夜の勉強はつらいよ
ジミュコ先生は、蝋燭で光る眼鏡を押さえてキリッとする。
「今から実験を行います。試しに皿洗士LV5を入れてみましょう」
……はい。
「予想が外れて減衰しても導入LVは1~2です。今ある皿洗士LV1は失われますが、よろしいですね?」
「オーケーです。早くお願いします!」
……チート来い!!
「譲渡用紙に移すのは回りくどいので直結しますよ?」
「…………来い!!」
ざわざわとした冷たい感覚が指先から腕へ、腕から肩へ駆け抜けてゆく。
そのヒンヤリとした譲渡行為に酔わぬよう、奥歯を噛みしめて職歴書を見る。
『皿洗士LV1を譲渡し、皿洗士LV5を受領しました』
チートきたーーーーーー!!
俺、LVの血縁『減・衰・な・し』で職歴を受領できる!!
歓喜のあまり、俺はジミュコーネ先生と頬ずりするほどに抱きしめ合った。
ついに二階の住人がやってきて、玄関ドアを叩きながら喚いている。
そんなの関係ない。隣人の迷惑など知ったことか。
『脱捨士のLVが上がりました』
……。
「先生、この『脱捨士』って何ですか!?」
「衣装を脱ぐお仕事です。LV2スキルが『凝視平気』、LV4で『柔軟体』、LV6で『瞬間脱衣』だとか」
「俺、露出系じゃないんですが……」
「自覚がなくてもLV1はLV1です。職歴書は騙せませんよ?」
……恥ずかしい。ほら、やっぱり恥ずかしい。露出系じゃないし。
「それよりタイガさん、まぐれかどうかもう一回いきますよ?」
「お願いしますジミュコ先生!!」
ジミュコ先生が職歴書を直結させて印を描き、まばゆい光を指先から放つ。
くぅぅぅうう。
トクントクンと軽快なリズムで体中を刺激が跳ね回る。
握りしめられたジミュコ先生の手から俺の手へ、行きつ戻りつしながら次々に入ってくる。早い早い早い早い!
『軽業師LV24を受領しました』
素晴らしい、チート、素晴らしい!
「はぁ、はぁ、次は何ですか?先生」
「疲れたからお終いです。ここから先は計画的に入れてゆきましょう」
「そうだ、貰ってばかりもなんですから何かジョブでお返しします!」
「えっ?」
「脱捨士LV2とか、いかがですか?」
「ううん……ここで止めにしませんか?」
はい先生、活力発奮剤飲んで下さい。
「ではお願いします!」
「こっ、これで最後ですからね?」
ジミュコ先生が、職歴書を直結させ交換スキルを行使する。
むむむむむむむん。
一枚一枚、古いモノがはがされるように心が躍り解放されてゆく。
人目を気にしながら歩いた無職の日々が嘘だったかのように、悦びに書き換えられていく。苦しみがゆっくりと心地よさへと塗り替えられてゆく。
はぁ、はぁ、はぁ。
ジミュコ先生が、力を使い果たしたのかぐったりと俺の胸に顔を埋めてしなだれかかる。
『脱捨士LV2を譲渡し、脱捨士LV22を受領しました』
………………はい?
人には、唖然呆然として頭の中が真っ白になる瞬間がある。
今の俺が、まさしくその状態だ。
『脱捨士LV22↑(new)』って。
そりゃジョブの交換を持ちかけたのは俺だけれど……。
「リリベル姫とお見合いにでもなって、『職歴書を拝見いたします』なんてことになったらどうするんですか!?」
「脱捨士の『見られ耐性』があれば大丈夫、恥ずかしくないですよ」
その脱捨士があるから困ってるんでしょうが!
こっちの世界に来る直前の俺は、コンビニでの『隠密移動』の達人だったのに。
……どうしてこうなった。
「ウチの実家、稼業がサーカスだったのです」
ソファを独占したジミュコ先生は、けだるい声色で語り始めた。
「小さい頃は人に見られると緊張したものだから、親に脱捨士のジョブを無理やり入れられて」
いや、親でもやっていいことと駄目なことがあるだろ普通。
「言っておきますが脱いでませんよ? 直接的でないぶんLVが上がるのは遅かったですけれど」
びっくりさせないで下さいよ。
「でも実家の稼業なんだったら、軽業師のLV24なんて貰ってしまって良かったんですか?」
「上位職の『道化師』を持ってますからいいのです。そもそも稼業を継ぐつもりはありませんし」
ジミュコ先生は俺より若いのに、案外苦労しているのかも知れない。
「タイガさん。今晩ウチに泊まっていくでしょう?」
「……いいんですか?」
「こんな時間に放り出すわけにもいかないし。もう少し続きをしましょうか?」
(中略)
「とにかくです。アナタの冒険の職歴書は『ブッ壊れ性能』なのです」
くどいようですが、ぶっ壊したのジミュコ先生です。
「ジョブLVの100%受領だけでもトンデモ級なのに、そんなの比じゃないくらいの才能が開花しますよ」
先生、そこをもっと突っ込んでお聞かせ下さい。
「タイガさん、就業キャパが999あるってことの意味がわかりますか?」
「いえ」
「普通の人のキャパは、せいぜい50~75ぐらいなのです」
「最初はLV2とLV1の二つですら入りませんでしたが……」
「はい。私もハンター・センターでキャパが2だったのを確認しています。それが、いつからこうなったのですか?」
「姫と直結した時に999になりました。それで花葉装飾師のLV24が入れられたんです」
またリリベル姫との直結がらみですか……とジミュコ先生は遠い目をした。
「おそらく姫の『叙任』能力の関係なのでしょうけれども……ガルベラ親衛騎士だって75~125くらいのものなのですよ?」
「でも器の大きさだけじゃ、騎士には全く歯が立ちそうな気がしないんですが」
「そりゃ今は中身がスカスカですから。でもキャパが999もあったら、ほぼ『入れたい放題』なのですよ」
「………………それで?」
「ふわぁあ。もう眠いので続きは明日にしましょう」
「ここで終わったら俺が眠れません!」
「この先は実践しながらのほうが理解しやすいので、寝て下さい」
俺に毛布を投げ、眼鏡を外して蝋燭を消し、ジミュコ先生はベッドに潜り込んだ。
「いいですね……私にそんな能力があったら、ぜったい勇者になるのに……」