幕間「鮮烈な記憶?」
部室のカーテンを、心地のいい春風が揺らしていた。
窓枠に腰掛けたレヴィが、いつものようにコインを弾いている。
「ひめゆり」
「……なあに」
あたしはこのあだ名が好きじゃない。
谷間の姫百合こと鈴蘭には毒がある。
誤って口にすれば心不全で死すら招きかねない毒草だ。
あたしの中にある毒を、人前で晒すなんて止めてほしい。
言えばレヴィは余計に「ひめゆり」を連呼するけど。
ホント、見た目のとおり子供なやつだ。
手のかかる弟みたいなやつだ。
「人の死とは、どこまでが死なのだろうね」
「またそれ?」
最近、レヴィのもっぱらのテーマがこれだった。
あたしに何度もそう聞くばかりで、反魂術のノウハウを教えようとしてくれない。
ふてくされるあたしを、彼は楽しむように監察する。
むかつく――
「君になら、全部を教えてもいいよ」
あたしの心を見透かしたように、レヴィが手に持っていたノートを放ってよこした。
「これは?」
「僕の必殺技ノート」
「うわあ……」
こいつ、そんなもの見せて恥ずかしくないのかな。
「恥ずかしいとか思っているんだろう? 反魂の術についてもそれに書いてあるんだよ」
「ふぅん……」
なんだ、研究のノートか。
ページをめくると、筆圧も文字の大きさも一定しないミミズが這ったような跡のような文字が勝手気ままに羅列していた。
「……」
字が汚すぎて読めないじゃないか。
「問題のページはどこ?」
「問題って?」
「反魂の術の一番の問題は、本人の魂を正確に呼び込めていない事でしょう?」
「そんな事が書いてあるページは、僕のノートに存在しない」
彼がクスクスと笑った。
「レヴィ」
「分かってるよ。反魂の術がどうして失敗してしまうか、だろ? ページの端を折り曲げてる所だ」
ノートをパラパラと捲ると、確かに折られている場所があった。
レヴィにしては綺麗な字が並んでいる。
「前にも言った通り、大陸に存在する反魂の術は、殆どが本人の魂を呼び戻す事に成功しているんだ」
「んー……」
あたしはノートに目を走らせながら適当に頷いた。
「でも、反魂術で蘇った人間は、人でない何かにに変じてしまう」
「魂が、人であったころの記憶を失っている……!?」
ノートの記述にそうあった。
「人は最後の瞬間に、自らの人生を一瞬にして体験する、記憶のフラッシュバックを引き起こす」
「走馬灯のことね」
あたしはノートから目を上げた。
「世間では、生き残るための手段を記憶からさらおうとしているなんて言われているけど、僕の考え方は少し違う」
「うん」
「生き残る手段をさらおうというのではない、強烈に自己の魂を保とうとしているんじゃないかと思うんだ」
遠くを虚ろに見つめる、サファイアブルーの瞳の瞳孔が引き締まる。
彼は時々こういう目をする。何かを追求し続け、物事の奥の奥、深淵の底を見据えたような目つきをする。
「自己の魂を、保つ……」
あたしはこの目つきをするレヴィが、少し恐い。
物事を砕いて砕いて分析し、奥の奥まで追求しようとする、彼の瞳が怖い。
「一生分の記憶、人が人であったころの記録の全て、それはつまり、魂のレシピと言えるんじゃないだろうか」
「そうか……!」
あたしはもう一度ノートに目を落とした。
「魂を呼び戻すことには成功している。だが、死によって機能を停止した脳が記憶を失ってしまう。残っていたとしても情報がバラバラで、自分を正しく組み立られないんじゃないか?」
「それが、数多の反魂の術の失敗の本質、人が人でなくなるということ!」
「だと、僕は見る」
それなら――
「走馬灯を、人の一生分の記憶を強烈に喚起させて魂に打ち込む事が出来れば――」
「人は元通り、生き返ることが出来るのではないかと僕は考えている」
「なるほどなー」
大陸に現存する術の失敗の原因は、本人の魂を呼び込めないことではない。
呼び込まれた魂が自分を覚えてないことにある。
魂が人であったころの形を忘れ、歪んだ形で再生してしまうのだ。
「だから僕は、本来の反魂の術にプラスして、記憶を喚起させて打ち込む術式を組み込んでみた」
「記憶を抜き出して打ち込む……霊視と浄化、伝心術の応用ね」
「そういうこと。生前の事を思い出せる強烈な記憶があれば、生還の確率はより上がるだろうね」
「ふぅん……」
死ぬ前に記憶を喚起させる鍵を作っておけばいいのか。
「あとは本人次第かな」
「本人次第?」
「魂が記憶によって元通りになったとしても、そこに生を望む欲求が無ければ息を吹き返すことはない。人の生とは即ち欲求のことなのだから」
「欲求……」
「自らの欲求を燃やし尽くして死に満足してしまえば、反魂の術は失敗に終わる」
「この世に未練がないとダメなのね」
「死してなお魂魄を世に止めておくのは、いつだって未練だからな」
幽霊系の魔物に変じてしまった人の魂も、未練があるから地縛する。
「それで貴方は、生死の境目を考えているのね」
「肉体が損傷して、呼吸が止まればそれが死か? 脳が死して、記憶の崩壊が起こればそれは死か? それらの『死』に該当する状態の前後、欲求が消えた瞬間が人の死なのか……」
欲求、か――
「希望……」
私はポツリと言った。
「うん?」
「欲求ではなくて、希望ではだめなの?」
「希望――」
レヴィがコインを弾いて目を瞑った。
右手がコインを捕まえる。
「なるほど、魂の欲求から来る、自らの命を希なるを望む心と言うわけか。君はなかなか詩人だな」
あんたほどじゃないと思うけど。
「だが、やはり欲求の方がしっくりくる気がする。僕の術では、希望だけでなく強烈な欲求さえあれば生き返ることができてしまう。僕ら僧侶で言うところの我執や妄執、最も忌むべきものこそ術の成功につながってしまうんだ」
執着を捨てきれない罪深き存在であるほど生き返れる可能性があると言うことか。
「んー……」
「教で物議を醸しそうな術式だよ。どういう扱いになって、どういう位置づけをされるのか全く予想がつかない」
「確かに、これは難しいかも……」
「今のところは、落ちこぼれのワイズ・グレーがする机上の空論というやつさ」
レヴィが自嘲気味に笑った。
「それにしても――」
あたしはノートに目をやりながら呟いた。
「うん?」
良く出来ている。
多くのページは理論の走り書きが多く、順列もなくバラバラ、乱雑でなにがなにやらさっぱりわからない。
それでも、整頓が済んでるページは全て綺麗な字で清書されていた。
一度吐き出さないと整頓が出来ないぐらい、彼の頭の中には理論理屈が渦巻いている。
「そのノート、君に貸してあげるよ」
「え?」
「後でじっくり読んでみて欲しい。我ながら、面白い事が書けてある――と、思うんだ」
「んー……」
と、言われても、半分以上読めない気がする。
あたしはパラパラとページをめくった。
「あ、こら、後で読めと――わわッ!?」
――ズデンッ
レヴィが窓枠から部室の床に落ちた。
「んー……?」
そんなに慌てられたら、読まないわけにはいかないじゃないか。
「あ……」
と、私はページを捲る手が止めた。
息が止まって動きが止まる。
一番最後のページには、鈴蘭を讃歌する詩が綴られていた。
たぶん――いや、どう控えめに見ても、これは愛の詩だ。
鈴蘭に想いを寄せる、物語調の詩文――
「「……」」
――キンコンカーン……
気の抜けるような、学び舎の魔導放送の音が鳴った。
『祓魔端A組レヴィ・チャニング、至急追試会場に出頭しなさい。他の該当者は全員揃っています。レヴィ・チャニング、至急追試会場に出頭しなさい。繰り返します――』
一層、あたしの気が抜けた。




