68.「大した人間」
(誰がなんと言おうがこれァ油断じゃねえ。
俺の膝はガクガクで、体に全く力に入らない状態だった。
魔力がギンギンっつても風が集まらねえんじゃ話にならねえ。
いや違げえからな、言い訳とかそう言うんじゃねえからな?
これ状況説明――
謎のタキシードボインは予備動作が少ねえ上に、とことん自然と来てやがる。
クタクタの俺を見て「人工呼吸しなくっちゃ」と取り乱したに違いねえ。
自然に取り乱したってワケだ。
だもんだから仕方なく、俺もマウス・トゥー・マウスを受けてやったってえ話だ)
「ウィル、冷静、なの? 錯乱、してるの……?」
アリオスが苦痛に顔を歪めつつ、頬を赤く染め、尺の長い俺の伝心に突っ込んだ。
「冷静に錯乱しとるようだな」
レイハが顎をしごきながら、こっちを眺めている。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
都はずっと揺れっぱなしだ。
女のボインも揺れっぱなしだ。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
俺は言葉にならない声で無事をだってことをアピールした。
「んふっ」
女は気づく様子もなく、途中息をつきながらも必死になって人工呼吸を続けた。
断じてそう言う方向で。
『グゥルルルルル……』
つか、なんで竜まで黙ってこっち見てんだよ。
そこ、ボサッとしてないで禁呪だよ禁呪、
いまだ勝機だ火を放て、
頼むから俺ごとこの女を燃やし尽くせぇぇえええええ――
俺の必死のアイコンタクトにも、双頭の竜は首を捻って様子を見守るだけだった。
んだよ畜生、爬虫類のこん畜生!
そんなことをぐだぐだ考えてる最中、悩ましげに眉を顰めた女の顔の奥、都の上空の中心に、強烈な光が生じた。
そうだお前だ結界の! 吹き飛ばせ大陸の秩序、全てを無かった事にしてしまえ――
――ポゥッ
ま抜けた音と同時に光が弾け、空に筋を走らせていた結界の中心に小さな穴が空いた。
「むぁん……?」
俺はやわっこい唇を押し付けられたまま、訝しげに首を捻った。
「……んむ」
女が紫艶の瞳を細く見開いて、ようやくマウス・トゥー・マウスを止めた。
結界は相変わらずビッカビカに光ってんだが、大地の鳴動はピタリと治まった。
「崩壊は――崩壊はどうしたァああああああ!?」
俺は空に向かって吼えた。
「おや、最後と言うわけでもなかったな」
女がパッと腕を開く。
「む、お――ッ!?」
俺はそのまま崩れ落ちて尻を地面に打ち付けた。
「あ、りゃ……?」
立ち上がろうにも足腰が言う事を聞かない。
漲っていた魔力が消え失せ、変わりに強烈な眠気が舞い戻ってきた。
「――と言うわけだ。残念ながらラブコメでもない」
女は胸の谷間から抜き出した煙草を咥えて、オイルライターで火を付けた。
「はなっから、ラブコメじゃ、ねえ……!」
強烈な睡魔に襲われながら、頭を振って女を睨んだ。
「『何をした?』とでも、言いたげな顔だな」
「……」
黙る俺に、女が煙草を吹かせて笑う。
「キミの体に魔力を与えて中枢を治療した」
「な、にィ……?」
「キミは魔力が枯渇した状態で、中枢から無理に魔力を引き出そうとした。そのせいで中枢に火がついたんだな。あのままだと魂が燃え尽きる」
「くそ、ったれ……!」
確かに、何かがバラバラになっちまう妙な感覚がすっかり消えている。
体が重い。
全力で眠い。
身心共にかったるい。
火が入ったところを、余計な事しくさりやがって――
「ぬ、がァ、あああ――」
無理矢理立とうとしても、膝が爆笑して体が地面を転がる。
「魔力が枯渇してるんだ。立てない立てない」
女がからかうように俺を見下ろした。
「ごちゃごちゃ、上から理屈垂れてんじゃ、ねえぞ……!」
「ふむ、じゃあ訂正しよう」
女は俺の前にしゃがみこんで、口元を緩めた。
「男をダメにする魔法を使ったんだ」
「治療じゃ仕方がねえな。何もかも、読み通りのことさ……」
俺は顔の前に手を翳してニヒルに笑った。
(変わり身はやッ!?)
地面にうつ伏せになったアリオスが伝心で言う。
(変わり身ィ? 俺ァはじめっから人工呼吸だって言ってたもんね! 魔力を呼吸に見立てた置き換え表現だもんね!)
(子供かよ……)
泣き虫小僧に言われたかねえぞ。
「アリオス、結界はどうなっている」
上体を起こしたレイハが、一人真面目な顔で言った。
「竜の様子が、妙だ――」
レイハの呟きにハッなり、俺は背後を振り返った。
『グ、ギウゥゥ……』
俺の剣を胸に生やしたままの竜が、魔力を乱してジリジリと後退し始めている。
「え……? なんだ、これ……ええ!?」
苦痛に顔を歪めながらも、アリオスが地面から体を起こした。
「こ、壊れてる……!」
空を見上げて、アリオスがポツリとそう言った。
「崩壊は免れ無かったのか? 術式反動とやらはどうした?」
「え、えと――う、ぐ……ッ!」
何かを喋りかけて、アリオスが胸を押さえて苦痛に蹲った。
折れた肋骨が痛むんだろう。
女が溜息をついてアリオスに手を翳した。
「結ぶ祈り、汝を癒さん、治療」
ハスキーな声が響き渡って、アリオスの体がほんのり光に包まれた。
「治療が使えるんですか……?」
肋骨がくっついたのか、アリオスがすんなりと言葉を吐いた。
「ほんの真似事だ。特に大聖堂に申請はしていない」
女は両手を顔の横に挙げておどけた。
「アリオス、結界は?」
レイハがすぐさま話を戻す。
「――あ、はい。穴が開いて、完全に壊れてます」
アリオスが空を見上げて緋色の目を細めた。
「でも、それだけで崩壊の気配がない……」
「壊れているならば、光が消えてないのはなぜだ」
レイハが言うとおり、中心に穴が空いた結界は、未だに青く網目を輝かせている。
「過剰に溜め込んでた魔力の圧力で、いくつかの術式が暴走してるんです。穴から外に瘴気を排出しつつ、霊的秩序が最大限に高められてる……!」
アリオスが感心したように空を見上げた。
「するってえと何か……? リディアは吹っ飛ばねえっての?」
俺は寝ちまいそうになりながら、やる気のない目で聞いた。
「壊れた状態で、完全に安定してるよ。多分これ以上は何も――」
「起きねえの? 全部吹き飛んだりしねえの?」
「ああ……! これなら都中の瘴気を浄化排出出来きる! 神官長だ! 神官長がやったんだ!」
アリオスがパッと笑顔になって言った。
「――ざッけんな!」
俺は頭を抱えて地面に額を打ち付けた。
「あああああああッ! もういいから全部吹っ飛べよ! 都とは大陸の秩序とかどうでもいいよ! 消えて無くなれ弾けて混ざれ!」
「な、なんで?」
アリオスの声。
「ふッ、変わらんなあ――」
笑うレイハ。
「あああああ、もう、ああああああ……!」
俺は土下座ポーズで額を地面にゴリゴリ擦り付けた。
「どうしたんだよ……」
「猫の性癖、だな」
戸惑いがちに言うアリオスに、レイハは愉快そうに笑って答えた。
「猫は情事を他人に知られる事を嫌う。人前で接吻しようなど、都を秤にかけても足りぬ恥であろう」
「うっせえ! 人工呼吸だっつってんだろうがッ!」
なんだ接吻って。
団長古い官能小説の読みすぎじゃね?
「もしかして、初めてだった……とか?」
アリオスの質問に、俺はゆっくりと顔を上げた。
「 殺 す ぞ ? 」
「今日一番の殺気!?」
アリオスがビクリと体を強ばらせた。
「可愛いなあ」
女が髪をかき揚げながら笑う。
「……」
俺は一度女に目をやって、起きてしまったマウス・トゥー・マウスをフラッシュバックさせ、頭を抱えた。
別に男と女の唇と唇がくっつく事ぐらい俺だってワケねえよ?
んなこってどうにかなっちゃうほど若かねえよ?
そんでも女に良いようにされたとかさ、俺に隙があったとかさ、
あまつさえ他人に見られたとかさ、言ってしまえばそれって弱みじゃん?
俺の弱さ人に目撃されたってことじゃん?
つまり俺が大っ嫌いな不甲斐ない自分ってやつじゃん?
ダメじゃん?
恥じゃん?
都滅べじゃん!
「強敵よォォォォォォォォオ!」
俺は眠い中必死に意識を保って竜を振り返った。
この溜まりに溜まったフラストレーションを解消してくれるのはヤツしかいない。
激闘を繰り広げ、しのぎを削って俺の体に穴開けたヤツしか居ない。
『キュゥゥゥゥン……』
エルグラドの災厄は、ボロボロの体を縮めて哀愁漂う鳴き声を上げた。
「……どうした? ポンポン痛い?」
俺は強敵の見せる弱々しい姿に涙がちょちょぎれそうになった。
双頭の竜とは名前ばかり、すでに首は一本だし、翼はズタズタだし尻尾切れて短いし、全身傷だらけて挙句の果てに胸に剣が突き刺さっている。
なんて痛ましい姿に――
やったなァ俺たちだが、相手はエルグラドの災厄だ。
土壇場で禁呪十連発するぐれえの気概を見せて欲しかった。
「結界の浄化効果が利いてるんだ。これなら……!」
アリオスがクレイモアを杖にして立ち上がった。
多少は回復してるようだが、体力魔力共にボロボロなのは余り変わってない。
「うむ」
レイハが頷いて女に顔を向けた。
「どなたかは存ぜぬが、ウィルとは顔見知りの様子。済まぬが俺にも治療を掛けて貰えないか?」
「俺も、出来ればもう一回……」
アリオスがはにかんで笑う。
「お断りだね」
女は紫煙を吐いて断った。
「む……?」
「え……?」
呆ける二人。
「すまないな。意地悪をするつもりもないんだが、キミらを回復させてしまうとこっちの依頼が果たせない」
「依頼、だァ……?」
俺は眉を顰めて女を見上げた。
『総員、構えぇぇぇ!』
突如、広場に厳然とした声が響き渡った。
「「な!?」」
アリオスとレイハが声を揃える。
『てぇぇぇぇぇぇぇいッ!』
――ドドドドドドドドッ!
怒声が轟き、銀の土砂降りが竜の巨体に降りかかった。
『!? !? !? !?』
弱りきって居た双頭の竜が、声も上げずに身を縮める。
ボロボロの竜の体に突き立った、何本もの銀色の槍――
「赤布を凝らしたシャベリン!? これはッ!?」
レイハがハッとなって背後を振り返る。
「王都正規軍の槍騎士隊!」
議事堂前の四方を囲む建物の上に、投槍を手に持った騎士がゾロゾロと姿を現わした。
「部隊の指揮を投げ出して前線に赴くとは、些か将としての自覚が足りんのではないか? レイハ・シレン騎士団長」
議事堂の屋根に居並ぶ騎士達の隊列を割って、濃紺のマントに身を包んだ偉丈夫が歩み出る。
短く刈り込まれた銀の髪に緋色の瞳、右目をまたいで頬にまで刻まれた向こう傷、眉間に皺の寄る厳しい面立ち――
「ら、ランディス将軍!?」
「お、親父――!?」
レイハとアリオスが素っ頓狂な声を上げた。
「応」
アリオスの親父、王都の騎士団の軍部全てを総括する将軍、ランディス・ウォークが議事堂上から俺たちを見下ろした。
「――そういえばおったな。どこぞの貴族にたぶらかされて、良いように振り回される愚息が」
「ぐ、愚息ッ!?」
アリオスが目を怒らせてランディスを睨みあげる。
「だぶらかすとは酷い言いがかりだな」
ランディス・ウォークの背後から、身奇麗な貴族服の中年が現れた。
「アリオスは修道騎士の称号を与えられた大聖堂の英雄。リディアを思う同志として助力を願ったまでのこと」
「まままま――マンフ、マンフレッドさん!?」
親父への怒りをすっかり散らし、アリオスが緋色の目を丸くする。
「レアード卿が戦場に!?」
リディア王と直接言葉を交わす参議の要職にあるマンフレッド・レアードの姿に、レイハがランディスの登場以上に泡をくった。
「アリオス、それからレイハ騎士団長殿、エルグラドの災厄を相手に、良くぞここまで持ちこたえてくれた」
マンフレッドが柔和に笑って手を上げた。
――ザッ
建物の上に居並んだ騎士らの間に、ボウガンを構えた男女が姿を現わした。
それぞれ防具服装がバラバラだが、全員が紺の布を額か腕に巻いている。
「これは――」
レイハが忙しなく辺りに首を巡らせた。
「レアード卿が農園に抱える冒険者」
煙草を吹かしてタキシードボインが言う。
「冒険者の私兵だとッ!?」
レイハが唸る。
「いやいや――」
マンフレッドが柔和に微笑む。
「どうも武官の方々は言葉が物騒だ。彼らは都の危機を知り、善意で協力してくれた有志の者。頼もしき協力者と言ったところ」
「かっ――」
ランディスが吐き捨てるように笑った。
「良く言う。半人前の浅智恵を囮に、まんまと我らの目を謀りおって」
「半人前!? 囮!?」
アリオスが自分の親父である将軍と、叔父と慕う参議にそれぞれ叫ぶ。
「ふん……!」
ランディスがアリオスを冷ややかに見下ろした。
「この狸はな、魔導士らに妙な動きをさせておいて、密かに冒険者隊の編成を農園で進めていたのだ。今のリディアに冒険者を引き入れようなど、いっそ謀反に近いと言うに」
「そう穿ったものの見方をされてはたまらないな。アリオスの提案とて理にかなっていた」
毒づくランディスに、マンフレッドはあくまでも柔らかい物腰で応じた。
「――だが私は、冒険者の力も必要不可欠だと考えていた。どちらにも、等しく尽力をした結果、こうなったというだけのこと」
落ち着きある、確かに響く声だった。
「ええ……? つまり、どういうこと? ええ……?」
アリオスが頭を抱えて混乱する。
「だーから言ったろうが? 議会参議サマの底は、それほど浅かねえって」
俺は肩を竦めて言ってやった。
世間じゃ、逆賊ケインと冒険者のアイリアがマンフレッドの別邸を燃やしたって事になってる。
その燃えた別邸の修復も終わらねえうちに、冒険者らしいタキシードボインが邸宅の警備に雇われていた。
冒険者絡みで何か企んでるってな、想像に難くねえ。
「……で? お前さんの依頼ってのは?」
俺は目を擦って件のタキシードボインに聞いた。
ごちゃごちゃお偉いさんどもが話してるせいで、いい加減眠気がクライマックスだ。
「私は冒険者隊の斥候。依頼されてるのは、キミたちの退路の確保だな」
「なに、退路だと?」
レイハが濃い眉を片方上げた。
「魔盗改めのターンはここまでってこと。あとは正規軍と冒険者の混合部隊がこの場を独占したいんだそうだ」
女が煙草を吹かして笑う。
「王都の防衛拠点各所の安全は確保した! 交戦中の三名は直ちに戦線を離脱されたし!」
ランディスが威厳ある声で号を飛ばした。
「今更出てきていいとこ取りかよ!?」
忠犬が親に向かって大いに吼える。
「指揮系統の乱れた魔盗改めの鎮静に手間取らなければ、もう少し到着も早かったのだがな」
ランディスはアリオスの遠吠えをサラリと躱して、カウンターの一言をレイハにくれた。
「う、む……」
レイハが唸って目を伏せる。
「アリオス、例え退こうとも、エルグラドの災厄と渡り合った君達の功績に変わりはない。ならばここに集結した正規軍と冒険者にも、活躍の場を与えってやってはくれないか?」
マンフレッドが諭すようにアリオスに言う。
「う、ぐ……」
アリオスも、レイハと同じく唸って目を伏せる。
親父が率いる正規軍、冒険者らの善意を盾に取られたとあっちゃ、忠犬に返せる文句はねえ。
「大した人間に囲まれて育ってんな……お前さん」
俺は肩を竦めてアリオスに言ってやった。
「これが大人ってことかよ?」
アリオスが不貞腐れた様子で俺を睨む。
「さァなァ……」
大人と子供の境なんてな、ぶっちゃけ俺にもようわからん。
んなもん、人が勝手に決めりゃあいい――
「少なくとも、欲しいもんのために駄々こねようとするヤツよりは、大人なんじゃねえの?」
「……」
アリオスがぐっと唇を噛んだ。
「立ち去らんと言うのならそれでもかまわん。エルグラドの災厄共々、槍に貫かれるだけのこと――総員、構え!」
ランディスの号令を受けて、騎士らが槍を、冒険者がクロスボウを構える。
「最後に出てきてかっさらうなんて、こんなのズルだろ? ウィルは腹立たないのかよ!」
ランディス、マンフレッド、俺たち、と、アリオスが忙しなく首を巡らせて呻いた。
「もう良いじゃねえかよ……」
俺はよったよったと左右に体を揺らしながら苦笑った。
視界の端で、衰弱した竜が首を巡らせて辺りを伺っている。
「弱った竜虐めて、どうするってんだ」
一方的な戦いなんざ、楽しくも何ともねえ――
「後のこたァ任せようぜ……俺、いい加減、寝落ち、しそ……」
体が支えきれなくなって倒れ込む寸前、俺の顔面は柔らかい何かにぶつかって事なきを得た。
「眠り猫ゲット」
幸運の犬のボインだった。
「ふざ、けろ……」
とは言うものの、やわっこくてあったかい胸の感触が商会のソファーみてえな具合の良さで、もう突っぱねるだけの気力もねえ。
「援軍が間に合ったのなら何より。ウィルばかりではない、俺も君ももう戦えまい」
「……」
レイハの言葉に、アリオスは少し間を置いてから頷いた。
「王都正規軍集団戦法、投槍衾!」
――おおッ!
ランディスが大喝し、騎士と冒険者らの気合が地を揺らす。
「てぇぇぇぇぇぇえぃ!」
――ドドドドドドドドッ!
クレーター化した広場に、銀の槍と矢が一斉に降り注いだ。
「うわわッ! まだ退避してないよ!」
レイハに肩を貸したアリオスがよたついて喚く。
「走れ走れ走れ!」
怪我人のレイハが、いっそアリオスを引きずる勢いで駆け出した。
「割り球ッ!」
俺を小脇に抱えたタキシードボインが、片手で銀の弾丸を頭上に放つ。
――ギギギギギギンッ
魔法銀の弾丸が槍と矢の間を走って軌道を逸した。
「軍の攻撃は気にするな! 真っ直ぐ走れ!」
走りながらも射撃は正確で、一発もミスが出ない。
「化け、もん、か……?」
「当てるのだけは得意でね」
あまつさえ、俺に笑いかける余裕すらある。
「みんな! こっちこっち!」
クレーターを上りきると、建物の隙間からアヤがひょっこり首を出した。
銀が降り注ぐ広場から路地に飛び込んで、俺たちはようやく溜飲を下げた。
「なんでえアヤ、逃げてなかったのかよ……」
俺はタキシードボインから身を離して、建物の壁に身を預けた。
「あったり前よぅ。みんなを置いて逃げるワケないじゃない」
アヤが腰に手を当てて胸を張る。
「へッ……」
戦闘は苦手だなんだ言いながら、オーガ一匹から逃げ回っていた子虎も、随分成長したもんだ。
「正規軍が間に合ったようですな」
路地の奥には、壁に寄りかかって座るビートの姿もあった。
「おお、ビート! 無事で何よりだ」
石畳にどっかりあぐらをかいて、レイハが笑う。
「はい、お疲れさま」
新しい煙草に火を付けて、女は気怠げにそう言った。
「何がお疲れさまだ。いっちゃん盛り上がってる所に沸いて出やがって……」
俺は忌々しげに言ってやった。
「登場してからのほうが、盛り上がっただろ」
煙草を持った手を口に当てながら、タキシードボインが目で笑う。
「あの……」
アリオスが女に向き直って首を傾げた。
「貴女は一体、何者なんですか?」
忠犬らしい、率直な質問だった。
「マリア・ライデア。つい最近まで城南のバーテンダーをしていた元冒険者――」
と、名乗りを途中できっておいて、女が煙草を深く吸う。
「ケイン・ルースの姉と言えば、分かりやすいか?」
俺を含めて全員が、唖然となった。




