幕間「錠」
「レヴィ、ダメだよ……」
「どうして? サフィアは今日ここに来ないよ」
「でも、部室でこんな――」
「じゃあ何処でする? 運河に出ようか? それとも戦勝記念公園?」
椅子に座ったあたしにまたがって、彼は子供の様に笑った。
「……」
目を伏せる私の腕を押さえて、彼が顔を近づけてくる。
あたしは咄嗟に首を逸らして、彼のキスを拒んだ。
「うふっ」
彼はそのまま頬を擦り合わせて、あたしの耳元で笑った。
「……ッ」
背筋を悪寒に似たものが奔り、それは悪寒ではないけど、それでもある種の嫌悪感を抱かせた。
「レヴィ、いや」
言っては見るものの、彼に抑えられた自分の腕は反抗する意思を示さない。
「大事な事なんだ。ちゃんと魔力を受け入れて」
「……ッ」
甘く囁く彼の吐息に耳元をくすぐられ、また背筋が震える。
「それだけでいいんだ。それ以上は、何もしないと約束するから」
頭の奥の奥まで届く、聖歌隊のボーイソプラノのような声。
彼が更に体を密着させて、一瞬、強烈な魔力を発揮した。
魔力をあたしの身体に吐き出した。
「レ、ヴィ――」
彼の魔力があたしの中を奔放に駆け回る。
「ん、う……ッ」
幼い面立ち、小さな体からは想像もつかない猛々しい魔力が、あたしの中枢に入り込んで溶け込んでいく。
背筋に電撃のような衝撃が奔り、胸が、魂の芯から熱くなる。
魔力が増して意識が高揚する。
「魔力の理解にまだロスがある。送り込んだ半分しかモノに出来なかっただろ?」
「だっ、て……!」
鼓動が早まって体温が上がっていく。
魔力を安定させようにも、取り込んだ彼の魔力が中枢で暴れに暴れて抑え込めない。
「もっと体を通さないとね」
彼が卑猥に口元を緩めた。
「ちょっとま――」
言いかけたあたしの口をレヴィが唇でふさぐ。
濃い魔力の奔流が、中枢に直接雪崩込んできた。
「んむ、ふ――ッ!?」
全身を電気に似たものが奔り、体の力が抜けていく。
目を見開いて胸を仰け反らせるあたしを抑えて、彼が無理矢理に魔力の発揮を維持し続けた。
「ん、んんんん――ッ」
中枢が活性化し、腰の辺から脳天に駆けて、熱いものが突き抜ける。
それは確かに快感と呼べるもので、快感かどうかすら定かではないほどの激しい衝撃で、体の力と考える力を乱暴に奪い去っていく。
熱い――
頭が真っ白になりかけた瞬間、あたしの中でそれは爆発した。
「――ッ!」
体と思考が一瞬だけ力を取り戻し、あたしは彼を突き飛ばした。
快感と共に等しく感じていたもの。どうしてもぬぐい去れなかった、快感とは程遠い、いっそ対局に位置する感覚、
嫌悪感――
「むあッ!?」
彼がすぐ後ろのテーブルに背をぶつけて、あたしの胸に跳ね返ってきた。
「……」
あたしは息を乱しながら、背もたれに身を預けた。
額には汗が浮かび、潤んだ目からは涙が溢れ落ちそうだった。
「ちょっと、無理しすぎたかい?」
彼があたしを頬を触って、屈託のない笑みを浮かべる。
「……」
あたしは身を震わせて、彼の目を見返した。
「君がそういう顔をするから、つい意地悪をしたくなる」
口元が、卑猥に歪む。
「誘わないでくれ」
「そんな顔、してない」
あたしは身を震わせながら、気の抜けた声でそう答えた。
「いずれは僕の魔力を全部飲み込めるぐらいになってもらわないと」
彼がクスクスと笑った。
「いつまでたっても次のステップに進めないよ」
「……」
次のステップという言葉に、あたしはまた背筋を震わせた。
こんどは快感とは明確に区別が出来た。
明らかに嫌悪感だった。
こんなの、だめだよ――
「君のそんな姿を何度も見られると言うのだから、僕に損はないけどね」
「……」
あたしは彼から目を逸らして、呼吸を整えた。
消化しきれない彼の魔力が体中を駆け巡り続けていて、快感がする痺れがいつまでたっても抜けない。
最近の彼は、時間があれば、状況が許せばいつもこうだ。
毎日毎日、あたしは彼の魔力を受けて、取り込む訓練をさせられている。
彼は口元を卑猥に緩めて、日々あたしに与えようとする。
与えることを餌に、あたしを貪ろうとする。
「僕自身の欲求でもあることを否定はしないけど、それでもこれは必要な事だよ?」
「……」
必要な事だ、大事な事だと彼は繰り返して言う。
その理屈は、あたしにだって理解できる。
協力すると、一度は覚悟を決めた。
あたしにだって興味はある。
でも、それでも――
「休憩の間、髪を触らせて貰ってもいい?」
「……うん」
あたしは断るに断りきれずに、ぼんやりと頷いた。
「君とこうしていられるのなら、研究も修行も、全部投げ出したっていい」
「……」
これで、いいのかな――
最近、あたしは、ずっと考えている。
いいわけない――
レヴィと過ごすこんな毎日が、果たして正しいのか、間違っているのかを考え続けている。
止めなければ、彼は無邪気に、考えも無しに、先へ先へと進めようとする。
自分の欲求のままに、手に入れようとしてしまう。
望んだ物を手に入れれば、きっと彼は――
「君の髪は、いつも綺麗だね」
優しい手つきの愛撫を受けて、魔力の余韻に浸る体に、また震えが起こる。
「君の他に、僕は何も欲しない」
「……」
快感を意識すればするほど、あたしの中で嫌悪感は増していった。
嫌悪感とはつまり、ストレスだ――




