食べ残しはつらいよ
「悪夢の卵の眷属?三日前の?」
緊張でかすかに喉が渇いてくる。
姫とガルベラ親衛騎士団が討伐し損ねていたのか?
「威圧に呑まれないよう、脱捨士の『凝視平気』をアクティブにして下さい」
「準備できました。いつでも行けます」
「身の危険を感じたら、迷わず逃げて下さいね」
「……師匠を置いては逃げませんよ」
師匠が気配を感じるという場所には大きな穴があった。
「親衛騎士団の人たち、どうしてこれほど大きな気配を見逃したのかしら?」
「いったん引いて増援を呼びますか?」
「いいえ、もう出てきてしまいました」
穴から出てきたのは紫色の闇を纏った馬鹿でかい熊だった。
本来のものなのか悪夢の卵の影響なのか、10本の長い爪と鋭利な牙を暗く光らせている。毛並みなどはほぼ熊だが胴が異様に長く、背丈も3mはある巨大イタチのような怪物だ。
「ジャイアント・クレイブです。『空間』系アクティブスキルを追加して間合いを大きめに。攻撃は私がしますのでスピードで挑発・攪乱して下さい」
「了解です」
「弱点は喉ですが、無理はしないで。それから念のため軽業師の職人武具、『眼力耐性の空間棒』を具象化して下さい」
グフォオオオオオン!!
ジャイアント・クレイブの雄叫びが枯れ葉を吹き飛ばし、戦闘が始まる。
よし。熊に恨みはないがここであったが百年目、三日前の雪辱戦の開始だ! 冒険の職歴書を開いて軽業師の職人武具、『★★★眼力耐性の空間棒☆☆』を具象化し、俺は散開した。
森の獣にでもなったかと思うほどの身のこなしで、あっという間にジャイアント・クレイブの背後を盗る。
ここ最近取った各職スキルの力と相乗効果を全身で感じる。
蹴球士・狩猟士・警備士・保育士などの『短距離俊敏』系のスピードと、軽業師・脱捨士・蹴球士・狩猟士・配達士・地図士など『空間』系による枝避けで、前後左右を自在に攪乱する。
間合いを大きく取り過ぎたのかジャイアント・クレイブはジミュコ師匠へと向き直り、力任せに豪快に爪を振るった。
細い枝などいとも容易く裁断しながら、ゆっくりと彼女へ接近している。
けれども彼女もひらりひらりと攻撃を躱し攻撃はかすりもしない。
俺は蹴球士の『大声★』を使ったり、『警笛☆』を具象化してクレイブの注意を引いた。
けれどもますます師匠に向かって進んで行ってしまう。
それならそれで作戦変更だ。
ジャイアント・クレイブが師匠へ夢中になっている隙に、俺は背後から一気に距離を縮め、クマ型眷属の広い背を眼力耐性の空間棒で突く。
棒は意外なほど速く深く、鋭くジャイアント・クレイブの肉に刺さった。
ただの棒なのにこれほどとは、さすがは職人武具だ。
狂暴な怒りを帯びた遠吠えが森じゅうにこだまする。
いったん離脱し離れた位置で職歴書を開き直し、二本目の空間棒を携える。
ジャイアント・クレイブの苦し紛れの猛反撃を太い木の幹で遮りながら、ジミュコ師匠がナイフを投擲している。よし、この隙に波状攻撃だ。
蹴球士のアクティブスキル『監視剥がし★★』と『猛疾駆★★★』で一気に勝負を決めてやる。
ローブを着ていると空間棒が微妙に引っかかり邪魔だった。俺はすかさずローブを外してスピードを上げる。
怒りに我を忘れたクマの背後を盗るのは簡単だった。
木などに隠れる必要もなく、瞬発力で一直線に間合いを詰める。
「二丁目、貰ったぁあ!」
ジャイアント・クレイブと目が合った。
長い胴体がぬらりと捻じれている。
走馬灯のようにスローモーションで振り下ろされる爪の、一枚一枚までハッキリと見える。
ヒュウゥ。
鼻先を爪が掠めていくと同時に、闇の獣の手足の動きが固まる。
技後硬直か???
爪の二撃目を躱して俺は眼力耐性の空間棒を、ジャイアント・クレイブの喉元に突き立てた。
ゴボッと音がして濃紫の血があふれ出してくる。
やったか!
師匠が背後から追撃を加えると、地響きを立ててクマ型眷属の巨体が沈んだ。
「間合いを取っての攪乱をお願いしたのに、調子に乗り過ぎです」
……すみません。『大声★』を切り忘れていました。
「投擲スキルもないのに足の速さを過信して。おまけに隠密のローブまで脱いで。一瞬死んだかと思いましたよ」
はい……走馬灯が見えそうになりました。
もし軽業師の職人武具に『眼力耐性★★★』がついていなかったら、クレイブと目が合った瞬間に呑まれ、動けずにいたかも知れない。
そう考えるとゾッとしてくる。
冒険の職歴書がいつも以上にブルブル震えている。
『トピックス:多数のジョブLVが上がりました』
『トピックス:占い士LV1を獲得しました』
『トピックス:軽業師のEXスキル<受身即転攻>を獲得しました』
占い士ってチグリガルドじゃギャンブラーなのか。
ざっと見た獲得スキルの、『表情読み』『表情隠し』『虚偽成功』『カード』『球』『棒』『蛮勇引力』『冷静沈着』『猛疾駆』……というラインナップが笑えるような笑えないような。占いのお姉さんが布で顔を隠すのは、ミステリアスな雰囲気作りの為だけじゃないのかも知れない。
「占い士に軽業師のEXスキル獲得ですか……そろそろ本当にカードが揃ってしまいそうですね……ここまで引きが強いとなると、もしかしたら天運? それとも……」
「あのー。師匠? 俺、ホッとしたら腹が減って仕方ないのですが」
「ごめんなさい。タイガさんの成長加速の速さに驚いていたもので」
俺は師匠から借りて脱ぎ捨てた『隠密のローブ』を再び着込み、昼食の準備に取りかかった。