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検定部。

私立春星商業高等学校

北館二階、第二多目的室。


トイレの隣、前に伸びる廊下の向かって右側にはカフェテリアがある中々に好立地な教室。そこが、僕が所属する検定部の部室だ。

さあ、授業も終わった。部室の扉を開けば、楽しい部活の時間が始まる……!


「お帰りなさい、あなた! 今日は香奈さんにする? ゆのぽんにする? それとも……わ、た、し?」


…………扉を閉めた僕は悪くない。そうだ、悪くない。ここは高校だ、学校だ。間違っても仕事に疲れたサラリーマンが癒しを求めに帰って来る新婚家庭じゃないんだ、落ち着け、落ち着け……!

そもそも選択肢はご飯かお風呂で、間違っても先生や部長や先輩ではないだろう。いくら美少女が白い頬を赤らめて恥じらうような笑顔で出迎えてくれたからって、そう簡単に絆される僕じゃない。


深く息を吸って、吐いて、再び扉に手を掛ける。本当、最近の若者のノリは良く分からん……いや、それを言ったら僕も若者なんだけどね。


「ざーんねん。荘太君はりっかん派でしたかー」

「野崎先輩!?」


何を言ってくれてるんだこの人は!


「なにさー、今日は誰の指導を受けたいか聞いただけじゃんかー。そーんなカリカリしてるとモテないぞ? ほれ、牛乳でも飲みなさいな」


勢いのままに言い募ろうと吸った息は、間近に迫った顔(と牛乳パック)に行き場を見失ってそのまま肺へと取り込まれた。

長いまつげの奥で光を反射して輝く大きな瞳。くるくると移り変わる表情は見る者の笑顔を誘い、小柄な体躯から繰り出されるパワーは無限大。肩口で切り揃えた艶やかな髪からはお日様の香りが漂ってくるような錯覚さえ覚える。

「野崎晴香。その名に相応しく、野に咲く一輪の花のように可憐に、それでいて太陽のように晴れやかな魅力をも兼ね備えた文句なしの美少女だ……」

「ちょっと、勝手にアテレコしないで下さいよ!」

そもそも何故僕の思考が読めるんだ。

「ふふん、晴香さんに不可能はないんですよ荘太君。そんな事も分かっていないとは修行が足りませんな」

「あ、すいません師匠……じゃなくて!」

自然とノリツッコミしてしまっていた。不可能はないとか胡散臭いセリフも、野崎先輩が言うと妙に信憑性があるのが不思議だ。噂では非公式ファンクラブもあるとか。何それ怖い。


「ま、美少女なのはゆのぽんもりっかんも同じだけどねー。当然香奈さんも、隆史さんも」

「晴香先輩、琴吹君も。喋ってないで活動して下さい。時間の無駄です」

牛乳パックにストローを突き刺しながらの野崎先輩の言葉に、僕は内心大きく頷いた……直後に遠藤さんから小言が飛んできたが。二人の奥では椅子に腰掛けた部長が苦笑している。三人が三人とも美少女なのだから、何とも目の保養だ。


野崎先輩の言葉は正しい。顧問を含めこの部の顔面偏差値は異常に高いのだ……僕以外。

例えば部長。緩く編まれた髪の毛はふわふわと柔らかく波打ち、全体的に薄い色素からは今にも溶けて消えてしまいそうな儚げな印象を受ける。昨年の文化祭ではアニマル喫茶でうさ耳ウェイトレス姿を披露したとか。是非見てみたかった。

例えば遠藤さん。白い肌によく映える肩から流れ落ちる指通りの良さそうな長い黒髪に、涼やかな印象を与える理知的な光の灯った瞳。開け放たれた窓からの風になびく髪を抑えて文庫本を捲る姿をよく見かけるが、それがまた恐ろしく絵になる。

この場には居ないが顧問の二人もまた美形で……って、あれ。先生たちが居ないなんて珍しいな。


「先生たち、今日は居ないんですか?」

「二人は会議中だから、先に活動始めておいてって。一年生の二人は今日から情報処理。晴香はいつも通り自由だけど……どうする? 電卓の方に集中する?」

「えー、仲間外れはやだよー。でも電卓サボると感覚消えちゃうし……。基本計算だけしてそっち行く! 復習しとかなきゃだし!」

野崎先輩はいそいそと戸棚から問題とタイマーを取り出して席に着いた。カウントダウンが始まった瞬間に先輩を取り巻く空気が一変する。大きな目は一心に数字を追い掛けて、指は目まぐるしく電卓のキーを叩いていく。その素早さの割にキータッチの音が静かなのも、野崎先輩の強みなのだと誰かが言っていた。


「さ、私たちも始めましょうか。二人とも、授業で使ってる問題集を出して?」

部長の柔らかい声に意識が引き戻され、慌てて鞄から問題集を取り出す。

「この前のテスト、範囲はどこまでだったの?」

「基礎知識から、二級で出題される内容は全て範囲に含まれていました」

「あら、そうなの? 進度が早いのね……ああ、特進科は秋にはもう二級を受験するんだったわね。なら軽く総ざらいしてから苦手分野をおさらいしましょうか。二人とも、テストは何点だった?」


柔らかな笑顔で促される点数公表。欠点なんて取ってしまえば末代までの恥となりそうだ。……情報処理か……そこまで悪くはなかったよな、うん。

「九十六点です。記号問題でケアレスミスをしてしまいました……」

ちょ、遠藤さん!?九十点オーバーで悔しそうな顔しないで!その後に点数発表する僕の立場が!

「あら、六花ちゃん頑張ったのね。過去問形式のテストでしょう? 十分合格圏内よ、満点合格も狙えるわ」

それはそうだろう。今回のテストは検定の過去問題がそのまま出題されたらしい。七十点で合格だから、問題が変わることを想定してもここで八十点以上取れば合格はほぼ確実だと先生は言っていた。

「荘太君は? 何点だった?」

……どうしよう。純粋に輝く部長の瞳が痛い。

「ろ、六十三点、です」

合格圏内には普通に届いていません。正直ピンチです。……あ、遠藤さんが信じられないって顔してる。いや、学年主席キープしてる遠藤さんの方が僕には信じられないよ。

「あら、大変。荘太君、どの辺りが苦手なの?」

「プログラム文の記述が、どうしても……」

COBOLってなんだよ、プログラム言語ってなんだ。コンピュータと会話できても現実では得はないだろ。そもそも最近はCOBOLじゃなくてJavaとかC言語が主流って先生も言ってたろ。なんでわざわざ主流じゃないCOBOLやるんだよおかしいだろ。

「なるほどね、でもその部分は配点が高いもの、出来るだけ取っておきたいわね……。まずは復習から始めましょうか」

部長が黒板にチョークを走らせる音。野崎先輩が電卓を叩く音。遠藤さんがページを捲る音。


検定部。商業高校という特色を活かし、商業系の検定の取得を通して将来役立つ技能を習得する事を目的とする部活動。

所属生徒は四人、三人の美少女と一人の平々凡々。専門分野の違う、休日に遊びに行ったりも帰り道で一緒に寄り道なんかもした事のない、部活でしか繋がらないメンバー。でも、放課後にこの独特の雰囲気に包まれるのは嫌いじゃない。違うことをしていても、不思議な一体感のある音の連鎖。穏やかな空気に、僕は思わず笑みを零して……


「ちょっと琴吹君。部長がせっかく時間を割いて教えてくれてるのに、真面目に聞こうとは思わないの?」


……怒られた。





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