第3話:凍る滝
12月のある日、仕事から帰って彼もいない部屋でスーツを脱いでいたらメールが入った。
翔からだった。
『電話ごめんね!なんとか落ち着いたよ、だいじょぶだよ!サエさんが一晩一緒にいてくれたらその次の日から仕事いくかな』
...ぐっときてしまった、不覚にも。
すぐに返事して服を着替えた。
着替え終わったらもう車をいったことのない翔の家の方へと走らせていた。
たぶんうちから山道を一時間くらい走る、もう夜中だ。
『サエさんもなんかあったの?俺んち遠いよ?』『実はもうそっちに向かってんだよね』
『え?じゃ着替えなきゃ!』『いーよ、いつもジャージじゃん』
『いや一応さ』
翔の家の近くのコンビニの駐車場についた。グロスくらいつけなおそ。そう思って暗い後部座席に手を伸ばそうと後ろを向いたら翔が見えた。
助手席のドアを開けて乗ってきた。
いつもより子供っぽい。『なんかいつもと違う、あ!髭ない!』
『葬式だし剃った』
そう、翔の祖母の今日はお葬式だった。
はい!とあったかい缶コーヒーをくれた。
『翔、酒臭い』
『嘘?もう匂わないべ?』『いや、いい匂いしてるよ』
じっと目を覗きこんで『てか、香椎さん、なんでこんなとこにいんの?』からかうように言った。
『うるさいな〜てかなんでアンタも隣にいんのよ?』
笑いながら車を出した。
『どこいく?』
『ここらへんなんもねぇよ?』『だよね、どっち?右?左?』『左、滝いく?』『え?夜中に入れるの?』『たぶん、門閉まってないからだいじょぶ』
暗い山道を走る。なんにもない。
『ここらで一軒だけある、ラブホ』
『ふ〜ん』
...このコ、アタシといきたいとか思ってんのかな。
真っ暗な山道にぼーっとピンク色と紫色に浮かび上がるそのラブホの看板をミラーで見ながらそう思った。
滝についた、階段をあがって誰もいないトンネルを二人で歩いた。滝の音がしてくる。
『ここ、やばいんだよ、でる』
...トンネルの中って声が響く、いつもは観光客で賑わってうるさいくらいだけど今はアタシと翔の声しか響かない。
『マジで?アタシ憑依体質だから〜今、落ちてるから憑かれちゃうじゃん』
『何?憑依体質って?』『なんかあるんだって!憑依体質の人って太りやすいんだと』
『全然太ってないじゃん』
『いや、前は今よりマックスで13キロくらい太ってたんだ』『しんじらんね〜じゃ、事務所のアイツくらい?』翔がだいっきらいな女の事務員のことだ。『いや、あのコはもっとあるかも』
『ぜって〜無理!アイツは!』
『でもよ〜く考えてみ?アタシとこうしてるよりあのコといる方がムリないんだよ?』
...その翔がだいっきらいというコは27、
アタシは43なんだから。『は?香椎さんとのほうが俺には普通だよ?』
そう言ってくれる翔が今のアタシには必要だった。だからアタシ、今ここにいるんだ。
アタシは自分に言い聞かせるように思った。
滝についた。
照明はついてたけど真っ暗な闇のなか流れ落ちる水が白い龍のようで吸い込まれる。
この滝は寒い冬の年は2月頃、全凍する。
ここ数年、全凍まではしていなかった。
...きっとこの冬は全部、凍りつく。
全て凍って欲しかった。
アタシのココロのように。
手すりが氷のように冷たい。つかまったアタシを後ろからぼんっと突き落とすマネをした翔が笑ってた。
しばらく滝を眺めベンチに並んで座った。
やっぱり氷のように冷たい指でお互いタバコに火をつけた。
他愛もないおしゃべりをした。
だんだん声も凍えてきたから
『もういく?』
といって車に戻った。
『今年は全部凍るかな?滝?』
『たぶん、凍るんじゃね?』
『全部、凍ったらまた見にこよ、ふたりで』『うん。』帰りは石段を降りるときちょっと翔の腕につかまりながら降りた。さっきのコンビニに戻り『トイレ借りてくるね』とアタシは車を降りた。トイレを済ませ戻ってきたアタシを改めて眺め翔がいった。『そんな格好してるといつもより益々わけぇな』『仕事ではスーツでスカートもはくけど普段はこんなだよ』
デニムに迷彩柄のチュニック、ムートンのブーツにラビットファーのジャケットを着ていたアタシを見ていった。コンビニの店長が地元の先輩だからといって居心地の悪そうにしてる翔に従い車を単線の小さな駅の駐車場に移動させた。
そろそろ始発が動く時間。翔とどれくらいしゃべっただろう。
空が白みはじめて
『香椎さん、すっげ〜眠そうだよ』
『だいじょぶだよ』
そう言いながらも目をつぶってしまいそうになるアタシを見てほら!というように笑いながら言う。
『だいじょぶだよ』
『見ててあげるからちょっと目つぶりなよ、『じゃ、ちょっとだけ...ここがいい。』
アタシは助手席の翔の胸の中に頭を預けた。5分くらい翔の心臓の音と彼とは違う服や体の匂いを深く胸に吸い込んでいた。誰かの肉のカンジが欲しかった、ずっと。
翔の肉のカンジを。
下から顔を上げて正面から翔を見た。
真っ黒な瞳と髭ない薄い唇が目の前にあった。たぶんアタシからくちづけた。
翔が受け止めた、堰をきったように求められた。何度も何度も。
漏れる吐息と唇が合わさる湿った音。
何度も、何度も。
うなじや耳にもアタシからくちづけた。
せつなそうな声を漏らす翔。
『俺、そのへん弱いんすよ、くすぐってぇ!』笑いながらまたくちづけた。翔はキスを繰り返すだけで服の上からも触ってこない。
アタシの腰にまわした手で何回も強く抱き締めている。
こうやって誰かに抱き締めてもらいたかった。翔に...?そう、翔に。
完全に夜が明けた。『もう帰りたい?』
『ちょっと』
そりゃそうだ、祖母の葬式の日に朝帰りじゃ、まずい。
今更、保護者感覚がでてきた。
『じゃあと15分』
そう言ってまたくちづけた。
翔を家の近くのコンビニで降ろし次、会う約束をした。凍結してるかもしれない山道を下りながら朝日に向かって帰った。眠くて師走の街を窓全開で走った。途中、二回くらい気が付くとセンターラインをオーバーしそうになった。部屋についた、夕べアタシがでていった時と同じ、飲み会だといってた彼は部屋に帰っていなかった。




