幕間「真相」
まだ、終わってない――
サフィアが学び舎に開けた大穴から外に出て、私たちは中庭を横切って裏門へと進んだ。
学び舎は大聖堂の北西にあって、裏門をくぐればそのまま大聖堂の横へと出られる。
裏門の外には修道神官らが左右に整列し、大聖堂までの道を作っていた。
「……」
無人の野を進む体の私たちに、並み居る僧侶達が手を握り合わせていく。中には部下である監察神官も入り混じっていた。
敷地を進み、大聖堂の中に入っても祈りのアーチはまだ続いた。
それは任務を成し遂げた私に対する礼であり、脇道をそれないように教父達の元へと誘導する、監視者のようでもあった。
聖堂前で足を止めると、焦げ茶色の厚い木の扉がゆっくりと空いた。
中に僧侶の整列は続いておらず、奥の祭壇に諸教父らが待ち構えていた。
扉が閉まるのを待ってから、私とサフィアは祭壇へと歩を進めた。
『思えば、哀れな子であった』
祭壇の上に横たえられたレヴィの手を組ませた、保守派の長老の第一声がそれだった。
『いえ、これほど幸せのうちにあった御子もいません』
革新派の若年寄が、まるで感情の読めない笑みを浮かべる。
『自己の魂の歪さに苦しみ、遂には懊悩に勝てなかったか……』
『決して褒められた事ではないが、この者が侵した罪もまた、リディアの新たな一歩となろう』
『死して罪は償われた。女神よ、この者に安らかなる眠りを』
私にレヴィを殺せと私に命じた教父達が、神妙な顔で哀れみの言葉を口にする。
レヴィは目を瞑って笑っていた。
穏やかで、健やかな表情だった。
「ん、ふふふふ……」
粛々とした空気が満ちる中、私は一人笑った。
『ステラ神官長?』
諸教父の一人が、訝しげに私を見る。
「流石は慈悲の女神を崇める、聖ライアリス教の教父にあらせられる方々」
私は横髪を掬って一同を睨んだ。
『なんじゃ……?』
「甘い」
『何、甘いと?』
数人の教父が、私に訝しげな目を向ける。
「彼は大結界に不正接続をし、崩壊の術式反動でリディアを壊滅させようとした。溜まった瘴気を使ってエルグラドの災厄まで召喚したのですよ?」
『双頭の竜だったそうじゃな? 先ほど、王都正規軍から討伐を終えたと言う知らせを受けた』
「だから?」
私は懐から杖を取り出して、宝玉の先から鎖を飛び出させた。
『お主……』
『し、死人に鞭打とうと言うのか……!?』
教父らがぎょっとなった。
「私は大聖堂における戒律の番人、不正術士及び戒律に背く教の僧侶を裁く、一切の権限を与えられています。戒律に基づいた刑の執行においては、教での身分僧位の制限を受けない」
今の私は、頭を、体を、赤黒い感情が這いずり回っている。
文句なんか言わせない。
「彼を殺せ」と命じられて、私はそれに従った。
あたしはそれをしてみせた。
何人たりとも、邪魔はさせない――
『……』
誰一人、言葉を発する者はいなかった。
教でも賢者の域にある人間らが目を剥く様は、痛快なものがった。
ひめゆりが首をもたげて口元を緩める私に、諸教父らがおぞましいモノでも見るかのような目つきをする。
「刑を執行してもよろしいですか?」
私の最終確認に、教父らが目で会話をし、やがて視線を中心の二人に向けた。
レヴィの亡骸の前に立つ、保守派の長老と革新派の若年寄だ。
『『ふ、ふ、ふ……』』
二人は声を揃えて失笑した。
諸教父の中でも唯一この二人だけは、私の発言に驚きも蔑みも見せず、感情の消え失せた、ガラス玉のような目で私を見据えていた。
「なにか?」
私は問わざるを得ない。
上位にあるものには従う――それが監察神官長と言う肩書きを与えられた、私がして見せなければならない「ごっこ」だからだ。
『そうまでして誠実であろうとするか、修道女』
『そうまでして偽りますか、花の香りのする娘』
それぞれは言葉が逆転していても、言わんとしている所は結局同じだ。
この二人は、私のことも、私のなかのあたしまでもを見抜いている。
お望み通り、見せてやる――
ひめゆりが、私の魔力を濃くして乱した。
コインの鎖が魔法銀の鞭へと変わる。
「答えは?」
あたしは半眼の瞳で、鞭をびぃんと張って見せた。
『『ふ、ふ、ふ……』』
尚も笑う二人の様子に、他の諸教父達が僅かにどよめく。
『全ては戒律で決まっていること』
『気の済むようになさって下さい』
長老が白ひげをしごき、若年寄が微笑んでそう答えた。
「――では」
私は教父らに微笑み返して、懐に手を差し入れた。
取り出したのは、ボロボロになってしまった一冊のノート。
ページを捲ると、ミミズがひったくったような、古文書のような、書きかけの絵画の線のような、自由気ままま字が現れる。
いつ見ても汚い字――
ページの端を織り込んだ場所でノートを広げ、レヴィの体の上に乗せる。
『……?』
諸教父らが、訝しげな顔をする。
長老と若年寄だけが、やはり泰然とした様子で立っていた。
私は魔法銀の鞭を剣に変えて、静かに目を瞑った。
――すぅぅぅぅぅぅぅ……ッ!
呼吸が整い、魔力の質が高まる。
体に漲っているのは、レヴィの魔力。
彼から奪い取った、あたしの魔力――
魔法銀の剣で、彼の体を上をなでるように行き来させる。
手に握られているのはレヴィが考えた法具、彼から貰った私の法具――
何度となく読み返し、何度となく頭に叩き込んだ理論がある。
頭に溢れているののはレヴィの呪文、彼から学んだ彼の呪文――
「……」
チラリと目を開ける。
レヴィはやはり死んでいる。
微笑みながら、泣きながら、眠るように死んでいる。
健やかな、穏やかな彼の死に顔が、絶望の誘惑をする。
恐い――
呪文を口にする気力を、根こそぎ奪おうとする。
怖しい――
それでも、赤黒い感情が、絶望の誘惑を断ち切った。
レヴィ、これはこう使うものなのよ――
彼は最後まで思い出すことが出来なかった。
彼は最後まで忘れたままだった。
「生あるまでに為せし善は、魂となって天上へと上る。死せるまでに犯せし悪は、魄となって地に上る」
レヴィの体が魔力の光に包まれ始める。
「空ろになりし器に問う、生者であったものに問う、汝に問う……」
『一体なにをしようと言うのじゃ――』
『術式なれば、いかなるものか説明せよ!』
諸教父達が口々に騒ぎ出す。
「黙っていろ」
今にも爆発しそうな剣呑な魔力を発揮して、サフィアが教父を黙らせた。
五年前の実験の真相を知るのは、教の中でも、私とサフィアだけだ。
教では、レヴィ・チャニングが自身の中枢にメスを入れる実験によって、昏睡状態になったとされている。
違う――
私とサフィアは、本当の事を教に告げてはいない。
上層部ですら、ことの真相は知らない。
『『ふ、ふ、ふ……』』
それでも、失笑する長老と若年寄には、お見通しなのだろう。
知ったことか――
「鬼神に別れし魂魄に問う、汝はたれそ、たれそかれ、汝はかれそ、かはたれそ……」
レヴィ――
「汝、死を侮るなかれ」
私は貴方を、赦さない――




