64.「悪意」
「うぉぉぉぉぉ――ッ」
アリオスが唸り声を上げて魔力を高める。
「神聖剣ッ!」
魔力の光刃を伸ばしたクレイモアが、辺り一面の半竜人を薙ぎ払った。
「ぶっ飛べぇぇぇッ!」
俺はアリオスと背中合わせになって、風の走者を構えた。
突き抜ける剛弾に、広場にひしめき合うリザードマンの群れが割れる。
「くのぉぉぉぉッ、なんでまたトカゲが沸いてんのよぅ!」
敵の崩れた隊列を、アヤの爆弾が更にかき乱す。
「前にも増して――」
慌てふためくリザードマンを仕留めにかかっていたビートが、振り返りざまに銀の手斧を投じた。
「キリがねえおッ!」
ビートの投げた手斧が、レイハの背後に迫っていたリザードマンの背中に突き立つ。
「む――ッ」
馬を駆けさせて陣営を支えていたレイハが、手斧の刺さったリザードマンを乗馬の後ろ蹴りではじき飛ばした。
「いまさら瘴気が、どうして――くそッ」
アリオスが天を仰いで吐き捨てた。
双頭の竜の登場でスッカラカンになっていた空に、また紫色の暗雲がもうもうと立ち込めている。
エルグラドの災厄サマはってえと――
『『ゴォォォォオォォォォォォォン……!』』
遠吠えの様な声を上げて、 リザードマンを次々に具現化させていた。
『ギギィィヤッ』
『ゲッ、ゲッ』
それが全部が敵に回るってんならまだいいが――
『グゥルルルルルル……』
『ガァ――ッ』
敵の布陣の最奥で、竜の双頭それぞれが、呼び出したリザードマンに背後からかぶりついてるってえのが厄介だった。
エルグラドの災厄サマは、瘴気そのもので魔力が、具現化した魔物で体力を回復出来るらしい。
リザードマンなら栄養価も高そうだ。
食事を妨害したいのは山々なんだが、リザードマンの数が多すぎてなかなか竜に攻撃の手が届かねえ。
『ギィィィィ!?』
『ギャ!? ギ、ガ――』
捕まったリザードマンが、抵抗虚しく竜のアギトに噛み砕かれていく。
(ううッ……)
半魔半人が踊り食いされていく様に、アヤが伝心で嫌悪感を訴える。
(ヒャー、ウマーい!)
ビートが甲高い声で伝心を飛ばした。
(アンタ! ちょっと状況見て発言しなさいよね! 信じァんないッ!)
(和ませようとしたんだお)
激戦を繰り広げながらも、ピン子とスウェちゃまがいつもと変わらないやり取りをする。
「よくもまあ――飽きのこねえこったぜ!」
漫談を繰り広げる二人と、眷属を偏食し続ける竜の両方に言ってやりながら、俺は剣とコインで群がる敵を討ち続けた。
斬っても撃っても沸いてきやがる――
たまに体のデカいヤツが出現し、通常サイズのリザードマンを何匹か従えて広場から駆け去って行く。
「レイ! 『部隊長』が手下連れて街に流れてんぞ!」
知能低めでバラバラだったリザードマンの行動が、デカい個体の出現で組織化されつつあった。
「魔物が部隊行動とは恐れ入る!」
(団には防衛線の再編成指示を出した!)
レイハが声と伝心で返事をよこした。
この数と勢い、俺達だけじゃどうしても手に余る。
百一匹猫にゃんを使ってもいいんだが――
『おっほほほー』
コートが俺の魔力を消費して勝手に分身を作り出し、広場を混沌とさせていく。
勝手に発動しちまう分も計算に入れると、魔力の配分にちと不安が残る。
「ああ、もうッ」
アリオスが身を翻して、俺にクレイモアを振り下ろした。
「――っととォ!?」
俺は背を向けたまま頭上に剣を翳す。
――ガギィンッ
お互いの剣が火花を散らし、クレイモアの切っ先が目の前のリザードマンの頭を二つに割った。
「あ……」
「へッ」
俺は短く笑ってやった。
「いい打ち込みだ。芯に来たぜ」
「ご、ごめん――」
「慣れてっから気にすんな。当てられるもんなら当ててみろ」
「ちぇッ」
アリオスが舌打ちをする。
ちょっとのやり取りの間にも、リザードマンが俺たちを取り囲む。
俺が下から、アリオスが上から剣に力を加えて、お互い剣を弾き合った。
――ギャリッ
「ほっ!」
「せッ!」
剣を弾いた勢いのまま、リザードマンを斬り伏せる。
「――あんたが言うと、ハッタリに聞こえないから凄いよ」
背中合わせに戻ってアリオスが笑う。
「そのつもりもねえしな」
分身出して面倒掛けちまってんなァ俺だ。
分身がまるっきり俺と同じ気配を放つ以上は、どうしたってこういう事が起こる。
乱戦が長引いて疲れてくりゃ、間違いの確率もどんどん上がる。
敵味方、役に立たない俺の分身が入り乱れる中、
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
不意に都全体が大きく揺れ動いた。
「!?」
アリオスが手を止めて天を仰ぐ。
「これは――ウィル!」
「ああ」
揺れはすぐに収まったが、空気がピリピリしていて言いしれない緊張感に満ちていた。
「極上の、ビックトラブルの気配がすらァ」
瘴気や殺気といった単純なシロモノじゃねえ。
説明すんのが難しいんだが、なんとなく、強烈に、嫌な予感がする。
(結界の様子がおかしい……!)
アリオスが飛ばした伝心に、全員が全員、それぞれ目を合わせた。
神官長の方で、何か動きがあったのか――
「レイハさん! 味方の援軍は!?」
アリオスが汗を拭って声を張った。
(しばし待て。今状況を確認する――)
指揮官同士の伝心術で連絡を取ってんのか、レイハがふと動きを止め、やや間を置いて大きく魔力を乱した。
「――軽率なッ!」
忌々しげな一喝と共に、レイハの剛刀がリザードマンを薙ぐ。
(どうしたィ大将)
リザードマンを捌きながら俺も紋章で伝心した。
(先刻の魔物が止んだ空白時間に、一時帰宅を許可した避難所がいくつか出た……!)
伝心の中でも、レイハの声が荒れている。
(一時帰宅? 民を街に帰したってのかィ)
(なんでまた!)
アリオスが伝心で叫んだ。
(魔物を駆逐している最中、盗賊働きをしている冒険者も何人か捕縛されていてな。そのせいで家財を案じた避難民が騒ぎ出した。魔物の気配が収まった途端に民が暴動寸前、不満を貯めて瘴気の原因になるよりはと、騎士同伴での一時帰宅を行なったそうだ――)
群衆ってなァ身の安全が確保されると、急に我が儘になったりする。
(だが、街に戻った民らが街の惨状を見て本格的に暴徒化した。「自警」と称し、滞在許可証を持った冒険者らを片っ端から取り押さえに掛かったそうだ)
レイハが刀を薙いで付近のリザードマンを切り払い、刀の血を斬った。
「アホか」
俺は膝が抜けかかって左手のコインを弾きそこねた。
(な――何よそェ!?)
アヤが伝心で憤る。
(滞在許可が出てるのって、殆どアタシと神官長が交渉しにいった人達なのよ!? 闇商でも、みんな真っ当な商いしてる人ばっかなんだかァね!?)
(都民は事情を知らないだろうからねえ)
ビートがのんびり調子の伝心を飛ばした。
都民にとっちゃ冒険者は増税の原因、盗賊予備軍って認識でしかねえ。
気が立った人間の攻撃の矛先は、大抵身分立場の弱いモンに向く。
人間は獣じゃねえが結局動物だ。
社会ってコミュニティでも弱肉強食の理屈が通る。
(酷な事を伝える事になるが……冒険者が数名、リディアの民に殺害された)
「――ッ」
レイハの伝心に、アヤがギクリと動きを止めた。
「鍛冶根性ッ!」
リザードマンがアヤに振るった攻撃を、ビートの巨大化した大斧が弾く。
「なに、それ……?」
アヤが俯いて肩を震わせた。
「なんで……冒険者が……」
「アヤ、止まるなお」
ビートがアヤを庇って斧を構える。
「みんな……リディアの為に一生懸命だったんだよ?」
「アヤ」
「どうして、リディアの人に、冒険者が殺されなくちゃいけないの……!?」
「ちッ――」
ビートが舌打ちをして、大斧と手斧でアヤの周りのリザードマンを蹴散らした。
(レイ、死んだなァそれだけか?)
俺はアヤとビートのカバーに入りながら伝心した。
暴徒が冒険者を数人殺しただけで、こんだけの瘴気になるってなァちと割に合わねえ。
(どうも死んだ冒険者が、そのまま動く死者となって民を襲ったようだ。リビングデッドに殺された者がすぐさまリビングデッドに変わってしまう――『魔化』と呼ばれる現象が起こっていて、雪だるま式の騒ぎになっているらしい)
「わーお」
俺はやる気の無い目で呟いた。
かなりのアホとしか言いようがない。
(援軍は、そちらが片付いてからと言うことになろう)
「世話ねえな。てめえらで魔物生んで被害出してんだからよ」
「これが都の悪意かよ――ッ」
アリオスが怒りを吐き出すようにリザードマンに斬りつける。
全員が腕を奮って敵を討つ中、アヤだけが、拳を握りしめて立ち尽くしていた。
(みんな、都の為に、リディアの民の為にって……頑張ってゥんだよ……? それなのに――)
半獣半魔が吶喊する戦場で、深情けの子虎が虚ろげな灼眼で首を傾げた。
「……なん、で?」
○
「あーあ」
無意識の空に浮かんだ都の映像に、彼女が薄ら笑っていた。
『やめろ、来るな――』
『ひぃぃぃぃぃぃッ!?』
冒険者を吊るし上げて殺したリディアの民が、動く死者となった冒険者に頚動脈を食いちぎられて出血多量のショック死をした。
ショック死に気づかず仲間を助けようとした民が、動き出した死者に喉笛を噛み切られ絶命――
そこからは冒険者もリディアの民もなく死亡とリビングデッド化がネズミ講で連鎖し、リディアの民の暴動は一挙魔物の群れと化した。
瘴気濃度の濃い領域で、死者や生命力を失いつつあるものが不死者化する現象、「魔化」――
『お、俺が分からないのか? 落ち着けって、大丈夫だから……な?』
死した恋人が既にリビングデッドと化しているにも関わらず、その現実を受け入れきれずにいる男が、必死に彼女であったものに説得を試みている。
『ああ――ッ、ぐ、ぅ――ぁ、あああ……ッ』
我が子の死に倒錯した母親は、リビングデッド化してしまった子を必死に胸に抱き、肩口辺りを貪られながら喜ばしげに笑って、子を引き剥がそうとする周りの人間に抗い続けている。
『瘴気が増え続ける! ここで食い止めろ!』
『許せ、許せよッ!』
リビングデッドになった者、なりつつある者を、騎士団の人間が槍で片っ端から串刺しにしていた。
つい先刻まで守るべき民であったリビングデッドを、僧侶がコインで撃ち抜き、魔導士が屍を炎で燃やす。
「死体どころか怪我人までリビングデッドに早変わりだね。もともと瘴気が溢れかえってたからなー」
目を糸の様に細めて、彼女が笑う。
魔力は微塵も揺らいでない。
「……」
僕は彼女の横で、手足の腱を断ち切られて地面にヘタリ込んでいた。
呆然と都の映像を見上げ、彼女の表情を盗み見ては、谷間の姫百合如き彼女の微笑みに、薄ら寒いものを感じていた。
「もっと嬉しそうな顔をしたら?」
彼女は微笑みを納めて、半眼の目で僕を見下ろした。
「リディアが消し飛ぶのはこれからだけど、早くも秩序崩壊っぽい事が起きてるよ」
そしてまた、微笑む――
大結界を構成する術式が、溜め込んだ膨大な魔力と共に裏返りを続け、衝撃をドミノ倒しの様に広げている。
全ての術式が裏返った瞬間、時空間に穿たれた結界の楔が消失し、急激な空間の収縮による事象の大反動が発生する。
リディアを、永年草木も生えない不毛の大地にせしめる、大災害が襲う。
それが、僕の目論んだ、大破壊だ――
「君、は……一体……」
僕はうわ言の様に、中途半端に言葉を漏らた。
君は一体、どうしてしまったんだ?
君は僕を、赦さないのだろう?
なのに何をしているんだ?
一体何をしてるんだ――
「きみ、は……」
これは全て僕が望んだ事で、五年間、この惨状を夢見てずっと生きてきた。
この日この瞬間の為に、毎日毎日毎日、計算による計算を重ね続けてきた。
念願悲願の成就――
「え……?」
達成感や充実感は無かった。
何も感じなかった。
何も無かった。
僕の中は、ただ空っぽのままだった――
「……」
嬉しくもなければ、悲しくもない。
何を考えていいかが良くわからない。
ずっとずっと、この日を待ち望んで生きてきたのに、待ち望んでいたからこそ、全てが消えて無くなってしまった。
「ふうん?」
呆けた僕の顔をのぞき見て、彼女が無表情に首を傾げた。
「なんだ、ホントにこれだけだったのね」
「これ、だけ……?」
僕はもう、彼女が何を言っているのかが全く理解出来なかった。
彼女を理解する事が出来なかった。
「君、は……一体……」
僕はうわ言の様に、中途半端に言葉を漏らた。
君は一体、どうしてしまったんだ?
君は僕を、赦さないのだろう?
なのに何をしているんだ?
一体何をしてるんだ――
「きみ、は……」
考えを全く先に進める事が出来ず、同じ思考をグルグルと繰り返す。
ゲージに入れられた鼠のように、終わらない思考のリングの中を僕は駆け回り続けた。
「つまんないなー」
「つまら、ない……?」
鸚鵡返しをしてみても、彼女の発した言葉が何を意味するのかは分からなかった。
「空っぽの癖に、あたしを追うな」
彼女が微笑みながらそう言った。
「空っぽ……?」
「空っぽのままで、人の思考を追おうとするな」
命令系にされると、意味の理解が格段に簡単になった。
「追わ、ない……」
言うとおりにすれば、いいだけなのだから。
「今のあんたはただの人形。ワイズ・グレーでも、シューティングドッグでもない」
「……」
大人の俺でも、子供の僕でもない。
「目の前で起った事をただ記録し続けるだけの、人形よ」
「人、形……」
記憶を辿れば、いくらでも思い出せる事はある。
知識を探れば、覚えている事は山ほどある。
でも、それらを動かす意志がない。
意思を生み出す欲求がない。
故に感情が発生しない。
何もない――
「なんだかなー……本当に、これ以上は何もないの?」
彼女が微笑みを消して、半眼の瞳で僕を見下ろした。
「あんたの欲求って、たかだかこの程度の事で消せちゃうものだったの? 五年間貯めに貯め続けて、それが何かも分からなくなってしまった赤黒い何かって、この程度?」
「この……てい、ど……?」
赤黒い何かと言う単語に、僅かに僕の中の何かが動いた。
「なんにせよ、おめでとう。これであんたとあたしは世界の荒廃を呼ぶ、終わる世界の始まりの番」
彼女は曇のない微笑みを浮かべて、あとはもう都の映像に半眼の瞳を向けた。
僕は彼女の横顔を見上げて黙った。
僕にはもう何もない――筈なのに、一瞬だけ、僅かに何かを思った「僕」が発生した。
都の様子を見上げながら、彼女がクスクスと笑う度に、僕の中には、感情と呼べる何かが確かに生まれ続けていた。
その僕は、何だ――
あの僕は、誰だ――
生じた「僕」が一瞬過ぎて、自分を捉える事が出来ない。
今、「僕」を追おうとしている僕は、「一瞬の僕」を思ったが故に発生した僕だ。
僕が生まれて、次の瞬間には消える。
消えた僕を追う為に、次の瞬間また僕が生まれる。
考え続ける限り、新しい僕が発生し続ける。
「我思う、故に我有り……」
「ふふッ」
僕の呟きに、彼女が失笑した。
「そんな所まで、視野を狭めてるの?」
「視野を、狭め、る……?」
「あんたって、凄い馬鹿だよね」
「凄い、馬鹿……」
「流石レヴィだって、時々思う」
彼女がチラリと向けたサファイアブルーの瞳に、僕はまた何かを思った。
でも、一瞬発生した僕が、一瞬で感情を処理し消し去ってしまう。
自分で自分を捉えきれない。
「きみは……絶望、した、の……?」
「してません」
子供のような口調で、やはり彼女はそう答えた。
大結界は崩壊を始め、そう間を置かずリディアは消し飛ぶ。
人の秩序が消失をする。
それでも君は、絶望しない――
「分か、らない……」
手を伸ばしては空振りをし、浮かぶ答えは疑問ばかり。
でも、疑問を浮かばせる何かが、僕の中には存在している。
「分から、ない――」
それでも消せないモノがある。
確かに消えないモノがある。
指を弾くに満たない一刹那、ほんの瞬きの僕がある――
「んー、ふふッ……アヤが泣いてる」
彼女が半眼の瞳で薄ら笑った。
無意識の空には、竜相手に奮闘するラブリッサの面々が映し出されている。
暴徒化し、魔化を広げる都民らの恐怖が、怨嗟が、竜にリザードマンを呼ぶ瘴気を与えてしまっている。
一同は俯いて立ち尽くしたアヤを囲み、リザードマンを払いながら必死に戦い続けていた。
奮闘虚しく、もう間もなくリディアは消えてしまうと言うのに――
「可愛い」
彼女は僕から吸い出した魔力を使って、ラブリッサの一同を映し出す映像をアヤに注視させた。
アヤの姿を半眼で見つめる、ひめゆりの口元が卑猥に緩む。
「……」
彼女の横顔を見上げる僕の中に、何かを激しく思う「僕」が一瞬生まれ、僕の顔を歪ませた。
○
(アタシたちは、ただ毎日を、一生懸命、生きてるだけなのよ……?)
アヤがボロボロと涙を零して地面に崩れ落ちた。
悲痛な伝心を飛ばすアヤの腕には、今日も「商管」の緑の腕章が嵌められている。
取引関係で滞在許可証を与えられた冒険者は、殆どがアヤの組織した「商隊取引管理組合」の人間だ。
知り合って間もない人間も多いだろうが、ここ数日苦楽を共にした仲間って事に違いはねえ。
「アタシ達だって、アタシだって、なィたくて、冒険者になったワケじゃないんだかァ……!」
「アヤさん……」
アヤの言葉に気を取られ、アリオスが動きを鈍らせた。
「お前さんまで――」
俺は宙に飛び上がって、アリオスを左右から襲うリザードマンを猫キックで蹴り飛ばした。
「――止まんな」
「ウィル……」
「同情するなら敵を斬れ」
「……」
「それが、お前さんのしたい事の、しなきゃいけねえ事と違うか?」
アリオスが唇を噛んで一度俯き、すぐさま顔を上げてクレイモアを構え直した。
「アタシたちだって……アタシだって、もっと普通の――」
「それ以上は言うな」
ビートが羽付き帽子をアヤに被せて、言葉を遮った。
「それ以上は言っちゃダメ」
「ビート……」
「俺たち冒険者は、冒険者に生まれ落ちた事を恨んだりしない」
「……」
「冒険者じゃない人間を、妬んだりしない」
アヤが帽子の下で、鼻をすすり上げた。
「それが冒険者の心意気だお」
帽子を取った狼が、のんびりした様子で大斧を振りかぶる。
「それに、都の為にってのは、どうかねえ――」
「……ぅえ?」
――ゴォッ!
巨大化した大斧が一面を薙ぎ払い、リザードマンを吹き飛ばした。
「そんな重たいもん、背負った覚えもないけど」
通常サイズに戻った大斧を担いで、ビートがアヤを振り返る。
「俺が工具を振ってる理由は、自分の商会のためだし?」
いっそ眠たげに見える二重眼で、燻し銀の瞳が静かに輝いている。
「リディアとか騎士団とか大聖堂とか、冒険者の立場だとか、そういうもんはオマケだお」
「……」
アヤが羽付き帽子の下で涙を拭った。
「アンタの言ってることって、ちっさいんだか、おっきいんだか、全然わかんない」
「ジェントルマンサイズですから」
「ばっかみたい」
そんな狼と子虎のシーンを作るために、だ――
俺とアリオスは周りの敵をほど良く片付けて、アヤの涙の原因を引っ張り出しちまった単純明快最年長のレイハは、ちょっと離れた所で黙々と刀を振っているってえ寸法だ。
リザードマン喰って腹いっぱいの竜サマなんざ、欠伸して完全に体力回復モードだし。
(――ほんで? 魔化の現状は?)
和んだ空気を見計らって、俺はレイハに伝心を飛ばした。
(……む? うむ)
レイハが馬を跳ばせて俺たちの前に降り立った。
「何とか隔離出来ているようだが、取り乱した民が散り散りになってしまったらしいのでな……」
限られた数とは言え、魔物の駆逐をしながら逃げ惑う民の回収をしようってんだ。
かかる手間は半端じゃねえ。
民の安全が確保されないうちは、味方の応援も期待薄、
「となると――」
俺はリザードマンに囲まれてすっかりくつろいでいる竜に眼を向けた。
「ガチンコっきゃねえか……やっぱり」
尾は切れてっし、翼はボロボロ、頭は右も左も傷だらけ。
そんでも魔力体力は大分回復されちまった、
「敵の戦力が減ってるのはいいんだけど……」
アリオスがクレイモアを翳して刃を確認した。
「流石に竜よな。こっちも大分傷んだわ」
レイハが刀の刃こぼれに舌打ちをする。
「二人の武器、どっちも北のランフォール鋼で打たれた武具ですな。修繕は是非うちに」
ビートが鍛冶屋の営業をかける。
「助かります。でも、今すぐどうにかして貰えたら、最高なんですけどね」
アリオスが期待するような目でビートを見た。
「デキすぎ君、鍛冶屋舐めすぎ」
「……デキすぎ?」
ビートの切り返しにアリオスが首を捻る。
「ふッ、ラブリッサ会長の申し出とあらば願ってもないが――」
レイハが笑って馬首を巡らせた。
「この場を切り抜けてからの話だな……」
『『ガァァァァァァッ!』』
休憩に満足が行ったのか、竜が咆哮を上げて立ち上がる。
リザードマン達が一旦攻撃の手を止め、竜と俺たちの様子を交互に伺い出した。
荒ぶる竜のやる気を感じ取ってか、多少自分たちの身の危険を感じ取ってるようだ。
知能が低い分、本能的に何かを感じ取る能力にゃ長けてるらしい。
「どうする? 一斉攻撃しかけるってんなら、分身出すぞ」
攻撃の手が止まったってんなら、勝負を掛けるのも悪くねえ。
「ウィル、魔力の残りは?」
レイハが馬上からチラリと俺を見下ろした。
「弱冠眠い」
俺は欠伸を噛み殺して答えてやった。
「……そうか」
レイハが渋面を作って呟いた。
「眠いって、どういうこと?」
アリオスが俺とレイハを交互に見た。
「このような大事の前に、ウィルは身につけた装備品に魔力吸い尽くされて数日寝る」
竜を睨みつけながら、レイハが言葉を続ける。
「眠った後は、剣もコートももろもろが魔力を吸わなくなって、絶好調になるらしい」
「呪いが解けるって事ですか?」
「一時的にな」
俺は溜息をついて拳を握った。
体力にゃ余裕があるが――
「やっこさんの瘴気ってえのも、いつもの呪いに比べりゃ屁でもねえ。大したこっちゃねえんだが……いかんせん、この状態だと、魔力が回復しねえ」
体に満ちる魔力の気配が、どうにも鈍い。
「魔力が尽きると、どうなるんだ?」
「寝る」
アリオスの問いに俺はざっくり答えてやった。
百一匹猫にゃんに風の走者連発、それなりに配分を考えて戦ってたつもりだが、既に睡魔が襲ってきつつある。
「ま、勝手に分身出しちまう以上の面倒はかけねえさ。やれるとこまでやるだけだ」
眠気を振り払うように首を振って、体に魔力を漲らせる。
「出すとかヤるとか、泥棒猫はお下品ねえ」
帽子で目を隠したアヤが、鼻を詰まらせながら会話に混じった。
自分の魔力でエスカレーションする十九歳に、品性をとやかくいわれる筋合いはねえ。
「なんでえピン子、もう良いのか? なんなら最後まで泣きべそしてても構わねえぞ」
「ピン子って誰のことかしァ」
ビートの帽子を取って、アヤは首を傾げてすっとぼけて見せた。
目の周りは真っ赤に腫れていたが、灼眼には意志の光が舞い戻っている。
「……でもごめん。迷惑かけちゃった。冒険者に声かけて回った張本人が、前線で泣いてるワケに行かないもんね」
「その辺は、あんま気にしなくて良いと思うけどなあ」
ビートがのんびりと言う。
「アンタは気にしなさ過ぎなのッ」
アヤが羽付き帽子をビートの顔に投げつける。
『『ガァァァァァァァッ!』』
双頭の咆哮一閃、息をついていたパーティに緊張が走った。
竜が激しく羽ばたきをして、瘴気を体に纏っていく。
「また瘴気の風? でもその翼じゃ――」
アリオスが剣を構えて不敵に笑った。
「ちょっと様子が違うお」
帽子を被り直したビートが燻し銀の瞳を細める。
羽ばたいては居るが、ズタズタの翼で風を起こせるたァ当の竜も思っちゃいめえ。
体が宙に浮くわけでも無く、羽ばたきと共に瘴気と魔力だけがどんどん高まっていく。
俺は眼を細めて竜の状態を観察した。
「……ありゃ魔法だぞ」
竜が体に纏う魔力の流れが、魔導士らの使う術式の流れに似ている。
「リザードマンが、怯えてる……!?」
アリオスが辺りを見回して訝しげに言った。
竜が高めていく魔力に、俺たちを取り囲むリザードマン達が、身を震わせて恐慌状態に陥っている。
羽ばたきではなく、瘴気と魔力の渦によって風が生じ、地面が徐々に揺れだした。
――ゴゴゴゴゴゴゴッ……
広場の真ん中、魔力瘴気の渦の中心に、夜の闇よりも黒い空間の穴が空いた。
「じょ、冗談だろ!?」
アリオスが青い顔をして一歩後ろに下がる。
「なんでえ、どうしたィ?」
「き、禁呪――」
「なに?」
アリオスの漏らした言葉に、レイハが眉を顰めた。
「け、結界は――大結界はどうなってるんだよ! 神官長は!?」
一人慌てふためいて、アリオスが空を穴とを見比べる。
「こんな禁呪が、どうして都で――ッ」
『『ガァァァァァァァッ!』』
竜がまた咆哮を上げ、魔力と瘴気を更に高めた。
「アリオス、どういうことだ!」
レイハが忙しなく手綱を捌きながら聞いた。
乗馬もリザードマンと同じく、何か危機を悟って怯えに怯えている。
「親父の遠征に付いていった時、い、一度だけ、見たことが――」
アリオスが声を震わせて言う。
「これは、天の業火――ッ」
空間に空いた穴の中に、砂粒のような、小さな赤い点がポッと浮かんだ。




