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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
69/86

65.「悲鳴」



 広場に渦巻く螺旋状の暴風、



『ギェ、ギェェェェッ!?』

『ギャァァァァァァ――』



 リザードマン達が悲鳴を上げて、次々と風に巻き上げられていく。


 宙を踊る半魔半人の体は、空間に空いた穴の中心、赤く灯った魔力の光に吸い込まれ、



 ――ジッ……ジジッ……



 赤い光に触れたとたん光の粉となって消滅した。


 各国各地の魔導士らが協定を結んで、使用を互いに制限監視しあう禁忌の魔法術式、



 禁呪――



「仕方もないッ」



 暴風の中レイハが地に降り立って、巨馬の尻を叩いた。


 馬は一度主人を振り返る躊躇を見せたが、



「陣へ戻れ!」



 レイハの一喝を受けてすぐに広場を離れた。



「す、吸い込まれ――」



 スカートを押さえたアヤの両足が浮く。



「アヤ!」



 すかさずビートが腕を伸ばしアヤを抱え込んだ。


 吹きすさぶ暴風に羽付き帽子が舞う。



「あ――ッ」



 アヤが咄嗟に手を伸ばしたが、ビートの帽子はリザードマン達と同じく光に吸い込まれて消えた。


 空間の穴の赤い光が、物という物を巻き込んで消し去っていく。



「く、くそぉぉぉぉぉぉ!」



 アリオスが緋色の瞳を燃やし、左手を右の肩に当てた。



銀の甲弾(スナイプ・ブリット)ッ!」



 弾ける強化鍛造のコイン。



 ――シュッ、



 魔物を貫通する威力の弾丸が、赤い光の上で軌道を変えて吸い込まれる。



「これならどうでえ!」



 俺は右手を左肩に当て、魔力を高めた。



風の走者(ウィンド・ランナー!)ッ!」



 ――クンッ



 風の衝撃波を伴った弾丸も、赤い光を越える事なく飲まれて消えた。



『『ガァァァァァァァァッ!』』



 双頭は雄叫びを上げて魔力をどんどん高めていく。



「だめだ、術式を妨害出来ない!」



 クレイモアを地面に突き立てて、アリオスが叫んだ。


 正面に立っていられないほど、赤い光の吸引力が高まっている。



「アリオス! あれはどういう魔法だ! 中心の光が大きくなっていくぞ!」



 歩兵となったレイハも、地面に刀を突き立てて叫んだ。



 ――グゥンッ……



 リザードマンや崩れた建物の瓦礫を巻き込んで、赤い光が膨れ上がった。


 砂粒みてえな赤い光が、なにやら「ジュクジュク」と泡立った球になりつつある。



「俺もそんなに詳しくは――」



 暴風が極まって、アリオスの言葉が途切れる。



(ただ、あの赤い光は膨れ上がって地面に落ちる。最後は大爆発を起こすんです!)

(ば、爆発ぅ!? 物を吸い込むだけじゃないの!?)



 ビートに抱えられたアヤが伝心する。



(どれほどの規模で!?)



 レイハが問う。



(わ、わかりません! でも、前にアレを見たとき――)



 ――ズ、ズズズズッ……



 空間に開いていた穴が閉じ、太陽みてえな赤い球が徐々に地面に落ち始めた。



(あ、わ、わ――ッ)



 アリオスが説明を投げ出して、言葉になってねえ伝心を飛ばす。



「焼かば焼け、燃やさば燃やせ我が妻よ――」



 ビートが鋭く声を張り上げ、荒々しい魔力を発揮した。



力神の肌(スキン・オブ・マクス)ッ!」



 全員の体を、ビートの魔力が包み込む。


 眩い光を放つ赤い球が、遂に地面へと没した。



 ――カッ!



 閃光が炸裂し、光が広場を塗りつぶす。



「――――ッ」



 目をつむっても世界は真っ白だった。


 上下と言わず左右と言わず、光の中で熱風が荒れ狂う。



 ――ゴゴゴ……ゴゴッ……ギュギュッ、ギ……



 膨大な魔力がうねる気配の中で聞こえる、空気の軋む音。


 石が蒸発する匂いが鼻を突く。



 何もかもが、燃えてやがる――



 どれくらいの間の出来事だったかは、よくわからねえ。


 徐々に光が弱まって、辺りに夜の闇が舞い戻った。



「く――はッ!」



 急に冷えた空気が肺に入り、俺は思わずむせ返った。



「ゲホ――ッ ゲホッ!」



 隣に目を向けると、アリオスも地面に手をついて咳き込んでいた。


 石畳じゃねえ、土剥き出しの地面だ。



「うおぉ!?」



 俺は思わず目を剥いた。


 議事堂前の広場が、クレーターみたいに陥没して景色が一段下がっている。



「――って!? おあちゃちゃちゃちゃちゃ!?」


 ボロのコートはそうでもねえが、剣士服が超絶に熱持って煙吹いてやがる。



 黒か、黒がいけないってのか――



 地面を転がろうかと思ったが、所々に溶岩化した石畳の赤が散らばって居てそうもいかねえ。



「おっほほほほー!?」



 俺は溶岩をステップで躱しながらそこら中を踊りまわった。



「ぐ、ぬ……」



 赤い戦袍から煙を立ち上らせて、レイハが地面に片膝を突いて目を瞬かせている。



「こ、これは……」



 顔を上げたレイハが、俺と同じく広場の惨状に驚愕した。



「リザードマンはすっかり片付きましたな。流石禁呪、敵味方なしだお」



 一人いつもののんびり調子で、ビートが大斧を引っ担いだ。



「あ、あれ? あんまり、大したこと、ない……!?」



 アリオスが緋色の瞳を剥いて自分の体を確かめている。


 所々コゲてるが、全員無事のようだった。



『『グゥルルルルル……?』』



 禁呪を使った竜サマが、納得いかなそうな気配でこちらを伺っている。



「ビート、何を使った?」



 レイハが刀を杖に立ち上がった。



力神の肌(スキン・オブ・マクス)、熱に強くなる魔法だお」



 ビートがのんびり間延びした調子で答えた。



「嫉妬深い火女神を妻に持つ、力の神マクスの加護――って、アヤさん!?」



 アリオスが科白を途中で投げ出して素っ頓狂な声を上げた。



「あぅ……あぁ……あ……」



 ビートの小脇に抱えられたアヤは、ビクビク痙攣させながらながら涎を垂らしている。


 なんだ、世界が真っ白けになってる間に何があった。



「鍛冶屋が工房の重労働に使う魔法なもんで、ちょっと興奮作用があってねえ。見事に酔っ払っとる」

「かんにん、してくァ、はいぃ……」

「ま、魔法酔い……?」



 アリオスが頬を赤く染めながらアヤの様子をチラチラと伺う。



「これが禁呪の威力か……馬を逃がしたは正解だった」



 レイハが刀を構えながら唸った。



「いやあ、軽かった方なんじゃないかと」



 ビートが事もなげに言う。



「そうですね……」



 アリオスが竜に目を向けて目を細めた。



「俺が前に見たときは、結構な規模の砦が完全に蒸発してましたから」

「ぶッ!?」



 構えを乱してレイハが吹く。



『『ガァァァァァァァァァッ!』』



 こっちが体勢を立て直しつつある中、竜が再び魔力と瘴気を集めだした。



「涼を取る(いとま)もなし、だな」



 レイハが苦笑って刀を構えながら首を解した。


 表情には出てねえが、見るからに動きが重い。


 レイハは白兵技術に特化した騎士だ。


 魔力が人並外れていても、魔法を扱わない人間にゃ抵抗力が身につかねえ。


 体術剣術と同じで、魔法を防御する術が身についてないって話だ。


 禁呪なんざもんブッ放されりゃどうしたってダメージは負う。



「焼き入れられる、魚の気持ちが分からァな」



 俺は顎まで伝った汗を拭って口の端を持ち上げた。


 レイハだけじゃねえ、俺もそれなりに魔力体力を削られた。


 ビートの魔法で威力を減らして貰ったとは言え、眠気がまた一段と増している。



 ――ゴゴゴゴゴゴゴッ……



 中空に広がる空間の穴、再び広場に暴風が吹き荒れる。



「術式の発動が速すぎるだろ!? 治療(ヒーリング)する時間ぐらいあったって――」



 レイハに手を翳していたアリオスが、魔力を散らして喚いた。



(さっきより大きい。この核熱は流石に厳しいかねえ)



 一人いつもと様子の変わらないビートが、風に髪を乱しながら伝心を飛ばした。



(核熱?)



 レイハが問う。



(空間に空けた穴の中で高密度超高熱の火球を作り出す――核熱の魔法なんですよ、これ)

(……なに?)



 風に乱れた栗毛色の髪の下で、どこをどことも見定めない職人の目が、鈍い銀色を光を放っていた。



(妙に詳しいじゃねえかビート。追っかけ(・・・・・)してる魔導士でもいんのか)



 眼鏡かけてりゃ見境なしだからな、この狼。



(俺も前に見たことがあるんだお。禁呪そのものじゃなくて、工房の炉だけど)

(あん? 炉だァ?)

(禁呪の原理を取り入れて造ったっていう炉があってね。鍛造ミスると禁呪並の事故が起きるって超有名)



 なんだその危ねえ工房――



(鍛冶屋ってえのも、案外物騒な職業(ジョブ)だな)



 ビートの無表情振りになんとなく納得が行き、俺は一人頷いた。



(吸引力で身動きが取れん。遠距離攻撃も届かん。発動してしまえば打つ手なしかよ……!)



 レイハが暴風に耐えながら伝心で唸った。



(どうする大将? 特急拳使ってトンズラこくか?)



 俺の「特急拳」は、ブーツが馬鹿みてえな風の加護を得て突っ走る奥義だ。


 何か障害物にぶち当たらねえ限りは暴風なんざものともしない。


 俺一人なら水の上だって走って見せる。



(それは妙案)



 レイハが伝心で笑った。



(ウィル、全員を連れてこの場を離れろ)

「あん?」



 俺は声に出してレイハに目をやった。



(レイハさんはどうするんです!?)



 アリオスの伝心。



(全員の姿が見えなくなれば、竜の気が逸れよう。それは不味い)



 俺たちを仕留めきれねえから竜も禁呪の連発に踏み切った。


 避難してやり過ごせば、竜が街に踊り出る可能性が高い。


 向こうがリザードマンを呼び出せるだけに、広場を離れられると追うのが手間だ。



(禁呪の後、次の竜の行動までには多少時間があった。そこを皆で突く)



 レイハが獣地味た大きな口で「にっ」と笑った。



(無茶だ! 天の業火(ソル・フレア)の中に一人残ろうなんて――)

(ビートの魔法があれば、もう一発ぐらいなんとでもなろう)



 アリオスの伝心をレイハが遮る。



(皆は禁呪が炸裂した瞬間に離脱してくれ)

(次のは厳しいって、言ったはずですがねえ)



 ビートがのんびりと伝心に割り込み、



「ちょっと、こいつを」



 アヤの襟首を掴んで持ち上げた。



「ぅ、え……?」



 魔法酔いで呆けたアヤを、ビートがおもむろにレイハにほおり投げる。



(きぃやぁぁぁッ!?)

「っと!?」



 レイハが刀を逆手にしてアヤを受け止める。



「――どうするつもりだ!」



 暴風の中、レイハが声を張り上げた。



(熱いものの扱いは、公私共に慣れてるんで)



 ビートが禁呪の赤い光を見据えながらそう伝心した。



 ――グゥン……



 赤い光が、一発目よりも早い膨張速度を見せている。



(公……私?)



 火の気によった灼眼の子虎が、レイハの腕の中で首を傾げる。



「帽子の仇をとってくるお」



 ビートがアヤを振り返って、珍しく笑った。



「ちょっと――アンタ何すゥ気!?」



 アヤがハッとして、レイハの腕を振りほどく。



「――う、ぁ?」



 酔いが冷め切ってねえのか、足取りが怪しい。



「アヤ殿、前に出てはいかん!」



 レイハがよろめくアヤを捕まえた。



(厄介な火種は、小さいうちに消すのが一番)



 ビートは二人のやり取りに構わず、大斧を脇構えにしてどっしり腰を落とした。



「アンタ――」

「焼かば焼け、燃やさば燃やせ我が妻よ――力神の肌(スキン・オブ・マクス)ッ!」



 ビートの体から魔力が生じ、俺たち全員の体が、赤い魔力の膜に覆われる。



「ビートさ――」

(打ったる!)



 アリオスの制止の声を待たず、ビートが斧の刃を返して飛び出した。



「おおおおおおッ!」



 暴風吹き荒れる中、獣のような狼の声が木霊する。


 巨大化した斧首が、強烈なスウィングで赤い光の球へと迫った。



 ――カッ、ゴォォォォォォォッ!



 広場に核熱の嵐が巻き起こり、閃光が視界を塗りつぶす。



「クソが――ビートッ!」



 俺は何も見えなくなった白い世界の中でビートを呼んだ。



(ビートォ――ッ!)



 俺の声より、禁呪が炸裂する轟音よりも、アヤの伝心が頭に響いた。




     ○



「あはははッ、禁呪が暴発してる! 大丈夫かなー、あれ」



 無邪気な口調、



「やめ、て、くれ……」

「魔化の方は一進一退か。民の捜索というより、ほとんどリビングデッドの掃除だねー」



 鈍く間延びした声、



「やめ、ろ――」



 僕は声を絞り出して彼女を睨んだ。



「なにを?」



 微笑む彼女が僕を見下ろす。



「笑うのを、やめろ!」



 手足の腱を断たれた痛み、魔力が抜けていく虚脱感、もろもろの不調を、僕は歯を食いしばって意識の外に追いやった。



「なんで?」

「どうして君が、この惨状を前に、そう笑う……!」

「は?」



 谷間の姫百合ごとき微笑み、しかし僅かに開いた半眼は、知恵の光に満ちた冷やかなサファイアブルーのままで、その視線を受ける度に、僕の胸の内には「激しい僕」が生まれていた。


 ともすれば一瞬で消え去ってしまう自分を、付随した感情を燃やして必死に保つ。


 それはかねてから、僕が赤黒い何かと表現してきた何か。



 忘れるな、この僕を忘れるな――



「君は僕を許さないのだろう!? その君が、なにゆえ人々の不幸を嘲笑う!」



 欲求が戻る、感情が戻る、意志が戻る、言葉が溢れる。


 思考のコインが、回転力を取り戻す。



「だって可笑しいでしょ? 都の為に必死になって闘う冒険者がいれば、これ幸いと火事場泥棒をする冒険者もいる。みんなで都を守ろうとしている傍らで、民は自分勝手に騒ぎ立てて余計な事ばかりする。こんな喜劇が他にある?」



 彼女はクスクスと身を揺らして笑った。



「ああ、これは喜劇だ……人の命の欲求がする、馬鹿馬鹿しい限りの、滑稽極まるリディアの喜劇! 僕にとっての喜劇だ!」



 絶望に貧した人の浅ましさ、自己中心的な生への希求、人の命の欲求がする汚らしい限りの、酸鼻極まる光景――



「君にとっては、絶望の淵に立たされる阿鼻叫喚の悲劇だろう!?」

「勝手に決め付けるんだもんなー」



 彼女は僕から視線を外し、独りごとのように呟いた。



「君は――君は己を犠牲にすることで、リディアが助かるならばと喜んで身を捧げる、強き優しき心を持った聖女じゃないか! 自分の事ととなるとトンと弱い内面の、自分の事に関しては簡単に諦めてしまう、引っ込み思案な少女じゃないか! その君が――」

「あんたのそれには、もう答えを返した」



 僕の言葉を遮って、彼女は小首を傾げた。



「人を美化するのも大概にしろ」



 谷間の姫百合と呼ぶにふさわしい、柔和な微笑みだった。



「どうでも良くなる瞬間はあるとも、言ったはずだよ」

「きみ……きみ、は――」



 思考のコインが速度を落とす。



 分からない――



 僕が思う「ひめゆり」と、目の前の彼女が繋がらない。


 彼女の中の思考を、理解する事が出来ない。



 分からない――



 ――分からないじゃない、考えろ!



 僕の中で、何かがそう叫ぶ。



「これはあんたが作り出した現実。あんたの望んだ夢。実験の結果じゃない」



 彼女が薄ら笑って、魔力に漂う絹糸のような髪を掬った。



「他に何が足りないの?」

「なに、が……?」

「これ以上に望むものが、何かあったのかって聞いてるの。あんたの中に、残っていた欲求はなあに?」

「ぼく、は……」



 止まるな、忘れるな、僕の中にある僕と言う欲求を繋げ――



「きみ、を――」

「絶望なんてするもんか」



 彼女の答えは、揺らいでない。



「リディアは、もう、滅ぶん、だぞ……?」

「それが?」

「人々が、苦しみ、喘いで居るんだぞ!?」

「だから?」

「ラブリッサの面々が――」

「ふぅん」



 彼女が半眼の瞳を横に流し、僕の言葉を軽くいなした。


 鈴蘭の濃い香りがする魔力も、半眼の冷ややかな瞳も、ずっと口にし続けてきた答えも、なにもかもが、揺らいでいない。



「きみ、は……!」



 僕は自意識の舞台に手をついて叫んだ。



「君は一体、何を望んで居るんだ!」



 僕は君の、何を絶てば良いと言うんだ――



「聞いてるのはあたし」



 彼女の鈍い声が、突き放すようにそう言った。



「ぼく、は……きみ、は……」



 倒錯気味の僕の頭の中には、見るとも無しに都の様子が映し出されていた。



 疑心暗鬼に陥って、魔物ばかりか人間でさえ殺し始めたリディアの民、


 守るべき民であったものを駆逐していく、騎士、僧侶、魔導士達の慟哭に似た吶喊(とっかん)


 魔盗改めの騎士団に率いられる猫が、忠犬が、子虎が、禁呪に焼かれながら必死に狼を呼ぶ様、


 崩壊による術式の裏返りを広げる結界が、誤作動を起こして僕の脳裏に都の様子を反映する様は、いっそ悲鳴のようだった。



「君は、なんとも思わないのか!?」



 誰も彼もが、叫んでいる――



「この惨状を、君はなんとも思わないのかよッ!」



 救いを求めて、泣き叫んでいる――



「へー」



 返ってきたの、全く興の乗らない、鈍い響きの声だった。



「あんたにとっては、そんなに大事なことなんだ?」

「……え?」



 顔を上げると、微笑みを消した彼女が、半眼の瞳で冷ややかに僕を見下ろしていた。



「リディアが、人々が、ラブリッサの皆が、どうにかなってしまうことが、あんたにとっては、絶望するぐらいの大変なことなのか」

「……?」



 僕は彼女を見上げて首を傾げた。


 彼女が何を言っているのかが分からない。


 彼女が何を言わんとしているのか、読むことが出来ない。



「だって」



 彼女がクスクスと笑う。



「泣くほど、辛いことなんでしょ?」

「――。」



 僕の目からは、確かに涙が零れ落ちていた。



「ねえ、ワイズ・グレー」



 彼女が目を細めて首を傾げる。



「あんたは一体、何がしたいの?」



 それはやはり、谷間の姫百合ごとき微笑みだった。




     ○


 ――ゴゴゴ……ゴゴ……ギギュ……ッ



 閃光の中で鳴り続ける、溶岩の蠢くような音、



(ビートッ! ビートッ! いやぁぁああああああ!)



 熱風吹き荒れる中でも、子虎の叫びが途絶えることは無かった。



『『ギャァアアアアアアアアッ!?』』



 竜が悲鳴を上げて悶える気配がする。


 閃光が収まった広場に目をやると、大斧を振り切ったビートの背中があった。



「ぐわら……が、きん……」



 いつも通りの間延びした声でいいながら、ビートがバッタリ倒れ込む。


 その奥で、竜が体から煙を吹いて転がり悶えていた。



「……ッ!」



 アヤがレイの腕を振り切って駆け出す。



「アホかてめえは――ッ」



 俺は吠えざまに地を蹴った。


 レイハとアリオスも後ろに続く。


 天の業火(ソル・フレア)とかいう禁呪の連発で、広場の瘴気がすっかり晴れていた。



 体が軽い――



「馬鹿ァ……馬鹿ァぁぁぁッ!」



 ビートを抱き起こすアヤを飛び越えながら、俺は精魂尽きたビートを見下ろした。



(かなりのアホか!)



 伝心で一喝をくれてやると、ビートの燻し銀の瞳が僅かに開いた。



(あと、よろ――)



 ビートの伝心が途中で途絶える。



「くそがァぁぁぁッ!」



 俺は口の端を持ち上げて叫んだ。



 禁呪を打ち返そうなんざ、正気の沙汰じゃねえ――



 ビートの無茶に、男全員の魔力が猛る。



「おらァぁぁあああッ!」



 俺は左の拳に風を集めて竜の懐に飛び込んだ。



疾風の拳(ブラスト・ブロー)ッ!」



 圧縮に圧縮を重ねた空気の塊を拳と共に捻り込む。



 ――ドボォッ



『『ゴォウッ!?』』



 悶えていた竜の胸が大きく陥没し、巨体が持ち上がった。



(信じて仰ぐを刃とし、戦女神、ライアリースの怒りを示さん――)



 力の入った詠唱を伝心させ、アリオスが地を蹴った。



「後先無しだ!」



 大上段に構えたレイモアが、青白い魔力の光刃を伸ばす。



神聖剣(デュランダル)ッ!」



 ――ザァンッ!



 竜の体全体に、アリオスの強烈な魔力の刃が浴びせられた。



(ヒーリングは期待しないで!)



 伝心でそう前置いて、アリオスが魔力の刃を跳ねさせた。



 ――ザァッ!



 宙に浮いた竜の体が、更に大きく跳ねる。



「いらねえってんだよッ!」



 俺は剣の峰に左拳を当て、飛び上がりざま、下がっていた竜の喉元を打ち上げた。



『ガフゥゥッ!?』



 右の頭が跳ね上がり、竜の首が完全に伸びきる。



「レイッ!」

「応!」



 俺が呼ぶまでもなく、レイハは俺より高い場所に身を躍らせていた。


 構えは腰溜め納刀状態、



「そのそっ首(・・・)――」



 僅かに切られた鯉口が、闇夜にギラリと光を放つ。



「叩き落してくれるわあああああッ!」



 剛刀が鞘走り、凄絶な横一文字の剣閃を描いた。



 ――キンッ



 涼やかとさえ感じる音がなり、おくれてふわりと風が薙いだ。



『……ッ!』



 ――ズ、ズズ……ッ



 動きを止めた竜の、右の頭が首からズレ(・・)る。



『ギィアアアアアアアアアアアッ!?』



 左の頭が悲鳴とも怒声とも着かない声を上げて、首を大きくスイングさせた。



「う、お――あ!?」



 着地寸前だったアリオスが竜の頭突きを食らって吹き飛ぶ。



「アリオス――ッ」



 叫ぶレイハを、落ちかけた右の頭が睨む。



 ――カッ



 右の頭が大口を空けて閃光を放った。



 ――ガァアアアアアアアッ



「ぬ、う――ッ!?」



 ゼロ距離から熱線をモロに浴び、レイハの体が地面へと叩きつけられる。



「なろォぁぁああ!」



 俺は風の制動で体を回し、落ちかけた右の首を胴回しで蹴り飛ばした。



 ――ガァアアアアアアア……



 すっ飛んでった竜の首が、地面を転がってもまだ熱線を吐いている。



『グゥゥゥアッ』



 大口を開けた左の頭が、宙に留まる俺に狙いを定め突っ込んできた。



「当たるかよ!」



 風で体を横に回転、俺はそのままの勢いで剣を振った。



 ――ザキィッ



 竜の顔面が弾け、鱗が闇夜に散らばる。



(ウィ、ル、み、ぎ……!)



 不意に、呻くようなアリオスの伝心が飛んだ。



「あん――」



 ――ドォンッ



 突如背後に魔力の塊が迫り、俺の体は衝撃と共に火に包まれた。



「ぐッ!?」



 火球、一体どこから――



 吹き飛びながら目を凝らすと、蹴り飛ばした右の首が、地面で俺の方を睨みつけている。



「く、そ、が……!」



 俺は自分の周りを一瞬真空状態にして、即座に火を消した。


 宙で逆さまになりながら、強化コインを左に呼び出す。



 ――タォォォォン!  



 銀の甲弾(スナイプ・ブリット)に打ち抜かれて、落ち首の目が完全に光を失う。


 それで精一杯、俺も着地をどうにかする余裕がねえ。



「ぐ、はッ!?」



 背中を派手に打ち付けて、俺はクレーターの坂を転がった。


 禁呪後の一斉攻撃、尾と翼に続き頭を一つ刎ね飛ばした。



 それでも――



『ガァアアアアアアッ!』



 左の頭だけになった竜が、怒りの咆哮を上げて満身創痍の体に魔力を溜める。



 出鱈目な生命力(スタミナ)しやがって――



 俺は起こしかけた首を地面に戻して、溜息混じりに笑った。



「あ……?」



 ふと、リディアの夜空が目に入り表情が固まる。


 また少しづつ瘴気が溜まっていく上空に、網目状の青い光が走っていた。



「どうしたよ……結界のォ」



 意思を持たない術式を、人間みてえに呼んでやる。


 忙しなく続く、結界の明滅。



 助けでも求めてるってえのか――



 激しい眠気に襲われながら、俺はニヒルに笑ってやった。


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