INTERVAL:賢者タイム
* * 某日某所にて。満注ぎの儀による賢者の時間 * *
全力で走っている時に後ろを振り返ってばかりいるランナーは弩級のアホウだ。
と冷水に浸かり『賢者』のEXスキル『履歴再邂』を使いながら思う。
一方で先を考えもせず、ゴールも分からずに突っ走るのは馬鹿だ。
『愚者』の獲得まで突き抜けることができずに、一瞬だけ燃え上がり、その多くは消沈してしまう。
愚者ってズルいよな?賢者って割喰うよな?というボヤキは珍しくない。
賢者はいつも愚者の尻ぬぐいに奔走させられるよな……と。
ただし、それは一般的な個なるハンターの愚痴でしかない。
なぜなら魔王に相対する『勇者パーティー』には、『聖者』『賢者』そして『愚者』の三職が必要不可欠だからだ。
愚者というカードなしに勝てるのは、魔王が豚の時ぐらいだ。
実際、45年前の勇者パーティーは勝てずに刺し違えた。
一進一退、両者互角の死線上では。
進退窮まる膠着・均衡を、愚者の突破力に賭けなければならない瞬間が必ずやってくる。
だから、我が身を危険に晒して活路を開く役回りの『愚者』へ「ズルい」とこぼす資格は、『賢者』にはない。これっぽっちもない。
『無知』が怖いのは綱の上を走っている最中ではない。
恐怖は走り抜けて振り返り、ヒヤリとする瞬間に頂点に達する。
あの時の俺は、リリベル姫がくれた『お守りのメダル』が何なのかも、何故に俺へくれたのかも知らなかった。
ましてや『浮流士』が『聖者』『賢者』『愚者』の獲得に不可欠なワイルド・カードだということも、まったく知らなかった。
『流者』と『悪夢の卵』と『魔王』の関係すら知らなかった。
じゃあ知っていたかったかと聞かれれば返事に詰まる。
それでも無知よりはマシ、と開き直って言いきれない割り切らなさが、賢者の役回りであり、同時に鬱陶しさでもある。
リセットが何度でも出来るなら、俺は多分、賢者の道は通らないだろう。
あくまで結果論にすぎないけれども、あの頃は恐怖に足をすくませることなく、走り抜けられて幸運だった。ただただ幸運だった。
結果オーライなんて、ギャンブルに勝った後のような言い草はできない。
ったく。どうにも賢者の仕事は鬱陶しくて性分に合わない。
『満注ぎの儀』なんかとっとと終わらせて、早く『愚煉の火祭』で仲間と馬鹿騒ぎがしたいぜ。
今頃、賢者を除いた女子メンたちは、熱~~い大浴場で『身濯ぎの儀』をしているんだろうな。
なんで賢者だけ冷水の中でガクブルしなきゃならないんだよ。
…………これ、ちょっとズルくないか???