おにおん 第三夜
ソルト=ジクメーナは母親に叱られて家を飛び出した時の気分が晴れないままに、ふて腐れながら歩いていた。日曜礼拝の神父は言う。ママは君を愛しているのだ、と。ああ、そうとも。でも、他にどうすればいいっていうんだ。
ハイウェイ沿いのこのコッキーリー・ワンにあるのは数十軒の建物だが、その半分は空き屋だ。その周りを広大なトウモロコシ畑が囲む。ソルトがエレメンタリースクールの五年生だった頃に好きだったジャクリーンやその家族、昨年まで親友だったニコライも、みんな、ハイウェイから向こうに旅立っていった。
みんな薄情なものさ、とソルトは思う。ジャクリーンは便りを一度寄越してくれて、喜び勇んで返信したけれど、それ以上はかえってこなかった。ニコライなんか、何度か訪ねていくうちに煙たがるようになっていった。彼のパパとママは嬉しそうだったけれども、それが余計にニコライがソルトのことをもうどうとも思っていない事を、まだ若く洞察力のない少年にも知らしめた。
「あ……」
目当てのマートの前に来た時、ソルトはポケットを探って財布を忘れていたことに気づいた。ひょっとしたらママが取り上げたのかもしれない。道ばたに落ちた缶を蹴って、舌打ちする。
コッキーリー・ワンには、ハイウェイトラッカーを閉口させるガベージピザが名物の店はあっても、ニューヨーカーを唸らせるレストランはない。古着屋はあっても、ブティックはない。"アルバート夫妻"マートが何年も前に閉業してからは、アーケードゲームの一つもない。
神がそう言ったから。そんな理由でパパのパーソナルコンピュータに触れることも、友達がもっているようなブラックベリーを持つことも許されない。
近所のマイケルがニュージャージーで仕事を得た時、引っ越しを手伝った御礼にもらった、MEGA GENESISTERやそのソフトも、みぃんなママが捨ててしまった。
許されるのは、ケーブルテレビのNational Gerographicsチャンネルや、ママの推奨する番組だけ。
「Fuck! くそっくらえだよ。こんな町!」
スッカァアン。
コーラ缶が気持ちよく、近くの民家の軒先近くまで飛んでいった。
財布さえあれば、こっそりマートのブレーカーをあげて、50セント硬貨一枚で、Street WarriorⅡ The World Fightersでラストボスのセガまでぶちのめせていたのだ。
蔓延するキリスト教右派の堕とす影は、少年にも、この町に漂う閉塞感として伝わっていて、稼ぐ力もない無力な少年にとっては檻のようだった。
ガッコン。コンッ、コロロロ。
マートの方で音が立つ。ソルトは振り返って、暗がりの中のマートの軒先を見た。カバーがかけられたアーケード筐体の隣に何かあった。ママがよこした防犯用のラジオ付きミニライトで照らしてみると、磨き上げられて光沢を放つガムマシーンがあった。
「Wow」
老夫婦が気をきかせてくれたのだろうか。ソルトははしゃぎながらその目の前にたった。こんなもの一度も口にしたことはなかったが、それがでっかい風船を作ったりできる面白いガムであることは知っていた。
「Shit! 金ないんだった」
木製の床をくやしがって踵で蹴り飛ばす。何かをぐじゃりと踏みつぶした感触がつたわって、ぞっとしたソルトが柱に背をあずけて左足を抱えた。靴の裏に踏みつぶされたガムの、甘いコーティングと、その中に詰まっていた、きっとストロベリー味のソースがこびりついていた。
ふと、気づく。なんで、ここにボールガムが落ちていたんだ。さっきの音は、誰かがこいつの取っ手を回したんじゃないか。ガムを踏みつぶしたときのそれにくらべて、肌の上をざわざわと撫でていくような悪寒がして、よろめくように後ろに下がったソルトは、左右にライトを向けながら、首をしきりに捻る。
さっきまでは素敵な都会の象徴に見えていたガムマシーン。それにライトを向けたソルトが、生唾を飲み込んで、足早に退いていき、何度も振り返りながらその場を後にした。
サマーバケーション三回目の日曜礼拝は、毎度のごとく退屈なもので、ソルトはいい加減うんざりだった。けれども、デトロイトで金融マンとして働くパパがいない間は、エンプレス・ママのやりたい放題なのが、ジクメーナ家のルールだ。
同じキリスト教徒は町にも他にいるのに、彼らの寄りつかないこの教会では、説法というのは合衆国政府の背教ぶりや教育の堕落への愚痴ばかり。一番我慢がならないのは、こんな馬鹿げた集まりと小馬鹿にしているソルトが、ママの前だからとにこにこした振りをしているのを見た大人達が褒めちぎることだ。
真理がどうだとか私たちこそ真実を見抜く目を持った人間だとか言ったその口で、ママの見栄にあわせて奴隷にされている事を見抜けもせずに、頑張っているソルトではなく、ママを賛美する。
「ああそうだ。会の最後に一つ。デッド夫妻のベティちゃんが行方不明になったそうです。元々、夜遊びが激しいふしだらな子だったようですから、きっと家出でしょうが、一応気をつけてください。見かけたら家に帰るように諭しましょう」
渋々といった顔で毎回顔をだす町長が、顔を険しくしながら壇上に上がって言う声も、三々五々散っていこうという人々には届いたかどうか。この札付きのくそ野郎コミュニティは、信仰を同じくしない者達がどうなろうと興味を持たないのだ。いらだたしげに下りた町長がかつらをとって、礼拝堂の椅子をそれでたたくのを、ソルトは見ていた。
帰り道。愛車のミニバン、クライヅラーのモイヤジャーのハンドルを握るママに、殊勝にしてみせながら友達と約束があるのだと懇願してみると、ソルトは無くなっていた財布がママのハンドバッグから取り出されるのを見た。ふざけんなと怒鳴ってやりたい気分を押し殺して待つと、5ドル程、多分抜き取られたのと同じかちょっと多いくらいの金が入れられて渡される。
日曜礼拝で褒めちぎられた時のママの機嫌の良さには感謝しないが、日曜礼拝に顔を出した自分に感謝しながら、ソルトは日暮れ前には帰るよと約束して車を降りた。
すぐに気分を変えられてはかなわないと、大きく手を振りながら車が見えなくなるまでそこにたたずみ。見えなくなった瞬間その場でジャンプ。
「いやっほぉおう」
目当てはストリートウォーリアーⅡ。今日こそめいっぱい遊んでやろうとそこに向かうと、丁度、元経営者の片割れ、ダン=アルバートがマートの戸の前に立っていた。カーゴトラックが店の前に停まっていて、店内の陳列棚やら何やらが運び出されている最中だ。
「Hi、ミスタ、アルバート」
「Hi、ソルト。元気だね。……でもあんまり夜遊びはいかんよ。気持ちは分かるが」
周囲を見渡してからソルトに顔を近づけてささやくアルバートは、皺だらけの顔を優しげに微笑ませた。電気代の請求額から、しめたはずの店が使われていることは、夫妻にとっては周知の事実だった。それを黙認してきたのは、ゲームを目当てにしているらしいその悪戯っ子が、50セント硬貨が硬貨受けに一杯になるまでちゃんと支払っていく、行儀の良い子であったからだ。
ソルトは意外といったように目をぱちくりとさせた後、鼻の下を指で擦って悪びれた。そのソルトの頭を、アルバートが節くれ立った手で掴むとぐいぐいと頭ごと揺らすようになぜ回す。
「……店、どうしちゃったんだ?」
「ものを置いておくと建物が早く痛むからな」
「え、じゃあ……。じゃあ、もうゲームも?」
「まさか。可愛い妖精の好物らしいからな」
「やった!」
破顔。それを見てアルバートは力のない大人達のせいで、酷く住みにくい町になったことを思い出し、眉尻を下げた。
「大きい声はいかんよ。ところで、おまえたち可愛い悪ガキどもの中に、ガムマシーンを置いていった子はいるのか?」
「え……ミスターが設置したんじゃないのか」
怪訝そうにしたソルトがガムマシーンを見た。なんとなく、それから退きたくなる。
「違う違う。まあ、どこかの家の子が捨てられちゃなるまいとここに設置したんだろうな。いつからか、息苦しい町になってしまったから」
答えにくい話題にソルトは肩をひょいっと竦めた。そんなソルトに、アルバートが目尻に皺がきつくよるほど目を細めて笑顔を向ける。
「ミスタ、アルバート。すいません。冷蔵庫の件でちょっと」
「分かった。済まないがあとしばらくはかかりそうなんだ。そうさな。ティータイムにおいで、その頃までには遊べるようにしておくから」
「うん! じゃ、またあとで、アルバート!」
ソルトは手を振り、ジャスミンの家にでも行くか、と通りを駆け去って行った。
ジャスミンの家の帰り。いかにもバックパッカーといった風体の男が、ソルトの目指すマートの前で地図と周囲を見比べていた。いかにも東洋人な低い鼻。東洋人は何を見ているかもわからないほど細めで薄汚い猿だとよく言っているママの言葉とは違って、確かに小さいが、それなりにぱっちりとしていた。
「Hi. What's up?」
気軽に声をかけたソルトがにこにことする。声をかけられた男はおっかなびっくりな様子でぼそぼそとしゃべった。その辺は行儀が良いのではなく、臆病だというママの侮蔑だらけの言葉通りだった。
「Hey! Speak out! I cannot here you」
両手を前に差し出して両手の指で手早く挑発するように、Come onと表現してみせたソルト。そのきらきらした眼差しを見て、オニオンは深呼吸を一つ。
「Can you tell me a hotel near here?」
hotelさえなければ流暢な英語だった。
ソルトはからかえなくなったことを残念に思うよりも、LAもNYも遠いこの町に、英語が通じる海外がやってきたことを素直に喜び、顔を輝かせながら語りかける。
「この町にはモーテルだってないんだぜ。知らないで来たのかい。兄ちゃん」
「ヒッチハイクだったからね」
「じゃ、からかわれたんだ。気の良い爺さんがいるんだ。泊めて貰えるか、聞いてみようぜ。カモーン」
「ありがとう」
「この町の自慢といえば、アルバートさ。そこのマートの元店長なんだぜ」
少年の笑顔をまぶしそうに眺めるオニオンが先導する少年の後を追ってマートの前へと向かった。
「アルバート! ……ヘーイ! アルバート! ……おっかしいな」
軒先にあったアーケード筐体もない。ガムマシーンもだ。ソルトが首を捻りながら、扉から中をのぞき込んだ。
「うわぁ、アルバート、置き場つくってくれてたのか」
優しい老人の配慮。がらんどうとなったマートの中に移されたアーケード筐体が一つ。電源ケーブルが精算カウンターの裏にまで伸びているのをたどるソルトの視線。途中でちぎれたケーブルの先を見て、ソルトはその場に固まった。
「どうしたんだい?」
オニオンが肩をたたく。男でありたいと思うソルトは、おびえを隠し。
「なんでもないさ。ほら、こっちこっち」
中へと入った。
何か臭う。一歩を踏み出すその間隔が、一歩ごとに生まれるためらいの分長くなっていった。馬鹿馬鹿しい。かっこうわるい。精算カウンターに両手をついてジャンプし、その裏をのぞき込んだ時、ソルトは茫然自失として、着地に失敗して後ろ向きに倒れ込んだ。震える膝。
ガッ、コッ。ゴリリ。ブジュ。
立つ奇妙な音。
オニオンの鼻を擽る、妙にかぎ慣れた臭い。
「いやだ。そんな! アッ、アルバートォッ!」
首から下しか残っていない。そんな死体が散らばった25セント硬貨の中心に横たわっていた。痙攣すらやめたその体の頸部を見下ろす位置に立つガムマシーンの取り出し口からは牙が生え、ボールガムで満たされているはずのプラスチックケースの中は、脂の白と、肉の桃色と、血の朱色が混じったものが充満していて、アルバートの少し白斑がうきかけていたブルーの虹彩をもった目玉が、ケースの近くに浮かんでいたのだ。
それが、ソルトの見た全てだ。
車輪をがらがらと回転させて、キラーガムマシーンがカウンターから回り込んで姿を現す。
「Ruuuuuun!」
そう叫んだオニオンは膝に力が入らずに立てないでいる少年を後ろから抱えて立たせたが、ガムマシーンの体当たりで大きく吹き飛び。捻りをくわえたバク転から後転を数回へて、壁に激突した。そのこめかみから伝う血を見て、ソルトは、浅い呼吸を繰り返しながらガムマシーンを見た。
『Welcome to! Welcome to! Welcome to ドゥッルィイイイムラァアアンド。キケケケケケ。Let us go! この世界は面白いよ。BOOOOOOOOY!!』
どこかの遊園地でかかっていそうなチープで単純な歌。ケースの表面にうっすらとうかぶ靄のような人の顔。
「……ノ、ノー」
取り出し口が器用に広がり、すぼみ、紡ぎ出される言葉。あり得ない。こんなこと。あり得ない。ぺたんと尻餅をつくようにソルトがその場に崩れ落ちる。はっとして四つん這いで扉に向かおうとしたが、四輪機動のガムマシーンがすかさずその前に回り込んだ。
『ブッブー。それは出来ない相談さ。君のdreamはボクのあまぁいあまぁいガムになるのさ』
ケースの中の肉汁が、ごぶごぶと音を立てて攪拌され、沢山のガムボールへと変じる。けれども普通ではない。
ああ、あのガムは、目玉だったんだ。あの踏みつぶしてしまったガムもきっと。誰かの目玉だったんだ。ソルトは痙攣した横隔膜に呼吸すら満足に出来ないまま、そう思った。ボールの一つ一つに生まれた虹彩が全て、ソルトを凝視していた。
近づくガムマシーン。こんなことなら、あんな怖いママでも、一緒にいればよかった。かばうように両手を突き出しながら目をつぶるソルト。……もう、助からない。少年が諦めたその時。
「スン、スン……チィズの香りが、する」
のそりと、壁を支えにして起き上がる男があった。オニオンだった。リュックサックの中に片手を突っ込んでいる。すらり抜き出される鎖鋸。リコイルスタータを握る右手がそれを勢いよく引いた。
ドルン。ドルゥン。ドルルルルルルルルルルルルルルゥ──!!
『ファァアアック! しとめそこなってたかでくの坊! くらえ!』
魔技冴える。噛んだガムのごとき歯形のついた粘着質の液体を吐き出すガムマシーン。
刃で受けるオニオンの妙技。だが、固まる液体にチェーンが鈍り、駆動部から煙が上がりだした。ギャシャァアン、放り捨てられたチェーンソーが窓を割ってその外に。
「あなたから、チーズの香りが……する」
『さっきの爺さんがくわえてた。一緒にボクの腹の中さ。お前も混ぜてやる』
「そおぅかぃ」
豹変。精一杯振り絞った笑みががらりと変わり、おにおんが鬼怨へと変貌を遂げた。
『それがどうし』
男死流金砕派奥伝八技が一つ、珍歩。三本目の足と化した逸物が、床を掠めるようにした途端、男は突風と化した。キラーガムマシーンの言葉途中に一足一刀の間合いをすら割って、オニオンが一足飛びにその目の前に。ガムマシーンの筐体を持ち上げ、血走った眼で見据え、嘲笑う。
『たァア゛!?』
膝が、狂気と化す。跳ね上げる大腿部。両腕で引きずり下ろす筐体。その底部にごすりと、膝が入った。その瞬間、得も言われぬ快楽とともに、処刑台に上がった時にすら感じたことのない恐怖と激痛とが、ガムマシーンに宿る悪霊に感じられた。
「てめぇは、車輪が随分やんちゃだなぁ。あぁ? だが、こうなっちまえば、ヒッ、ヒヒッ。ほぅら、動けねえだろう。……そんなに喰いたきゃあ、たらふく喰わせてやるよ。男死流金砕派、上伝十八形が一つ、"無限金砕膝突鋭斗毘威闘"!」
一踏みごとに、力強く床を揺らし。どっずんどっずキンッずずんどっず、チィイイイン。繰り返されるリズミカルな足踏み。
『ア゛ァグギャッア゛ッアァア゛! ヤヴェ! デ! ア゛ヴゥッ! ほぉア゛!」
交互に跳ね上げられる膝が、的確に、まるでそれが運命の如く、ガムマシーンの股間に吸い込まれ。潰し。砕く。底部に亀裂が入り、めこりと底部を変形させていった。
「そしててめぇに喰われたそこの店長に捧げるぅ! 禁断の転調! 死苦棲帝怒毘威闘!」
ズドッドドッドッドチィンズドンドドドンドドンッドドドッキィイイン。ぶち破られた底部を激しく穿つ膝の一撃一撃。
『ゥホァ! ギャァア゛……ァ゛ア……アッファア…………』
キラーガムマシーンは、己を取り巻く鬼気に気づく。一蹴りごとに口端を持ち上げる力を強めていく男のその表情を見ながら、全ての眼球ガムボールに白目を剥かせ、取り出し口をだらしなく開いて弛緩した。
「メリ金被れの外道技ぁ。どうだぃ? 旨いだろ。遠慮すんなって」
ソルト=ジクメーナは内股になりながら、怪異が調伏される有様を見ていた。容赦のない金的。牽制攻撃すらない、金的が金的の為に金的として打ち込まれる、美しき洗練された動き。
そいつ、ついてんの? とか、そういう野暮な言葉はいらない。あれはそういうものだ。
「あ、あんた……。なんなんだよ」
「KGBCのオニオン」
Kinsai Golden Balls Crushers。男死流金砕派の英語名を名乗りながら、気絶したガムマシーンをボストンバッグへと詰め込むオニオン。
「け、ケージービー?」少年の顔に濃い怯えが浮かんだ。
「内緒だよ。坊や」
即座に、ソルトは頷いた。その場しのぎのつもりもない。あんな怪物、NYPDのSWATだって、きっとどうにもできない。ロシアのKGBだってこの際関係ない。彼が、僕のヒーローだ。アルバートの無念を晴らしてくれた。それだけでソルトには十分だった。
ふぁぅん、ふぁぅん、ふぁぅん。どこからか近づく緊急車両の音。オニオンはまとめた荷物を担ぐと、ソルトに背を向けた。
「僕、ソルトっていうんだ」
「良い名だ。その流した涙の塩味に負けてはいけない」
「うん!」
二ヶ月後、ソルト=ジクメーナは荷物をまとめ、父のいるデトロイトを目指してヒッチハイクの旅に出た。一度は死んだと思うだけで、狭苦しかった世界は広がった。檻は少年の心の中にこそあったのだ。あの、激しい膝突きの連打、踏みならしたその足音が、ソルトの心の中に地震を起こし、檻を倒壊させた。
ピックアップトラックの助手席で、運転手の趣味らしい格闘技雑誌に目を通していた少年の目が驚愕に見開かれる。そこには、あの勇敢な東洋人が、両手を股間にやって苦しむ男を背景にして、男性シンボルを意匠化した徽章が施されたチャンピオンベルトを掲げている姿があった。
「僕、あんたと同じ流派を修めて、あんたを目指すよ。なあ、オニオン」
一皮むけた少年の笑顔が、バスの硝子に映る。アメリカの大地に沈もうとする太陽。橙色に染め上げられた荒野。少年はそれに立派な格闘家になると誓いを立てた。その数十分後、送り狼と化してソルトを襲った運転手のそれが、見よう見まねの男死流金砕派金的術を行使して潰した初めてのモノとなった。