61.「すべきこと」
「ぬぅああああああああ!」
気の抜けた「ほにゃ声」で、ピンクの子虎が雄々しく吼えた。
幼児体型の太ももがスカートの裾を容赦なく捲り上げる。
体から立ち上る魔力が、陽炎の様に景色を歪ませる。
真紅の灼眼が、気合の炎を揺らめかせている。
「燃える直球ッ!」
――ゴォッ
魔力を帯びた爆弾が唸りを上げて広場を疾走した。
剛球が向かった先に立つ、一本足で斧を構えた狼――
「ギラリ」と燻し銀の瞳が輝く。
「強振だお!」
手元に引きつけた片足がタイミングをシンクロさせて地面を踏む、
体重移動が生んだ威力が腰で加速し大斧に乗る。
――カッ
刃を返した斧首が、爆弾の剛速球を真芯で捉えた。
「ジャストォぉぉぉぉ――」
馬鹿になった大音量で、ビートが獣の咆哮を上げる。
強烈な衝撃と共に、斧から更なる魔力が爆弾に乗り移った。
「ビィィィトォォぉぉぉぉ!ッ」
――カァァァァンッ
乾いた音と共に、狼が斧を振り切って爆弾を弾き返した。
「おー」
一部始終をニャ眼で見守っていた俺は、空にカッ飛ぶ球を目で追った。
真っ直ぐ夜空へと伸びた打球の先に、翼を広げて飛翔する双頭の竜、
――ドゴォォォォォッ!
単発の燃える直球より遥かに威力を増した爆発が、竜の腹で炸裂した。
『『ギャァァァァァァァァ――!?』』
羽ばたいていた竜が、制御を失って落下する。
「銀の甲弾じゃビクともしなかったのに……」
俺の横でアリオスが呟く。
「見事」
馬上のレイハが大いに感心して頷く。
半竜人もあらかた片付け終り、竜を全員でガンガン叩いてたら、やっこさんが空に逃れてたってえ状況だ。
「二人分の魔力だと、威力が跳ね上がりますね」
アリオスが明るい声で言った。
「ジャストビートなんだお!」
無表情ながら、ビートがやや興奮気味に声を張った。
「……」
対してアヤの方は、がっくりと肩を落としなが戻ってきた。
「アヤさんも、ナイスピッチでした!」
無邪気に励ますアリオスを見てから、アヤがちょっぴり涙目で薄ら笑った。
「へ、へへ……全力投球弾き返されるって、なんやしんどいなあ……打たせんつもりで放ったんやけど……」
「ぐわらがきん」
厳かに意味不明な事を言うビートを、アヤが恨めしそうに睨みあげた。
アリオスの銀の甲弾でも駄目、俺の風の走者はまだ狙いが甘いってんで、二人が提案した作戦だった。
つか、なに戦場でじゃれ合ってんだコイツら――
飛び回る竜に打球当てるとか、すげえけどさ。
実際ちゃんと打ち落としてるからいいけどさ。
「よし――」
レイハが空を滑り落ちる竜に目を細めた。
「落下と同時に尾に総攻撃を仕掛ける。アヤ殿は爆弾で竜の足元を払ってくれ」
「まかしときッ!」
気を取り直して、アヤが爆弾をパシッと手に握った。
「男衆は一斉と行こう」
レイハの刀の鍔が鳴る。
「――来るぞ!」
魔盗改め騎士団長の号令と共に、全員がグッと身構えた。
――スドォォォォォォォォッ!
竜の巨体が石畳に大きく亀裂を走らせて、激しい粉塵が広場に舞った。
男四人が得物をそれぞれに飛び出す。
(ウィル風を!)
アリオスの伝心。
言われなくても――
「わかってらァなッ!」
俺は風を纏わせていた剣を大きく振る。
――バフッ
風の刃が粉塵を凪いで、地面でヨタつく竜の姿をさらけ出させた。
「燃える直球ッ!」
すかさずアヤの爆弾が飛び、立ち上がりかけていた竜の足を爆風で弾く。
『『……ッ!!』』
竜が地面に張り付いた。
――おおおおおッ!
男四人の気合が重なって、刀が、大斧が、両手剣が、俺の剣が、竜の尾を打ち据えた。
――ギィィィィィィンッ
青白い火花が散って、地面と武器に挟まれた竜の尾がくの字に跳ね上がる。
だが――
「ぬ、うッ!」
「ちッ――」
レイハが唸ってビートが舌打つ。
「これでも――!?」
アリオスも叫ぶ。
芯まで届く手応えはあったが、竜の尾は繋がったままだ。
『『ギィァアアアアッ!?』』
そんでも相当痛かったのか、竜が悶えて地面を転がり、尾を振って俺たち全員を弾き飛ばした。
「おっほほー、駄目かーい!」
俺は宙でひっくり返りながらおどけた。
結構殴ったとは思うんだが――
「え、あ、あぅ……!」
味方がバラバラに吹っ飛んだせいで、爆弾を投げれないでいるアヤが視界の端に入る。
「う、お、お、あ――」
ただ一人、竜の真上に弾かれたアリオスが、ひっくり返った体を振り向かせながらクレイモアを構えていた。
(信じて仰ぐを刃とし……)
伝心に響くアリオスの声、
(戦女神、ライアリースの怒りを示さん!)
体から剣に魔力が行き渡り、クレイモアが竜の巨体をも超える光刃を伸ばした。
「うおぉぉぉぉ! 神聖剣ッ!」
宙空で、アリオスが大上段の剣を振り下ろす。
――ザァンッ
『『ガァアア――』』
付近の建物ごと竜の背中に一刀が浴びせられ、体勢を持ち直しつつあった竜が再び地べたに貼り付く。
「まだまだぁぁぁぁぁ――!」
忠犬の猛々しい咆哮、
光刃を伸ばしたクレイモアが生き物のように跳ね上がり、竜の尾を薙いだ。
――バァンッ
弾ける音と共に、竜の尾の先が宙を舞った。
「おぉ!?」
千切た尾を見上げてアヤが驚嘆の声を上げる。
「おおおっしッ――って、おわぶッ!?」
雄叫びを上げたアリオスが、顔面から地面に激突した。
着地の事考えてねえでやんの。
「っ痛え――けど、どうだぁぁぁぁ!」
盛大に鼻血を流しながらも、アリオスが雄叫びを上げ直した。
『『ギャァァァァァァッ!?』』
竜の双頭が悲鳴を上げて、派手に地面でのたうつ。
「しゃァぁぁぁぁらァぁぁぁぁッ!」
俺はすかさず低くなった頭に剣を投げつけた。
――ザキィッ!
剣が難なく竜の顎に突き刺さる。
「通ったか!?」
馬首を巡らせて体勢を整えていたレイハが叫ぶ。
「おおおおおおおッ!」
竜の横合いから、ビートが剣の刺さった頭に斧を振り上げた、
――ザガッ
竜の顔面が弾け飛び、深く大きな傷が入る。
(やっこいんだお)
豪快なフルスイングを流すビートから、気の抜けるようなのんびりした伝心が飛んだ。
先端を切り飛ばされた竜の尾から、魔力が漏れ出てやがる。
この機を逃す手はねえ――
(爆弾!)
俺は紋章で伝心を飛ばした。
「あいよぅ!」
アヤが三つの爆弾を竜の顔面の前に放った。
左手に呼び出した強化コイン、
「ぶっ飛べぇぇぇッ!」
――ドォォォォォンッ!
風の走者の剛弾が、爆弾を炸裂させながら竜の頭を直撃した。
『!? !? !?』
竜の頭が鱗を散らして後ろに弾け飛ぶ。
――カシャンッ
顎に刺さっていた剣が、腰の鞘に戻って来た。
やっぱり壊れねえな、こいつ。
「一気に畳み掛けるぞ!」
馬を大きく跳ばせてレイハが刀を振りかざした。
全員が勢い付いた中、
(あ……)
アリオスの間抜けた声が頭に響く。
「あん?」
目をやると、アリオスが議事堂の建物の隙間に顔を向けて呆然と立ち尽くしていた。
(なんでえ、どした)
(いや、あの……尻尾が隙間の奥に……)
忠犬が戸惑ったようにオロオロとしている。
何してんだ英雄。
(回収は無理じゃない?)
斧でガッツンガッツン足を叩きなが、ビートがのんびりと伝心を飛ばす。
「ちょっとォ!? 竜の尾は至高の高級食材なのよ!? 究極の稀少なんだかァ!」
(気合で取ィなさい!)
マネーの虎が口で伝心で怒号を飛ばした。
いやいや、至高で究極とかどうでもいいっつーの。
そもそもなんで頭ん中までラ行滑ってんだよ、ピン子。
(そ、そんなこと言われても、届か、ない――)
アリオスはアリオスで、律儀に議事堂横の隙間にクレイモアを差し込んで顔を真っ赤にしていた。
あかん、あいつ夢叶えて目標見失ってやがる――
「尾など捨て置け! 刃が通る!」
(一つ達成したなら次ッ!)
刀を振るいながらレイハが身心で叱責を飛ばす。
「え、あ、はいッ!」
アリオスが慌てて攻撃に戻った。
アヤの言葉にレイハの言葉、言葉に振り回されるなァ忠犬の性か。
剣を振りかざしてさらに頭を虐めようとした矢先、
『『ガァァァァァァァァァァァッ!!』』
竜が地面を揺るがす咆哮を上げた。
「――いいッ!?」
衝撃が生まれるほどの大音量に俺は耳を塞いだ。
(ぎゃぃぃぃぃッ!?)
アヤが伝心で悲鳴を上げながら地面を転がる。
ビートがすかさずカバーに入った。
「どうッ、どうッ!」
狼狽える乗馬をレイハがいなす。
(なんて咆哮……!)
クレイモアを翳して踏ん張ったアリオスが伝心で呻く。
「――っと?」
俺は辺りに目を走らせた。
場に残ったリザードマンの死体から、黒い煙が漏れ出ている。
「なんだ……!? リザードマンが瘴気に戻って――」
アリオスも異変に気付いて辺りを見回す。
地に伏したリザードマンの体が瘴気に変わり、竜の体に集中した。
『『ガァァァァァァァァァァァッ!!』』
竜が再び咆哮を上げる。
弱まりつつあった魔力が、前にも増して一段と荒々しく膨れ上がった。
「やべ、怒った?」
俺は左手で顎を掻きながら、竜の機嫌を伺うように言ってやった。
ガンガン攻撃しといてなんだけど。
『『グゥゥァアアアアッ!』
禍々しい瘴気の渦のなかで、竜がやたらめったらに前足を奮う。
「うぉッ!? 鍛冶根性!」
ビートが大斧を巨大化させてアヤを庇うようにガードの姿勢をした。
――ザァンッ! ザァンッ!
濃い魔力を帯びた爪の刃風が、辺り構わず飛び交った。
「ちィ!」
「くッ!」
俺とレイハが刃風を避けて宙に逃れる。
――ザァンッ! ザァンッ!
広場を囲う四方の建物に三本爪の跡が刻まれ、議事堂の柱が折れて入口が完全に倒壊する。
――ザァンッ! ザァンッ!
『『グゥゥゥゥ……!』』
暴れきった竜が、喉を鳴らして首をうねらせた。
牙がはみ出た顎が閃光を放ち始める。
「おわっちゃっちゃ――ッ!?」
竜が何をしようとしているのかを理解して、俺は慌てて飛び退いた。
(全員下がれ!)
レイハが伝心で指示を飛ばす。
――ガァァァァアアッ!
怒声に似た轟音と共に、竜の顎から熱線が迸った。
○
右手に握った鞭を振るう。
「割り球」
――ギィンッ!
私は弾かれる衝撃のままに杖を手放した。
開いた右腕でストレート――
「しッ!」
かいくぐった彼が、カウンターの右の直突きを繰り出して来た。
「く!?」
左腕で外に弾く、
「さッ!」
彼がさらに左の突きを放つ、
「――ッ」
右の腕で外に弾く、
「ふぅぅぅ……」
呼吸を整えた彼の腰が沈み込んで、がら空きになった私の鳩尾に右手を伸ばした。
発剄――
――ダァンッ
私は一瞬だけ加速を発動させて、彼の掌底を皮一枚で外した。
発剄の硬直で動きの止まった彼の顎を、左のショートアッパーで跳ね上げる。
――ゴッ
「がッ!?」
レヴィがよろめいた間隙に、宙で回転していた杖を捕まえる。
コインの鎖が剣になる、
「せッ!」
「ふッ」
彼が地面に座りこむように斬撃をかわし、片手を地面について蹴りを放った。
前かがみになった私の鳩尾に、下から突き上げるようなトーキックがめり込む。
「ぐ、ふッ!?」
逆立ちの彼がする二撃目の蹴りを回避、
――シュンッ!
彼の姿が消えた。
後ろだ――
私は体を回して左の裏拳を振った。
――ドッ
私の拳が空を切り、腎臓にレヴィの頂肘がめり込んだ。
「あ、ぐ、ぅ……!」
歯を食いしばって振り向きざまに膝、
――シュンッ
レヴィの姿が即座に消える。
死角、左に――
――スパァンッ
前に出していた軸足を、ローキックで打ち据えられた。
「……ッ!」
膝裏がしびれて腰が落ちかける。
「まだ……!」
剣を鞭に変えて――
――ギィンッ
鞭がブレイクショットに弾かれ、彼が懐に出現する。
また発剄、外さないと――
「加速!」
「哈ッ!」
――ダァンッ!
衝撃が背中を突き抜けて、私は言葉もなく後ろに弾き飛ばされた。
「ぐ、ぅ……ッ」
加速が、発動しない――
意識が彼に追いつけても、魔力と体がついてこない。
「消耗作戦は失敗に終わったな」
右手でコインを弾きながら、彼はゆっくりと私に歩み寄って来た。
「大した、潜在、魔力、ね……」
私は鳩尾に手を当てて身を起した。
「君に比べれば、大したものじゃないよ」
彼の口元が残忍に歪んでいる。
「僕というのは一瞬の魔力出力しか出来ない。戦闘に置けるコストパフォーマンスが抜群にいいだけさ」
「自分で、言うんだもん、なー」
呼吸を整えながら、私も彼に笑い返した。
抜群だなんて凄い自信だ。
でも確かに――
「強い……!」
「ふん」
彼が髪をかきあげてつまらなそうに鼻を鳴らした。
「技の一つ一つの威力はサフィアに劣る。魔力の量や質は君に劣る。巧いと言って貰えないものかな? これは工夫の末に得た力だ」
多種多様なコインの技術、瞬間移動を駆使した体術、全ての技の軸になっているのは、魔法を苦手とする彼特有の一瞬の魔力出力だ。
祓魔術を組み合わせた対人専用の闘法――
「弟子は取れそうにないわね……」
「僕と同じ中枢を持った哀れな者ならば、体現も可能だろうけどね」
「ふ、ふふふふ……」
私は地面に手を付きながら笑った。
「なにか?」
彼がコイン弾きを止めた。
「また、本音」
私は下から彼を見上げて言った。
「そう……貴方は自分で自分の中枢を、哀れんでいるのね」
彼の右手が魔力を帯びた。
――ダァン!
「うぐッ……!」
重く荒い銀の弾丸が肩に食い込み、中で暴れて横から飛び出る。
「減らず口は結構だが、君はここからどうするつもりだ」
「……」
呼吸を整えても出血は止まらず、遂に治療も発動しなくなった。
もう中枢がガタガタね――
「君が死ねば、リディアは消し飛ぶ。そしてそれはもう間近だ」
「……だから?」
私は笑った。
――ダァンッ!
「……ッ!」
逆の肩が打ち抜かれ、私は両腕が上がらなくなった。
「だからだって? 君が死ねば、リディアは――」
「それ以外に、口説き文句を知らないの?」
「……なに?」
彼が眉を顰めた。
私は溜息をついて仰向けになった。
暗い暗い彼の無意識の空に、サイケデリックな記憶の星が、万華鏡のように幾何学模様を作り出して煌めいていた。
これが彼の、記憶の星――
「つまんないな……」
目の前一杯に広がる景色と、彼の言葉、その二つに私は独り言を言った。
「つまら――つまらないだって? 君は何を――」
「折角気合を入れて来たのに、拍子抜けね。がっかりだわ」
おびただしい出血と共に、魔力が徐々に体から抜けていく。
私はの体は今、生命活動を停止しつつある。
「おい、待て……おい」
彼が寝そべる私に近づいて来た。
「なあに?」
私は彼を見上げ、目を細めて微笑んだ。
「なんだ、その顔は……!」
彼が目を怒らせて私を見下ろす。
「このままでは君は死ぬ。君が死ねば大結界が――」
「くどい」
私はにべもなく言ってやった。
「なんだそれは? どういう――」
彼が頭をかきむしる。
「都の映像を見ろ! 騎士団の連中が、ラブリッサの連中が、誰も彼もが必死に戦っている! 君が死ねば彼らの奮闘もすべてが水泡に帰す!」
見上げる彼の無意識の空に、双頭の竜と死闘を繰り広げるラブリッサパーティの姿が映し出された。
「ふぅん……」
尾を斬られ、片方の頭をこっぴどく損傷した竜が、暴れ猛って火を吹いている。
「君はどうするつもりだ? ここから、どうするつもりなんだ?」
「そっちこそ、どうするつもりなの? ワイズ・グレー」
「質問に質問を返すな。僕は君を――」
「絶望なんてするもんか」
私は頑として揺るがない意思を伝えた。
レヴィの瞳が私から逸れ、小刻みに左右に揺れる。
魔力が酷く動揺している。
「君は……もうとっくに、絶望して……?」
彼が私の横に膝を折って顔を覗き込んで来た。
「してません」
私はなおも彼に笑いかけた。
戸惑った彼の顔はまるで子供だった。
時間を積み重ねられない、知識ばかり増えていく子供――
「なに、が……?」
彼が髪をくしゃくしゃにかきあげて、腰を落とした。
時折魔力が濃くなって、小刻みに動く瞳に淫靡な色が浮かんだりする。
どうせ私をどう嬲ったら絶望するかなんて下らないこと考えてるに違いない。
でも私は、何をされたって――
「絶望なんてするもんか」
「……なぜ?」
彼が一層戸惑う。
「君の魂からくる、命の希なるを望む心はなんだ? 君は一体、何を望んで……?」
どうせ彼には見えやしない。
私の中にあるものなんて、彼には絶対に見えやしない。
結局、駄目か――
徐々に低下していく体温の中で、私は静かに目を瞑った。
結局、やらなきゃだめなのか――
私は体温低下とは別の、湧き上がる嫌悪感に身を震わせた。
今更――
自らにかけた問に、自らが答えを出す。
今更、なにさ――
私は覚悟を決めて、この場に来たはずだ。




