エピローグ①
「す〜〜〜て〜〜〜〜ら〜〜〜〜〜ッ!」
「……え?」
体を揺さぶられて目を覚ますと、ルビールージュの瞳が私を覗き込んでいた。
「アヤ……」
「準備できたから早く行こうよぅ!」
「行くって、私たちは別に追試なんか……」
「なーに寝ぼけてんのよぅ。今日は城西に寄って、そっから城北のショッピングでしょ」
「え、あ……」
アヤが髪をリボンでまとめてすっかり余所行きの格好をしている。
周りを見渡すと、ラブリッサ商館のロビーだった。
準備を終えてアヤを待っている間、ソファーの上で眠ってしまったようだ。
「そっか……そうだった」
「んもー、ボケボケなんだから。ステラって、仕事している時以外は隙だらけだよねえ」
「んー……」
否定出来ない。
「行こう!」
「ええ」
私はアヤに手を引かれて商館の外に出た。
今日もリディアの空は晴れ渡っている。
「あのさあ、ステラ」
「うん?」
「遠回りになっちゃうんだけど、ちょっと寄り道してもいいかな?」
「工房街ね。ビートの所に行きたいんでしょう?」
「う……」
「ビフォアーアフターをしたいのか。なるほどなー」
私は独りごとのように言った。
まずはいつも通りの姿を見せておいて、城北でおめかしして驚かせようという作戦だ。
「そうじゃないってば! 仕事してるアイツをかァかって、冷やかそうってことなのよ。そういうことなのよ」
しっかりラ行が滑ってるじゃないか。
「なら、そういうことにしておく」
「むぅ……」
照れるアヤをちょいちょいからかいながら、私はすっかり道を覚えてしまった城南の街並みを歩いた。
城南地区の馬車駅ロータリーに、冒険者とリディアの民が入り乱れる人集りが出来ている。
『先の都の魔物騒動において、リディアの騎士らはエルグラドの災厄に立ち向かった! だがその影には、経済の停止したリディアを支える、冒険者達の姿があった! 冒険者もまた、エルグラドの災厄と闘っていた!』
馬車の上に立って、身なりのいい貴族が熱弁を奮っていた。
声を拡張する魔導具を持っている。
「おぉ? あれがマンフレッド・レアードさん?」
「ええ、議会参議のレアード卿ね」
首を傾げるアヤに、私は頷いた。
『リディアの民と冒険者が、手に手を取って勝ち取った平和である! リディアを救う力となった冒険者らを受け入れるのに、なんの抵抗やある!? 彼らは厄介者ではない! 浮浪者だと言うのなら、なぜ仕事を与えない!? 仕事はいくらでもあるのだ!』
冒険者雇用制度はリディア貴族議会の満場一致で実施が決まり、冒険者の待遇は大きく変わりつつあった。
『統一戦争から早五十年、独自の技術によって大陸を渡り歩く冒険者とは、新しい生き方なのである! リディアの民も冒険者もない! 一定の能力に達した者には、漏れず冒険者としての資格を与え、各都市の出入、滞在及び特定の施設利用権利を与えるものとする!』
――わぁぁぁああああああッ!
群衆が両手を上げて、レアード卿に喝采を浴びせた。
大陸各地の各都市には、冒険者のギルドが設けられそれぞれの技術や能力に合った依頼が公式に受注できるのだそうだ。
「来たわ! 遂にアタシたち冒険者の時代が来たのよ!」
アヤが小さくガッツポーズを取った。
「おめでとう、アヤ」
「えっへへー。これもステラがうちと闇取り引きしてくれたおかげよう。騎士団と闇商の交渉役までやったんだから、制度実現の立役者ってステラだよねえ」
「冒険者が都の為に力を尽くしてくれたからよ。そうじゃなかったら、私が交渉したって制度は通らなかったと思う」
「謙遜するわねえ。それが神官長はんのええところッ」
アヤがおどけながら私に肩をぶつけてきた。
「ふふッ」
演説会場を後にして、私たちは工房街へと足を運んだ。
――カァーンッ! カァーンッ!
城南の工房街は槌を振る音が絶えず鳴り響き、活気に満ち溢れている。
工房街にある鍛冶職人の工房は大体が木造りで、石造りが基本のリディアの中ではまるで外国のような印象を受ける。
その理由が、
――ドォーン……!
運河の向こうで、木造の工房の壁が吹き飛んで木材を散らした。
「はじけた」
私は静かにつぶやいた。
「おぉー、今日も元気、良いかな良いかな」
アヤが満足げに頷いた。
鍛冶工房というのは武器防具の鍛造の際に何らかの事故が付きまとうそうで、中途半端に頑丈な石の家が爆発でもすれば、周りの被害が大きいし怪我人も続出する。
絶対壊れないような頑丈な石造りでなければ、いっそスカスカの木造りが向いているのだそうだ。
「ごめんね、ステラ、ちょっと待ってて」
ビートが通う工房前で、アヤが手を合わせて駆け出した。
工房に入るアヤの背中を見送りながら、私は横髪を耳に掛けて笑った。
お邪魔するのもなんだしね。
――ドオーン……!
しかし、工房は爆発した。
「アヤ!?」
私は慌てて半壊した工房に駆け込んだ。
もうもうと煙の立ちこめる中に、三つの影が立っている。
「親方、ふっとんだお」
細身のシルエットはビートのようだった。
「くほほほ。叩きすぎたんだお」
背の低いずんぐりむっくりしたシルエットが、ビートに負けず劣らずのんびりした口調で答えた。
「ぶぇっふ、うぇぇえっふ! げほッ!」
スカートルックのシルエットが咳き込んでいる。
「ほっ……」
どうやら全員無事のようだ。
「やっぱり竜鱗とランフォール鋼のミックスは無理があるんじゃないですかねえ」
噴煙が収まって現れたビートの姿は、髪の毛がもじゃもじゃしていて巨大なきのこのようだった。
「そんなことないお! 叩いて伸ばせばそれでいいんだお! リディア最強の刀を打つんだお!」
小さな身体の親方の方は、頭も髭ももじゃもじゃで、もはや人かどうかも判別がつかなかった。
「う、うう……ッ!」
髪こそもじゃもじゃしてないものの、全身煤けてしまったアヤが拳を握りしめて震えていた。
「「なんだお?」」
ビートと親方がこちらを振り返る。
「ん? アヤに神官長、なんか用ですか?」
「い、いえ、私は――」
そんなもじゃもじゃの髪でいつも通りの無表情をしないで欲しい。
笑ってしまいそうになるじゃないか。
「どうしたんだ?」
ビートがアヤに首を傾げて見せる。
「震えているんだお」
親方も首を傾げる。
「トレイ?」
ビートが女心を全く介さない無神経な事を口にした。
俯いたアヤの身体に魔力がみなぎる。
「ば――」
「ば?」
「馬鹿ぁぁぁあああああッ!」
――ダァンッ
アヤのヒールがビートのつま先を踏んだ。
「作業場は安全靴が基本」
ビートがケロリと言い放つ。
「なによッ! あんたなんかもう知ァない! うわぁぁぁぁぁああんッ!」
アヤは涙を散らして作業場を飛び出して行った。
「なんなんだ……」
ビートが眉を潜めて呟く。
「貴方って人は、本当に……」
私は腰に手を当ててため息をついた。
「なんです?」
ビートが首を傾げる。
「いえ……いい」
アヤはきっと、こういうところも含めてビートが好きなのだろう。
私が何かを言う必要はない。
「繁盛しているようね」
「騒動のおかげで、騎士団とのパイプが出来ましたからねえ」
「そう。商機を見切ったアヤに感謝しないと」
「ウィルが寝たからってのが、大きいんじゃないかと」
「銀を買い占める話を纏めたのも、冒険者のキャラバンとの交渉を纏めたのも、全部アヤの力でしょう。彼女に商才があるのは確かなことではなくて?」
「能力は認めてるし、感謝だってしとります」
ビートが瓦礫の中からはねつき帽子を見つけ出して頭に乗せた。
そんな髪型で帽子を被るのをやめて欲しい。繁華街のダンサーみたいだ。
「良く分からない、あの癇癪がなければなあ……」
「あら、私の前でそんなことを口にしていいのかしら」
「伝えて貰ってかまいませんよ。いきなり仕事場に来て怒鳴られてもねえ」
「ふぅん」
私は小首を傾げて見せた。
「帰ったら機嫌悪いのかねえ……」
ビートがため息がてらボソリと言った。
なんだかんだ言って、気にはなるらしい。
「トイレは無事だったんだお」
いつの間にやら用を足しに行っていた親方が、チャックを上げながら出てきた。
「おお、なら取りあえずこのまま作業ですな」
「だお」
「……」
彼の朴念仁ぶりは、鍛冶職人という職業も多分に影響しているようだ。
「お仕事中ごめんなさい。ちょっと顔を見に寄っただけだったの」
「いいえ。今日は城北でショッピングでしたよね。どうぞ良い一日を」
ビートが帽子を上げて、また頭を膨らました。
「え、ええ、ありがとう……」
私は吹き出しそうになるのを一生懸命に堪え、口元を拳で隠しながら場を後にした。
「むぅぅぅぅぅッ!」
表では煤をすっかり払ったアヤが地面をストンピングし続けている。
「トイレって何よトイレって! なんだってのよ、もうッ!」
こっちはこっちで、「なんなんだ」で怒っている。
気が合う二人なのは確かだと思う。
「ちょっとタイミングが悪かったかな」
私は人差し指を立ててアヤを慰めた。
「城北のショッピングの為のお洋服なのに! 煤だらけだわよ!」
「まあまあ」
怒れるアヤの背中に付いた粉塵を払ってあげる。
「なんだってあいつはこう、ディカシーがないのかしァ!」
「いえてないお」
工房からふらりと出てきたビートが背後に立っていた。
「……なによぅ? 謝りにきたの?」
「俺はイノセント」
ビートが無表情に言った。
「ふんッ!」
アヤがプイッと顔を明後日に向けた。
「城北に行く前に、ちょっと使いを頼んで良い?」
「……」
アヤは目をつむったまま答えなかった。
「……」
無表情ながら、ビートもムッとして魔力を乱した。
「使いって?」
私はすかさずビートに聞いた。
「レイハさんの刀、修復が終わったんで届けて貰いたいんです。俺が届けに行く予定だったんですが、工房があんななんで」
ビートがサイドバッグから刀袋に包まれた大太刀を取り出した。
彼のマジックバッグはベルト横のサイドバッグのようだ。
「魔盗改めの、レイハ・シレン騎士団長ね」
私は大振りの刀を受け取りながら尋ねた。
「ええ。お願いしてもいいですか?」
「お安いご用よ」
「じゃ、よろしく」
ビートはそっぽを向いたままのアヤに一瞥くれて、さっさと工房に戻っていった。
「……行った?」
アヤが片目を開ける。
「ええ、しっかり貴女の姿を見て行った」
「……」
アヤが目を伏せて不安そうな顔をした。
「アイツ、怒ってた?」
「そこまででも無かったと思うけど」
「よく考えたら、今のってアタシが悪いよね? アイツは真面目に仕事してただけなのに……」
怒りの熱はすっかり冷めているようだ。
「帰ったら機嫌悪いのかなあ……」
私は笑いを堪えるのに必死だった。
城南の馬車駅ロータリーで城東方面の馬車に乗って、私たちは魔盗改めの屯所前に降り立った。
――はッ! ふッ!
屯所の敷地から、練武する騎士達の声がする。
「あんなに働いた後なのに、騎士って大変な職業だわねえ」
アヤが感心したように屯所の敷地内を見回した。
「あれ? ウィルくんだ」
「え?」
アヤが視線を向ける場所で、ウィルが剣を取って誰かと撃剣を行っていた。
あれは――
「うぉおおおおッ!」
「ほいさ」
――カァンッ!
大振りの木剣を、ウィルの片刃の剣の峰が受け止めた。
「や、せ、ふ、やッ!」
「おっほほー!」
――ガガガガガンッ!
めまぐるしく振るわれる木剣を、ウィルが器用に受け流す。
ウィルに打ち込んでいるのはアリオスだ――
「まだまだ! 休むな休むな! 気力で手を出し続けろ!」
「はいッ!」
二人の撃剣を見守りながら、床几に腰掛けた立派な身体の騎士が檄を飛ばす。
山吹色の髪、身から出る常人離れした魔力、聖堂に踏み込んできたレイハ団長だ。
「やあやあ精が出るじゃない」
三人の練武場所に歩み寄り、アヤが手を挙げた。
「あん?」
「あ……」
ウィルとアリオスがこっちを見る。
「――ッ」
アリオスが木剣をウィルに押し付けて走り去ってしまった。
「……」
私は目を伏せて右手で自分の体を抱いた。
「あー……ま、気にすんな。まだ整理できてねえだけだろ」
事情を知るウィルが、木剣を肩に担いで「にゃっ」と笑った。
「おお、貴女は――」
レイハ騎士団長が立ち上がって手を差し出した。
「先日は大した挨拶も出来ず、失礼致した」
「いえこちらこそ」
私は彼の大きな手を握ってしっかりと握手をした。
「どうですか、教の改革の進み具合は」
レイハ団長が少し真面目な顔つきで言う。
「バタバタしていますが、ええ――」
私は一度目を伏せて、すぐさま顔を上げた。
「サフィアが、大変そうです」
「はっはっは、あれほどの御仁だ。暇を与える方がどうかしている」
レイハ団長は快活に笑ってウィルを見た。
「しかし惜しい。彼が還俗するならば、うちの隊長として――いや副団長でもいい。是非にもと願う人材なのだが……」
「ダメダメ。サフィアんの教会の子供たちが泣いちゃいますよぅ」
アヤが手をパタパタさせてレイハ団長に笑いかける。
「む。そうだな」
レイハがアヤを見下ろして「にっ」と笑み返した。
「そういやお前さんら、買い物に行くとかいってなかったか?」
木刀を担いだウィルが首を傾げる。
「出掛にビートの所に寄ったのだけど、ちょっと用を頼まれてね」
「修復が済みましたので、お届けに上がりました」
アヤが「にぱっ」と営業スマイスを浮かべながら、刀を差し出した。
「おお、もう済んだか」
レイハ騎士団長が喜色を浮かべて刀を受け取った。
「これがないと腰の座りが悪くてな。ここ数日、上手く歩けなかった」
彼にとって、刀は既に体の一部になっているようだ。
「アリオスは……」
と、私は尻すぼみに聞いた。
「む?」
レイハ騎士団長が訝しげな顔をする。
「ここ最近、剣の稽古の為に通い詰めですが……彼が何か?」
「いえ、そうですか」
剣の稽古に励んでいるのなら、私から言うことは何もない。
「共闘して以来、レイん事が気に入ったんだと」
ウィルが肩を竦めた。
「気に入られているのは俺ではなくお前だろう」
「なんなのかねえ。どうも俺ってなァ、犬に縁がある」
ウィルが苦笑して木剣で肩を叩いた。
「ウィル」
「あん?」
話しかけておいて、私は視線を宙に泳がせて次の言葉を悩んだ。
「……ありがとう」
「――おう。良くわんねえが、受け取っておく」
ウィルが「にゃっ」と笑う。
今日も彼の八重歯の童顔には、変わらない猫の愛嬌があった。
――カタ、カタカタカタッ……
不意に、ウィルが右手に握る剣が鳴りだした。
ウィル本人も含め、一同の視線が震えるウィルの右手に集中する。
「あ」
ウィルが呟いた瞬間、
――ヒュンッ
ウィルの右手の剣が宙に浮かんで勝手に動き出した。
「うひぁッ!?」
頭の上を剣がかすめたアヤが身を縮めて剣を見上げる。
宙に浮いたウィルの剣がいわゆる正眼の位置についた。
「おいおい……木の棒っきれまで憎いってのか? 前よりひどくなってやがんなコイツ」
ウィルが左の木剣を右に持ち替えた。
「貴方、その剣……」
剣がウィルの平素体から立ち上らせる魔力にそっくりのものを漂わせてゆらゆらと動いている。
「やきもちがひでえのよ」
ウィルが「にゃっ」と八重歯を見せる。
剣が勝手に宙を踊ってウィルに襲いかかった。
「おっほほほほーッ!?」
――ガガガガガガッ!
ウィルが木剣で自分の剣の斬撃を受け止めた。
「ぎゃーッ!? ちょっと、なになにッ!? いやぁーッ!?」
辺り構わず暴れる剣にアヤが私にしがみつく。
「やめるんだクサカリバー! てめえってやつァ女の前だといつもこうだ!」
ウィルが大はしゃぎで自分の剣と撃ち合い出した。
「木剣を手放せばいいのでは?」
レイハ騎士団長が言う。
「うんにゃ、一度発動しちまうと、ある程度やり合わねえと納得しねえんだわこいつ」
「厄介な武器よな……」
どう考えても呪われてる。
「あ、あの、じゃあ私たちはコレで……」
アヤがそそくさと挨拶を済ませた。
「茶でもどうかと思うたが、買い物だと言うならば邪魔もできまい。いずれ他日に」
レイハさんが対してこだわらずに笑顔で会釈をした。
「はい、ではまたいずれ」
手を胸の前で握り合わせて、会釈を返す。
「おらァぁあああああッ!」
自分の剣と格闘するウィルの気合を背に、私達は場を後にした。
屯所の門を出る直前、頭からすっぽりとローブを被った女性とすれ違った。
相手が私の姿をみとめて魔力を乱す。
「……?」
私は足を止めて女性を振り返った。
同じく振り返っていたローブの女性の、青みがかった黒い瞳が私を見つめている。
「……」
女性は何も言わずに小さく会釈をして、魔盗改めの屯所の中へと消えた。
風によってはためいたローブからクロスボウがチラリと覗く。
あれは――
「知り合い?」
アヤが首を傾げる。
「え? ……ええ」
レアード卿のとりなしで、極刑を免れたアイリアだ。
そう、貴女は魔盗改めに――
もともとケインと彼女が犯した罪は罰せられるべきものではない。
司法取引で魔盗改めの密偵になったのだろう。
魔盗改めは都の警察組織の精鋭、密偵の仕事に就くと言うことは並大抵のことじゃない。
「それが、貴女の出した答え……」
亡くした夫の夢見た新しい結界、理想に近づく都を守る――
「ステラ……?」
「なんでもないわ。行きましょう」
私はアヤに笑顔を見せて、城西地区に向かう定期馬車に乗った。




