マニュアルはつらいよ
中央広場に戻り着いた頃、副隊長が物騒なアドバイスをくれたのを思い出した。
『今度は白目じゃ済まないかも知れないぞ。今すぐまともな職を買いに行け』
俺はジョブ屋GJへ直行しジョブを一つ買った。
『蹴球士LV20』15万7千G。これで現金を持って歩く危険も減らせる。
『蹴球士LV20を収納しました』
今日はハントにはありつけなかったが金は手に入ったので、外食をしてみることにする。
やっと……やっとまともな異世界飯にありつける。
繁華街で迷いながらも、ハンターセンターのジミュコーネさんがオススメしてくれた酒場『アヴァンチュール』に決めた。
お、やってるやってる。
ウェイトレスにオススメを聞きながら幾つかの料理を注文し、ガルガルという果実を絞った異世界ドリンクで喉を潤した。
アヴァンチュールだなんて綺麗な店名の割に、いかつい中年の男が多い。
並べられた料理を堪能しているうちに、見知らぬ男が隣に腰かけてくる。
「お兄さん、もしかしてタイガさんじゃねぇか?」
「何か用ですか?」
「やっぱりそうか、いやー噂は聞いてるよ。昨日はシュッドの森で大活躍だったそうじゃないか」
とバンバン肩を叩かれる。
「なぁ兄弟、ひと口ツマミを分けてもらっていいかい?」
「まぁ……少しだけならいいですけど」
「せっかくだから酒のつまみに、武勇伝を聞かせてくれよ兄弟」
「あれは別に俺の手柄じゃないですよ。たまたま森にリリベル姫が……」
「ちょっと……タイガさん!!」
ウェイトレスの一人が俺の肩をガシッと掴んだ。
追加の料理をテーブルに運んできたのは…ジョブハンター・サポートセンターのジミュコーネさんだった。
「あれ??何でこんな所で働いてるんですか!?」
「副業です。それよりもどうしてアナタは今頃来ているのですか?」
「いや……ジミュコーネさんのオススメの店だから来てみようかなって」
「オススメは緊急しのぎのバイト先としてです!」
「ちょっと姉ちゃん、今からタイガ兄弟の祝勝パーティーなんだから邪魔しないでくれよ? 店長!チグリガルド酒を一本入れてくれ!」
「店長!今日は早退します!」
ジミュコさんはウェイトレスのエプロンをその場で外し、俺を店の外へ引きずり出した。
「いったい何事ですか」
「何事ですかじゃないです。あんな分かりやすい人にたかられて。ご自分の立場わかってますか?」
…………いいえ。
「とにかくこんな所じゃ話せません。このままウチに来て下さい」
俺は頭上の『???』を見上げながら、眼鏡っ娘の静かな剣幕に引きずられて歩いた。
ジミュコさんは冒険の職歴書に触れ、何かのスキルを使った。
広場では俺と彼女を眺めていた人たちの視線が、少しずつ二人から離れてゆく。
「で、なんで俺の立場って、どこなんですか?」
「しっ。二人だと『隠密』のかかりが悪いし声までは消せないので、ウチに着くまで口をきかないで下さい」
彼女に腕を取られ、密着しながらひと気の少ない路地へと広場を抜けていく。
着痩せするタイプなのだろうか。
「ジミュコさん、いくつですか?」
「……22です」
同じくらいかと思っていたけど、年上のお姉さんでしたか。
ジミュコーネさんの部屋は見た目の風貌と違わず、簡素でこじんまりしたアパートだった。
生活感のない部屋の片隅にかけられた服も、飾り気がなく地味だ。
ジミュコさんは俺をソファに座らせて着替え始めた。
地味な私服と地味な部屋用眼鏡になり、紙とペンを手にして俺の横に座る。
「タイガさん。今あなたは一部の人の間で『国王の隠し子ではないか?』と囁かれています」
えっ? 俺が王の隠し子? なんでまた?
「リリベル姫との関係が理由なのです」
「衛兵隊本部でも似たようなことを聞かれましたが、顔すら似てないですよね?」
「そういう表面的なことではなく、職歴書の仕様上の根拠があるからなのです」
……どういうことなのです?
ジミュコさんは紙に魔法の羽ペンでメモをしながら、説明の準備を始める。
「前略、職歴書へ外から職を導入するときにはLVに制限がかかります」
『(例) ジョブLV24の場合の導入制限 (減衰後)
●他人1/3 (LV24→8)
●孫、いとこ1/2 (LV24→12)
●親→子、子→親、異父母兄弟姉妹2/3 (LV24→16)
●兄弟姉妹5/6 (LV24→20)
●本人、一卵性双生児1/1 (LV24→24) 』
「夫婦はどれに入るんですか?」
「夫婦は他人です」
…………。
「導入制限は血縁ベースですから、戸籍をいじってもズルはできませんよ」
なるほど。
「そこで問題です。タイガさんは悪夢の卵戦で姫から花葉装飾士を受領した直後に、LV16のスキル癒水如雨露行使したとの目撃証言が広がっています。この時に導き出される、リリベル姫とタイガさんの関係は?」
「親子はないとして異父異母を含めた兄弟姉妹か、一卵性双生児……」
「うんうん」
「……か本人」
「減点!!」
いてぇぇぇぇ!
ジミュコーネさんに頭をグーで殴られる。
「でも残念ながら俺、王の隠し子とかじゃないですよ?」
「そりゃそうです。本当に隠し子やリリベル姫の生き別れの兄なら、チグリガルドが真っ二つに割れます」
「なんですかその必殺技は」
「派閥争いをしている連中にしてみれば必殺技になりうるんです。非主流の『反王子派』が起死回生で息を吹き返しかねませんから」
どうりで衛兵隊本部の連中がビビッて手を引くわけだ。
「ただし私の関心は、もう少し先にあります」
『問題2』
姫と兄妹でないなら、タイガさんがLV16以上で導入できたのは何故か?