最後の晩餐はつらいよ
真面目に1000通を配り終えた頃には、すでに日が暮れ始めていた。
「遅いです。待ちくたびれました」
とハンター・センターの裏口で待ち構えていたジミュコ先生に腕を引かれ、再び街へ出る。
「どこに行くんですか?」
「明日から雇ってくれるかも知れない花屋を見つけました。花葉装飾師を生かしてなんとか合格してください」
「俺、モンスターを狩りに行ったりしたいのですが」
「ハントのない日は日銭稼ぎです。ジョブを買うのにもGはいくらあっても足りませんから」
剣術士だとかの武具専門ジョブも早く買いたいし……いっちょ行ってみるか。
結果発表。
テテレテレレーテッテレー♪
*タイガは あさの アルバイターになった。
「さて、花屋や配達のバイトだけで間に合うかしら?」
「夜は『アヴァンチュール』で皿洗いというのは?」
「昨晩の強引な早退のせいで、店とちょっと関係悪化中なのです」
「それは……困りました」
「お兄ちゃん何がこまったのー?」
「お兄ちゃんなー……ってメグっ子?」
誰かと思えば、一昨日の花売りの少女が足元で俺を見上げていた。
「うちの子のお知り合いでしたでしょうか?」
花屋の店先に現れた美人に、後ろから声をかけられた。
……いえいえ怪しい者ではありませんよ。あれ?先生どこ行った?
「母ちゃん、この人ね。『ピカピカの天使のお守り』くれたお兄ちゃん」
「えぇっ!? あーもう。『お花畑』っていうから、てっきり貴族か王族関係の子息か何かかと思ってたわ……」
「はいっ???」
「衛兵隊本部で大丈夫だって言われたから、てっきり」
副隊長の野郎、『お花畑』がどんどん広がってるじゃねぇか!!
聞けばメグは母親と、今日売れた花の精算をしに来ていたのだという。
「やっぱり貰えない……どうしよう」
「メダルのことなら、いいんですよ。もうあげたものですし。なーメグっ子」
「えー。うーん。どうしよう。メグも困った」
(中略)
「というわけで先生、修行バイトは朝と日中のみでいきます」
「……わかりました」
トントン拍子で、メグの家に住み込んで夜は託児をすることになったのだ。
「タイガさん。先方のご準備もあると思いますので……今日はもう一泊だけ、私の部屋に泊まってください」
「じゃあ今晩のところは、ご厄介になります」
「お兄ちゃんまた明日―」
「おう! また明日なーメグっ子!」
メグたち母娘と手を振って別れ、俺はジミュコ先生の部屋へと向かった。
狭い部屋の小さなテーブルへ、あっという間に溢れんばかりの料理が並んだ。
「材料がもったいないですから、これを片付けてから出て行ってくださいね」
ジミュコ先生がウェイトレスのエプロンを外し、調理を補助していた職歴書を閉じた。
酒場『アヴァンチュール』での副業は、今日は休んだのだという。
最後の晩餐を二人で食事を楽しみながら、改めて午後の修行の成果を確認する。
『トピックス:曲芸士LV1を獲得しました』
「タイガさん、曲芸士を獲得したことで『道化士』の目が出てきましたよ」
「道化士……ですか?」
「蹴球士との足技相乗効果が美味しいですが、なんと言っても脱捨士LV22を持っていますからね。道化士に鉄棒みたいなものです」
「脱捨士で鉄棒って、ポールダンスの事ですか?」
「そう。今でこそ『棒舞踊』は色物扱いされていますが、もともとはサーカスのテントの支柱を使った『軽業士』や『道化士』の伝統芸ですから」
道化士は、軽業士・曲芸士・占い士・魔術士などの経験を積むことで獲得できる『上級職』なのだという。
「面白そうですけど、道化士は下位職の下積みが大変そうですね」
「芸能人ですから仕方がないことです」
「できればお金で買いたいのですが。道化士は何Gぐらいですか」
「先程ジョブ屋に行ってみましたが、道化士も直近下位職も売り切れでした」
「そんなに人気なんですか?」
「おそらく賢者会が買い占めたのだと思います」
あぁ。あいつらが掲示板で『道化士』を募集してたのは、冗談半分かと思っていたが本気だったのか。
「ならやっぱり俺は『剣術士』がいいです!」
「剣術士も売り切れていました。武具専門職は急騰していて、気軽に手が出せなくなってきています」
「なんで!?」
「関係各所がいよいよ悪夢の卵対策で動き始めたのです」
「各所って?」
「姫の『親衛ガルベラ騎士団』をはじめとしたチグリガルド王国騎士団。評議員や騎士団の席数を争っている『賢者会』と『衛兵隊』。騎士団入りできなかったり、独自に権力を増強しようとしている『貴族連合』。それから今回は『商工会』までパーティー登録をするそうです」
「どうして商工会が魔王討伐を目指すんですか?」
「そりゃ何と言ってもお金になりますし、現チグリガルド国王は元勇者候補の元商人ですから。自分たちもちょっとイイ夢を見たくなったのでしょう」
そのせいでジョブ価格が高騰というのは、貧乏な俺にとって腹立たしいことこの上ない。
明日からよそ様のご厄介になるのだから花婿修行をしましょう……とジミュコ先生は職歴書の直結でもう一つのジョブをくれた。
ジミュコ先生の冷たさがいっそう際立つような、ひんやりと心地よい感覚が指先から流れてくる。柔らかく擦るような力に、ほぐされ洗われてゆく。
『洗濯士LV1を譲渡し、洗濯士LV6を受領しました』
「俺が言うのも何ですが、洗濯士LV6とか皿洗士LV5とか……それがさらに俺と交換したせいでLV1になって。先生、明日からの生活は大丈夫ですか?」
「私は上級職の『家政士』を持っているからいいのです」
「ねぇタイガさん……」
蝋燭の火を消した暗い部屋で、ジミュコ先生が毛布の中から俺を呼んだ。
「なんですか」
「もし道化士が獲れたら『賢者会』に入ってみたらどうですか? 情報面でも給与面でも、きっと優遇されますよ」
「いまいちピンとこないんですよ賢者会。せっかく脱捨士までくれたのに申し訳ないんですが」
「それはもういいのです。私は脱捨士の系統じゃないですから」
「やっぱりモジモジとかチラリの方がいいですよね?」
「そういう幻想はキッパリサッパリ捨ててください」
…………。
「先生からいろいろ貰ったご恩は、出世していつか必ずお返しします」
「タイガさんは馬鹿ですね。私が半ば勝手にあげたのに恩なんか感じてしまって。そんなだから『お花畑』なんて呼ばれるのですよ」
「うるさいっす。借りは作るなってのがウチの家訓なだけです」
「家訓って。やっぱり記憶が残ってるのですね」
「あ。……流者専用の職歴書とやらを持っていなくて……信じてもらえないのが怖くて……嘘ついてました」
「うっかりお花畑っていうのだけは、やっぱり嘘じゃなかったですけどね」
「あーもうしつこい!お花畑いわないで下さい!」
チクチクと点を突くような微かな痛みとともに、バラバラになっていたものが一つになってゆく。隠れたり現れたりしながら、ゆっくりと結び合わさる。
『裁縫士LV7を受領しました』
最後の一職を直結で譲渡し、ジミュコーネ先生はベッドの上で俺に背を向けた。