67.「終末の過ごし方」
――ガギィィィッ
剣が竜の振り下ろす前足を押さえた。
――ガガガガガッ
踏ん張った両足が土をえぐって地を噛む。
「あ……」
「ウィ、ル……」
竜の巨体は、動けなくなった二人の前でなんとか止められた。
が――
「ぐ、く――ッ」
俺自身は、胴体を三本爪に貫かれていた。
「ウィ、ウィル!?」
背後でアリオスが叫ぶ。
竜が串刺しになった俺に狙いを定め、首を後ろに引いた。
「……ッ」
噛み付きか――
俺は剣を地面に捨てた。
「ぶッ……ぐ、お――」
血を吐きながら呼び出した強化コイン。
狙う必要は、ねえ――
投石器のように、躍動する竜の首。
守れねえなら攻撃だ――
迫る竜の顎に手を伸ばす。
「おァあああああッ!」
――ドォォォォォンッ!
風を纏った剛弾が、竜の口に飛び込んで頭を跳ね上げた。
『ガブァァァッ!?』
弾けだ頭に引かれて、竜の体が大きく仰け反る。
俺は俺で、発射反動で後ろに吹き飛んだ。
――ズァッ……
内臓を切り裂きながら爪が抜ける。
増した出血が気道を駆け上がり、喉を圧迫して口から飛び出た。
「――ぶばッ!?」
「ウィ、ル……!」
アリオスが体を引きずって、俺の体に手を当てる。
「む、結ぶ祈り……汝を、癒さん……治療!」
「ふ、く……!」
アリオスの右手が青白い光を放ち、肺に開いた穴が、徐々に修復していく。
「だ、め、だ……これ、が……」
(せい、いっぱ、い……)
アリオスが焦点の定まらない目で、血が出るぐらいに唇を噛んでいた。
「ありがと、よ……アリオス」
俺は体を起こして、口の中の鉄臭いのを唾で丸めた。
「穴さえ塞がりゃ、上々だ」
血痰を吐いて立ち上がる。
「ウィル、ま、て……」
レイハが体の傷を押さえて、身を起こした。
「半死人は寝てやがれ」
俺は閉じかけた視界の中で、肩を竦めて返してやった。
失せていく体力と反比例して、体にゃ魔力が漲っている。
「その、魔力、は……!?」
レイハが琥珀の眼を剥いた。
俺の髪とコートが、魔力の集める風になびいている。
魔力がどっから出てるかなんざ知ったこっちゃねえ。
「覚えとけよ、アリオス――」
俺は途絶えそうな意識の頭を振って、横たわったアリオスを見下ろした。
「なに……なん、だ、よ……!?」
アリオスが声を震わせて俺を見上げる。
『ガァァアアアアアアッ!』
竜が雄叫びを上げて後ろにのけぞっていた首を起こした。
器用に後ろ足二本で立たまま、前足を左右に大きく広げる。
ばっち来い、ってえ感じだな――
俺は口の端を持ち上げて、足を引きずりながら前に出た。
「理屈なんざ、屁のツッパリにも、なりゃしねえんだ……」
誰かが定めた決まりごとなんざ糞っくらえだ。
俺は大陸に生まれ落ちた時から自由だった。
自由を邪魔する奴を憎んだ。
自由を奪うなにかを憎んだ。
でも別に、憎む必要なんてなかった。
どいつもこいつもが自分の都合で生きている。
必死になって、躍起になって生きている。
誰も彼もが生きている――
「人間、生きてる間が人生ってんだ……人生ってなァ――」
頭の中に、とりとめもねえ事が浮かび上がっては消えていく。
「人生ってなァ、やるか、やらねえか……理屈なんざ、必要ねえ」
俺は竜の前に立って、両手に強化コインを呼び出した。
『グゥァ――ッ!』
竜が前足を振る。
両手の風の走者が奔り、竜の腕が左右に弾ける。
体の機能が低下していくのに、魔力が漲っていくのは不思議な感覚だった。
魔力を使う度に、自分の中の何かがガリガリ削られていく。
これまで巡ってきた大陸各国の景色だとか、自分でもよく覚えてたってぐらい古い顔が浮かんでは消えていく。
魔力と引き換えに、俺がバラバラになりつつある――
まだまだやりてえこたァ山ほどある。
もっと欲しいものはいくらでもある。
世界ってなァクソくだらねえゴミの山だ。
世界ってなァ極上の宝物が眠る夢の島だ。
「なら迷う必要もねえ。全部、やれ――」
俺は右で剣を抜いて左の拳に魔力を溜めた。溜めた魔力を風でくるんだ。
『グゥゥゥ……ガァアアアアアアア!』
「おおおおお――」
前足を広げる竜、
踏み込む俺の軸足、
腰が回って肩が風切る、
「らァぁあああッ!」
俺は思いっきり右手の剣を投げつけた。
――ザザザザザザッ
同時にコートから上限百人の分身が一斉に飛び出し竜に斬りかかる。
「まだまだァアアアアアッ!」
ブーツの加護を発動させて、四方八方から真空波が荒れ狂う嵐の中に飛び込む。
狙うは一点、俺の投げた剣の柄尻――
風を纏った左の拳が、剣を捉えて竜の胸に打ち込んだ。
俺の出せる技の全て、力の全部をこの瞬間に――
『ガ―――ッ!?』
真空波に体をズタズタにされ、壊れねえ剣を胸に打ち込まれた竜の巨体が、風と共にブッ飛んだ。
猫一匹でも、全力だしゃァ竜ぐらいひっくり返せる――
「全部全部、やってやれ」
俺はほぼ閉じかけた目で、アリオスを振り返ってやった。
(ウィル、それ以上魔力を使っちゃ駄目だッ! ウィル!)
アリオスが必死に地面を這って、俺に手を伸ばしていた。
(それはあんたの、命そのものじゃないか……!)
(なん、だと……!?)
「使うなって言われてもなァ……」
俺はよた付きながら、また竜に向き直った。
禁呪で出来たクレーターの端で、竜は足をバタつかせながら、まだ立ち上がろうとしている。
頭が下がるぜ、まったくよォ――
「燃えちまったんだから、しょうがあんめえ」
俺は拳を握りしめて、止ようもない魔力を収束させた。
「……あん?」
風が上手く集まらねえ――
都に全く風が吹いていなかった。
――キィィィィィィィィィィ……
「つ――ッ」
不意に強烈な耳鳴りがして、俺は頭を押さえた。
(なんだ……?)
レイハの訝しげな伝心。
(霊的な秩序が、完全に崩壊して――)
アリオスが伝心で声を震わせていた。
結界のことか、そりゃ――
俺は霞んでよく見えなくなった眼を、リディアの夜空に向けた。
空に走った青い網目が、あらん限りに輝いて、不気味な模様を浮かび上がらせている。
「でっけえメロンだなァ、おい……」
――ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ
空気が揺れ動き、大地が震撼し始めた。
禁呪の時とは比べ物にならない、腹の底、魂の芯まで響く揺れだった。
「うそ、だ……」
アリオスが呆然と空を見上げた。
「大聖堂の女史は、成し遂げられなかったのか……?」
レイハが力なく地面に寝そべる。
「嘘だ……嘘だッ! うあああああああああああああ――ッ!」
アリオスが慟哭の声を上げて、地面に拳を打ち付けた。
「ま、そういう事もあらァな……」
俺は口の端を持ち上げて、足を引きずりながら竜に歩み寄った。
「どうするよ災厄の。どうやら全部ブッ飛んじまうらしいが、続きをやるかィ?」
『グルゥゥゥゥウ……』
尻尾を断たれ、翼を破かれ、首を一本切り落とされた双頭の竜が、辺りの様子を伺って挙動不審になっている。
「竜と心中ってえ最後も、そう悪かァねえ」
お互いボロボロになるまでやりあった仲だ。
これっぽっちも、悪かねえ――
「前の男も深刻だったが、今度の男も随分と重症だな」
唐突に、背後に人の気配が生じた。
少し息の抜けた優しい吐息、ほのかに香る煙草の匂い。
「な――!?」
振り返ると、タキシードを着込んだ女が立っていた。
開けた胸元、匂いたつような色気――
「知ってるか? キミみたいなのを、世間では中二病と言うんだぞ?」
女が口元を緩めて、右手で髪をかき揚げた。
髪の色と同じく、妖しい紫艶の瞳だった。
「お前さん、なんで――」
俺が中ニ病? ぶっちゃけありえない。
学校なんか通ってねえし。
「今にも都が吹き飛ぼうとしてるんだ。惚れた男を追いかけたって、女神の罰は当たらない」
「惚れ――」
言葉を詰まらせた瞬間に、女はスッと踏み込んで俺の体を抱き上げた。
彼女の方が、俺よりちょいと背が高い。
「燃え猫ゲット」
女は口元を緩めてニタリと笑った。
垂れた目の横の、小さな黒いほくろが目に入る。
「いや、おい――」
俺は押し付けられた二つのボインからもがいて顔を上げた。
「てめえ、時と場所を考えろ!? 相手の都合とかさァ!」
「騒動の終末、都の中心、相手は命を燃やす泥棒猫くん」
カラッとした笑みだった。
「思いの猛りを叫ぶのに、持ってこいの瞬間だろう?」
女は微笑みから、そのまま眼を閉じるってえ流れに繋げて、俺の顔にてめえの顔を近づけた。
「なに――ばか、よせぇぇぇぇえええ!?」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
都の揺れが、いよいよ激しくなってきた。
女の乳がぶるんぶるん言っとる。
違え、問題はそこじゃねえ。
「俺ァドライ・アンド・ニヒル! ラブコメな展開はやァぁぁの! そんな最後やァぁぁのォ!」
もがいて暴れようにも、竜に全身全霊ぶつけちまったもんで力が入らねえ。
魔力はあっても、風が集めらんねえ――
「んふっ」
「むぐッ、むゥゥゥぅぅぅぅ――!?」
(え……ウィル?)
(うぬ……)
『グゥルルルル……?』
アリオス、レイハ、一本首の竜の視線の中心で、俺は突然現れた幸運の犬に、マウス・トゥー・マウスさせられた。
○
親指が溜めた魔力の全てを飲み込んで、魔法銀となって飛び出した。
――タァンッ
重なった発砲の音。
銀の曳光がすれ違い、あたし達の金髪が微かに揺れる。
「……なぜ?」
レヴィの澄み切ったサファイアブルーの瞳から涙が溢れ、頬を伝って灰色の地面に落ちた。
彼の自意識の舞台に堕ちた。
あたしの頬には小さな傷が走り、血が頬を伝って灰色の地面に落ちた。
彼の自意識の舞台に堕ちた。
「どう、して……?」
レヴィががっくりと膝を突き、床にヘタリこんだ。
「どうして、僕を、撃たなかった……?」
「その答えはもう何度も返してある」
あたしは頬を拭って小首を傾げた。
「誰が、あんたの望む答えなんか、返してやるもんか」
あたしはコインに過剰な魔力を乗せて、彼の目の前で消失させただけだ。
銀の弾丸は、彼の体に届いていない。
彼のコインも、あたしの体には当たらなかった。
彼のコインはあたしの頬を掠めて、都の映像の中心を穿って消えた。
「……」
彼は精根尽き果てた様子で、あたしをぼんやり見上げた。
また、全ての欲求が消えた人形状態になっている。
あたしは奥歯を食いしばって、微笑みを作った。
「どうして、撃たなかった……」
あたしが笑えば、こいつは人間味を取り戻す。
「どうして、撃たなかった!」
望む答えを与えなければ、こいつは欲求を生み続ける。
「君は、僕を殺す決心をしたんだろう!? 覚悟を決めてここに来た筈だろう!?」
「もちろん」
あたしはまた、満面の微笑みを作った。
レヴィの瞳から、一層の涙がこぼれ落ちる。
「結界の不正接続、都内でのエルグラドの災厄の具現化、あんたの罪は万死に値する」
あたしは笑みを消してレヴィを見下ろした。
レヴィの中の、ワイズ・グレーを見下した。
「懺悔もなく、ただで殺して貰えると思うな」
「――う、ぐ、くッ」
彼の体から中枢の燃える気配が消えて、魔力が完全に立ち消えた。
体が徐々に大きくなって、大人の姿に戻っていく。
魔力譲渡の効果で、魔力を枯渇させたレヴィがうつぶせに地面に倒れた。
無意識の空に浮かび上がっていた都の様子が、ふっつりと消えた。
彼の自意識の舞台が、空のサイケデリックな記憶の星と同じく、明滅し始めている。
「ろくに口も訊けないんじゃ、懺悔どころもでなさそうだね」
ここは彼が結界術で部室ごと世界から切り離した、空間の狭間、人の意識の狭間。
彼はこの場所に、自分の精神を投影させて舞台を作り出している。
この世界は、もうじき消えてしまう――
あたしは地面に伏せた彼の襟首を掴んで、部室に向かって引きずった。
「あんたは、聞くだけでいいよ」
「……」
レヴィが前髪の奥から、ぼんやりとした眼を私に向ける。
「あたしの語りを聞くだけでいい。それがあんたの懺悔」
「……う、た、え」
あたしに引きずられながら、彼は辛うじてそう言った。
シューティングドッグの、煙草と酒に焼けた、くぐもった響きの声だった。
「あんたは、殺して欲しかったんでしょ?」
「……」
「自分じゃ死ねないもんだから、世界の秩序の崩壊なんてものを持ち出して、あたしに殺して欲しかったんでしょ?」
彼はずっと止めて欲しがっていた。
ずっと続く否定のリングを、終わらない繰り返しの日々を、止めて貰いたがっていた。
「こ、わ、し、た、かっ、た……ほ、ん、と、に……」
「――だろうね。あんたは本気で秩序を崩壊させたいと思っていた」
本気でなければ、大結界のブレイクポイントなんて見つけられやしない。
「でも、同じぐらい、そんな自分を否定し続けていた」
彼の中にはイエスがない。
秩序の崩壊を激しく望み、一方でそんな自分を激しく否定もしていた。
「き、み、だ……き、み、な、ん、だ……」
「覚えてもいない癖に、なにがあたしだ」
あたしは奥歯を噛み締めて、微笑みを強めた。
「でもそうね、あたしの事も、本気で殺したかったんだろうね」
「……」
レヴィが微かに頷く。
「でも、出来なかった。あんたは結局、最後の最後でまた逃げた」
「に、が、る……?」
「ほら、言えない」
煮えくり返る腸を揺らして、あたしは笑う吐息を作ってみせた。
「あんたはずっと逃げっぱなしなだけ」
「に、げ……?」
「自分がどうして否定のリングに囚われてしまったのか、気付かないまま逃げて逃げて逃げて逃げて、欲求の赴くままに逃げ続けて、だから最後もやっぱり逃げた」
レヴィの瞳が揺れていた。
必死に、あたしの言葉を理解しようと思考のコインを回転させていた。
「憎くて憎くてしょうがない、あたしを殺してしまえば、全部なくなっちゃうのがわかってたから、その恐怖から逃げた」
「こ、わ、い……?」
「あたしが結界を崩壊させたとき、恐かったでしょ? あたしが誰かわからなくて、怖かったでしょ?」
レヴィが、怯えたような目で身を震わせる。
どうせ今の彼には、あたしが誰かなんて分かってない。
思い出せてない――
「だからあんたは、人形みたいになった瞬間、感情を燃やしてそれに縋った」
それは彼が言う赤黒い何か。
最後の最後まで消えなかった、彼の中の確かな彼――
それは結局、殺されることを望むという欲求を生んだ。
だからあたしは、彼を赦さない。
赦してなんかやらない。
「けっ、きょ、く……」
レヴィは身を震わせて、瞳から涙をこぼした。
「うん?」
部室の窓の前まで来て、あたしは足を止めた。
「そ、れ、は……な、に……?」
彼は大人の体で、大人の顔で、澄み切り過ぎた子供のような目で、懇願するかのようにあたしを見上げている。
「――。」
それをあたしに、言えっていうのか――
あたしは拳を握り、目をつむって身を震わせた。
ドロドロとした、ゴロゴロとした赤黒い何かが、体中を駆けずり回って魔力を乱す。
「今すぐにでも、あんたを殺してしまいたい」
絞り出すようにそう言って、彼の体を持ち上げる。
「でも、それはだめ。あたしの五年間を味わって貰うためにも、それはダメ」
「……」
レヴィは諦めたように笑って、眼を伏せた。
その様子に、あたしの感情は一層荒れた。
何をされても腹が立つ。
何を見ても憎々しい。
こいつを今すぐ消し去りたい。
消せるもんなら消してしまいたい。
都ごと、人の秩序ごと、世界丸ごと、
何もかもを消し去りたい――
あたしは自分を抑えに抑え、レヴィを部室の中に放り投げた。
「ぐ、は……!」
床に散乱したマジックポーションの空き瓶が弾けて、涼やかな音を立てた。
「最後ぐらい、自分の籠の外で死ね」
「死……」
彼はがぼんやりと口にする。
「なにも分からないまま、死んで行け」
窓を跨いで部室に入りながら、あたしはまた微笑んだ。
わざわざ手を下すまでもなく、彼は間もなく死ぬ。
魔力譲渡で魔力が枯渇した状態で、魂の側面である中枢を焼いたのだ。
浄化で損傷箇所を処置しない限り、その魂は魔力に変換され続けて、全てあたしになだれこむ。
彼はそのまま絶命する――
「ふ、ふ、ふ……」
レヴィがゆっくり身を起こして、泣きながら笑った。
笑いながら泣いた。
「なに?」
あたしは笑みを消して聞いた。
「き、みっ、て、や、つ、は――」
彼のサファイアブルーの瞳からは、怯えが消えていた。
知らないことを怖れる彼が怯えていない。
それは彼が、あたしを知ったと言うことだ。
あたしがなんであるかを遂に判断し、知識に刻んだと言うことだ。
「――さ、い、て、え、だ」
彼はそう言って笑いながら、バッタリを床に寝そべった。
「そうだよ」
あたしは彼の上にまたがって、胸ぐらを掴んで引き起こした。
「気付くのが遅い」
「……?」
「あんたはいつも遅い。いつも、いっつも、いっつも――」
あたしは我慢できなくなって、涙を流した。
「あんたはいつだって気づくのが遅い! 敏感なくせに鈍感で、見える癖に見ようとしない! 流石レヴィだよ! 流石だよッ!」
「……そう……か…炎」
レヴィが朦朧としながら、微かに笑ってあたしの涙を指で掬った。
なんだその顔は――
あたしはカッとなってコインを呼び出した。
「そう、いう、こと……か……」
今更、何もかもわかったような顔しやがって――
コインを構えて、思わず彼を殺そうとしかけた。
――手を下してはダメ!
あたしの中の私が、赤黒い何かを必死になって抑える。
赤黒いものが生む、あたしの欲求を否定する。
「……」
あたしは一度呼吸を整えて、顔を上げた。
「何か、言い残す事は?」
「き、み、は……?」
レヴィはまずあたしに言葉を求めた。
こいつはどこまでも対応型だ。
何かを与えて貰えないと何かを返す事がない。
答えを得た今、口に出すほどの疑問が、無くなっている。
この段になって、言い残す事なんかないと自己完結している。
その答えは、間違いなんだ――
あたしは歯を食いしばって笑った。
目から溢れる涙はなお止まらない。
あたしは笑った。
笑いながら泣いた。
「そんなあんたを、あたしは絶対に赦さない……!」
微笑みながら歯の隙間から搾り出した声は、自分でも聞いたことがないぐらいおどろおどろしいものだった。
彼は一度視線を上に向けてから、ニッコリと微笑んだ。
「ぜっ、た、い……か……」
無邪気な、屈託のない、子供のような微笑みだった。
「しび、れる、ね――」
それがレヴィ・チャニングの、今際のきわの言葉だった。




