77.「奇跡」
ふわりと、聖堂内に柔らかな風が走った。
『え……?』
『なんだ?』
聖堂の僧侶達がどよめいた。
ほとんどの者には、ただ二人が足を踏み鳴らしただけに見えただろう。
「なんと、いう……!」
刀を構えようとしたレイハ団長が、動作を中途半端に止めた。
見える人間には見えていた。
刹那さえ生ぬるい、六徳の間に起った出来事だった。
目にも止まらない加速で、二人の教父が駆け巡った。
残像が消えない内に壇上を駆け回り、一瞬だけ二人の像が全てを塗りつぶした。
生きている時間の感覚に差がありすぎる――
住んでいる速度の次元が違う。
瞬間瞬間の閃き、動きはどこまでも無駄なく簡潔、意味のない挙動など何一つなく、かつ全ての動作が流れの中にあった。
どこまでも自然、ただ暴力――
私は恐ろしさを覚える事すら忘れて、元の位置に戻った二人を呆然と眺めた。
二人が天に差し上げた手から、血が滴り落ちている。
『お、さ……!?』
『なぜ――』
壇上に残っていた賢者派の教父が、二人ほど目を剥いて倒れた。
『『ふ、ふ、ふ……』』
長老と若年寄りが、涙を流して笑っていた。
『生を受けて幾星霜』
『死に臨んで幾年月』
泣きながら、笑っていた。
『永かったと一言には言えぬ』
『それは刹那の夢また夢……』
二人が手を振って血を払った。
『あ、ああ……!』
『ぐ――』
『ぶッ――』
血を吐き、穴の穿たれた胸を押さえて、賢者派の教父がバタバタと倒れていく。
「なに、して――」
アリオスが途切れとぎれに言葉を漏らした。
「あんたら一体、なにしてんだッ!?」
叫ぶアリオスに、壇上に残った長老と若歳寄りは、涙を拭って柔らかに笑った。
『結界も、都の乱も反魂も、奢りし教も因果応報』
『明日よりは、新たな一歩を踏み出す世界。人にさらなる発展を』
「人の心を、諦めるのか……!?」
サフィアが力なく床に崩れ落ちた。
「ケイン・ルースは、レヴィ・チャニングは、悪事に手を染めながらも、人を愛し続けた……! 人々に、分からせようとしていたんだぞ……!?」
サフィアのチャコールの瞳から、滝の様に涙が零れおちた。
「他者を弑して事を結ぶ……それが賢者の答えなのか!?」
『その弱さが、二人の子を死にいたらしめた』
『その優しさが、人々を惹きつけて胸を打つ』
教父の二人がにっこりとサフィアに微笑みかけて、ゆっくり互いを見つめ合った。
『これで我らもようやく人だ』
『ほんの瞬き、刹那の間だけ』
保守派の長老が、白眉の下に隠れたサファイアブルーの瞳をチラリと私たちの方に向けた。
『人並みに縁者が気になりますか? イスハク・チャニング』
『……んふっ、それはまた、古い名だ』
保守派の長老は、白ひげをしごいて笑った。
『人を殺して業を背負ったでな。並の感情も浮かぼう。サラ・メンデル』
『まあ憎い。まるで男の身に生まれてしまった私に対するあてつけのよう』
二人が手を取りあって、互いの左胸に手を押し当てた。
「なに、言ってんだよ……! あんたら何してんだよ!」
アリオスが剣を捨てて壇上に駆け上がろうとした。
『『下がれ!』』
「ぐ、あ――」
瞬間的に発揮された魔力に弾かれて、アリオスが壇上から転げ落ちた。
『慕うておうたぞ。我が前で腐敗する、教の次に』
『憎んでおりました。私を救済せぬ、女神の次に』
二人は魔力を昂ぶらせて、見つめ合っていた。
泣きながら笑い、笑いながら泣いていた。
矛盾する感情を一抱えにして、手を握り合っていた。
――ザシュッ……
それぞれの手が互いの胸を貫き、二人は抱き合うように崩れ落ちた。
――パァンッ
祭壇を囲っていた結界が音を立てて砕け散る。
術式の魔力の飛沫が、血塗られた祭壇をキラキラと輝かせて消えた。
聖堂内は静まり返り、誰もが言葉を失った。
「なに……なん、なん、だよ……?」
アリオスが不思議そうに首を傾げ、それでも涙をこぼして声を震わせていた。
『いやいやいや……』
愚者派に回った教父の一人が、静かに呟いた。
『噂には、聞いておったが……』
『このお二方が、かのイスハクとサラ……』
また一人が、沈鬱な面持ちで言った。
ヘタリこんだアリオスの横を通り抜け、愚者派の諸教父が壇上に上がった。
『かつて耳にした事がある。決して結ばれぬ、禁忌に囚われた二人……』
『再修行を経て名を変え、優れた賢者となったと聞き及びしが――』
皆が皆、血塗られた大聖堂の壇上に暗い瞳を落としていた。
「……ッ!」
サフィアが、床に手をついて伏せたまま、吐息を震わせていた。
私の反魂すら、二人の教父の奇跡の一要因でしかなった。
聖ライアリス教の誰一人、彼らの真意を読むことが出来なかった。
最後の最後まで、気取る事も悟る事も出来なかった。
二人の賢者が燃やす、人への、教への、お互いの――
「愛……」
私はぼんやりと口にして、レヴィの横たわる祭壇に腰掛けた。
「悪因悪果の全て取り除く……これが賢者の因果応報かよ」
レイハ団長が刀を腰に納めながら苦々しく呟いた。
「……」
私は、ただ黙って、ぼんやりとレヴィの頭を撫で続けた。
聖ライアリス教を襲った大事変も、目の前で起きた露知らぬ愛憎劇も、今の私には関係がない。
そんなこと、あたしはどうだっていい――
レヴィがずっと眠ったままだった。
五年前と同じ、穏やかな顔。
絶対に諦めたくない。
認めてあげない。
赦さない。
「……ッ」
レヴィの顔に涙が落ちる。
「これが大人のやり方か……これが大人のやることなのか!? ふざけんな、ふざけんなッ!」
アリオスが床に拳を打ち付けて泣き叫ぶ。
「ふざけんなぁあああああああああああああああッ!」
「――うっせぇええええええええええええええええッ!」
アリオスの叫び声に負けじと、誰かが声を張り上げた。
「ね、猫くん、耳が……!」
タキシードの女性が片目を瞑ってよろめく。
声の主はウィルだった。
「人が気持ちよく寝てっとこ、ぐじゃぐじゃうっせえってんだ!」
ウィルが彼女の背中から寝ぼけた顔を上げた。
「むほほほー? なんですかこのけしからん胸尻は。ぐふぅ、完熟完熟……」
「ひゃッ!? ちょ、こら! 猫くん、時と場所を考え――あッ」
寝ぼけたウィルに胸やらお尻やらをまさぐられて、タキシードの女性が身をよじる。
「……血生ぐせえ。どこだ、ここァ……?」
女性の背中から飛び降り、ウィルが忙しなく顎を掻いた。
「ウィルくんウィルくん! 今はダメだよ……! ここ大聖堂、人がいっぱい死んじゃったの」
アヤがウィルの耳に顔を寄せてごにょごにょと状況を説明した。
「あー? 死んだだァ……?」
「ああ、もうッ」
アヤが拳を握って戦友紋章を輝かせた。
伝心で状況を説明をしてるようだ。
「なに、爺ィのボーイズラブ? 奇跡の心中……? ピン子、人語しゃべれ人語」
ウィルが小指で耳をほじくりながら呟く。
「しーッ、声に出しちゃダメだってば!?」
アヤが周りを気にしてオドオドする。
「……ほーん、あーね、あーね。諸悪の根源が自分で後始末つけておっ死んだと……まあ予想の範疇内だわな」
ウィルが寝ぼけ眼で鼻を鳴らした。
「つーかなに? 俺らが竜と戦ってる間、大聖堂はずっと好いた惚れたの展開で回してたって話? そんなこって忠犬とか獅子がガン泣きしてんの? ……流石僧侶、全員アホだな」
「ウィルくん! ダメだって――」
アヤがあわあわと手を伸ばしてウィルの口を塞ぎにかかった。
「ぐだぐだうっせえ! いちいち人死ぐれえで大騒ぎしやがって! 親も嫁もおホモダチも、人類皆キョーダイ! 生き物ってな結局死ぬの! 俺は眠いから寝たいの! 寝てる人がいたら静かにする、これ一般常識! 全部常識アンダステェン!?」
ウィルが激しく怒りながら肩を竦めた。
「いや、あの、ウィル――」
「黙らっしゃいッ!」
なだめようと声をかけたアリオスの額に、ウィルが女神のコインを投げつけた。
「どいつもこいつも頭にハートマークのお花畑こさえやがって! お前ら全員変態か!? 聖ライアリス教ってなァ変態の集まりか!? 人が死んで悲しい人は、ちょっくら戦地行って無双して来い! 千人超えた辺からなんかスゲー力とか沸いてくっから! 古今無双とか言われるとまんざら悪ィ気しねえから! 大体お前ら飲んだ牛乳の数とかいちいち覚えてんの? ちびっと上等な牛乳飲こぼしたからってピーピー泣いてんじゃねえ! 飲んだ牛乳は吐かんとけ!」
聖堂内にいる全員が、ウィルの啖呵に唖然となった。
「はーいはいはーい。君達みたいなー、頭の悪い連中に猫サマが授ける魔法の言葉ーぁ」
ひょうきんな身振りでおどけておいて、ウィルは顔の前に手をかざし、ふと真面目な顔をした。
「嫌な事件でしたね」
聖堂内を静寂が満たす。
「……あん? なーに固まってんだ、皆の衆」
ビートが帽子を深く被り、アヤが「あちゃー」と顔に手を当てた。
レイハ団長がそっぽを向いて他人の振りを決め込んでいる。
「お前ら全員生きてるんでしょ? もしかして立ちながら寝てたりすんの? 生きてんなら動けっつーの。さんはい――」
ウィルが唱和を促すように手を動かした。
「嫌な事件でしたね」
口にしたのはウィルだけで、聖堂内はやはり無言だった。
「……」
寝ぼけた猫のエメラルドグリーンの瞳が、得物を探すように聖堂内を走り、誰も彼もが目を逸した。
やがて私とレヴィが見つかる。
「あーね、あーね――それだ」
ウィルが「にゃっ」と笑って、顎の下を掻きながら私たちの方に歩みよってきた。
「うぃ、ウィル! せめてちゃんと目を覚まして――呼吸を、空気読んで、ウィル!」
アリオスがウィルの足元に絡みつく。
「黙らっしゃいパート・ツー!」
「ぎゃんッ!?」
アリオスを蹴りはがして、ウィルが壇上を駆け上がった。
「よー、神官長」
「……」
私はそれとなくレヴィをかばった。
ウィルがポンと私の肩に手を置く。
「俺に任せろ」
年齢不詳の童顔がする、八重歯がチラつく微笑みだった。
やや寝ぼけ気味なのだ。
「なに、が……?」
私は身を震わせながら、辛うじてそう答えた。
激しく、嫌な予感がする――
「こういうな、ボンボン育ち丸出しの遊び人は甘やかしちゃいけねえの。いつまで経っても甘え癖が抜けねえから」
ウィルが存外の力強さで私を体を押しやった。
「あ……!」
よろめいて下がる私の前で、ウィルが俊敏な動きで祭壇の上に立った。
「よーくみさらせ、頭の悪い僧侶共。これから俺が、ホンマもんの奇跡ってヤツを拝ませてやる」
ウィルが「にゃっ」と笑って一同を振り返った。
寝ぼけ眼でぐるんぐるん肩を回している。
――ちょっ!?
聖堂にいる全員がそう口にした。
「ケット神剣奥義! じょうきゅうきゅうめいッ!」
――ドゴォ!
ボロのコートを羽織った黒猫のエルボードロップが、レヴィの腹部に突き立った。
○
――逃げないで
見上げた星の瞬きが、そんな言葉に変換された。
「にげ、る……?」
俺は首を傾げて笑った。
世界は死に彩られている。
人が刻んだ歴史とは即ち死の歴史だ。
「俺は、弱いんだ……」
誰よりも、何よりも、こんなにも、弱いんだ。
――逃げないで
「にげ、る……」
俺は今、何から逃げたのだろう。
何から逃げているのだろう。
世界の生死の理か、失う事の恐怖か。
どちらも正解には違いないが、まだ浅い気がする。
何かが見えていない気がする。
でも、立ち向かおうにも俺は――
「よわ、い……?」
俺は星に伸ばした手を握りしめた。
まだ、僅かだが力が入る。
力を失って、全てが消えそうな瞬間にも、まだ少しだけ、ほんの少しだけ力を込めることが出来る。
まだ動く。
まだ力はあるのに――
「俺は、こんなにも、弱い……!」
記憶が徐々に連結し、思考が想像力の幅を取り戻す。
過去の僕から今の俺までの行動言動すべからくが高速で連結していく。
――逃げないで
「ああ、そう、か……」
俺は、最後まで消えることの無かった、記憶の星に涙した。
――二度と忘れるな? 一度忘れた愛と死を
忘れることが出来ない故に、絶望の原因となっていた二つがぐるりと裏返る。
――僕のステラを忘れるな
「ああ……!」
消えることのなかったステラに、俺は涙した。
俺が最後の最後まで、気づかず逃げ続けていたものは、彼女が逃げるなと言っていたものは――
「弱さ……!」
感覚過敏、歪な魔力中枢、自分の弱さを当然の事にして、自分の最大最悪の欠点を直そうともしなかった。
顧みようともしなかった。
俺はただひたすらに、弱い――
「とう、ぜん、だッ!」
俺は涙しながら、拳を握りしめて吼えた。
「逃げ続けて、きた……!」
どうにもならない世界の理にさえ噛み付くほど、俺はずっと逃げ続けてきた。
「自分自身の弱さから、逃げ続けてきた!」
言葉とは裏腹に、体には力が漲っている。
無意識の闇をはねのけて、足が、腕が、俺が再構築されていく。
逆再生の様に作り直される自意識の舞台の上で、俺の妄念が作り出した、愛する獣達がまた生死を演じだす。
「なんて、こと……」
俺は自意識の舞台に立ち上がった。
ケインは死に臨み、それでも死にたくないと生を望んでいた。
猫も狼も子虎でさえ、降りかかる死という理不尽の中で、何度も何度も立ち上がり、死ぬ瞬間まで自他の死に抗おうとしていた。
俺は繰り広げられる生死の光景の、死しか目に入っていなかった。
必死の中、彼らの命の生きようとする輝きに気づけなかった。
「なんて、ことだ――」
自意識の舞台の中で、俺だけが泣き続けていた。
繰り返される愛と死に驚き続けていた。
失う事を恐れて立てないでいた。
「弱さに気付かず、へこたれて……!」
――それは生きようとする欲求、生を保とうとする本能、自らの命の希なるを望む心。弱さは人の命一部
「生を希求する、心……!」
人は生まれながらに、死と言う結果に進み続けている。
それでも人は生まれ落ち、命を繋ぎ、歴史を紡ぐ。
連綿と生死を繰り返しながら、人は、生物は、森羅万象は、時の中を歩み続ける。
人の歴史は死の歴史、死に抗い続けて生きる、人の生が刻む物語――
「……」
俺は身体に力が漲る一方で、気が抜けて座りこんでしまった。
「なんて、アホな……」
答えは至極簡単だった。
ワイズ・グレーが否定ならば、シューティング・ドッグが肯定だった。
「えええー……?」
俺は頭を掻きむしって、閃いた答えに首を捻った。
かつて否定のリングに囚われて、絶望したレヴィ・チャニングは進む命を失った。
反魂によって再度絶望と対峙したときに、レヴィ・チャニングの中には確かに生まれていた。
「生きようとする、希望」
それは弱さだった。
弱さとはつまり、生を希求する人の魂の中でもっとも強い想い――
レヴィ・チャニングの中に生まれた俺は、シューティングドッグは、弱さそのものだ。
常識という鎖が走る世界のなかで、全ての人に許しを乞い、全ての人に愛想をまいて、嘘をついてまで誰にでも愛されようとする、従順であろうとする犬。
瞬間瞬間にしか生きられない一瞬の犬。
「弱い自分を、肯定する」
ワイズ・グレーは最後まで「自分の弱さ」を認めなかった。
故に、僕と俺は別れてしまった。
決定的に乖離した。
「ワイズ・グレーは、最後まで逃げたのか……?」
俺の中の僕は、全てを思い出してもなお、俺という弱さを受け入れず、無意識に逃れた。
僕を消して、俺になることを選んだ――
「いや、もう、なんて言うか……」
俺は煙草を作り出し、咥えて舞台に寝そべった。
結果、レヴィチャニングが一つになることに変わりはない。
一つになったことに、変わりはない。
何一つ問題がないようにも思えるが、
「『僕』は、どれだけプライドが高いのさ……」
幼かった頃の記憶にある口調で、俺は笑った。
全てはレヴィ・チャニングの魂が、生死の境で見た夢だ。
魂の境界で見た、夢幻夢想の物語である。
「なんて馬鹿な男だ、俺は……」
咥えた煙草に火を点けて、俺は一息深く吹かした。
何度も何度も繰り返し見た、愛する者の生死がある。
俺はそれが死ぬほど辛かったのに――
「君にそれを、二度も味あわせてしまった」
煙草を挟んだ手を差し上げて、最後まで消えなかった俺の星をぼんやりと見る。
「自分自分自分、どこまでも、自分のことばかりで……」
自分が死ぬことで、誰かが辛い想いをする事なんて考えてもみなかった。
死ねば自分の世界は終わると、全く気にした事がなかった。
「辛いのは、俺だけじゃない……」
皆が皆、この苦しみを味わって、それでも乗り越えようとしているのに、生きようとしているのに、俺だけが、自分は弱いからと逃げ続けていた。
彼女の周りから記憶が広がり、無意識の空に満天の星空が広がり出した。
歪でサイケデリックな収縮はもうしていない。
全てが眩い光を放ち、美しく煌いている。
愛する世界を記録した、愛する全てのものたちが、レヴィ・チャニングの中に広がり続けている。
「ああああああ……」
俺は自意識の舞台に転がって頭を抱えた。
「戻りたくない……!」
散々に面倒をかけて、大立ち回りを演じての死だ。
九死に一生を得て目を覚ました時に、人にどう顔向けしたらいいものか。
「ええ? どうしよう……ホントどうしたらいいのこれ? 彼女になんて謝ろう、あああああああ――」
赤黒いものの答えは愛でした――
俺はそれが何かを彼女に聞いていた。
彼女を傷つけ、都を消失の危機に晒してまで、「わかんないんだ。これってなにかを知りたいんだ」だ。
人がなんで死んじゃうのかビックリしながら、泣いて笑って「覚えてません」だ。
「うわぁあああああ!? 死にてえええええええッ!」
いや、俺は既に死んでいる。
あくまでも肉体の話だが。
「うわぁぁあああ……えええええ!?」
一人自意識の舞台の上で転げ回り、懊悩する。
この段になってようやく気付いた。
俺はプライドが高い――
自分の否を肯定して人前に出ることが、こんなにも難しい。
卑屈であると言うことは、矜持の高さの現れでもあるのだ。
いや、それにしても、
「戻りたくねえええええ――」
のである。
自意識の舞台が生まれ、記憶の星が広がり始めたと言うことは、間違いなく自分は生を希求し現世に戻ろうとしている。
だが、しかし――
「死ぬほど恥ずかしい! 死んだからこそ恥ずかしい!」
いつまでも踏ん切りがつかない否定のリングが生まれつつある。
絶望と言う程でもないが。
――ドフゥッ
「おぐは――ッ!?」
不意に腹部に激痛が走り、俺は体をVの字にされられた。
「なん、だ……!?」
なんとなく、この痛みには覚えがある。
ワイズ・グレーが嫌っていた、猫の仕業な気がする。
記憶に刻まれた知り合いの中で、死人にこんな真似をするのはヤツしかいない。
体と人格未満の俺の感覚が繋がりつつあった――
果たして俺は、僕と統合することで人になれたのだろうか?
「……あーあ」
俺は懊悩するのをやめて記憶の星空を見上げた。
散々に思い悩み、散々な騒動を巻き起こした。
愛するものを失う辛さは、やはり消えずに自意識の舞台に妄念を生み続けている。
「賑やかだな、俺の自意識というのは……」
それでもイエスを得た、俺の意思は揺るがない。
レヴィ・チャニングの魂はもう忘れない。
記憶の星の中で、一番に輝く彼女に、そっと血塗られた手を伸ばす。
――あたしはあんたを、絶対に赦さない
「ステラ……」
君は再会してからずっと、俺にこう語りかけていた。
「甦れ」




