夢中はつらいよ
「警備士LV3っていくらですか?」
「お客さん、さすがにそんな低LVまでは品揃えしてませんぜ」
兄さんまた冷やかしですか、とジョブ屋の店員に少し嫌な顔をされた。
「なら花葉装飾師のマスターあります?」
「残念ながら在庫がないんで入荷予約っすねー」
「お幾らGですか?」
「だいたい74万Gっすねー」
リリベル姫から譲り受けた花葉装飾師は、それほど貴重なものだったのか。
早く俺も騎士団に入って、姫と悪夢の卵討伐に行きたいのに。
近づくどころかますます遠ざかっている現実を、数字換算で思い知らせれる。
とうの昔に陽も昇りきったというのに、広場の人影は疎らだった。
というのも、ほとんどの人が最新ニュースの掲示板を四重五重に取り巻いていたからだ。
ニュースの中身は勇者選抜の儀の開始および、リリベル姫と親衛ガルベラ騎士団が悪夢の卵を討伐した、というものだった。
ニュースからずっと離れた脇のほう、掲示板の片隅に『フィギエ賢者会からのお知らせ』が貼られていた。
『道化士さん募集中。賢者の疲れを癒し楽しませてくれる、明るく健康な若い方。高給なうえ賢者とのコネもできます』
そこはかとなく腐った匂いがするな、賢者会。
「おいボウズ。変な夢見てないで、まっとうな仕事しろよ?」
「ちょっとアンタ。この子『お花畑のタイガ』よ?」
「チグリガルド王ぶっ殺すの?」
そんな物騒なこと、言ってねぇ!!…三十六計逃げるに如かずだ。
めばえ公園で見覚えのある二人組に、行く手を阻まれる。
衛兵隊のスチャラカ! ってことは、こっちはブル姉か。
「お花畑君。副隊長が呼んでるから、ちょっと来てくれるかな?」
行きませんよ。髭もじゃの顔なんか拝んでる場合じゃない。
「花吹雪!」
冒険の職歴書を開き音声認識でスキルを発動、俺は公園を脱出する。
「タイガちゃ~ん、甘い甘い」
「!!!」
公園を出た瞬間に前後から同時に腕を掴まれ、あっけなく確保された。
目くらましの花吹雪が、露ほどにも効いていなかったのだ。
くそっ。帰ったらみっちりスキルのトレーニングをしてやる。
衛兵など軽く撒けるぐらいに、速くなってやる。
ということで、しぶしぶ衛兵隊本部に逆戻り。
……やっぱりここ、セーブ・ポイントか何かなの?
一日ぶりに顔を合わせた髭モジャの副隊長は、いつになく機嫌が悪そうだった。
「悪夢の卵戦、ご苦労だったな」
「あんなの二度とゴメンですよ」
「そうだろうがちょっと観てくれ」
副隊長は、魔術仕掛けの投影機を使ってスクリーンに映像を映し出した。
映像の中ではマリアンナが血まみれになり、悪夢の卵の眷属と闘っていた。その足元で俺が白目を剥いて転がっている。
昨日の恐怖が蘇り、視界を足元から黒く塗りつぶしてゆく。
蹂躙された屈辱と踏みつける者への怒りが、ざわざわと鳥肌を立てる。
映像は俺が謎の剣を振り回し、ウルフニードルを細切れにした場面で終わった。
「タイガ、ちょっと職歴書を見せてくれ」
俺は鞄から冒険の職歴書を出し副隊長に渡した。
「受け渡しの履歴ページが文字化けしているのはどういうワケだ。何か犯罪にでも手を出してるんじゃないだろうなお前さん?」
「何回も捕まえておいてよく言いますよ。今度は何罪の容疑ですか?」
「ん?今やってるのは取り調べじゃないし、職歴書は俺が見てみたかっただけだ」
えっ?
「それって職歴書を見せる必要、あったんですか?」
「完全に任意だったろ。ちゃんと『見せてくれ』ってお願いしたぞ?」
「汚ないっすよ! 無理やり連行されたら取り調べだと思うでしょ普通!」
「任意同行だよね~タイガちゃん?」
「ちゃんと『副隊長が呼んでるから来てくれない?』ってお願いしたよね?」
……。
いろいろ予想がついたのか副隊長は舌を打ち、俺に職歴書を返してくる。
「率直に聞こう。その花葉装飾師、リリベル姫から貰ったって噂は本当か?」
「早くハント探しに戻りたいので率直に言いますが、本当です」
副隊長の口元がもじゃ髭の奥で歪むのが薄っすらと見えた。
「お前、何者だ?」
やはり今日は機嫌が悪いらしい。
あるいは何か、都合が悪いのだ。
「姫とはどういう関係なんだ?って聞いてるんだよ」
副隊長の懐刀ブル姉とスチャラカが連携し、視線の十字砲火を浴びせてきた。
「姫は俺の生きる希望です」
「副隊長~。こんな危ない奴に関わるの止めましょうよ~」
「そうだな。世の中には知らない方がいい事もあるし、ここらで手打ちにしよう」
簡単に説明するなら今回の呼出しは、記録の中のある出来事の確認だった。
悪夢の卵・眷属戦で俺が後ろから撃たれた謎の円盤。
それを後陣から放つ衛兵の姿が映り込んでしまっていたのだ。
問答は終わり、何人かの衛兵を画像で見せられた。
「あぁこの人。前日にスカート捲りの件でちょっと揉めました」
俺の目の前に、硬貨の詰まった袋がドシャッと置かれた。
「見舞金だ」
「口止め料の間違いでしょう?」
「お前、こいつと揉めた時にオレの名前出しただろう?」
あ。すっかり忘れていた。
「自業自得だ。命があっただけ得したと思って、黙って受け取れ」
「……俺、何かヤバイ人間関係に巻き込まれましたか?」
「それはこっちの台詞だ」
衛兵団からの見舞い金、巻き込んだ貴族からの慰謝料、悪夢の卵討伐のささやかな貢献功労賞。三つを合わせると、副隊長への借金を差し引いても30万G以上が手元に残った。
「ほいほい人にやったり、無駄遣いするなよ、お花畑」
「余計なお世話です」
思わぬ形で大金を手にしたのだが、大喜びという気分にはなれなかった。
仮にも死にかけたのだし、何よりマリアンナの奮闘を記録映像で見てしまったからだ。
俺は彼女の分も慰謝料をと約束を取りつけ、衛兵隊本部をあとにした。
夢の手助けができなくともせめて、お礼を言いたかった。
辿り着いた彼女の家は昼下がりだというのに、カーテンを閉め切ったままだった。
彼女に再会する機は、まだまだ熟していなかった。