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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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75.「希望と絶望」


『『ふふふふふふ……』』



 二人の教父が声を揃えて笑う。



「んん……!」



 サフィアが三十人程蹴散らす大立ち回りを演じ、遂には魔力を枯渇させて膝を折った。


 レアード教の差し向けた魔導士らと闘い、その後都の魔化の隔離浄化、激戦続きで彼も疲弊している。



「サフィア……貴方だけでも、逃げて……」



 先に取り押さえられていた私は、両脇を監察神官に拘束されて長老と若年寄の前に引き出されている。


 敵味方に別れてはいても、私たちは女神に使える聖職者だ。


 直接的に人命を盾にするような非道をしない。


 そのせいで、サフィアは私を救おうと立ち上がり続けた。



 そんな価値、私にはないのに――



「背負った業から、俺は、逃げん……!」



 体を半ばまで起こしたサフィアを、教の神官らが押さえつける。



『はてさて、どうなることやら』



 保守派の長老が、のんびりと白ひげをしごいた。



『我々の対立も、今日この日のため』



 革新派の若年寄が、クスクスと笑った。



「この日の、ため……!?」



 押さえつけられたサフィアが目を剥いた。



『お主であれば、この意味がわかろうか、猛き聖職者』

『貴方には理解しがたいことでしょうね。優しき賢者』



 諸教父らが二人の言葉にざわざわとし、その後に水を張ったように静まり返った。



「教の対立は、結界問題は……仕組まれたものだったと言うのか!」



 サフィアが吼えた。



『まさかな』

『いいえ』



 二人がゆったりと首を振る。



『人は人であるが故に、意見を一つにまとめる事など容易に叶わぬ』

『自己の中ですら意見の対立は生じる。どうして遺恨を残さず、総意などまとめることなどできましょう』



 場に集まった、監察神官、修道神官がどよめいた。



『『全ては起こるべくして起ったこと』』


「……ッ」



 サフィアがグッと唇を噛む。



『調和とは、衝突の後に訪れる納得であろう』

『対立とは人が革新するために必要な課程』



 長老、若年寄が手を差し上げる。



『『全ては、世のため、人のため』』


「それが、慈悲の女神の教えを説く、教父が口にすることか……!」



 サフィアがもがき、押さえつける僧侶らの体が浮くほどに息を吸い込んだ。



「対立なければ人は滅ぶ! 皆が皆右を向いて歩けば、先に避けられぬ危機在りし時に絶滅する! 対立が互いを発展させ新しき何かを生む原動力となる、その理屈は俺とて理解出来る! だがそれでも、こと結界問題に関して言えば腰重き教の保守派の対応が招いた事! 手を汚そうとしない革新派に成り代わって、理想に燃えるケイン・ルースは己が命を賭したのだ! 命を賭して結界を守り続けたのだ!」



 サフィアの声が、聖堂を揺るがす。



「今祭壇に横たわるレヴィ・チャニングは、ケインの理想を加速させんがために魔力中枢を焼き、都に因果応報をしてみせた! それを己ら上層部は、政治干渉しないを謳いながら日々貴族らと談合、教の威信を護るためにケインを逆賊に仕立て上げレヴィを想い人に討たせんと画策し、あまつさえその大任を果たした彼女を異端者扱いだ! これが起こるべくして起った事だと言うのか!? なるべくしてなった事だと言うのか!?」



 聖堂に満ちる、聖職者達の魔力をも揺るがせていた。 



「……俺は、教の僧侶である前に人だ! 理屈は分かるが納得など到底できない! 己らはこの危機を回避すべく、最善の努力をしたと言えるのか! 死力を尽くしたと女神に誓って言えるのか!? 俺が知る心熱きかつての同期の修行僧らは、都の騎士は、冒険者までもが、皆が皆最善を尽くさんとしていた! この場にいる皆に問う! サフィア・ウォードが人として問う! おかしいと思わないか!? どう考えてもおかしいだろう!?」



 常人の並を遥かに超える情報を抱えるサフィアが、血をたぎらせて大喝した。


 場にいる全ての僧侶を相手取って、問答を挑んでいた。


 取り押さえた僧侶らが、サフィアの言葉に胸打たれて手を緩める。



「サフィア……」



 私は静かにサフィアを見た。


 彼の言葉はどこまでも優しさに満ちている。


 どこまでも聖職者として正しい。



 でも――



 私は目を伏せた。


 教の上層部と交わって、大陸の聖典たる教の内部事情を知っている。


 彼が語っているのは理想論だ。


 そして、彼は、長老と若年寄の言葉が持つ意味を、少しだけ取り違えている。



「違うのよ、サフィア……」



 私は項垂れてそう呟いた。



「ステラ……?」



 いつからだろう――こうなることが決まってしまったのは。


 因果を遡れば、それこそ自分の命の誕生にまでに行き着いてしまう。


 教の上層部を取りまとめる、諸教父の筆頭格である二人には、それ程の規模で森羅万象の流れを読む力がある。



「あたしは、どうしてレヴィと出会ったんだろう……」



 運命だなどと、言うつもりはない――



「……?」



 サフィアが訝しげに私を見る。



「五年前のあの日以来……教に監視されていたのは、私なのよ」

「……!?」



 サフィアが目を剥いた。



「教に見張られていたのは、あたしなんだ……」



 私はずっとずっと言えないでいた、背負い続けてきたもの吐露して泣きながら笑った。


 笑いながら泣いた。



「し、仕組まれていた、ことと、言うのは――」



 サフィアが驚愕して、絶句した。


 五年前のあの日、私が反魂の術を使ったことを、長老と若歳寄りだけが見抜いていた。


 彼を巡礼神官する段取りを整え、気がついた彼が大聖堂を抜け出すのを、あえて見逃した。


 レヴィの失踪を後から聞かされた私は、監察で力をつけ、神官長を目指しながらある夢を思い描いた。



 世界を旅した彼が、きっと(あたし)を救ってくれる――



 そんな少女みたいな夢を、私はずっと見続けてきた。


 それがあたしの希望だった。



 失わない、失いたくいない私の希望は、彼そのもの――



 だからあたしは彼を赦さない。


 例え彼が秩序を崩壊させて、人を何人殺そうとも、彼のために人が何人死のうとも、犠牲になろうとも、どんな業でも背負ってやる。


 その業が、彼を強くすると言うのならいくらでも積み重ねてやる。


 そのかわり、絶対に赦さない。



 あたしの希望通りにならない彼を赦さない――



「ステラ、お前、は……」



 サフィアが、私を見て身を震わせていた。


 教父の言葉、私の発言から、複雑思考で私の中を垣間見たのだろう。


 私の中のあたしが持つ毒を、思い知ったのだろう。


 口にする度に嫌悪感を催す言葉がある。



「ごめんなさい……」



 私はそう言って微笑んだ。


 全てが自分のせいだと思うほど、私は傲慢じゃない。


 でもこれは、あたしに関わった全ての人に対する謝罪だ。



「人としておかしいのは、きっと、私達……」


『奇跡は起きるものではない』

『起こすものなのですよ?』



 教父がそれぞれ手を差し上げる。



『『我々は、聖職者なのだから』』



 私は我が儘で、夢見がちな常識のない「ひめゆり」と言う少女を抱えたまま、聖職者の道に足を踏み入れてしまった。


 今の地位に上り詰め、大人になってしまった。



 現大陸で確認される唯一の、反魂を成功させた術者として――




     ○


「君、だ――」



 無意識の闇が広がる自意識の欠片の上に伏せながら、俺はコインを弾いた。


 いや、僕なのかも知れない。


 シューティングドッグの持ち得なかった、ワイズ・グレーの記憶が喚起され、もはや自分がどちらかなのかも分からない。


 体は記憶の喚起と共に伸縮を繰り返しいる。


 記憶はいくらでもあるのに、自分が誰かが分からない。



「君、なん、だ――」



 今が何時で、ここが何処で、自分が一体誰であるのか、過去なのか現在なのか、それも分からない。


 生きているのか死んでいるのかも分からない。



 ――誰もが……間違ってると言ってもか……?



 それがもし、彼女だったら?


 彼女がいたから、僕は自分を肯定できた。

 彼女がいたから、俺は絶望を越えられた。


 でも、彼女がそれを否定したら?



 ――僕は絶対に間違っている



「違う、絶対など存在しない!」



 僕の体が俺に変わる。



「彼女が否と言うのであれば、彼女に認められる努力をすればいいだけだ! 彼女に愛される、そんな人間を目指せばいいだけのこと!」



 体が力を取り戻し、身を締め付ける嫌悪感が僅かに薄れる。



「彼女の中にも愛はある!」



 俺は自分を奮い立たせるように叫んだ。



 絶望など全て噛み破ってくれる――



 目を上げると、猫が、狼が、子虎が、息を吹き返して立ち上がっていた。



 ――ザシュッ ドガッ ザキィッ



 三匹の獣が、不可視の何かによってまた命を散らす。


 幾度も幾度も自意識の欠片の上で繰り返される、生と死の瞬間。



「やめ、て――」



 燃やした愛が、愛ゆえに、燃えるが故に揺らぎ出し、俺と僕を曖昧にする。


 これはレヴィ・チャニングが愛する者達の姿だ。


 起こりうるであろう死が、胸を締め付ける。


 脳髄を焼き切らんばかりに憎しみを燃え上がらせる。



 苦しい――



 なお一層強まる愛憎と嫌悪感の中で、自意識の舞台にぼんやりと三人の人の姿が浮かび上がった。



「ケイン!?」



 青い顔をしたケインが座っている。


 横には、涙を流したアイリアが膝をついて控えていた。


 立ち尽くすサフィアの姿もあった。



『ケイン……』



 サフィアが拳を震わせて言う。



『最後の、最後まで……面倒、かけちまって……』



 すきっ歯を見せて笑うケインに、サフィアが歯を食いしばって天を仰いだ。



『これ、で、都は、きっと……』



 焦点の定まらない猪の眼が天井を見つめていた。


 あるいは、リディアの輝かしい未来を見ているのかもしれない。



『アイ、リア』

『……なに?』



 涙で頬を濡らしながら、アイリアがケインの体を抱いていた。



『ぼう、けん、しゃ……住みよく、なる……』

『……ッ』



 アイリアは激しい憎悪にも似た表情を浮かべ、その顔を伏せた。



『アンタは、ホント、どうしようもない……!』



 ケインの手がふわふわと宙を探るような動きを見せて、アイリアの頬を捕まえた。



『言わねえって、決めてた、のに、なあ……』



 虚ろに空を見上げるケインの目から、涙が零れおちる。



『やっぱ、死にたく、ない、もんだ』

『――ッ』



 アイリアが、喉を引きつらせて声にならない鳴き声を上げた。



『いい男、つかまえ、ろよ』

『アンタみたいな男だけは、金輪際ごめんだッ!』



 アイリアが吐き捨てた。



『これ、まで、あり、がと、な……』

『うるさい馬鹿! ホントの馬鹿ッ! アンタはホントの――』

『さい、ご、ぐら……も、すこし……ととのえ……』

『それでアタシにどんな得が有る!? それでアタシは何を手に入れられるってんだッ!』

『……』



 ケインの手が、アイリアの頬を優しく撫でた。



『おれの、めが、み……』



 アイリアが、鼻を鳴らしてケインの手に頬を擦りつけた。



『あい、して――』

「やめろぉぉぉぉぉぉぉあああああああああッ!」



 僕は割れそうに痛む頭を自意識の欠片に叩きつけた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――ッ!」



 繰り返される、愛と死、愛と死、愛と死――



 感覚過敏な五感が、あらゆる事物を鮮明に記憶する。


 否、こんな光景を俺も僕も知らない。


 ケインの臨終に立ち会っていない。


 それでも絶大な興味関心が、愛憎のコインが妄念を生む。


 現実如き鮮烈な妄想が、愛憎をたぎらせて身心を蝕む。


 こんな事が繰り返し起こる、愛する世界を激しく憎む。


 こんな事を繰り返えす、愛する人を激しく憎む。


 何が悪い? 一体何が悪いと言うのか。



 ――辛いことは誰でも辛い



 みんな我慢をしているのだと、誰も彼もが口にする。


 ならば起こっても居ないことを鮮明に頭に思い浮かべられる僕は、


 見ても居ない事を見たかのように映像をフラッシュバックしてしまう僕は、


 現実と虚構の区別の着かない僕は、


 胸が詰まって息が出来なくなるほどに、頭が焼き切れるほど、意識が遠のくほど、記憶と夢に苛まれる、過敏な感覚をもった僕は、



 歪な魔力中枢を抱えた僕は――



「僕が間違って居ると言うのかッ!」



 思えば、彼女に再開した時から、この嫌悪感はずっとあった。


 名前を聞き取れなかった時、体が触れ合った時、ケインの命が散ろうとしたとき、僕は嫌悪感に悲鳴を上げるかのように結界に不正接続をした。



 世界の秩序を破壊する、欲求を抑えられなかった――



「この、嫌悪感の、正体、は……!」



 俺は僕の思考を抑えて、震える右手でコインを弾いた。



 ――あたしはレヴィを、弟のようにしか思えないんだ



 弟でも召使でも何でもいい。親子だって構わない。


 俺はただ、君を失いたくないだけなんだ。


 立ち上げた部は、君を手に入れるためだったんだ。


 のめり込んだ研究は君を失わないためなんだ。


 あの日出会ったひめゆりを失いたくないだけなんだ。



 ――あんたが噛み破ろうとしている常識は、世界の理に限りなく近いんだ



「君だ、君なんだ……全部君のためなんだ……!」



 ――そうやって、また逃げる



「に、が、る――」



 死が身近な僕にとって、自身の死は乗り越えられる。


 俺はいつだって死んでいい。死に到達する事は難しくない。



 でも――



「うしなう、こと……」



 愛すれば愛するほどに付きまとう嫌悪感の正体は、



「失う……!」



 愛するものを失った時、心に生まれる嵐のような苦痛――



「んふっ、ふふふふふ……」



 俺は笑った。笑いながら泣いた。


 血塗られた自意識の欠片の上で、身を転がして仰向けになる。



 これが、ワイズ・グレーの、絶望か――



「失うと、いう、こと……!」



 世界を滅ぼさん程に膨らんだ、絶大な興味関心が、諦めるを知らない我が儘な妄執が、失う事から逃げ続けている。


 失う事を恐れ続けている。



「精を得た卵は、命という爆発力で細胞を生み、人体を形成する……次元の爆発によって生まれた、世界のように……」



 生を得たエーテルは命という爆発力で欲求を生み魂を形成する。放射状に広がり続ける宇宙のように。



「人体の本質は細胞、魂の本質は欲求……ならばそれらを生む『命』の本質は……」



 宇宙という三次元空間を光の疾さで押し広げる爆発力の本質とはなにか?



「全てに共通するのは……すすむ、と、言うこと……」



 世界が、魂が、細胞が、全てが進み続けている。


 森羅万象、形を変えぬものなど存在しない。


 進まぬものなど、この世に存在しない。


 爆発力が全ての物を進ませている。


 「進む力」こそが命の本質――



「そ、う……」



 進む力を計るために、人は時と言う概念を生み出した。


 時は止まらず時は戻らず、時は答えを示し続けている。



 ――森羅万象すべからく、「進む」と言う理に有る



「だ、か、ら……」



 普遍の物が存在しない有限世界にあって、最も普遍に近いものが命の理、それは世界の「進む」という理。



「そ、して……」



 俺の魂が今、動こうとしない。


 俺の体は動こうとしない。



「……」



 魂が冷めて欲求の発生が止まりつつある。

 体が冷えて細胞の生成が止まりつつある。



「と、う、ぜ……んだ……」



 世界の命に抱かれながら、俺の進みが止まりつつある。

 それでも世界は進むがゆえに、俺の命が消えつつある。



「それ、は、……死」



 俺が体を維持する為に、俺が魂を維持するために、命を維持するために――俺の中には何かが足りない。



「否定のリング、ワイズ・グレーの、絶望は――」



 どうして人は、死んでしまうんだろう――?



「ふふ、ふ、ふ……ッ」



 生けとし生きるものは必ず死ぬ。


 愛する世界の中にある、愛を傾けるに値する物はすべて生死の理の中にあって必ず失われてしまう。


 自分が生き続ける限り、毎日何かが失われていく。



 消えていく――



「それが僕には、耐えられない――」



 俺は大人の体のままで呟いた。


 だから全て、全部全部、壊してしまえばいい。


 そうでなければ死ねばいい。

 自分が死んでしまえばいい。



「こんな俺は、絶対に、間違っている……!」



 俺は無意識の広がる真っ暗闇の空に手を伸ばした。


 たった一つだけ、消えずに残された記憶の星が煌々と輝いている。



「ステ、ラ……」



 手を伸ばしても届かない俺の(ステラ)、それでも諦めきれない僕の(ステラ)


 君を失いたくない。


 こんなにも、失いたくない。


 だから失う可能性があり続ける世界には戻りたくない。


 愛すれば愛するほどに、失いたくない。


 もう何一つ、愛するものを失いたくない。


 新しいものなんて要らない。


 失うのは嫌だ。


 嫌なんだ――


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