
その微かなサインを全て見逃していたのは他でもない、俺だ。
実際はどういうつもりだったのか、儀式が終わったら聞いてやろう。
意地がちょっとだけ悪い気もするが、魔王戦の前に疑惑を残したままじゃ、お互いに背中を預けられないものな。
賢者会がいつからフィギエを名乗っているのか、由来の伝承はすでに失われている。
しかしフィギエ賢者会はフィギュアの力で、チグリガルド王国を陰から造象し調整するのが本来の役割であったはずだ。
それがいつの間に熟れ過ぎたのか、スキルで王族の気分を読むだけのお道化となってしまっていた。
この20年の間に……あるいは前々回の魔王と勇者パーティーが刺し違えた頃からすでに、イチジクの木は根腐れを起こし倒れかけていたのだろう。
無花果賢者会に接ぎ木されなかった俺は、偶然か必然か、賢者LV25の隠しスキル遍歴再邂が、単なる酩酊用のイチジク錬金薬ではないことを知ってしまった。
フィギュアは天然自然の運気の流れを読みながら、もやもやした象塊に輪郭を描く作業だ。
俺は樹木士の盆栽によってカンを掴んだが、木材士・石材士からの彫刻士経由で、あるいは王道の人形士によって造象の感覚を磨く。
感覚とはいっても、ほとんど『道化士』の直近下位ジョブで磨いた直感頼みだったりする。あるいは空中ブランコから手を放すような、思い切りの良さ。
ただし、運気のみに命を預けるのではなく、探求を続けつつ、手痛い失敗経験を後継してゆくのが賢者の役柄でもある。
そういう意味ではリリベルの爺さん。前チグリガルド国王。あの人はまぎれもない賢者だった。
もはや過去形となり、完結済みの冒険の職歴書は今も、この部屋の片隅で語り続けている。
『旅をせよ。冒険をせよ。絶望とは『挫折』にあらず『後悔』に他ならない』
姫との冒険の旅を経た今なら、この年寄りのお説教がすんなりと腹に納まるけれど……。
納得が選択の先に立つなら、そもそも誰も後悔なんてしない。
まぁいい。今は亡き王爺さんに献杯。
そして俺は冷水に浸りながら、賢者の無花果錬金薬をもう一杯飲み干す。
最初の眷属戦直後の俺は、成果の実を早く食べたい、その全てを絞って飲み干したいという強欲と渇望を抱いていた。
もし収穫への焦りと欲望に身を任せ、委ねていたなら俺は一直線に『外道士』へと堕ちていたはずだ。
けれども、俺は幸いにも。
居心地のよい温かみを分け与えられ、道化士そして賢者への『奇跡の綱渡り』に踏み出していた。