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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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幕間「真相」



 まだ、終わってない――



 サフィアが学び舎に開けた大穴から外に出て、私たちは中庭を横切って裏門へと進んだ。


 学び舎は大聖堂の北西にあって、裏門をくぐればそのまま大聖堂の横へと出られる。


 裏門の外には修道神官らが左右に整列し、大聖堂までの道を作っていた。



「……」



 無人の野を進む体の私たちに、並み居る僧侶達が手を握り合わせていく。中には部下である監察神官も入り混じっていた。


 敷地を進み、大聖堂の中に入っても祈りのアーチはまだ続いた。


 それは任務を成し遂げた私に対する礼であり、脇道をそれないように教父達の元へと誘導する、監視者のようでもあった。


 聖堂前で足を止めると、焦げ茶色の厚い木の扉がゆっくりと空いた。


 中に僧侶の整列は続いておらず、奥の祭壇に諸教父らが待ち構えていた。


 扉が閉まるのを待ってから、私とサフィアは祭壇へと歩を進めた。



『思えば、哀れな子であった』



 祭壇の上に横たえられたレヴィの手を組ませた、保守派の長老の第一声がそれだった。



『いえ、これほど幸せのうちにあった御子もいません』



 革新派の若年寄が、まるで感情の読めない笑みを浮かべる。



『自己の魂の歪さに苦しみ、遂には懊悩に勝てなかったか……』

『決して褒められた事ではないが、この者が侵した罪もまた、リディアの新たな一歩となろう』

『死して罪は償われた。女神よ、この者に安らかなる眠りを』



 私にレヴィを殺せと私に命じた教父達が、神妙な顔で哀れみの言葉を口にする。


 レヴィは目を瞑って笑っていた。


 穏やかで、健やかな表情だった。



「ん、ふふふふ……」



 粛々とした空気が満ちる中、私は一人笑った。



『ステラ神官長?』



 諸教父の一人が、訝しげに私を見る。



「流石は慈悲の女神を崇める、聖ライアリス教の教父にあらせられる方々」



 私は横髪を掬って一同を睨んだ。



『なんじゃ……?』

「甘い」

『何、甘いと?』



 数人の教父が、私に訝しげな目を向ける。



「彼は大結界に不正接続をし、崩壊の術式反動でリディアを壊滅させようとした。溜まった瘴気を使ってエルグラドの災厄まで召喚したのですよ?」

双頭の竜ツインヘッド・ドラゴンだったそうじゃな? 先ほど、王都正規軍から討伐を終えたと言う知らせを受けた』

「だから?」



 私は懐から杖を取り出して、宝玉の先から鎖を飛び出させた。



『お主……』

『し、死人に鞭打とうと言うのか……!?』



 教父らがぎょっとなった。



「私は大聖堂における戒律の番人、不正術士及び戒律に背く教の僧侶を裁く、一切の権限を与えられています。戒律に基づいた刑の執行においては、教での身分僧位の制限を受けない」



 今の私は、頭を、体を、赤黒い感情が這いずり回っている。


 文句なんか言わせない。


 「彼を殺せ」と命じられて、私はそれに従った。


 あたしはそれをしてみせた。



 何人たりとも、邪魔はさせない――



『……』



 誰一人、言葉を発する者はいなかった。


 教でも賢者の域にある人間らが目を剥く様は、痛快なものがった。


 ひめゆりが首をもたげて口元を緩める私に、諸教父らがおぞましいモノでも見るかのような目つきをする。



「刑を執行してもよろしいですか?」



 私の最終確認に、教父らが目で会話をし、やがて視線を中心の二人に向けた。


 レヴィの亡骸の前に立つ、保守派の長老と革新派の若年寄だ。



『『ふ、ふ、ふ……』』



 二人は声を揃えて失笑した。


 諸教父の中でも唯一この二人だけは、私の発言に驚きも蔑みも見せず、感情の消え失せた、ガラス玉のような目で私を見据えていた。



「なにか?」



 私は問わざるを得ない。


 上位にあるものには従う――それが監察神官長と言う肩書きを与えられた、私がして見せなければならない「ごっこ」だからだ。



『そうまでして誠実であろうとするか、修道女』

『そうまでして偽りますか、花の香りのする娘』



 それぞれは言葉が逆転していても、言わんとしている所は結局同じだ。


 この二人は、私のことも、私のなかのあたしまでもを見抜いている。



 お望み通り、見せてやる――



 ひめゆりが、私の魔力を濃くして乱した。


 コインの鎖が魔法銀(ミスリル)の鞭へと変わる。



「答えは?」



 あたしは半眼の瞳で、鞭をびぃんと張って見せた。



『『ふ、ふ、ふ……』』



 尚も笑う二人の様子に、他の諸教父達が僅かにどよめく。



『全ては戒律で決まっていること』

『気の済むようになさって下さい』



 長老が白ひげをしごき、若年寄が微笑んでそう答えた。



「――では」



 私は教父らに微笑み返して、懐に手を差し入れた。


 取り出したのは、ボロボロになってしまった一冊のノート。


 ページを捲ると、ミミズがひったくったような、古文書のような、書きかけの絵画の線のような、自由気ままま字が現れる。



 いつ見ても汚い字――



 ページの端を織り込んだ場所でノートを広げ、レヴィの体の上に乗せる。



『……?』



 諸教父らが、訝しげな顔をする。


 長老と若年寄だけが、やはり泰然とした様子で立っていた。


 私は魔法銀の鞭を剣に変えて、静かに目を瞑った。



 ――すぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!



 呼吸が整い、魔力の質が高まる。


 体に漲っているのは、レヴィの魔力。

 彼から奪い取った、あたしの魔力――


 魔法銀の剣で、彼の体を上をなでるように行き来させる。

 手に握られているのはレヴィが考えた法具、彼から貰った私の法具――


 何度となく読み返し、何度となく頭に叩き込んだ理論がある。

 頭に溢れているののはレヴィの呪文、彼から学んだ彼の呪文――



「……」



 チラリと目を開ける。


 レヴィはやはり死んでいる。


 微笑みながら、泣きながら、眠るように死んでいる。


 健やかな、穏やかな彼の死に顔が、絶望の誘惑をする。



 恐い――



 呪文を口にする気力を、根こそぎ奪おうとする。



 怖しい――



 それでも、赤黒い感情が、絶望の誘惑を断ち切った。



 レヴィ、これ(・・)はこう使うものなのよ――



 彼は最後まで思い出すことが出来なかった。


 彼は最後まで忘れたままだった。



「生あるまでに為せし善は、魂となって天上へと上る。死せるまでに犯せし悪は、魄となって地に上る」



 レヴィの体が魔力の光に包まれ始める。



「空ろになりし器に問う、生者であったものに問う、汝に問う……」


『一体なにをしようと言うのじゃ――』

『術式なれば、いかなるものか説明せよ!』



 諸教父達が口々に騒ぎ出す。



「黙っていろ」



 今にも爆発しそうな剣呑な魔力を発揮して、サフィアが教父を黙らせた。


 五年前の実験の真相を知るのは、教の中でも、私とサフィアだけだ。


 教では、レヴィ・チャニングが自身の中枢にメスを入れる実験によって、昏睡状態になったとされている。



 違う――



 私とサフィアは、本当の事を教に告げてはいない。


 上層部ですら、ことの真相は知らない。



『『ふ、ふ、ふ……』』



 それでも、失笑する長老と若年寄には、お見通しなのだろう。



 知ったことか――



「鬼神に別れし魂魄に問う、汝はたれそ、たれそかれ、汝はかれそ、かはたれそ……」



 レヴィ――



「汝、死を侮るなかれ」



 あたし貴方あんたを、赦さない――


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